真・恋姫無双~徐晃の道~
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第3話 心のしこり
村に到着すると、母は連れ帰った女性たちと一緒に村長の元に向かった。
ああ、そうだ。
野盗が外に出ている可能性も考慮して、ちょっと待ってみた。
だが、戻ってくる気配が無いので帰って来た。
あの女性たちを、いつまでもあの砦に居させるわけにはいかないし。
まあ居たとしても、中から聞こえてくる断末魔で逃げたということも考えられる。
…可能性ばかり考えても仕方ない。
家に帰りましょうか。
「ただいま」
「おかえり~」
家に入ると、父が床を左右にゴロゴロ転がっていた。
「……」
「がふっ!」
無性にイラッと来たので、腹に蹴りを一発。
父は腹を抑えながら蹲った。
「ただいま」
「おかえり、零縁」
母が帰って来ると、父は一瞬で復活。
我が父ながら、侮れん。
父は立ち上がると、台所へと歩いていく。
夕食だな。
「母上、彼女たちは?」
「今日はこの村で一泊して、明日故郷に帰すことになる」
「そうですか」
まあ、そうなるわな。
「それに、捕らわれていた者の中に司馬家の者がいた」
「はっ?」
司馬家って、あの司馬家?
司馬八達と称された?
「その顔は、知っているらしいな。伯縁から聞いたのか?」
「ええ、まあ」
本当は聞いてないけどな。
でも、司馬家は河内郡の出身じゃなかったか?
何で河東郡に。
言い忘れていたが、俺の居るのは河東郡楊県だ。
これは、史実通り徐晃の出身地でもある。
河内郡は、河東郡のお隣さんだ。
「何故、野盗に?」
「母親でもある司馬防殿と、娘の司馬懿殿の2人で出ているところを捕まったらしい」
「そうですか」
もう1つ言い忘れていた。
今の年は、174年。つまり、黄巾の乱まで10年はある。
その頃になると、俺は20歳か。
そして、中身はアラフォー。
将来は荒れた時代になるが、この世界では彼女が欲しい。
いや、作る。……出来る、と信じたい。
いざとなったら、木彫りの彼女を作って愛でてやろう。
……寂しすぎて死ぬわ!
「…大丈夫か、縁」
「大丈夫です」
次々と表情が変わる俺を見て、母は若干引いている。
父は肩を震わせていることから、笑っているようだ。
俺は湯のみを手にすると、まだ半分ほど入っていたお茶をぶっかけた。
「ホワチャー!!アチャ、アチャ、ホワッチャー!!」
ブ○ース・リーか、あんたは。
「ごめん、手が滑った」
「バカな!」
「なら仕方ない」
「そう、仕方ない」
「はい……」
母に仕方ないと言われては、父は黙るしかない。
父、弱ぇ……。
でも、母が強いから家庭が円満なのだろうか。
仲良いしな、この2人。
前世で彼女の居なかった俺には、イラつくことこの上ない。
そういう時は、父に八つ当たりだ。
父は頑丈だから、大抵のことは問題無い。
食事も終わり、就寝の時間となった。
布団に入るが、まったく眠くないのだ。
いや、訂正。
悪夢を見そうで、寝たくないのが本音だ。
俺は布団から出ると、家の外へと出ていく。
裏にある畑の隣にある、ちょっと広い場所に歩いていく。
ここで母と鍛錬をしていた。
俺に甘いくせに、鍛錬の時はやたらと厳しい。
というか、単純に戦いを楽しんでいるといった感じだった。
鍛錬場に着くと、俺は腕を護るための手甲を嵌める。
「ふぅー……」
深呼吸した後、肺にある呼吸すべてを出し切る。
俺は右足を前に出し、右構えをとる。
これは合気道の、立ち技の時の練習の時の構えだ。
長年の癖で、自然と一重の半身になる。
これも、前世の父から叩きこまれたことだ。
右足は真っ直ぐだが、後ろにある左足の指先は外側へと向けられている。
一重の半身とは、両足の親指の付け根が一直線になる状況のことをいう。
一直線になっていない状況は、二重の半身という。
合気道では親指の付け根に重心を置くため、二重の半身だと相手とぶつかることがあるのでやることはない。
この身体に染みついた受・打・技の型をなぞっていると、不意に背後から気配を感じる。
「眠れないのか?」
「寝たくない、っていうのが本音」
「…最初はそうだ。誰でもな」
俺は型の動きを止め、満天の星で輝くを空を見上げながら答える。
同様に、母も空へと視線を向ける。
「だが、その気持ちは大事だ。人を殺めたことを後悔はするな。だが、人を殺めたということは忘れるな。今のその気持ちを忘れたら、私たちはただの人殺し。自分の欲で動く野盗と同じになる」
後悔するな。されど、忘れるな、か。
野盗とはいえ、かけがえのない命を奪ったことも事実。
これを忘れ、ただ人を殺しまわっていては獣と同じだ。
その先にあるのは、破滅だけ。
それは文字通り、身の破滅につながる。
「…もう寝るぞ。明日も早いんだからな」
母は背を向けると、家へと戻って行ってしまう。
俺の視線は空へと向けられたままだ。
前世では見ることの無かった、まさに星の海。
「…寝るか」
俺は空から視線を外すと、母の背中へと視線を移す。
先程までの沈鬱な気分は、嘘のように消えていた。
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