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逆さの砂時計

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Side Story
  変わりゆく者達へ ~Message from will of the primitive~

 
前書き
ロザリア。貴女が目覚めたら、是非
聴いていただきたい話があるのです。

これは私の記憶であり、「彼女」の意思。
「彼女」が最期の最後に全力で残していった
「彼」への……そして、世界への、遺言。
 

 

 君みたいに小さな欠片の変化を停止させるなんて、あの子ってば酷い事をするねぇ。
 まぁ、そうしないとあの子に全部取り込まれちゃうし、わざわざ取り込まないようにしたってコトは、それだけ君の存在があの子にとって重要なんだろうけど。
 そうでなきゃ私も覚醒した意味が無くなるから、すっごく困っちゃうね。あはっ。

 ……おーい。大丈夫? まだぼんやりしているね。
 「レゾネクト」? なんだい、それ?
 …………ああ! あの子の事か!
 へぇー。あの子、後世ではそんな風に呼称されてるんだね。良いなぁ。羨ましい。
 ううん、違うよ。私はあの子じゃない。性を変えてもらってるだけの同じ顔だからね。間違えちゃうのは仕方ないかな。
 私はねぇ…………うーーーん、とぉ……
 ごめん、私を適切に表現する語句が見付からないや。
 いや、ほら。私が生きてた頃は殆ど「私以外には誰も居ない状態」だったからさ。白の陣になら「主」とか呼ばれてた時期はあるけど、君は白いものじゃないし。君に対して私を表す物なんて、「私」以外には思い付かないんだよね。
 そう考えるとやっぱり、あの子は少しズルくない!? 私より長く生きてるし、何らかの理由でそう識別しなきゃいけない必要性でもできたんだろうけど、それにしたって自分だけちゃっかり新しい呼び方されちゃってさ! ホンット、羨ましいぃっ! 私のほうが先に生まれたんだから、私にももっと別の呼び方が有ったって良いのに! どうして私には「主」しかないんだぁぁあああ!!
 強いて挙げるならあの子の素とか、だけど……。うぅっ。なんか、あの子のオマケっぽくて地味に悲しい……
 え? 「創造神」? 君達は私をそう呼んでるの?
 ふぅん……?
 創造神。原始にして根源たる者。作り上げる者。構築する者。混ぜ合わせ、組み上げ、定める者、か。
 響きはカッコイイね。厳密にはちょっと違う気もするけど、(あなが)ち的外れってほどでもないし。
 うん。気に入った!
 私のことは創造神って呼んで!
 と言っても、君達が創造神と認識している本当の私は、とっくの昔に消滅してるんだけどね。
 そうそう。この私は、本当の私が最後の力を振り絞ってあの子の内側に刻み付けた、私……じゃない、創造神の「欠片」だよ。
 あの子が誰かを意識に受け入れた時、その誰かに創造神(わたし)のお願いを聴いてもらいたくて。君が来るまでの間、ずーーっと此処で……あの子を構成する物質の中心で、こっそり凍結してたんだ。
 ちなみに君は今、器から魂を抜き取られて無理矢理停止させられてるんだけど、私が意識部分に介入してる状態ね。だから、ほら。私には接触できないでしょ?
 生命力を動かさないように意識を繋げるなんて、本来は矛盾した行為だし、すっごく難しいんだよ。創造神(わたし)、結構頑張ったんだから! えへんっ!

 ……………………ごめん。置いてきぼりにするつもりは無かったんだけど、私以外と言を掛け合うなんて、あんまり経験してこなかったからさ。ちょっと浮かれちゃってるんだ。嬉しくて。
 ……ふふっ 君は本当に、私じゃないんだねぇ。
 ああ、意味が解らないよね。大丈夫。これから全部、順を追って説明するよ。あの子が少なからず気に入ったのであろう君には、創造神(わたし)を……というより、あの子をしっかり理解してほしいからね。
 長い長い昔語りになっちゃうけど、どうか最後まで聴いておくれ。そうして、君が此処から解放された後、あの子に創造神(わたし)の言を伝えてほしい。それが私からのお願い。
 私にはもう、これくらいしかしてあげられないから。



 さて。私達を理解してもらう為には、君達の世界の始まりを語らなければいけないね。君は、世界の成り立ちを何処まで理解しているのかな?
 ……ふむ。一となる私が居て万物を創造し、営みの制約と善悪を定めた、か。
 まさに「創造神」の扱いなんだねぇ、私。大雑把には合ってるけど、やっぱり微妙に間違ってるような気もするなぁ。
 よし。じゃあ、其処から始めようか。

 創造神はね。実の所、いつから・どうして・どうやって・何の為に生まれたのか、自分でも解らないんだ。ただ、気付いたら「何も無いな」って呟いてた。それが全ての始まり。
 うん。呟いた時点では、明るさも暗さも、暖かさも寒さも、音とか時間とか空間とかも一切無かったんだよ。そもそも、そういう概念すら無かった。匂いも感触も何も無い場所で、ただただ唐突に「何も無いな」って意識と言が生じたの。不思議でしょ?
 だから、当然のように続けて生じたのは「何かって、なに?」っていう疑問。
 後世を生きる君になら、なんとなくでも解るんじゃない? 生物は基本、関連事項の一端すら一度も見聞きしてない・本当に知らない物事など、自力だけでは到底考え付かないし、容易には受け入れない。
 思考は、外部から(もたら)される情報と、意識に蓄積された知識の連鎖なんだって。
 「何かが在る」という状況を知っていなければ「何も無い」という認識はできない筈なのに、何も無い場所で生まれた意識が、何も無い場所を「何も無い」と認識した矛盾。
 それが疑問を産み、疑問は思考を産んだ。情報となるものを得られず、知識も保有してなかった思考は、「何か」への正答を求めてひたすらに空転を繰り返し、やがて気付いたんだ。
 「何かって、なに?」と考えている「私」は「何」だ? ってね。
 創造神は思考を重ねる意識……即ち「自分自身」にも疑問を抱いて、「自分自身」というものに定義を求めた。
 「私」は知らない「何か」を知っている。
 「私」は知らない「何か」について考えている。
 「私」は何も無い場所で「何か」を追求する「何か」。
 「何か」である「私」は、どういうもの?

 ……そうそう! 察しが良いね!
 その瞬間に生まれたのが、あの子だよ。
 あの子は、創造神の外形を正確に映した姿で、創造神の前に現れた。
 創造神は、創造神を認識するあの子を認識して初めて、自分自身以外の「何か」を思考の中に投影・分解・再構築し、意識の外へ実体を与える術が在る事実を「学習」した。
 ふふっ、少しばかり難しい言い回しだったかな?
 単純に言えば「存在に気付いた」って事だよ。
 現在、あの子の内側に、私が居て、君が居る。私と君とで言を交わしたから、お互いがこの状況を認識している事を、お互いに認識できた。
 でも、君が起きても私を認識できてなかったら、君の中に私は存在しなかったし、君は此処が何処なのか、推測はできても判別はつかないままだっただろう?
 私は確かに此処に刻み込まれているけれど、あの子を含む私以外の意識に全く認識されなければ、私はあの子の内側には居ないも同然なんだ。それと同じさ。
 あの子と創造神とがそれぞれの存在を認め合ったから、私達は「私達が在る世界」に気付けたの。

 凄いよねぇ。一つを認めれば、物事は延々と繋がっていくんだよ!
 例えば、複数の存在は数の概念を。音の認識は発信源及び受容体の形状と性質、双方の間に跨る距離、伝達物質の存在と量、振動と衝突と強弱の概念と因果を。
 立てば底、見上げれば上下、見渡せば前後左右、飛び跳ねたり座ったりで高低差が生じ、距離に区切りを付ければ空間、飛び越せば無限大へ。
 こんな風に、創造神とあの子がお互いに言を交わし出したから、「私達が在る世界」はどんどん拡がっていったんだ。
 そんな中、創造神は私達以外にも思考する意識……「意思」が在ったら良いのにと思い立ち、それまでの認識を応用して、初めて意図的に可視生物と物体を組み上げた。

 ……うん? あの子は創造神が意図して生み出した生命体じゃないのかって?
 そうだねぇ……後々にも話すけど、あの子は「創造神そのもの」だったから。創造神が組み上げた生物達とは根本が違うんだよ。君に託したい言も其処に繋がるんだ。タネ明かしはちょーっとお預け。ね?
 話を戻すよ。

 創造神が組み上げた生物と物体は、様々な形・様々な大きさで、創造神が視認していた範囲の世界をあっという間に埋め尽くした。景観とかは多分、光源や流動性が無かった事とか、真っ白か透明な物しか無かった点を除けば、君が知ってる世界と大体同じじゃないかな?
 ? 「流動性が無い景観」が解らない?
 あー……。どう噛み砕けば良いのかな……。風が吹いても揺れない木の葉とか、流れない河とか、波が立たない海とか、削れない岩壁、って言えば解る?
 ……動植物を模して作った玩具? 玩具って、どういう……
 っぉぉおおお! そう、それ! 生まれた順は逆だけど、見た目はまさにそれ、そのものだよ!
 等身大の「環境模型(ジオラマ)」!
 創造神が作った生物達には、君達のような摂取や排泄といった生体活動の循環が無かったからね。樹木に実や葉が繁ってても落ちたり枯れたりはしないし、水中にどれだけ多くの生物が居ても、水自体はそれ以上濁らないし透明度も上がらない。彼らは、創造神が考えて配置した理想の環境を崩すこと無く、創造神が示した通りに動いていたの。
 そう。総て「創造神が意図した通り」だ。
 聡明な君には解るだろう?

 創造神が組み上げた可視世界は、創造神の望み通りにしかならなかったのさ。

 滑稽だよねぇ。
 手を加える度に賑わっていくのは嬉しかった。それ以上に楽しかった。自分ではそう「思い込んでいた」のに、一部始終を創造神の隣で見てたあの子ってば、遣り遂げた感を満喫していた創造神に向かって言ったんだ。
 『つまらなそうだな』って。
 そりゃそうだよね。
 だって、創造神が組み上げた生物達は、創造神が知らない事は全く知らなかったし、判らない事が有っても各自で調べようとか考えようとか全然しないんだもん。
 何をするにも創造神を基準に置き、創造神が示した通りにしか動かないし動けない。故に、何事であっても決して創造神の想定外にはならないし、なろうともしないし、飛び越えていくことを良しとせず、足並みの乱れは決して許さない。
 結果、創造神と同じ思考が永遠に続くだけの世界だよ? それってさ。

 自分自身(わたし)と何が違うの?

 創造神は結局、外形が違うだけの自分を量産しただけだった。
 自分とは違う意識を求めていた創造神は、自分自身でしかない世界を「つまらない」と認識したよ。その上で、もっと違う意思を知りたいと願った。
 だからあの子は、世界の半分を「反転」したの。
 白を黒へ。透明を不透明へ。宙を翔るものは、地を駆けるものへ。創造神への崇敬を、彼ら自身の尊重へ。創造神とは真逆になるように。創造神が楽しいと思えるように。
 結果は……抜群だったよ! 少し前までの憂鬱が全部、嘘みたいに吹き飛んださ!
 反転させた黒いものと、元の白いものが、お互いに自己を主張し合ってね! 己の価値観こそが正しい! お前は間違ってる! って、喧嘩し始めてね!? 元々が同じ生物でも、在り方が違うだけでこんなにも目線が変わるのかって、すっごく吃驚した!
 自我の重点を何処に置くかで個の意識と集団意識の方向性が変わってくるとか、自身の思考を否定されると相手の存在を否定して過剰な自己擁護に回ってしまう性質とか、観察してるだけでも十分面白かったんだけど……(しばら)く傍観してたら、創造神を抹殺対象と見做して攻撃してくる意思もチラホラ出現し始めてさぁ。
 折角だから、創造神とあの子も対立してみようよ! って流れになったの。
 創造神は白いものを統轄する側で、あの子は黒いものを統轄する側。どっちが自陣の意見を最後まで押し通せるか勝負だーっ! とか言いながら潰し合ってたなぁ。
 決着? 着かなかったよ、勿論。
 創造神とあの子に力量差なんて無いからね。お互いの陣も均衡を保って、ただただ延々と。だらだらと。終わりが見えない戦いを飽きもせずに続けてた。
 そう。白が一つ消えれば、黒も一つ消える。黒が攻勢を強めれば、白も負けじと打って出る。意地も見栄もあったモンじゃなかった。戦いが目的の戦いだったんだ。創造神なんて、まるっきりお遊び感覚で。笑いながら夢中で()()を叩いていたよ。

 でもね。不意に気付いたの。
 白と黒の力が衝突した地点で、瞬き一回分の間だけ凄まじい熱量を放つ現象が発生してるって。
 初めの内は気の所為かと思って放置してたんだけど、周りでは常に全力での叩き合いが展開されてるからね。一度気付いちゃったらもう、気の所為じゃ済まされない頻度で目に入っちゃって。それならいっそ、と思って、戦いそっち退けでじっくり観察してみたんだ。
 この現象、正体は何だったと思う?
 そう。「光」だよ。
 性質面で対極に位置する白と黒の力が、接触すると同時に崩壊・飛散しながら極々小さな単位で反発と結合を繰り返し、白とも黒とも違う性質を持つ新しい物質へと変化していく……その過程が、網膜への刺激という形で可視化されてたんだ。
 パッと現れて直ぐに消える光は、そりゃあもう、すっごく綺麗だったよ! 元々が明るくも暗くもない世界だからね。「眩しい」って感覚がとても新鮮で、愉快で、興味深かった。
 けど、創造神が最も惹かれたのは、光に照らし出された世界の変貌だよ。
 どういう訳か、光が弾けてる間だけ、見知らぬ複数の現象が其処ら中で展開されてたんだ。
 例えば、大地に芽吹く新しい蕾。
 例えば、上空から降り注ぐ水滴。
 例えば、枯れて落ちる枝葉や花。
 それらは光が消えた後、新しい物質同士の衝突……「爆風」によって吹き飛ばされ、あっという間に不可視へと還ってしまうけれど。瞬きの間に通り過ぎてしまうそんな現象の数々を、創造神は確かに目や耳で捉え、体で感じ取った。
 もっとじっくり見たい・感じたいと好奇心に駆られた創造神は、創造神が光を観察している間ずーっと沈黙してたあの子を隣へ呼び戻して、どうすれば光と光が照らし出す現象を長期的に観測できるかの検討を始めてね。
 いろいろ試した結果、白・黒の生物や創造神とあの子がぶつけ合った力から生成される物質には必ず「元の形に戻ろうとする働き」が有り、それぞれが完全な単一性を持つ白と黒の世界では結局、世界や白・黒の生物や私達の存在に吸収されてしまうと判明したの。
 君に解りやすく例えるなら……液体は蒸発させれば気体へと変化する。でも、蒸留したら液体に戻るよね、ってトコかな。
 要するに、私達や白・黒の力が一時的に細かくなった結果発生しただけの光と光が照らし出す現象は、私達(みなもと)が同次元に存在している限り、どうやっても長続きしないんだ。
 其処から割り出された観測条件は、大まかに四つ。

 対極性質の力を定点で衝突させ続ける事。
 新しい物質の飛散速度と衝突を和らげる事。
 元に戻ろうとする物質の働きを阻害する事。

 一つ目は簡単だ。光の正体は「対極に在る二つの力が衝突後に砕け散り、細かい単位で反発と結合を繰り返しながら新しい物質へと変わっていく過程」なのだから、これまでよりも遥かに膨大な量の材料(ちから)を注ぎ込んで、変化が完了するまでの間を引き延ばせば良い。
 白・黒の力量では全力でも瞬きの間で終わってしまうし、創造神と性質を反転したあの子がやるしかないなって結論は早々に出たんだけどね。
 問題は、二つ目と三つ目だ。
 光らせ続ける為に、より強大な力量を反発させる。までは良しとしよう。
 でも、定点に注ぎ込む力量と接触する勢いが比例した結果、飛散する勢いまで高めてしまったら? どうなると思う?
 うん。
 岩を破砕するつもりがうっかり粉砕しちゃった感じで、新しい物質の生成から不可視化するまでの間が極端に短くなるね。
 これは非常に厄介だ。
 光が照らしている間だけ見えて、直後の爆風で不可視化する……ということは、創造神が捉えた現象の正体は「光が白・黒の生物や物体に反射して造った虚像(さっかく)」か、そうでなければ「生成直後の新しい物質同士が互いに影響を与え合って作り出した実像(ほんもの)」だろう。どちらにしても、確証を得る為には「創造神とあの子が作り出す変換熱量に耐え得る生物・物体」と「新しい物質の生成から像を結ぶまでの余裕」が必要になる。
 どんなに新しい物質を量産しても、なんらかの活動を示す前に世界が吸収しちゃったら元も子もないでしょ? ってコト。
 そういう訳で導き出された四つ目の観測条件が

 排出され続ける変換熱量に耐性を持ち、生成された新しい物質を像が途切れない程度の速さで拡散させながらも、その先では決して私達に吸収されない、新しい法則で形成された隔離空間を創る事。

 ある程度の道筋をつけた創造神とあの子は、まず、白・黒の戦いの中心から遠く離れた場所に在る湖の中で、お互いの力を混ぜ合わせて新しい組成の空間を展開した。
 水は空気より高密度だ。仮に組成の失敗で空間が爆発しちゃっても、水中であれば白と黒の世界への影響は大幅に軽減できるからね。まぁ、無事に頑丈な空間が作れたし、それ自体は杞憂に終わったんだけど。
 とりあえず出来上がった空間内でお互い同時に最大限の力量を放った後、私達は白と黒の世界へ戻って外側から経過を見守ったよ。
 君達の感覚ではどのくらい見てたかなぁ? 朝と夜が千回……いや、万……、億? …………うーん……ごめん。ちょっと数え切れないかも。悠久とか久遠とか、その程度だと思ってくれれば良いかな。
 とにかく、長ーい間じぃーっと見てたらね。
 なんと! 最初に放った力が直視できないほどの激しい光で空間内を満たして(しばら)く経った後、飛散した光の欠片が種々様々な性質を持つ可視物質へと変化したばかりか、物質同士で衝突を繰り返しながら大小様々な塊を少しずつ無数に形成し、それぞれの近くで生じた特に大きな塊の周辺をぐるぐると回り出したんだ!
 途中までは(おおむ)ね予想通りだったけど、まさか可視化された物質が円を描くように動き回るなんて! 当時は、いったい何が起きたのかと思ったよ!
 きっと最初に衝突させた時、双方の力の中心点が微妙にズレてたんだろうね。
 向かい合って(はし)る力の中心点がズレると、「先へ進もうとする働き」の他にもう一つ、「先へ進もうとする働きに引き摺られて逆走する働き」が生じるんだ。この二つの働きが絡まり合うと出来る物、解る?
 渦、だよ。
 実質限りが無い白と黒の世界では、どんな形で飛散してもいずれ空気中で失速・霧散・不可視化・吸収されるだけで、周囲に影響は残せない。でも、新しい空間は透明な密閉容器みたいなものだから。元に戻ろうとしても戻れない物質は、どんなに細かくなっても完全に消滅するまでは存在し、他の物質に影響を与え続ける。
 最初の衝突とほぼ同時に発生した「先へ向かう働き」と「逆走する働き」が飛散する欠片の動きを複雑化させ、続けて起きる新しい物質同士の衝突でもズレを生む。すると、小さな単位でも渦が出来上がるだろう?
 渦はやがて一点に集束するものだけど、衝突した際の反発力と二つの働きが均衡を保っている間は、お互いに一定距離を保ってくるくる回るだけだからね。多分、私の推測は間違ってないと思う。

 で。
 一応、湖を透過する光が白と黒の世界に虚像を作ってない事を確認した私達は、空間内部の温度が下がるのを辛抱強く待ち続けて、もう入っても大丈夫かな? って頃にやっと、結界を纏って塊の一つへ降り立った。
 塊から見上げた宙は真っ黒で、なのにとっても明るかったよ! 創造神とあの子が衝突させた力も、新しい物質同士の無数の小さな衝突も、計算していた以上に(まぶ)しく光り続けていて。もっと見たい・感じたいと望んでいたあの現象に近い景観を照らし出してくれてたんだ。
 まぁ、近いと言っても決定的な何かが足りてないなって感じがしたし、もうちょっと傍観してたほうが良いかも知れないなぁって、デコボコな塊の上を観察しながらあの子と話し合ってたんだけど……。
 そうこうしてる間にさ。降りてきちゃったんだよね。
 見慣れない光量に惹かれて侵入して来た黒の陣と、彼らを追いかけて来た白の陣が。
 あれは本当、もんっの凄く焦ったよ!?
 局所的には生物が降りても問題無い程度に冷めていたとはいえ、空間内部全体で考えればまだ安定してなかったのに! 白・黒とは組成を変えているにしても、「私達に戻ろうとする」物質がわんさか漂いまくってる所へ「私達が作って反転させた生体が」何の対策もせずに続々押し寄せてきちゃうんだもの!
 しかも、降りて来てまでドッカンドッカンと遠慮無く力をぶつけ合っちゃって! 降り立った塊の一部を好き勝手に燃やすわ凍らせるわ変形させるわ……両陣に「壊れるから止めて!!」って言っても、「相手が止めないから無理」とか主張するばかりで全然聴いてくれないし!
 そりゃ、自分とは違う意思が在ったら良いなぁとは思ってたよ? 実際、黒いものとの主張合戦は面白かったしね。白いものが創造神に対する自己主張を覚えた事自体は喜ばしいよ。
 でもね。この時ばかりは、ね。

 創造神、頭にきちゃった。

 「来たれ! 変質(ひかり)の化身・黄金(ゴールデン)粉砕者(ドラゴン)!」

 いや、塊から見る私達の力の光が黄金色だったから。其処に着想を得て、つい、その場の勢いで造っちゃったんだよね。
 密閉空間には無い組成且つ一定以上の力量を無差別に取り込んで体内で分解しつつ、取り込んだ力の分だけ、対象を空間に強制適合させる極微細な刃を生成・密集して形作る黄金の(ブレス)……別名「分子破砕機(モレキュールシュレッダー)」を吐き出す、ゴールデンドラゴンちゃん。
 今考えると、我ながらえげつないね。
 でも、今までに無い恐そうな見た目で自分達の存在を破砕しちゃう巨大種族が出現した事で、両陣は(ようや)く空間から退いてくれたよ。
 一時的な撤退だろうけど一先ず安心だーって、改めて辺りを見渡したら……
 塊がね。一変してた。
 白と黒の陣が来るまでは無かったものが、塊の表面を丸く覆い尽くしていたの。
 
 融ける氷で波立つ海面に弾かれた黄金の光が、透明な大気で揺れる空間を水色に照らし。生まれ出た喜びに咲く橙色の花は、蒼天に響く力強い言霊と共に、柔らかく優しい桃色の旋律を奏でる。藍色の深く広い慈悲に育まれた緑は、赤い衝動に支配された命を包み込んで育む。その総てが重なり合って虹色の時間を刻めば、経験はやがて暮れ沈む紫に染まり、積み重なった記憶は夜の(おわり)を越えて、朝の純白(はじまり)へと還って行く。

 それは創造神が求めていたもの。
 白と黒の世界では瞬きの間で消えてしまうもの。 
 創造神が最初に疑問を抱いた「何か」の答え。
 即ち、全位に方向性を持つ「万象」……

 「色彩(へんか)

 そう! これが、君達が生まれ育つ「(せかい)」の始まりだよ。
 それらを見て・聴いて・触れて・感じ取った瞬間の感動が、君にも解るかい?
 素晴らしい! なんて美しい連なりだ! 一つ一つが確固たる方向性を有しながら、影響し合うことも溶け合って新しい方向へ向かうこともできるなんて! まさしく奇跡! 白だけでも黒だけでも、両方揃っていても足りなかった。当然だ! 創造神は、この鮮やかな法則で彩られた世界をこそ望んでいたんだ! って、胸の高鳴りを抑え切れなかったよ。涙なんかもボロボロボロボロ溢しちゃってね。
 ……でも、喜びは束の間で引っ込んじゃった。

 うん。君の言う通り。
 君達の世界は「有限」だ。
 私達が引き延ばした現象の当事者である君達には分かり難いだろうけど、君達の世界の法則は「一瞬開いて閉じる」が全て。君達の世界に生じた色彩(へんか)は、白・黒がばら撒いてゴールデンドラゴンが砕いた力の欠片と新しい物質が尽きた瞬間に幕を閉じるだろう。そして、空間全体が完全に冷え切ったら。つまり、私達の力が変質を終えたら。
 君達の世界は消滅する。
 創造神が白と黒の世界で体感したままに。避けようもなく、絶対に。確実に。
 哀しかったよ。
 生まれた瞬間……ううん。生まれる前から求めていた色彩が、有限の内でしか観測できないなんて。こんなにも綺麗な世界が、実際に存在する世界が、幻みたいに呆気なく消えてしまうなんて。
 すごく…………嫌だったの。
 だから

 創造神の核を、君達の星に埋めた。

 せめて、色彩(へんか)がより長く続くように。ゴールデンドラゴンが砕いた欠片を一定の大きさに戻して空間全体へ行き渡らせ、可能な限り変質(ひかり)が持続するように。ちゃんと、元の形に戻ろうとする働きを助長して集束が加速しないように、強制排出と撹拌機能を付与してもらってね。
 それから、ごちゃ混ぜにさせ過ぎないよう物質の誘導係を作って核の近くに配置した後、あの子と一緒に白と黒の世界へ戻り、空間と湖との間に網状の結界を張ったんだ。
 その上で「網目は個として存在できるギリギリの大きさで、一度でも通り抜ければ完全な単一性を誇る白や黒には戻れない。ゴールデンドラゴン達も置いて来た。それでも良いならどうぞ、いってらっしゃい?」って黒いものに言ってやったら、躊躇いもせずに全員で突っ込んで行くんだもの。声を上げて笑っちゃった。どんだけ退屈してたんだよ! ってさ。
 白いものはさすがに二の足を踏んでたけど、黒いものが空間内で悪さするんじゃないかと心配になったみたいだね。結局、創造神とあの子だけを残して君達の星へ跳んで行った。

 満足だったよ。とても満足だった。
 純白だった髪や目が色を含んじゃうくらい脆弱になっちゃったけどね。色彩を残す為の手段を考える時間は、戦いなんかじゃ比べ物にならないほど楽しくて充実してた。
 知ってるのに知らない「何か」の答えもきっちり得られたし。喧嘩っ早い白・黒が網目を潜り抜けたおかげで色彩にも幅が出る君達の世界はきっと、創造神が思うよりずっと綺麗に輝いていくんだろう。創造神が消失してもあの子は変わらずに存在し続けるから、今後はあの子が創造神の分まで見守ってくれる。何処にも憂いは無い。そう思ってた。
 でも、とんだ思い違いだった。
 あの子ね。消える寸前の創造神に尋いたんだ。

 『俺はこれから、どうすれば良い?』

 ……言ったよね。あの子は創造神そのものだって。
 あの子の口癖、「お前がそう望むなら」なの。
 創造神が何を言っても、何をしようとしても、何をさせようとしても。核を埋めた直後、星の生物に倣って雌雄を分けた時でさえ。あの子は必ずそう答えてくれた。
 あれ、創造神が消滅する間際までずっと、創造神がしたいようにすれば良い。その手助けくらいはしてやるって意味だと思ってたんだけど……本当は違ってた。
 『あの子には自我が無い』
 あの子は、「自分自身」に定義を求めた創造神が無自覚の内に自分から分離させた「もう一人の創造神」。創造神に外形と性質を視認させる為だけに生まれ、創造神が求めたから創造神の望みを受動的に叶えるようになった「完全なる複製(クローン)」。生まれた時から創造神という基準が在ったあの子自身には疑問を抱く余地が無く、その所為で意思と呼べるものが「初めから」備わってなかったんだよ。
 だから、創造神と同じものを見て・聴いて・体験していても、同じようには感じてない。知識として蓄えているかどうかすら怪しい。そもそも、能動的に何かを考えたり実行したりができないんだ。ある意味、指標を示せばそれなりに動く白いものよりも空っぽだった。
 ゾッとしたよ。
 あの子の本質は、創造神を映す為に生まれた『鏡』だ。
 じゃあ、映すものが居なくなったら『鏡』はどうなる? 創造神と同じ力量を有したあの子を単体で遺してしまったら、あの子は其処から何処へ向かう?

 ……そうだね。
 あの子は自分がどうするべきかを知る為に、核を手放す前の創造神と同じ力量を用いて創造神の痕跡を追う。消える寸前に張った結界なんて、白・黒はともかくあの子にとっては障害物でもなんでもないからね。あの子はあの子のまま、創造神の影を求め続ける。
 そして白の陣は、黒の陣を統轄していたあの子が君達の星に留まる事を決して許さない。
 君とあの子が出逢うまでに起きたであろう惨劇の数々が目に浮かぶようだよ。

 創造神は失敗した。
 違う。失敗し続けていた。
 あの子をちゃんと見てなかった。

 教わる機会も学び取る術も与えられなかったあの子は、いつか自分自身を取り巻く総てに疑問を抱くだろう。けど、その疑問はきっと解消されない。創造神に対するあの子のような、『鏡』に映る存在が現れない限り。あの子自身を正面から見据えてくれる存在が現れない限り。
 疑問はあの子の中で(わだかま)り続け、理解できない物事はあの子を深く傷付ける。それでもあの子はたった一人で、傷付いた自覚が無いまま、目に見える総てに理解を求め続けるんだ。
 なんて酷い牢獄。
 なんて残酷な仕打ちをしてしまったのか。

 創造神の我儘があの子に与えたのは、永遠の孤独だ。

 あの子だけじゃない。君達の世界にも、白・黒の生物達にも、ゴールデンドラゴン達にも。創造神とは違う意思を求めておきながら、自分自身の欲求を投影するばかりで、本当の意味では最後まで誰とも向き合ってなかったんだよ。創造神(わたし)は。
 それに気付くのがあまりにも遅すぎて、伝えるべき言は間に合わなかった。
 届けなければいけなかったのに。理解させなければいけなかったのに。
 君のその手を伸ばしなさい、差し出しなさいと……「目の前の総てを認めなさい」と、そんな、たった一言さえ、あげられなかった。


 私は創造神の「欠片」。
 後悔と惜別と、最後の我儘が遺した欠片。
 あの子もいつかは大切なことに気付いてくれると信じて眠るしかなかった、非力で無力で他力本願な大莫迦野郎なのさ。
 なんだかすっごい大仰に崇めてもらってたみたいなのに、呆れさせちゃったかな?

 ……ふふ。ありがとう。

 じゃ、本題だ。
 あの子には「ごめんねぇ。でも、それは自分で見付けて欲しいな。これから始まる世界の何処かに有ると思うんだ。そうだ。宝探しをしてみてよ。君が君を見付ける瞬間を楽しみにしているよ。頑張ってね、私の鏡」って伝えてほしい。
 聞き入れてくれない可能性? それは無いんじゃないかな。
 どんな経緯があったにせよ、君は空っぽだった筈のあの子が自発的に形を保たせている唯一の存在だ。そんな君が向き合う姿勢を見せてくれれば、あの子はきっと応えてくれるよ。時間は掛かるかも知れないけどね。なんせ、ほら。あの子はもう一人の大莫迦野郎(どんかんやろう)だから。
 どうしても駄目って時は、私も微力ながら援護するつもりだし。
 手を煩わせて申し訳ないけど、よろしくお願いします。

 それから、後世を生きる総ての者へ。
 限り有る世界に生まれた君達は、長短の差はあれど、いずれ必ず終わりの刻を迎える。終わりが定められた世界で自我を持つ事自体、理不尽で無意味に思えるかも知れない。或いは、消えたくなんかないと限りを恐れているかも知れない。創造神も、最後はそうだったからね。何も伝えられないまま消えてしまうのは、とても怖くて、哀しかったよ。
 笑っちゃうよね。
 自分が消えゆく身になって初めて、白・黒との戦いがどんなに無駄な事だったか、創造神やあの子に消されていった命がどれほど悔しい思いをしていたのかを理解したんだから。本当、最低だったと思う。
 だからって訳じゃないけど……

 君達は、君達が思うままに生きて。

 白いものや黒いもののように、誰かや何かに付き従ったり、無理矢理合わせる必要なんか無い。
 君達自身が、君達自身の意志で、君達が認識する世界を構築していってほしい。
 時間と時間を繋いだ先で、有限の君達が結界を越えて白と黒の世界へ辿り着く。そんな驚きの展開があっても良いよね。勿論、其処に禁忌は無い。危険はいーっぱいあるけどね。やれるところまでやってみると良いよ。
 ただね。
 ただ……君達の意思(じゆう)が、同じ時間を生きる誰かと向き合って認め合えるものだという事実だけは、どうか忘れないで。
 君達の魂は一つ一つが違う色を放つ光だけど、それは他の色を塗り潰す為のものじゃない。

 君達は「個」であって「孤」ではない。

 創造神を魅了した君達の輝きが、可能な限り連綿と受け継がれていくように。
 私が消えた後も、ずーっと祈っているよ。


 …………ああ…………
 君に出逢えて、君に言を託せたからかな? 一気に疲れが襲ってきたよ。まだ見届けてないのに、私ってば焦りすぎだねぇ。ふふっ……。

 ……ねぇ、君。
 最後に一つだけ、良いかな?

 ……私に……
 
 …………この「私」に、ね…………

 ……こ…………こゆ……………………


 っごめん! なんでもない、忘れて!

 えっと、ほら!
 私も、ずっと力を使ってたら消耗しちゃうからね! 意識への介入を切るよ! あれやこれやと、いきなり押し付けて本当に申し訳ないんだけど! 後は頼んだ!!
 君も、最後まで頑張って!
 じゃあね!


 …………元気でね!



 ……ばいばい、元始の欠片を持つ君……









  
 

 
後書き
私に全てを教えてくれた「彼女」の意識は
もう何処にも無いけれど。
せめて、「彼女」が愛したこの世界へ
「彼女」個人を表す名前として
相応しい響きを託したい。
そう、思っています。

神々の言葉で「死を混ぜる者」と呼ばれた
「彼」、「レゾネクト」と同様に。

神々の言葉で「輝きを混ぜる者」を意味する
  「エルネクト」 ……と。

          〖Side Story・完〗 
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