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王道を走れば:幻想にて

作者:Duegion
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幕間+アリッサ:酔いどれの悪夢 その1

 
前書き
キャラ崩壊のおそれあり。下品なネタ注意。
時系列としては、祭事の前夜、アリッサらが各方面に説得しに行った時に遡ります。 

 
 壁に掛けられた蝋燭の光によって、中流階級なら誰しも手を伸ばしたくなるような品の良い調度品がその艶やかな肌を輝かせる。子供の泣き声も静まり返り、男女の営みの響きだけが存在するような遅い時間帯であるのに関わらず、館の主の一室では激しい説得の声が響いていた。その声を出すのは忠実にして若干趣味に偏りがある王国の兵士、ミシェルとパックであった。

「って訳なんだよ!どうか、どうか助力を!」
「そうなんだ!王女様のためなんだ!分かってくれるよな?」
「・・・気持ちは分からんでもないがな。幾らなんでも性急過ぎやしないか?」

 でっぷり、という擬音が似合いそうな太った体躯の男性が、性的な厭らしさを滲ませるような肥えた口でそう呟く。この男、こう見えて各方面に人並み以上の経済力でもって太いパイプを持つ男であり、豚のような見た目の割にそれなりに頭も切れる。それを説得の中の会話で十二分に理解している二人は、決して焦りを見せず、静かに男の話の続きを待った。

「大体、君らの言う祭りとやらは、随分と規模が大きそうじゃないか?なんだいそれは。街の者が手を出し合って、屋台を開こうというのは。そんな大掛かりなものが僅か半日程度でどうにか出来ると本気で思っているのか?」
「出来ると思っている。裁縫ギルドと鍛冶ギルド、両方のギルドに太いパイプを持つあなたなら、こんなに遅い時間でも商人たちを呼び起こす事が出来る。俺らはそう確信している」
「おい、いい加減にしたまえ。私にそんな権限があると本気で思っているのか?下手をすればパイプの先を切断されて、暗闇の処刑台に吊るされるかもしれんのだぞ?」
「自分を過小評価すんなって。あんたは結構根回しが得意だって噂だぜ?たとえばこの前、神言教の信者たちの交友会に、選りすぐりの娼婦を通したのもあんたなんだろ?」
「更に言えば、小汚い糞共が衛兵達へ賄賂を通して、商人たちの独善的な商行為を取り締まらないよう働きかけてるのも、あんたの指示によるものなんだってな。中々目の付け所がいいじゃないか、浮浪者なんてよ」
「ど、どこでそれを?」
「風が教えてくれたのさ。勝手にな」
「だから根も葉もない噂がふわりふわりと、どこかに流れてしまうのも、偏に風のせいだ」

 街のごろつきも肝を冷やすような暗澹とした微笑を浮かべて、兵士の二人は悠然とした態度を崩さなかった。説得の合間に見せる強気な脅しは、兵士として培った経験によって底上げされ、それが冗談半分で出されたものではないという思いを男に強要させるに十分であった。
 禿げた頭に汗を滲ませて、男は警戒したように二人を見比べる。ミシェルは頬を釣り上げて笑みを浮かべた。

「悪い話じゃないぜ?たった半日の安眠と女を我慢するだけで、あんたは双方のギルドに莫大な利益を齎す事が出来るんだ。想像してみろ。大繁盛に終わる祭りの後に、がっつりと流れ込んでくる謝礼ってやつを」
「最初の出費こそ痛いがな、リターンは莫大だ。街全体をひっくるめて、馬鹿共の財布をばしばし叩くんだからな。何を遠慮する必要がある?やるべき時にやるのが、商人ってモンだろ?」
「・・・・・・」
「黙ってちゃ分からねぇよ?どうした、おい」
「・・・わ、分かった。仲間の商人達には俺から話を通そう。その代りだ!」
「うっし、じゃぁ次行くか!」「そだな」
「お、おいっ。俺の話をっ・・・」
「大丈夫だって。あんたは祭りに店を出す事に合意した。それだけだろ?」

 唖然としたような顔付となった男を放置して、二人は窓をぱっと開いて外界に飛び下りて、茂みに着地する。館に入って来た時は素直に正面の門を通ったのだが、説得が通って気分が良いのでノリで飛び下りてみたのだ。上階でぴしゃりと窓が閉められる音にほく笑みながら、二人は悪戯を仕込んだ少年のような表情で表通りに出る。そこに、通りの反対側から駆け付けた一人の仲間が加わった。彼もまた王国軍の兵士である。

「よう。どうだい、他の奴等は」
「大抵の奴は協力してくれるってよ。乗り気じゃない奴もいたが、お前の言う通りだ。ちょっと脅してやればすぐに首を縦に振ったよ」
「いやぁ、商人ってどうしてどいつもこいつもゲスが多いんだかねぇ」
「しょうもねぇ事しか出来ない人間だからだろ?だから、しょうにん。ハハハっ、なんつって、ワッハハ」
『・・・』
「申し訳ありまへん」
『よし、許す』

 ミシェルの馬鹿馬鹿しい親父ギャグを許した後、三人は肩を並べて通りを謳歌する。真夜中の街路には人っ子一人、野良猫一匹も見当たらない、無人の道と化していた。空白の道を占拠するかのような支配的な感じがして、説得の成功により満足感あふれる現状も合わさって、非常に素晴らしい気分であった。隣の民家で誰かが寝ていなければ、今すぐに足で小刻みに踊りのようにステップを踏みたいくらいである。
 慧卓の突飛な発想より、三人はロプスマの夜に蔓延る商人らに接触し、明日の祭りに参加するするよう当たっていた。彼らの他にも、主にミシェルとパックに友誼を持つ者達が街中を駆け巡っているため、説得は一夜中に終了する予定である。実際の所、祭りで何が起こるのかは全く想像だにしてないのだが、その辺りの所は商人らに一任して大丈夫だろう。大金が動くと聞けば目敏い彼らの事、何が一番大事で優先されるべきかすぐに把握出来るからだ。

「それよりさっきの男の所から凄いのせしめてきたぜ。おい見ろよ、これ」

 途中から合流してきた男がそう言って、懐からとんでもないものを取り出した。隆起した男性器と言ってもいい、木製の一本の張方であった。大きさは七尺ほど。十分に立派な一物であった。

「うわ、なにそれっ!?すげぇ張り方!イボイボまで再現出来てるじゃん!」
「うっわ。四十越えても漲るおっさんのアレにそっくりそのままだ。すげぇ、職人技だ・・・」
「見た事あんの?」「小さい頃に、親父のを」「なるほどなぁ」
「でな、面白い所がまだあるんだよ。この出っ張り、あるだろ?ここを下に下げると・・・」

 男が張方の底部にあるスイッチのようなものをかちりと鳴らした。その瞬間、どのような奇怪な仕掛けによるものか、張方がぶぶぶと振動し始め、その丸みを帯びた尖端が芋虫のように頸を回し始める。夜闇に蠢く陰茎を模したそれは身の毛もよだつような気色悪い物体であり、男らはけらけらと笑った。

「うわぁ、なにこれ、気持ちわりぃっ」
「笑いながら言ってんじゃねぇよ!」
「お前等だって笑ってるじゃねぇか!どうすんだよ、これ!」
「元の鞘に収めさせろよ!どっかの鞘にぶちこめ!」
「分かった分かった。んじゃ、どうしようかなぁ・・・」

 手の中で蠢くそれを遊びながら歩いていると、正面脇の路地の方から、一人の男が出てきた。全身を黒い外套で覆い、怪しげで且つ不敵な微笑みを浮かべている、妙に男勝りな顔付をした男だ。ミシェルらが不審な視線を送ると、男は目をくわっと見開いた。

「ハァァィっ!!」

 男の両手が外套を広げる。その黒い布きれに隠されていたのは、純白の下着を着用しただけのだらしない男の裸体であった。もっこりと盛り上がった下着や無駄に引き締まった肉体も見事であるが、御丁寧な事にみすぼらしい体毛は全て剃っているようだ。露出狂の真摯なる発奮の憂き目に遭った男三人は、あまりの出来事に魂が抜けたような表情となっていた。
 心を満足させたのか、男は裸体を隠し、紳士のように一礼する。

「失礼しました」

 男は身を翻して路地裏へと消えて行く。茫然としていた男らは復活して、神妙な顔付で互いを見遣った。

「・・・あいつでいいか?」
「ああ。いいと思う」「・・・俺よりデカかった・・・」「やっちまうぜ」

 意気投合した三人は真っ暗闇な路地へと駆け込んでいった。

『えっ、ちょ、あんたらっ!?』
『こんばんは』『死ね』

 直後、えにも言われぬ菊が痛んでしまうような痛烈な悲鳴が、路地から通りの方へと流れて、空漠とした闇夜へ消えて行った。幸か不幸であるかそれに反応する人は誰もいなかった。松明の火が緩い夜風に揺れて、通りに落ちる照明の形を俄かに変えただけである。
 悲鳴から数秒の後、かつかつという荒い足音が響いてきた。寝静まる人々を慮るものではなく、礼を逸したものである。通りの奥からやがて人影が現れ、松明の火に照らされて一人の女性の姿が顕となった。

「どこだっ、どこに行った・・・あいつは何処だ!?」

 何故か水浸しとなった茶色の毛が顔に張り付き、光に反射して金色のように見える。凛々しさを失わぬ顔立ちの一方で、その碧の瞳は冷静さを欠いていた。

「どうしようっ、あれをなくしたら、私・・・!」

 女性は荒々しく道を歩きながら、うっぷとばかりに酒臭いげっぷを漏らす。その身体もどこか酒臭いもので衣服もやや乱れており、足取りもどこか危うい。ほとんど泥酔に近い状態である女性は、普段なら見せぬ弛み切った姿で夜道を歩いていた。
 彼女を知る者がこれを見れば、驚くやら呆れるやらでこう言うだろう。『アリッサさん、何をしているんですか』と。それに対して彼女はこう答えるであろう。『大事なものを探しているんだ』と。


ーーーーーーーーーー


 時は一刻ほど遡る。まだ太陽がほとんど水平線の向こうに沈んでおり、夕暮れと夜が入り混じったような濃紺の空が頭上に広がって涼風を吹かし、羊毛のような雨雲をどこかへと運ばんとしていた頃合であった。ロプスマの街、北部に立派に構えられた一棟の館に、アリッサは足を運んでいた。そこはロプスマの造営官が政務を行う場所であり、同時に造営官の家となっている場所でもあった。
 一々尋ねるのも無粋な役人好みの一級品の家具に囲まれ、見事に設えられた重厚な机を挟んで、アリッサとロプスマの造営官、ワーグナーは対峙していた。といっても緊張感ある空気が流れている訳では無い。寧ろ友好的で、落ち着いた笑みが二人の顔に浮かんでいた。

「御話、十分に理解しました。喜んで祭事の準備に取り掛かりましょうぞ、アリッサ殿」
「それを聞けて何よりです、ワーグナー殿。このような時間に尋ねた無礼を快く許してくれた上に、更に我々のおこがましき要求を呑んでいただけるとは。流石は文官の身で騎士に昇進された方だ、寛容でいらっしゃる」
「とんでもない。私としても街を発展させるために、何とか知恵を絞らんと苦心していた所なのだ。そんな時、あなた方王国軍と、コーデリア王女殿下がいらっしゃったのは正に運命というより他ない。是非、あなた方の案を受け入れたいと思う」

 目前に座るカイゼル髭を蓄えた中年の男性、ワーグナーはにこりと微笑んだ。五十を越えぬ若さで、商人の支配にあるという風評も免れぬロプスマの長となる責任を受けた男は、至って温厚で、また論理的な男でもあった。実務能力の高さで証明したこの男性は、前線に一度たりとも立たずして、その仕事ぶりへの評価から騎士へと叙任された経歴を持つ。いわば文官としての出世街道を全うしている人間ともいえよう。
 彼はアリッサの話の間、時折目をそらしては考え込むように一点を見据え、アリッサを見返す動作を繰り返した。彼女の話を聞いて現状把握している諸物資の総量と稼働量・動員可能な人員の数などを、アリッサの案に当てはめて、その実行の現実性・可能性などと比較したのだろう。彼が快諾したのはその案の実行が容易であるという証左であり、裏には政治的な欲求があるとも推測できる。王女に取り入りたいとか、或は自分が商人を動かす立場にあると内外に示威したい、等だ。
 アリッサは彼の微笑みを受けて、社交的に喜びを露わとした。

「それはとても嬉しい御言葉です!訪ねた甲斐がありました。・・・しかし聞くのもなんですが、このような遅い時間に商人らは動くのでしょうか?それに、あなたの配下の方々も」
「御心配には及びません。この街の商人は夜になってから精を出す者が多くてね、私やギルドマスターの声が掛かれば、すぐにでも動き出すような者達ですよ。それに大通りに面する店というのは、私と懇意にしている商人ギルドの長の管理下にあるのです。誰も彼に逆らうような真似はしませんよ。念願適って漸く出した店を、つまらないケチで潰したくないですからね」
「そ、そうなのですか。あまり、乱暴はしないで戴きたい。王国の街で争いが起こるのを、王女殿下は御望みではありませんから」
「それこそ、無用な御心配ですぞ。私は王女殿下を心より慕っておりますからな。・・・ところで」
「はい、なにか」
「・・・そのバッジ。凄く良いですな」

 ワーグナーはそう指摘して、アリッサの鎧の肩章の辺りに留めてある女性を描いたバッジに羨望の視線を向けてくる。つい先日パックより頂いた、美しき姫君のバッジだ。これを頂いた後アリッサは一人になれる時間にこれを付けたりしていたのだが、自分が思った以上にこれを気に入ってしまい、今ではすっかり大事な私物扱いとなっていた。王都に帰れば確りと仕舞うつもりなのだが、それまでは常に身から離さず持っている心算である。今日とてほとんど見せびらかすために付けたようなものだが、意外と人の興味を惹けるものだ。
 アリッサは自分が褒められたような気がして、誇らしい思いとなる。

「ふふふふ、そうでしょう?」
「・・・欲しいですな」
「あげません」
「くそ、なんて世の中だ!」

 その悔しげに歪む顔の、何と幼き事か。アリッサは心の中でワーグナーに対する評価を改めた。この御仁はミシェルやパックと同じ輩だ。どうしようもない、唯の馬鹿な大人なのである。但し仕事は非常によく出来るが。
 このような慎ましき会話を交えて、意気揚々として館を出ようとした時だ。思ったより時間を潰してしまったようである。街路には街灯の明かり一つ無く、僅かに民家の暗幕から覗く蝋燭の火や門前の松明だけが頼りとなるだけで、女性一人で歩くには物騒なほどの暗さである。雨はすっかりと止んでいるが、風は少し肌寒い。
 アリッサは灰色の外套を鎧の上に羽織らせて、肩章につけたバッジを仕舞い込むと、戦果を報告しに宿屋へと赴こうとする。そうして二分ほど歩いていると、正面より一人の男が見えてきた。身体を黒いマントで覆った怪しい男である。擦れ違う間際、避けると思っていた男がアリッサの肩にぶつかってきた。

「っ、気を付けろ!!」
「・・・」

 男は視線もやらずに過ぎ去っていく。水を差された気分であり、アリッサは不満を顔に露わとする。そしてふと通りの路地に見えた酒樽の看板に目を惹かれ、一瞬ためらった後、そこへと足を向けて野暮ったい木製の扉を開けた。
 中では下卑た男達であふれかえっていた。猪のように笑い、赤ら顔で酒を煽り、店の奥では小競り合いの声が聞こえる。また入店したアリッサに目を向けた者は、遠慮もなしに欲望の視線を舐めるように注いできた。居心地の悪い場所ではあるが、此処で退店するのは怖気づいたように思えて出来ない。
 アリッサはもじゃ髭を蓄えた店主が構えるカウンターの真ん中に座った。隣で酒を煽っていた小汚く、無精髭を生やした男がちらりと見たが、興味を失ったようで小競り合いの方に目を向けた。アリッサは杯を拭いていた店主に言う。

「葡萄酒をいっぱいくれ」
「・・・此処はてめぇみてぇな女が一人で来る所じゃねぇぞ」
「私がそんなに軟に見えるか?葡萄酒だ、出せ」
「・・・俺は忠告したからな」

 店主はそうごちながら杯を取り出して、十秒も経たぬうちに葡萄酒を用意してカウンターの上に叩き付けるように出す。アリッサは見て一目で分かる安酒を喉を鳴らして嚥下する。酸味だけが際立ったちゃちな酒であるが、酔いを身体に蔓延させるのには打ってつけであった。
 アリッサとて騎士である前に、女性である。男性経験は皆無だが、酒はそれなりに飲めるし、それを忌避するような事はしない。寧ろ気分を発散させるために進んで嗜んだりもする。裏市場で出回るような違法薬物に手を出すよりかは、余程安全で、自然な趣味であると彼女は自覚していた。
 肴もなしに杯の半分ほどを煽った所で、喧騒の声が一段と激しくなった。罵声や殴打の音も聞こえてきて、椅子が蹴り倒されたのが分かった。隣に座る男が呆れたように言う。

「あーあ。また始まったな・・・」
「何がだ?」
「んあ?喧嘩だよ、馬鹿らしい。あいつら、どっちも娼婦に生活費を注ぎ込みまくってるから・・・」

 ちらりと見ると、酒臭い者達を観衆として、二人の男が殴り合っていた。共に赤ら顔で、涎や鼻血などを垂らしている。 

「賭けるか?俺はあのオデキだらけの方に10モルガン賭けるぜ」
「・・・20モルガン、反対の奴にだ」
「はぁ?あの、デブにか?冗談言うなよ。あいつはこの前、オデキのやつに10日分の賃金を奪われたばっかなんだぜ。そんな意気地なしが勝てる訳ないだろ?」
「黙って見ていろ」

 アリッサの視線が結果も見ないうちについと逸らされる。男は俄かに気分を害したようであるが、再び諍いの方へと注意を向け、徐々にその眼つきを険しくさせた。小豚を彷彿とさせる体躯の男が、顔面におできを幾つも作った男を徐々に圧倒し、最後には腹に一撃を加えた上にハンマーブロスを後頭部に叩き付けて、相手を打ちのめしたのである。思わぬ対戦結果に喝采が上がった。

『すげぇっ、やりやがった!』『動けるデブじゃねぇか、クソッタレ!かけ金返せよ!』『ぷっははっ!血泡がおできかかってやがらぁ、糞汚ぇ!』
「・・・おいおい。何やってんだよ」
「約束だ。10モルガン、出せ」

 勝ち誇ったような台詞を聞いて、男は歪んだ表情でアリッサを睨み付けた。

「くそ。卑怯だぞ。あんた分かっていやがったな?」
「約束は約束だ。出せ」
「ほらよっ!10モルガンだ!」

 心底気に入らぬ玩具を破壊するかのような乱暴さで、男は懐から銅貨を10枚、テーブルに叩き付けた。ばたばたと硬貨が暴れて、一枚が床へと落ちていく。男はそれを潰さんばかりに足で踏みつけて、苛立った足取りで店を出て行った。
 情けない背中を見てアリッサは鼻を鳴らし、少し穢れただけの銅貨を拾ってテーブルに乗せた。店の端では子豚な男がまだ勝利の祝福を受けており、膨れてしまった顔に照れ臭そうな笑みを浮かべていた。アリッサは気持ちよさげに安酒を一気に煽ると、アルコール臭のする息を吐きながら店主に言う。

「御馳走様。良いものが見れたし、そろそろお暇させてもらうよ」
「そうかい?あんたの気さえあれば、ここで少しは金を稼げるぜ。・・・見ろよ、後ろの連中を」
「見る気にもなれん。私は身体を売るような卑しい真似はしないからな。それよりも早く、勘定に入れ」
「あいよ。占めて30モルガンだよ」「なに?おい、目玉はついているのか?私は一杯しか飲んでないぞ?」
「さっき行っちまった男、1モルガンも払わずに消えやがったからな。あんた以外に請求先がいねぇんだよ。分かったならとっとと払え、女」
「・・・貴様、明日になってもそんな大言が吐けるかどうか愉しみだな。覚悟しておけよ」
「知らねぇよ、さっさと金出しな。それとも、無いっていうんじゃないだろうな?」

 救えない欲深な光を店主は目玉に浮かべた。アリッサは辟易とした溜息を吐く。どこに行っても所詮、下卑た連中はどこまで行っても下卑た根性を捨てられないのか。
 前方から、更には後方からも幾つか視線を感じる。アリッサはむかむかとした思いを浮かべて懐に手をやり、突然、身体の動きを硬直させた。訝しむような目つきが徐々に驚きと焦りのそれに変わって、何度も懐を探る。店主の鋭い視線を受けながら、彼女は半ば絶望したような声を出した。

「・・・・・・無い。無いぞ・・・」
「・・・おい、お前等!無銭飲食の女だ!!こいつをとっちめたら、何しようと構わねぇ!!てめぇらの好き放題に出来るぞ!!」

 銅鑼のように声が響き、喧騒が止んだ。男らは互いを一度見合った後、無言のうちに意気投合して立ち上がる。座上のアリッサを囲む形をとった男らは、獣欲を微塵も隠さずに言い合う。

「いいねぇ。胸は小さいがケツは好みだ」「おぼこだったら最初は面倒だぜ。そのうち反応しなくなるからな」
「見た感じ、かなり身分の良い女だな?俺、こういうやつを犯すの初めてだわ」「俺もだ・・・もう女なんて何年も抱いてねぇ。石みてぇな枕しか抱いてねぇんだ」
「おい、起きてるか?ちょっと頑張るだけで、無料で女とやれるんだとよ。避妊なんて考えずに、だ」「ああ・・・くそったれ。あの豚デブ、何時の間にあんなに強くなったんだ・・・。この鬱憤はどうにかしねぇといけねぇなぁ」

 最後の言葉は先の喧嘩で打ちのめされた男のものだ。子豚な男は店の端に避難して、怯えた視線で成り行きを見守っている。この店内にアリッサの味方は存在しないのだ。

「っていう訳だ。見た感じ処女の姉ちゃん。泣き言なんて言わせねぇからよ、今日から明日の夜まで、たっぷり遊ぼうぜ?」
「そうだよ。レイプして輪姦すだけだぜ?精子を上下の口で飲めるっていうから、ほとんど御褒美だろ?」
「げっははっ!お前、正直に言うんじゃねぇよ、チビったらどうするんだよ!」
「・・・誰だ」
「あァ?」
「誰が盗った?答えろ!」

 獅子の如き凛々しい声で、アリッサは問う。背中を向けたまま、席に座ったままであるのに、男らは彼女よりひしひしと揺るぎない激情を感じていた。カウンター越しの店主が表情を一変させて、ゆっくりと後退りして酒を置いた棚に背を預けた。
 粗野な男の一人が、苛立った口調で背を向けた獅子に近付く。

「何ほざいてんだよ、てめぇ。さっさとこっち来いってーーー」

 男がアリッサの右肩に手を置いた。瞬間、アリッサの左手が男の手を掴んでぐっと引き寄せて、右肘が男の腹部を強打した。激烈な衝撃に男は苦悶して、立ち上がったアリッサのグリーブ越しの鉄拳を顔面に受けて鼻を叩き折られ、意識を失った。
 包囲網にゆらりと動揺が広がった。鬼気迫った様相をしながら、アリッサは下卑た者達を睥睨し、咆哮する。

「誰が盗ったぁぁっ、私のものをぉぉっ!!」
「お、おい、こいつやべぇぞっ!?」「馬鹿じゃねぇのか!誰だよ、こんなガサツな女を酒場に呼んだの!?」
「もう構わねぇ!お前等、ナイフ出せ!こいつをぶった切っちまえ!!」

 先程までの余裕を失った男らに向かって、アリッサは吶喊する。どよめきの渦中へと入るとほぼ同時に、拳や蹴りの連打が炸裂していく。

「おらァァッッ!!」

 店内に猛々しい蛮声が響き合い、人や椅子、机、杯、皿などが飛び交い始めた。次々に殴り倒され悶絶する軟弱な男達を尻目に、アリッサは酒でハイになった頭で獲物を狙って店内を蹂躙する。
 伊達に近衛騎士をやっているわけではない。酔いが身体に回っているというのに体術に素晴らしいキレがあり、路地裏の闘争や抗争で鍛えられたであろう男らに、抵抗の意味が無い圧倒的な暴力を振るっていく。文字通り鉄で覆われたブローが的確に相手の顎や胸部を叩き、時には裏拳が炸裂して鼻を砕いていく。蹴りは慈悲など全く見受けられず、人体の幾つかの急所に狙い澄まされて威力を発揮していた。身体にしみ込んだ人間の英知を実に下らぬ場面で扱っていた。まさに酒乱の暴挙である。
 一人の男にアッパーカットと裏拳のセットを叩きこむと、彼女は最後まで残っていたおできの男に目を付けた。男は手を前に構えてぶるぶると命乞いをしていたが、アリッサは情け容赦なく男に迫り、無意識に伸ばされた男の両腕ごと男を壁に押さえつけると、鉄拳を顔面に、膝蹴りを腹部に打ち付けていく。元々弱っていた男は碌な抵抗も出来ず謂れもない制裁を受け続け、血を流しながら昏倒していった。
 アリッサがその者から興味をなくしたのはそれから十秒ほど経った後だ。ふと気を取り直したのか、男を投げ捨てて眼下の惨状を見下ろす。誰しもが痛みに呻き倒れ伏す様だ。僅かな者だけが店の端に寄ってたかり難を逃れていた。

「おい、店主!」
「ひぃっ、へ、へい!」

 ぎらついた視線を受けて店主は怖気づく。

「・・・さっきの男は何処に行ったぁっ?」
「へ?だ、誰?」
「私の隣に座っていた男だっ、どこ行ったんだ、ごらァっ!!」
「あ、あいつは、機嫌が悪いとこの先の色町に出掛けるんだっ!いや、出掛けるんです!そこで、娼婦を強姦紛いにヤルってのが趣味だって、あいつは言ってたぜ!いや、言ってました!」
「そうか、色町だなぁ・・・?ふざけやがって・・・何様のつもりだっていうのよぉ・・・」
「・・・あ、あの、御代は?無いのでしょうか?」

 それを尋ねてみる店主の何と肝の据わった事か。アリッサは苛立ったように懐から代金を取り出してカウンターに投げつけた。紐で固く締められたモルガン銀貨が30枚、即ち300モルガンであった。
 茫然自失となっている店を置き去りに、アリッサは店の外へと出た。

「糞がっ・・・浮浪者如きが、私の大切なものに手を出すなど・・・!」

 一頻り暴れ回ったせいで身体が火照って、どうにも喉に渇きを覚えてしまう。そんな不快な思いを感じながらアリッサは一路、ロプスマの東部にある色街の方へと足を向けた。
 外見は至って普通の佇まいだ。娼婦や男娼などが居を構え、そこを拠点として生活の糧を勝手に稼いでいる事から、自然とそこだけが色町と呼ばれるようになっているだけで、特別趣向を凝らしているわけではない。通りの傍らで軟弱な男が、チンピラ紛いの男に蹴り倒されているのも、他の場所では十分に起こり得る事であった。

「下手に抵抗するからこうなるんだよ。身の程知らずが・・・おいおい。てめぇのせいで服に血が付いたろ?これも貰っておくからな」
「そ、それだけはそれだけは勘弁してくれっ・・・!金は持っていっていいがっ、その指輪だけは!」
「うっせぇなぁっ!離せよてめっ!爪が肉に食い込んで痛いんだよ!」

 諍いの傍へとアリッサは俯き加減で歩いていく。飛んできた男の肘をひょいと礼をするように回避すると、軸足を滑らせて、浮いた片足を一気に天に伸ばす。軍靴がチンピラの横っ面を強打した。

「ぶごっ!!」

 痛々しい声を残して男は昏倒する。倒れていたひ弱な男は、据わった目をしたアリッサに感謝を述べる。

「あ、有難うございます、旦那!御蔭で、あっしの大切なもんが奪われずに済ーーー」
「しぇぇぁっ!」

 怪鳥のような足払いが男の顎を蹴り付けて、失神させる。アリッサはひっくと喉を鳴らして冷たい地面に寝そべる二人を見比べた。

「・・・人違いか・・・まどろっこしい」

 目的の男ではないと知ると、アリッサはまた俯き加減で道を歩いていく。そうしていると戸が開かれた一軒の宿屋が目に入った。中に入ると、やさぐれた感じの女亭主が迎えてくれる。

「いらっしゃい。どの娘とやりたいんだ、綺麗な嬢さん?あ、一応うちは男の子もいるけど」
「おい、店主。さっきここに浮浪者が入ってこなかったか?無精髭を頬に生やした、小汚い男だ」
「ああ?それなら二階の三号室に入ってったよ。なんだ、あんた複数でヤルのが好みなのか?好きだねぇ」
「三号室か・・・宿泊代はその男にツケておけ」「あいあい」

 アリッサは危うさを感じさせる足取りで階段を上がった。廊下を歩いていくに連れて奥の一室から、昂ぶったような嬌声が漏れているのに気付く。

『アアっ、んああっ、オウ、イェアアアっ!凄くイイっっっ!!』
「イェエエアアアアっ!!!」

 怒りのままにアリッサは廊下を駆け出し、扉を一気に蹴破った。蝶番諸共扉は前のめりに倒れ、寝台の上の一方的な攻防を露わとさせた。後ろに手を縛られたほぼ全裸の男が、異常なまでに際どい恰好をした女性に鞭を叩かれている。隆起して下着からはみ出した一物の先端を見るに、男は随分と興奮しているらしい。
 ぼつぼつのある尻を赤くなるまでやられて歓喜する男は、アリッサが探し求めていた男であり、入口の騒がしさに目もくれず只管に叫んでいた。

「ハッハアッ!もっと叩けぇぇっ!どうした、女ぁっ!もっとやりまくれぇっ!ヒャァッ、それだよ!もっと鞭を振れぇっ!」
「ンンっ、これがいいのかいぃ!?どうなんだいっ、こうやってやられんのが好みなんだろぉ!?」
「ッハァッ!そう、それだ!やっちまえぇ!もっとだぁっ、もっとケツをぶちまくれぇぇっ!」
「オッラァッ!」

 一歩大きく踏み出して、アリッサは横殴りに蹴りを炸裂させた。頬に爪先を食らって奥歯を砕かれた男は、悦びを浮かべたまま転げ、床に落着する。鞭を振るっていた女はびくりと目を開いていたが、しかしどこか納得したように頷いた。

「なんだよ、あんた。交代かい?まったく、三人でやるなんて聞いてないよ。まぁいいわ。ちょっと疲れたから、あたしは休んでるよ」
「おい、こいつの荷物を知らないか?」
「枕の上。ナップザックがあるよ」

 女の方は好き者ではないようである。疲れたように伸びをする女を尻目にアリッサはバッグを荒々しく、盗賊のように漁る。全てのポケットを調べ、中身を引っ繰り返して探して回り、アリッサは赤ら顔に再び絶望の表情を浮かべた。

「・・・な、なぁ。一つ尋ねるが」「なんだい」
「この男、此処に来た時、何かを自慢していなかったか?たとえば・・・綺麗なバッジを拾ったとか」
「いんや、全くしていなかったね」
「・・・そう、か。邪魔したな。もう帰ってもいいぞ。こいつは今日は起きないだろうから」
「そうなのかい?ま、いいか。んじゃ、お疲れ様でしたー」

 女は手早く鞭を仕舞って外套を衣服を着ると、そそくさと部屋を出て行った。アリッサも暫し茫然としていたが、そのうち我に返って立ち上がり、ふらふらとしながら部屋を出て行く。床に落ちた男はそのみすぼらしい顔に、至福の笑みを浮かべて倒れていた。
 亭主の声を受けながらアリッサは店外に出る。誰もいない夜道を歩いていくにつれて、酔っている癖に濁っていない碧の瞳に涙が浮かんでくる。

「何処にいったのだ・・・私のバッジはぁ・・・」
『いやぁぁぁっ、変態ぃぃっ!!』
「・・・クソが。こうなったら虱潰しに調べてやる・・・」

 どこからか響いてきた女性の悲鳴に、アリッサは再び意気を取り戻す。悲鳴は通りを進んだ方から響いてきた。探してみると暗い道の半ばにか弱そうな町娘がしゃがみ込み、涙を流していた。

「ひっく・・・うえっ、気持ち悪・・・」

 片手を家の壁に、片手を口にやってアリッサは娘に近付き、そっと地面に膝を置く。鎧の鳴る音で娘は、赤くなった目を向けてきた。

「どうしたんだ、お嬢さん。どうしてそんなに涙を流しているのだ。私は騎士だ、か弱き女性の助けとなろう」
「うわ、酒臭っ!
 ・・・いえ、聞いて下さい、騎士様!私この近くに住んでおります砥ぎ師の娘なのですが、先程まで友人たちと会食をしていたのです。王国内では珍しい珍味が出る会食でして、まぁその珍味というのも絶滅が危惧される動物を捌いたものらしいのですが、でも人間以外の動物が絶滅しようと私達には関係ありませんよね。所詮は誰かの庭で飼われるか、食物連鎖の定めに消えるだけなんですから。
 それでその帰り道である此方を通っていたのですが、この暗い路地に通りかかろうとしていた時でした。ぬっと一人の男が現れて、おもむろに身体を覆っていた外套を肌蹴させたのです。そこから現れたものは・・・嗚呼っ・・・なんておぞましい・・・」

 娘は再びわんわんと泣き出す。アリッサは言うも憚られる怖ろしき男の所業を想像して身震いすると、凛々しく娘の手を両手で握った。娘は一瞬嫌そうに顔を歪めるも、すぐに同情を誘うようなそれに戻った。

「騎士様・・・」
「女の敵だな、現れたのは」
「はい!とても、粗末なものでした」
「私に任せなさい。こう見えて私は近衛騎士だ。剣捌きならその女の敵に後れを取る事など有り得ん。私が必ずや、そいつを退治してやろう」
「ああっ!何と輝かしい瞳でしょうか!騎士様!この哀しき運命を逃れるには、酒臭いあなたに頼るしかないのです!どうかその男をひっとらえて、あなたの吐瀉物を思う存分かけてやってください!」
「任されよう!その男は何処に向かわれたのだ?」
「この路地をまっすぐ!どうか御注意ください。路地の奥には、夜な夜な、奇怪なパーティが行われる館があるのです。もしかしたら、男はそこから現れたのかも」
「館だな。分かった。ではそこを当たってみるとしよう。ではさらばだ」

 アリッサはすっと立ち上がると、葡萄酒の残り香を口から漏らしながら意気揚々と路地へ進んでいく。後ろ姿が見えなくなって軍靴の音が聞こえなくなると、町娘は一気に顔を歪ませた。 

「ああっ、きっつ。なにあの女。マジで酒臭かったんですけど」

 まるで汚物を唾棄するかのような視線で娘は路地の方に侮蔑の視線を送る。暗い夜道を歩くアリッサの目は、遂に獲物の尻尾を捉えたような喜びと、それを屠る事への強い意志が宿っており、猫のように瞳をぎらつかせていた。

 
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