君色に染まりて
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5
「あいつに何もされてないよな?」
絡まっていた髪に。すっ、すっ・・・・・・と櫛を通しながら『ナポレオン』と名乗った彼が問う。
「は・・・はい」
服の釦をすべて嵌め、スカートも纏ったあと。ちょうど彼が櫛を通し終えて。
「俺について来い。・・・・・・・・伯爵の元へ引き合わせてやるよ」
「は、はい!」
★☆★☆★☆★☆★☆★
目覚めたばかりの彼女の手を引いて、屋敷の中を進む。
灰の髪が陽光を受けて煌めいていて。
すべてを見透かすように澄んだ蒼い瞳は
いまは怯えを宿し伏せられた長い睫に覆い隠されていた。
「伯爵。・・・・・・・・・アズリが目を覚ましたが」
「・・・・・・・・・・入りなさい」
穏やかな声が命じる。
ナポレオンの背に半分隠れるようにして、彼女が部屋へと足を踏み入れて。
「怯えることはないよ。君を傷つけはしないさ」
微笑んで見せれば、すこしだけ瞳の奥の怯えが解けた。
「伯爵、俺はもう行くからな」
「あぁ。彼女を連れてきてくれてありがとう、ナポレオン」
彼は肩をすくめるだけで、部屋を出ていった。
「座ってくれないか。
話をしよう・・・・・・・・・、この屋敷と住人たちについての」
「どういう、事ですか・・・・・・・・?」
「それは・・・・・・・・」
それから彼女は。
此処が『19世紀フランス』だと云うこと
屋敷の住人たちみなは『永遠に等しい時間』を手にするためヴァンパイアとなった事
そして元の世界へ戻るための扉は
ひと月経たないと開かない・・・・・・・・と云うこと等を聞いた。
「そんな・・・・・・・・・・・。」
彼女は唇をかむ。
「そこで、だ。ひと月の間、この屋敷に滞在しないか」
「え・・・・・・・・?」
「不慮の事態とは言え、君は客人だ。
俺も・・・・・・・、そして彼らも君を傷つけはしないさ」
(伯爵は厚意でこう言ってるみたい・・・・・・・。なら)
「これから・・・・・・・お世話になります」
「あぁ、よろしくねアズリ」
一瞬だけ、伯爵の瞳が妖しい光を帯びたように見えたけれど。
だけどすぐにそれは消えて、温かな手と握手を交わした。
「セバスチャン・・・・・・・・、彼女を部屋へ」
「かしこまりました。・・・・・・・・アズリ、此方へ」
「は、はい!」
★☆★☆★☆★☆★☆★
一人きりになった伯爵は、来訪者を思考に載せる。
灰の髪はさらさらと滑らかで、彼女の首元をふわりと隠していて。
たしかな意思を感じさせる瞳は、怯えを宿しながらもまっすぐに自分を捉えていた。
「やはりとても、君に似ていたね・・・・・・・・。ラヴィア」
亡き恋人の姿を思い浮かべ、儚く笑んだ。
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