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王道を走れば:幻想にて

作者:Duegion
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幕間+コーデリア:召喚とは

 黄金色の夕日が空を覆い、城壁に立つトゥベクタ吹き、いわゆるラッパ吹きの顔を赤く染めている。野鳥がかぁかぁと囀り、それに応えるかのようにトゥベクタが高々と響き渡る。トゥベクタは人々に閉門の時間を報せているのだ。慌てるように馬車を中へ走らせた商人を最後として、外壁の門が重々しく閉ざされる。壁の外に広がる放射線状の麦畑には小作人の姿も見られない。皆がトゥベクタの報せを受けて、城内の家々へと帰ったのである。 
 王都の時は今、夕餉の時間を迎えていた。市場からパンやチーズなど姿が無くなっているのは、人々の需要がそこに存在していた証左である。盗賊除けの火が早くも篝火に燈されていく中、王都の中央南地区に位置する神言教会の路地では、喧々とした音が響いていた。

「はいはーい。その彫像はこっちねー!傷つけないでよー!君達の数年分の年棒より高いんだからさー・・・多分」
「不確実な事を言って兵達を不安にさせないで下さい、馬鹿ですか」
「だって俺その類の専門家じゃないからさ、ミルカ。何処のどの部分が一番優れているかとか特徴が出ているかとか判らないし。強いて言えば、こいつがめちゃんこ凄いって事くらいしかねぇ」
「だからって叩くんじゃないっ!!」

 ぺしぺしと優美な彫像のケツを叩く慧卓を、ミルカは乱暴な声で押し留める。非常に価値があるものだと分かっているのに時折悪ふざけをするのは止めてもらいたい。教会からの冷たい視線がむかつくのだから、というミルカの真摯な思いをくみ取ったのか、慧卓は彫像から手を放して作業の様子を見遣る。幾人もの男達が大事そうに木箱や、布で包まれた像、或は物を掛ける棚などを次々に館のような外見をした倉庫へと運んでいく。これらは何れも神言教会の信者であるなら目を輝かせるであろう、大事な遺物であるらしい。信者の間ではかなりの高額がつけられ、数日後に行われる『拝礼の儀』の後では個人間で売買されるのが通例となっているのだ。
 何とも度し難い生臭坊主ぶりに慧卓は呆れ、学術的見地から遺物の一つである、桶の水を受ける女性の像を見遣った。

「人類史を研究する上でなら非常に価値があるものだろうな、これは。作られた年代が分かればその当時に流行っていたスタイルや価値観、或いは思想とかが見えてきたりするからな」
「ふんっ。生臭い物が大好きな神官にとっては、これは唯の金の成る木に過ぎませんよ」
「それが残念。こういうのは本当の価値を理解できる資力のある人や団体が収集して、一括して管理すべきだ。展示物として扱えば鑑賞料の徴収かなんかで、維持費の埋め合わせもできるしな」
「・・・その発想は新鮮ですね。まぁそんな好き者が居たとしても直ぐに略奪の餌場となるに違いないですがね」

 冷徹な言葉だが納得せざるを得ない。この世はとかく拝金主義。特にこんな中正な世界では、言い包められたら木の棒ですら純金なみに高くなってしまうだろう。まぁ流石に、本当に木の枝を売りつける商人はいないだろうが。
 慧卓は外の階段を通じて倉庫の二階部分に運び込まれる品物を見ては、手元の書類と見比べて羽ペンでチェックを入れていき、ページの最下段にあった二振りの剣の項目にチェックを入れると、傍に立っていた兵士に問う。

「あの部屋は今ので最後か?」
「そのようです、ケイタク様」
「よし・・・書類よれば・・・あれだ、あの荷物を運んでくれ」
「了解です」
「うーし。あれを詰めれば今日は終わりだ」

 慧卓は三代目の馬車から運ばれる荷物を見ながら、一度倉庫の中へと様子を見に行く。元は貴族の館だっただけに倉庫内は中々の広さであるが、そのほとんどのスペースを運び込まれた品物が占領していた。特に多いのは壺や家具などの調度品、そしてその次が武器棚と武具の類である。武器は傍目から見て凡庸なものが多いのだが、中には珍しい作りのものがある。柄に煌びやかな装飾が施された剣は、明らかに祭式用のものではなかろうか。こんなものまでもが教会によって売買されるとはと、慧卓は呆れ混じりに嘆息した。
 その時、先程の兵士が困惑したような表情で慧卓に近付いて、耳打ちしてくる。

「失礼します、ケイタク様。あの、貴方を御呼びしておられる方がおりまして」
「えぇ?でも今職務中だから途中で抜けられないよ。あともう少しで終わるから待たせておいて」
「いやそれが・・・御呼びなのはコーデリア王女殿下なのです」

 ーーーなにやっているんだ、あの人は?

 告げられた事実に慧卓はおろか、ミルカも驚いたように目を開いた。宮廷から抜け出して、わざわざこんな薄暗い場所まで来た理由とは一体なんだろうか。

「ごめんミルカ。ちょっと抜けるからその間、指揮を頼むよ」
「王女様とあれば仕方ありませんが、成るべく早く戻ってきて下さいよ」
「分かった」

 慧卓はそう告げて倉庫から出て行く。馬車の荷台に寄り掛かるようにして、深くフードを被った小柄な人影が見えた。その人は指でフードを抓んで顔を見せ、自らが王女であると慧卓に知らせる。
 人目を気にしながら慧卓が小走りに彼女に近付くと、王女は言う。 

「ケイタク様。職務中に申し訳御座いません」
「いえいえ、今丁度一段落ついた所ですから。後は副官の方に任せていれば問題ありませんよ。・・・それで、日暮れ前に何故此処へ?」
「・・・話す前に、どこか人のいない場所に移りませんか?」
「ええ、いいですけど」

 二人は馬車から離れ、倉庫の裏手の方へと回る。兵士曰く、普段から此処には一通りが少ないため秘密の話には絶好の場所だ。慧卓が手を振って警備の者を倉庫内へと退けると、コーデリアは漸く己のフードを取り、陶磁器の如く透き通った美顔を見せた。慧卓は彼女に向き直る。

「それで、話とはなんでしょうか?あと、敬語とか、様を付けるのも別にいりませんよ?」
「いえ、大事な話ですから」
「・・・失礼しました。それで、今日はどのような御用で、ここへ?」
「・・・そろそろ、お話しようかと思いまして」
「何を、でしょうか」
「『召還の器』についてです」

 一瞬それが何を指すのか分からなったが、慧卓は逡巡を経て思い出す。熊美が召喚され、自分がこの世界に招かれた切欠。あの樫の花をあしらった髪飾りの事である。

「・・・漸く出て来た、って感じですね。ついに話さなきゃいけないような状況、って事ですか」
「そうではありません。ただ、ケイタク様にこの『セラム』の空気に慣れていただいた後に話した方が、より冷静に聞いて頂けると思ったので、今まで伏せさせていただきました。・・・迷惑ですよね」
「いえいえ、仕方ないですよ。村の祝祭を受けた後は直ぐに軍の行軍に付き合ったり、はたまたロプスマでエラい事をやらかしたり・・・。異世界にいきなり呼ばれた癖にこの浮かれた行動。後から見ると、とても自分が普通の反応をしていたとは思えません。
 だから今、冷静に物を考えれるこういう時を見計らって、大事な事を話そうとされた王女様の決断は正しいと、俺は思います。ですから、お話頂けないでしょうか?」
「・・・有難う御座います。こんな時に、私の我侭を受け入れてくれて」
「その代わり、また今度デートですよ?」
「ええ。ケイタク様が相手なら、喜んで御付合いさせて頂きます」

 冗談のつもりだったのに、とは口が裂けても言えなかった。彼女の受け入れるような喜色の笑みを見るに、それが本心からの言葉であると分かってしまったからだ。
 思った以上に大事に想われているなと、慧卓は頬に熱を感じながら、コーデリアの真顔を直視して話を聞く。ここまで秘匿されていた、『召喚』に関する話だ。

「『セラム』には幾つか魔法に種類があるのですが、その一つに召喚魔法があります。普通は術者が、獣や虫などを使役したり、または別の場所から何かを転送したりなどする、そういった類の魔法なのです。召喚されるものの中には、勿論、人も含まれています。
 召喚の魔術によって生じるのは、そのものが住む世界と、召喚者の住む『セラム』を繋ぐ、一本の糸のようなものです。この糸を通じて世界の隔壁を越えて、召喚は成立します。これが私達の召喚魔法における一般的な理論です」
「質問させてください。例えば別世界の人間が召喚によって『セラム』に呼ばれた場合、もう元から住んでいた世界での『自分』というのは、一体どうなっているんですか?魂だけ抜かれてしまっているとか、なんて無いでしょね?」
「残念ながら、それについての情報は私にもわかりません。別世界の様子を確かめる手段が確立されてないもので・・・。ただ一つ推測できる事があるとすれば、『帰還』して再び『召喚』されるくらいだから、おそらく無事に存在しているだろう、という事です。クマミ様が、その証明でしょう」
「・・・言われてみればそうですね。あの人、三十年前には此処にいたって、皆が知っているんですから。それで次に現れた時は、歳を取った姿・・・向こうの俺は無事なのかな」
「流石に、一度の召喚で二人も呼ばれるとは誰も予想もしていませんでしたが・・・。召喚の経験についての詳しい事はクマミ様に尋ねた方が早いかもしれません。あの方の実体験は何よりも重要ですから」
「そのようですね。今度、質問を用意した上で、尋ねてみるとします」

 ーーーこれ以上はしても仕方がないか。

 慧卓は一端は質問を引き下げる事にした。コーデリアとて全てを知っている訳ではないからだ。彼女は父親より召喚の器である髪飾りを託されただけで、実際に熊美が召喚されるまでは親の形見程度にしか思ってなかったであろうと、推測できるからだ。
 ここで一つの疑問が生じた。彼女の父親は熊美と自分が召喚された時には、既に『亡くなっている』筈。だが術者の肉体的には死んでいるのに召喚魔法は行使された。これは一体なぜであろうか。
 これに答えるかのようにコーデリアが話を続ける。

「『セラム』に召喚されたものとて、それ自身の意思があります。召喚に対して忌避的な感情を抱く事もあるでしょう。そこで救済手段として、『帰還』の魔術があるのです。一端召喚者と召喚されたものとの間に契約を結ばせ、その契約を通じて元の世界へとそのものを帰還させるのです。この契約の際に必要な媒介が、『召喚の器』です。
 契約によってそれぞれの魂が結ばれ、それは器という具体的な形に現れます。召喚されたものが、召喚者に従属する形で。双方の当事者が死なない限りは、契約は存続し続けます。これにより器を通じてそれを、『セラム』へ再召喚する事が可能となるのです。その際、器を使うのは誰であっても問題は無いそうです」
「あの、また質問があるんですけど、契約を結ばないと帰れないんですか?魂が従属って、言い方を変えれば隷属ですよね?普通はいやなんじゃないですか?」
「・・・契約によって召喚魔法の安定性と確実性を得るためです。仮に契約の無い状態で『帰還』の魔法を行使したとしましょう。するとそのものは元の世界へと戻る途中、まるで風に飛ばされる塵のように空間を漂い、もしかすると元の世界に帰れなくなる事も考えられます。仮にどこかの世界に着けば僥倖。ですが風に乗ったまま谷底へと落下したらどうでしょうか。私達はこの谷底、世界と世界の間に広がる奈落の闇を、『ペシデの極地』と呼んでおります。ここに落ちたらそのものは二度と這い上がれず、永遠に闇の中を彷徨うと信じられているのです」
「・・・熊美さんの他にも再召喚された例ってあるんですか?」
「ええ。過去に偉大な大魔術士の方々が、自叙伝や著書などで、その記録を残しております」

 漸く『召喚』における全貌が理解出来てきた。つまり『召喚』とは、何かを強制的に目の前に転送する魔法なのだ。一瞬だけ世界の門をこじ開けて何かを呼び、帰還させる際には契約という形を経て鍵を与え、世界の門を開く。これがおそらく『召喚』における概略であろう。
 それにしても召喚とは、一方的な代物であるようだ。常に召喚者の事情が優先され、召喚されたものの事情に対しては二の次である。使役されるのを嫌った際には『ペシデの極地』という、強烈な脅し文句を使えばいい。異世界に飛ばされた事に動揺していれば、冷静に物を考える事も出来まい。そんな状況下では、目の前に垂れさがった餌が明らかにリスキーな選択とはいえ、それで助かるならと食い付かない訳にはいかないだろう。帰還した後でも召喚者の都合で再び呼ばれるとあっては、最早哀れとしかいいようが無い。

(・・・って、俺もいつかは契約を結ばなくちゃいけないのか。うわぁ・・・嫌だなぁ)

 将来は自分も契約を結ぶ。その時、契約の相手が意地の悪い奴だったらどうしよう。帰還しても呼ばれ、帰還しても呼ばれ・・・。逆上して召喚者を殺しても、元の世界に帰れる保証はどこにも無い。それどころか人殺しの噂が伝わり誰も助けてくれなくなる事もあり得るだろう。慧卓が出来る事とすれば、契約を結んでくれる召喚者がまともな人間であるよう、祈るくらいであった。
 話に区切りを打って、コーデリアは尋ねてきた。

「・・・ここまで話しておいてなんですが・・・ケイタク様はどうされたいのですか?」
「どうって?」
「・・・『帰還』の魔術を経て、元の世界へ帰りたいのですか?ケイタク様が帰られるのならば・・・私はそれを受け入れる心算です。契約だけ結ばせて、二度と『再召喚』はしません。器はどこか誰の手も付かないような、宝物殿の中にでも秘匿しておきます。ケイタク様は将来、二度と『セラム』から影響を受けず、元の世界で生きられます。
 ・・・どうされますか?」

 これこそが、彼女が慧卓を尋ねた本当の理由だろう。『セラム』に留まるか、留まらないか。慧卓はコーデリアの真摯で、水平線に浮かぶ星のようにどこまでも綺麗な瞳を見て、そっと視線を逸らして考え込む。
 コーデリアは何も言わず、ただ不安そうにしながら答えを待つ。コーデリアの御淑やかな胸中には、暗礁のさざ波のようにざわめきが立っている。過去に尊大な魔術士が幾人も召喚されたものによって殺害されている事を、彼女は知っていた。それだけに慧卓が暴走して自らや仲間を傷つけないかが心配なのだ。
 
 ーーー本当にそうなのか?本当は慧卓に帰って欲しくないのではないか?

 そんな的外れとも思える考えが頭に過ぎった途端、胸のざわめきがずきりと弾むのを感じて、コーデリアは内心で大いに驚く。目前に居る青年に対してここまで動揺するとは予想だにしていなかった。心を揺さぶってくるほどにこの青年は自分の中で大きくなっていたのか。王女としての悩みも、痛みも、分かち合ってすらいないのに。
 自分でも訳の分からぬ胸の痛みを感じていると、慧卓が遂に心情を吐露する。その表情は物憂げであり、どこか遠い人を想うような寂しそうなものであった。

「正直言ってまだ分からない事ばかりで、俺、今どれが一番最適な行動か分らないんですよ。でも多分、というか確実に、身体が無事な内に、元の世界へ戻った方が良いんだと思います。
 俺は唯の平凡な青年ですから、帰れば何の危難もなしに、平和な日常を謳歌できる筈です。俺にとって生き易い環境が整っていて俺を庇護してくれる人達も居るから、そうした方が良い。生半可な知識や経験でこっちの世界を生きても痛い目を見たり心を傷つけてしまったり、或いは此方の人々を知らず知らずの内に侮辱してしまうのは明白。だから恥を晒さないうちに身を退いた方がいい。・・・答えなんて明白ですよ」
「・・・そう、ですか」

 慧卓の答えはどこか予想できたものであった。それはそうだ。彼はいわば事故に巻き込まれたような立場なのだ。元の生活に戻れるならその選択を選ばないなんて、有り得ない話だ。
 そう思うと同時に、不意に湧いてくる大きな寂寥感によって、表情が曇ってしまう。矢張り自分は彼に、好意的な感情を持っていたようだ。生まれながら王女となった自分の苦境と、突然知らぬ場所へと飛ばされた彼の懊悩を、自覚の無い所で重ね合わせていたのか。自分でもよく分からない。だがここで彼と別れてしまうのは酷く惜しい気がして、そして悲しい思いを抱いてしまう。
 俯いて暗い地面を見詰めたコーデリアに、慧卓は決断の言葉を述べた。

「俺、こっちでも生きてみたいんです」
「・・・え?」

 ーーーどうして?

 全く予想していなかった質問に、コーデリアは無意識にそう口走っていた。頭に理解が及ばず、ただただ疑問だけが満ちる。どうして自分にとって最善である筈の安全策を取らないのか。同世代の男性の中では群を抜いた優しさのある青年なのだ。きっと異世界も清らかで安寧に満ちている筈なのに、どうしてそこへと帰らないのか。
 困惑しきったコーデリアの表情を見て、慧卓は苦笑交じりに言う。

「まぁ、そんな反応になるのも無理はないですよね。変な偶然が重なって、別の世界に足を着けている。本当なら今、故郷に帰ってもいいかもしれない。いや寧ろそっちの方が人として正しい選択なのかもしれない。此処が故郷よりも危険で、冷たい世界だって知っているから。
 でも、折角こんなに真新しい世界に来たんです!認めたくないんです。今まで全く想像してこなかった世界で生きれるっていう可能性を、たった一度の決断で捨てるだなんて。それこそ、星と星がぶつかって新しい光が生まれるよりももっと少ない確率で、俺は『セラム』に来ているんです。そんな夢のような奇跡を一度手にしたくせにすぐ尻尾を巻いて帰るだなんて・・・そんなの勿体無いです!まだ見た事もない人や動物や、魔法があるかもしれないのに、帰るなんて出来ません!
 来訪の形はどうであれ、俺はこの世界にケイタク=ミジョーとして生きてみたいんです!自分にとって出来る事を、全部やってみたいんです!その後で堂々と、俺は元の世界に帰るとします!!」

 そう高らかに宣言した慧卓の目に、曇りや迷いなど微塵も感じられなかった。全て彼の本心から言われた言葉なのだ。
 コーデリアは惚けたような、呆れたような表情を取ってしまい、またも無意識にこう思ってしまった。そうだ、彼は小難しい言葉を話す事はあるが、基本、一人の馬鹿正直な青年なのだ。自分に嘘を吐くのが苦手で、目の前に広がる魅力的なものには飛びつかないでいられない、そんなどうしようもない青年なのだ。ロプスマで祭りをしたり、風吹き村で酔っ払って変な行動に出たのも、ただ単に彼が愉しみたいだけなのだ。

「・・・呆れた。欲望塗れね。だらしない哲学者みたい」
「まぁ、本当はただ、愉しみたいだけかもしれないですね。こっちの料理とか、自然とか、文学とか、歌とか!故郷の人達には心配を凄くかけてしまうかもしれないけど、でもねぇ・・・やっぱり見過ごせないんですよ。
 ・・・俺、本当に欲望塗れな事を言い過ぎてました?」
「言っている事が幼稚染みてるし、ロマンとかに走り過ぎ。ちょっと痛い気もしたし・・・よく恥ずかしくなかったわね?」
「ぐぬぬっ・・・」
「なにがぐぬぬよ・・・馬鹿なケイタク、ふふ」

 コーデリアはくすくすと笑みを零す。真面目に考えた自分が馬鹿みたいだ。

「まっ、いいか。貴方の奥底にずっと眠っていた本音が顕れたんだし。・・・すっきりしたでしょ?」
「超すっきりしたよ」
「あらそう?元気そうで何より」

 慧卓の若々しき顔に出た爽快な笑みを見て、コーデリアは安堵を喜びを覚えた。慧卓が異世界に帰らないという事に感情が揺れ動いている。彼の存在が自分の中で大きくなっている事を再び自覚したが、不思議と悪い気はしなかった。彼ならばと、寧ろ安心する気持ちさえ出てくるのだ
 などと考えてはいられない。彼の決心に応えねばと、コーデリアは崩れた口調を取り繕い、再び王女としての自分を飾った。

「さて、ケイタク様、これで貴方の心が分りました。それにお応えして、叙任式が終わりましたら契約を結んでいただきます。召還の器に、貴方の決意を刻むのです」
「・・・分りました。どうか見届けて下さい、コーデリア様。その時が来ましたら、私は王国の騎士となり、貴女に仕えます」
「・・・はい、お待ちしています、若き獅子よ」

 慧卓はそれに笑みを浮かべ、恭しく頭を垂れる。騎士としての凛々しき礼とは比べるべくもない御粗末な礼であったが、しかしその真っ直ぐな心意気は騎士のそれに匹敵するものであった。コーデリアは彼の覚悟がよく伝わったのだろう、凛然とした態度を貫き、彼に向かって慈愛の瞳を向けていた。
 そんな二人の仲睦まじき様子を、倉庫の二階の窓から眺めていたミルカは、うんざりするような小さな溜息を吐いた。

「結局全部やっちゃったじゃないか・・・あいつに出る分の給料、下げておくか」

 そう言いながら彼は、ちらりと階下の二人を除き見た後、倉庫の中へと戻っていく。近付いてくる夜から逃げるような野鳥の声が煩わしかったため、彼は何時もよりも乱暴に兵士らに激励の声を掛けたのであった。


 
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