藤村士郎が征く
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第24話 凡夫の犬歯は、気高き名犬に届き得るものなのか
川神学園の第一グラウンドにて、義経に挑戦を希望する生徒たちによる戦いが繰り広げられていた。
彼女と戦いたいと言う生徒は学年性別区別なく、大勢いるため、消化するのにここ一週間は経過すると思いきや、義経の実力が高すぎて、彼女の前に挑戦者たちは短時間で一気に減っていった。
そして本日、最後の挑戦者が義経の前に現れた。
動きやすさを追求するために鍛錬時も体操着。
長髪成れど、サクランボの様な髪留めで、ポニーテールもトレードマーク。
目はくりっくりっに大きく、赤い瞳に活力を貰えそうな笑顔。
常に努力をし続けて怠らない、川神院の養子にて川神の名を受け取った女の子。
現在、士郎と雫の下で修業中。
川神一子、此処に推参!!
「義経は、東西交流戦の折、川神さんの戦いぶりを見てたから、矛を交えてみたいと思っていたんだ!」
「そ、そう?ありがとう!けど、私はまだまだ未熟な身だよ?」
「それを言ってしまえば義経もだ!兎も角、こうして義経に挑戦してくれて嬉しいんだ!」
本当に嬉しそうに笑顔を作りながらも、剣の切っ先を下へ向けて何時でも動ける姿勢になる。
そんな義経に対して一子は、自身も両手で薙刀を掴みながら構える。
(さっきまでの義経の戦法を見る限り、突っ込んで来るわね)
士郎と雫の修業の元で、意思確認のためにハッキリと武術の才能が無いと言う事で話し合った上で、それでは彼女はこれから如何すればいいのかという疑問から、今迄とは比べ物にならない位の考えながら戦う武芸者を目指すと言う事で話は済んだ。
元々彼女が武術家を目指した理由は、川神の養子となったからだけでは無い。
最初は単に、御姉様に憧れたため、彼女の戦法を真似するようになったのだが、『天性の鬼才』と『才能無し』の差は歴然過ぎて、一子が真に川神院師範代を目指すなら、そのこだわりを捨てた上での自分に合った戦法を築いて行かなければならなかった。
川神院は、如何しても根性論の節が強すぎるためと、可愛い孫と可愛い徒弟と言う愛情から、一度は現実を見据えたにも拘らず目を逸らしてきたため、今迄自力だけはついていたが基本的には悪循環の形成でしかなかったのだ。
そのため、今では士郎と雫の考えた訓練で、戦術を組むために頭の出来を良くしないと話にならないので、勉強に対する姿勢の大幅改変を行わせてから、観察眼も鍛えさせている。
魔術師では無いが、才能や力が無いないしは足らないのであれば、他の力で補う、他所から持ってくるのが士郎の経験上での一子に対する答えだったのだから。
「ヨォオオシッ!両者準備はいいネ?それじゃあ、いくヨ。レェーツッ!ファアイッ!!」
審判であるルーの掛け声とともに、2人は今ぶつかり合った。
-Interlude-
「もうヤッテルヨ。シロ兄!」
「解ってるから、そう急かすな」
準との決闘を終えた士郎一行は、義経に挑戦している一子の応援に来ていた。
この決闘の主役である2人を囲むように人だかりが出来ていたので、それに混ざるように観戦する事にしたようだ。
「一子は、義経相手に奮闘しているようですね。若」
「ああ、今のところな」
お互いに威力よりも、手数による技で切り結び合っている。
とは言っても、矢張り流石の源義経のクローンか、彼女の方がやや優勢だ。
本来の彼女の実力を考慮すれば、現時点ですでに大きく戦況は傾いていただろうが、多くの挑戦者と戦っていたために本人すらも気づいていない様だが、動きの切れが全開時に比べて6割5分~7割にまで減少していた。
「なんという苛烈さだ。義経は驚愕した!」
まだ、対戦相手である一子に賞賛を送る暇は有る様だが。
そんな義経のアクションに、どーもと言う返事をしながら苦笑いをする一子。
別に称賛を送られた事について苦笑いしたのではなく、仕掛け中だった戦法を義経の思わぬ対応に仕切り直しを余儀なくされた事だった。
「如何やら初めからやり直すようですよ?一子は」
「そうみたいだな」
「何の事ですか?士郎さん」
「アレ・・・・・・ですね。士郎」
~回想~
時間を遡り、本日の早朝。
藤村邸では何時もの様に一子の修業を行っていた。
「隙アリ!」
「違う、それはフェイクだ!」
「きゃうん!?」
士郎の偽装された隙に引っかかった一子は、飼い主に叱られた飼い犬の様な悲鳴を上げて、軽く吹き飛んだ。
「うーーん。士郎さんの戦法は、どれが本物の隙でどれが偽装か判らないわー」
立ちながら唸る一子の様は、もし彼女が本当に犬ならば耳が垂れており、クーンと悲しそうに鳴いている事だろう。
「そこが肝なんだよ、一子。特にこの戦法はカウンターも上達しなければならないしな。強く成りたいと馳せる気持ちもあるだろうが、この道は地道な努力が肝心なんだよ」
「クーン・・・」
今度こそ本当に鳴いた。
「だがその前の隙の偽装は、なかなか良かったと思うし・・・・・・一子」
「は、はい!?イッ、イエッサー!」
別に怒られているワケでは無いのに、直立不動に加えて何故か敬礼をする。
「今日か明日には、彼女――――源義経に挑戦するんだろ?」
「は、はい!順番次第だからもしかすれば、それ以上に成っちゃいますけれど・・・」
「そうか・・・。なら、一子自身で最終的に決める事だが、教えたこの戦法を解禁する」
「え・・・・・・えぇえええぇええええ!!?」
士郎の言葉に、大げさではないかという位に驚く一子。
「いいの!?士郎さん!修業を始めたばかりの頃は、勝手に真似したから、あんなに怒ってたのにぃ・・・・・・」
「それはそうだろ?まだほとんど最初っからの頃の話だし、それに加えて勝手にアレンジしながら百代の戦法にも拘るって言う、中途半端だらけなちぐはぐ状態だったからな」
「ふぐっ!?」
「けど、今の一子になら、なんとか・・・・多分・・・・もしかすれば・・・・ギリギリ・・・イケるだろう!」
「どっ、どっちなの!?」
士郎のはっきりしない態度に不安がる一子。
「だが今回の内容如何では、また暫くの間禁止にする事も有り得るからな」
「ええ~!?」
「当たり前だろう。昨日から正式に、鉄心さんとルー師範代から任されたんだ。にも拘らず、その責任を放棄など出来る筈も無いからな」
「むむむ・・・!」
私なら大丈夫よ!と言いたい一子ではあったが、この戦法の達人と言ってもいい位の人に、そうまで言われれば引くしかなかった。
「話はついたようですね」
所要で少しの間、その場を離れていた雫が戻って来た。
「ならその訓練も兼ねて、私と軽く手合わせしましょうか?一子」
「い、いいいやだわ~、私これから、ジャンヌと朝食の準備があるんだったわ~」
気圧される一子は、そんな言い訳で逃走を図ろうとしたが、後ろから雫に肩を掴まれた。
「心配いりませんよ。お嬢様の手伝いなら、若が向かわれましたから」
「!??」
雫の言葉に、先程まで居た士郎が、庭の何所にも居ない事に気付いた。
如何やら雫が戻ってきた事と、今日の自分の役目を終えたと判断した士郎は、交代する様に一子に声を掛けずに家屋内に行った様だ。
「さて、もう何の心配もいりませんね。お嬢様と若の朝食づくりを邪魔しても何ですから、あちらで続きをしましょう」
首根っこを掴まれ、引きずられながら訓練の場所から離れていく一子。
「ゆ、赦して雫ぅ~~~~!」
懇願も空しく、ある意味川神院以上のスパルタを一子は雫から受けた。
~回想、了~
「――――と言う事ですね」
「し、雫も大概なのだ・・・」
スパルタの内容がそれほどだったのか、小雪が珍しく気圧されていた。
「いやー、今の雫さんの表情にゾクゾクッときてしまい、私の中のマゾヒズムが遺憾なく騒いでしまいましたよ!如何です雫さん?今夜は七浜で、デートしてくれませんか?全裸で」
「お断りさせて頂きます。私の身も心も既に、若のモノですので」
「大丈夫です。私は受けの方が得意なんですよ?なんなら士郎さんも一緒の3人でのデー――――」
「断る!と言うか、俺の事は諦めろと言っておいたはずだぞ!?」
「そう簡単に諦められるモノではありませんよ?何しろ、私が同棲愛好者への目覚めの張本人なんですから!」
手を握り締めて力説する冬馬。
「皆さん、漫才もそろそろ切り上げて下さい。一子が奮戦中なのですから」
ジャンヌの言葉に、冬馬以外が頷いた。
「私は本気も本気だったのですが・・・」
「と・う・ま・君♡」
「――――解りました。私も命が惜しいですから、今日の所は引きましょう」
(金輪際にしてくれよ・・・)
士郎は切実に、そう思った。
そこでナイスタイミングだったようで戦況が動く。
刃部と柄部を使いまわしながら、義経のスピーディーな猛攻を辛くも防ぐ。防ぐ、防ぐ!
「はっ!くっ!?ふっ!やぁああ!」
全て防ぎつつあるが、武術に少しでも心得がある以上の者達からの視点では押されているのは一子だった。
それは当然、まるで美しき剣舞を振るっている本人――――義経自身が理解していたが、訝しんでいた。
(如何いう事だろう?此処までで、川神さんの一番の武器は集中力だと言う事が解ってきたと思ってたんだが、違ったのか?乱れてきている)
あくまでも、実直で真面目かつ謙遜な態度を崩さない義経は、自身の猛攻により一子の集中力が切れていると言う現実に訝しんでいたのだ。
そんな義経の疑問には賛同せずに、一子自身が劣勢に立たされているので焦っていると考えていた友人達が、ギャラリーたちに混じっていた。
「川神一子の集中力が落ちてきているぞ?宮子」
「押され始めてるからね。まぁ、源義経相手じゃ無理も無いけど・・・」
矢張り友人たちは、一子の心境に気付いていなかった。
一子の最近の変化した点、戦闘と言う考える事が厳しい状況で、冷静に観察しながら勝利を無理矢理掴むと言うスタイルの変化に。
(ここよ!)
自分はさも追い詰められて、一発逆転を狙っているかのように、義経に向けて重い一発を薙刀に乗せて振り下ろす。
「甘い!」
その一撃を、瞬時にバックステップで少し後退して躱した後に、すぐさま、体勢を取り戻させない様に一子に向かって突っ込む・・・・・・が。
「何!?」
重い一発を躱されたせいで、体勢が整っていないからこそ突っ込んだと言うのに、一子はいつの間にか迎撃態勢を整えており、薙刀を振り上げる態勢になっていた。
「はぁああああ!」
「クッ!?」
そんな一子の迎撃態勢に、無理矢理足による急ブレーキで地面を踏ん張りながら勢いを殺してから、また後方に緊急的に下がった。
その緊急時の判断は自身の体を守り、体全体だけは一子の振り上げによる射程内からギリギリ脱出できたが、彼女の得物である日本刀だけは駄目だった。
「なっ!?」
どよっ!!?
薙刀の刃部が日本刀の頭に当たり、義経の手元から宙に飛んだ。
無理な体勢からの緊急離脱により、力の加減具合が下半身に集めてしまい、上半身の腕力を少しばかり抜いてしまった原因も上げられた。
その事態にやられた本人も、ギャラリー達も驚くがまだ終わりでは無かった。
「やあ!」
「えぇええ!?」
何とこの得物有り無しの戦況の有利さを投げ出すかのように、一子が義経に向かって自分の得物である薙刀を放り投げたのだ。
これに虚を突かれた義経は、ほんの1秒ほど、思考が真っ白になった。
そんな大きな隙を見逃す程一子は甘くない――――と言うよりも、この一連の流れは、一子が一生懸命考えて創り出そうとした瞬間だった。
一子には、武術における才能が無いと言われているので、気の容量も百代に比べれば雀の涙程ではあるが、それでもあるのだ。
そして、今日までに川神院で教わらなかった士郎直伝の身体運用法と、雫からの僅かな気の無駄亡き効率性かつ最大抗力を引きずり出す訓練により、予め利き脚の右足に溜めておいた気の力により、瞬時に義経の真後ろに回り込み――――。
「百舌落としッッ!」
「くぅぅ!」
腰を掴んで、バックドロップの要領で義経を地面に叩き付けようとする。
ザクッ
先程投げた薙刀が、彼女たちのほぼ真横の地面に突き刺さる。
「ハッ!」
しかし、それを地面に当たる直前に、側転の要領で地面に両手をつき躱す。
そして、躱したことにより体勢を取り戻そうとした処で、目と鼻の先に、先程一子自身が投げた薙刀の切っ先が義経の視界の中心部を支配していた。
「あっ・・・・・・」
「ハァハァハァハァハァハァ・・・・・・」
当の一子は、かなりの綱渡りの様な戦法により、義経の直前で薙刀を突き付けたまま肩で息をしていた。
そして、あれだけ騒がしかったギャラリーたちの声も静まり返り、聞こえてくるのは一子の荒い呼吸音だけが響いていた。
「ルー先生、ジャッジを!」
そこで、危うげながらも見事綱を渡り切った結果を称賛する様に、士郎がルーに審議を促す。
「ア・・・・・・ああ、しょ、勝者は、川神一子ォッッ!」
ウ、ウォオオオオオオオオオオ!!!
ルー師範代の決闘終了の合図に引きずられるかのように、この結果にこの場全体が騒ぎ出す。
「オォオオオ!すごいじゃないか!?犬ぅうううう!?」
「勝った・・・?すごいよ!ワンコ!!」
ギャラリーたちに混ざっていた友人達も、信じられないように興奮気味だ。
しかし、当の本人たちは未だに決着時のままだった。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
「川神・・・・・・さん」
「・・・・・・ふえ?」
何とか呼吸が整ってきた時に、義経の呼ばれた一子は可笑しな声を漏らす。
「いや、これからは一子さんと呼ばせてもらっていいかな?」
「それ位、好きに、してくれて構わな、いわよ・・・?」
「そうか。それにしても今回は完敗だった。まさかあんな戦い方をするだなんて、思いもよらなかったぞ?」
「完敗?ううん、それは違うわよ?義経」
「え?」
一子は謙遜では無く、堂々と義経の言葉を否定する。
「だって義経は、今日はもう、たくさんの挑戦を引き受けて疲れてたでしょう?それに比べてあたしは、万全だったうえに、義経の戦い方を見て戦術を考えていたんだもの。挑戦しといて何だけれど、こんなのフェアじゃないわ!」
「だが、義経は・・・・・・」
「いいの、これはあたしが勝手に言ってるだけだから!」
「そ、そうか」
「だから今日のは引き分け!またいつか戦いましょう、義経!」
「あっ・・・・・・ああ!」
2人はまるで、10年来の友人の再会を喜び合うように熱い握手を交わす。
そんな2人の態度に、周りはいいモノを見たかのようにさらに興奮が高まる。
「クリスは挑戦しないの?」
「いや、この空気の中で流石に出来ないだろう?自分とて、空気位読めるんだ」
「へーそれはすごいね~」
「そうだろ、そうだろ!」
明らかに皮肉気味に言っているにも拘らず、エッヘンとでも言いたいかのように胸を張るクリスに対して京は、今度は生暖かい目を向けていた。
そんな2人の後ろには、信じられないかのように見ていた別の2人が近づいていた。
「まさか、義経に勝つなんてなんて。凄いなワンコ・・・!」
「まぁ、確かにね・・・」
(と言っても、あんな綱渡りの戦法は2度と義経には通用しないし、総合的にもまだまだ上なんだけどね~)
大和が素直に感心している横で、弁慶は身内贔屓じみな事を考えているが、例えそれが事実だとしても負け犬の遠吠えそのものだった。
そんな若者たちを、1-Sの教室で完璧執事と謳われるクラウディオが見ていた。
(確かにさまざまなハンデがあったとはいえ、義経様に勝手しまわれるとは・・・。流石は藤村士郎様の指導力です――――いえ、此処は素直にすべて承知の上で上を目指し続ける努力の天才、不屈と言う言葉が大変似合っていらっしゃる川神一子様の“諦めない強さ”に賞賛と敬意を送るべきですかな)
心の底からの感情に、つい口元が緩んでいく。
(確かに最近の若者たちは、多かれ少なかれ精神が腐るどころか病んでいる人達も目にしますが、川神一子様のように地道でも確かに1歩ずつ歩んでいる若者たちもいるのですね。ヒュームは勿論、マープルも“甘い”と断言してしまうかもしれませんが、先程の様な可能性を見せられては、まだまだ2人の様に悲観論者には成れそうもありませんね)
口からフフフと言う、声が漏らしそうな程の暖かな笑みを浮かべるクラウディオ。
「如何したのだ?クラウ爺」
「いえ、何でもございませんよ紋様。ささ、時間も時間ですので下校しましょうか」
うむ!と元気良い紋白の声が1-Sの教室内に鳴り響いた。
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