『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う
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【視点転換】帰還の為の免罪符-拾陸-
ある日、娘は殺された。
サーヴァントという人の形をした悪魔を使役する人間に犯されて絶望したのか舌を噛み切って死んだ。
娘は、まだ10歳だった。最近好きな人できたとか言って毎日楽しそうにしていた。父親という立場で見れば毎日苦しくて、慌てていたが今になってみればそっちの方が良かった。
妻は娘の死体に絶望して首を吊った。
夫婦仲はそこまで良いと言えるものではなかったが娘が間にいたこともあってか喧嘩や浮気は無かったし、何より愛を誓い合った仲だ。ただ一人、何も言わずに置いてかれたのは流石に心にきた。
自分も首を吊って死のうと思った。何処からかロープを拾ってきた崩れた我が家の太い柱にロープをかけて目の前に輪っかを作る。そこまでは出来たのに。自分には死ぬ勇気がなかった。当然だ。怖かった。この先どうなるかわからなくて死んだ方がマシだといいながら、死ぬのが怖かった。
妻においていかれたのも、娘が殺されたのも。当然だ。一家の大黒柱がこんなに弱々しいのでは、絶望もする。
そんな自分が何よりも嫌いだった。死ぬ方法を試した。しかし全部恐ろしくなってやめてしまった。情けなくて、涙が出てきた。最後の最後。自分で自分を縛り付けて何も食わずに死ねないかと試していたその時にその人物は現れた。
「大丈夫ですか?」
死にそうな自分に手を差し伸べてきた男は自分の手を掴み、拘束を解いた。
─やめてください。死にたいんだ。
そんな言葉を全く聞きもせずに彼は自分を解放し、暖かいスープを差し出した。こんな世界になる前からあるような、いやそれより味の薄いスープだ。
「飲んでください。楽になります」
男の言葉に押されてそのスープで喉を潤す。
そのスープの味は今でもよく覚えている。不味かったが、美味かった。埃すらはいり、料理店なら絶対に廃棄するような代物だったが、男の優しさに嬉しくなって、自分がしようとしていた事の愚かさに気付き、涙を流した。
源広志と名乗ったその男と彼の妻に連れられて人間同盟、と言われる組織に入った。その中の人達は自分と同じようにサーヴァントと言われる悪魔によって家族を失ったり行き場をなくした人たちの集まりだった。
そこから毎日は苦しかった。飯も毎日ありつけるかわからないし、食べられたとしても不味いものばかり。しかし苦しくても皆は笑っていた。少ない食料を分け合い、生きてきた。何より仲間がいるという心の支えが自分には何よりも強い力になった。
ある日、自分は聞いた。広志には、葵と言う名前の娘がいるということを。彼女は悪魔と契約して、暴走してしまったと。
「悪魔との契約は薬物乱用と同じだ。娘は...葵は、悪魔のせいで心を変えてしまった」
そう言う彼の顔があまりにも不格好で。
何故か、何の理論も心の準備もなしにこう言ってしまった。
「なら、私が娘さんを救いましょう」
「何...!?」
「私が貴方に救われたように。私が貴方の娘はさんを。葵さんを救います。どんな手段を使ってでも。必ず」
ああ、言ってしまった。
何を言っているんだと、自分で自分を怒りたくなったが、どうしてもそれが本心だという自分を、縛り付けることも、怒ることも出来なった。
娘を失う悲しみは、よくわかる。しかし彼らはまだ失ってなどいない。救える手がある。なのに、それをしないのはとても辛い。考えたくないほど辛いことだ。だから、本心から救ってやりたいと思った。家族は、みんな一緒にいるべきなのだから。
「ありがとう。ありがとう。■■さん...」
「礼は不要です。これは、恩返しなのですから」
そう言って自分は、人間同盟から離れた。
悪魔に対抗するには力がいると、知っていたから、あの優しい人たちに、それを求めるのは酷だと知っていたから。
その時初めて、自分はあれほど嫌がっていた死にそこまでの忌避感が無くなっているのを知った。
自分が求めるのは、悪魔を倒す力。その為に天王寺と名乗る男を探した。
人間同盟の間での都市伝説の一つ。悪魔殺しのエクソシスト。悪魔と同種の力を使いながら、心までは悪魔に犯されていないという伝説の人物。
都市伝説と言う通り、人伝いに聞いた話でしかなかったが、悪魔を倒すには、彼の協力を得るしかない。そう思うと、力が湧いてきた。なんでも出来るような気がしてきた。
そしてある日、旅の途中。
小川で顔を洗っていると、一人の男に出会った。
天王寺達也という名前の男だった。彼は今悪魔の集団に追われている為、時間はあまり取れないが、噂で自分を探していると知った彼は自分の足で探しに来てくれたのだ。
「ああ、そういう理由なら僕も手をかそう。恩人の娘を助けたい。僕向きの願いだ」
満足そうにそう言った男は自分が出した茶をグイッと煽る。
「なら!」
「協力するとも。うん。もし君が恩人の娘を洗脳したいとか言い出したら殺すところだった」
そう笑顔で呼吸を忘れさせるようなことを言い出したこの恐ろしさは流石、悪魔を退けるどころか殺していると言われるだけある。
「君の恩人の娘さんと僕の息子がほとんど同世代でね。うん。わかるよ。分かるとも」
男はそう言って手元に試験管を出す。まるで手品のような手際の良さだが、実際はただの魔術だ。
後に聞いた話だが、ガラスを用いた錬金術は基本中の基本らしい。だがそれを惜しげも無く、というより当たり前のように差し出したのは彼の素養の高さを感じさせる。
「それは...」
「僕の血だよ。これで、君をサーヴァントと同等の存在に改造する。けど、本当にいいのかい?初めに言っておくと君」
「死ぬぞ」
その時に、世界が止まったような感覚を感じた。冷や汗すら流れない。まるでその言葉だけで人が死ぬと思ってしまうほどソレは異質だった。
空間が停止する。世界の主は誰かと証明するように小川の流れがピタリと停止する。
「その、つもりだ」
「なるほど。であれば猫をかぶる必要は無いわけだ。安心したよ」
そう言って彼は試験管をこちらに差し出した。
試験管内部の血がこちらを《《観ている》》。答えは決まっているのに、すり替えられるように心の奥が狂わされていく。
「それを飲んだら言ってくれ。手術を始める。しかしこれが最後のチャンスだ。もし、人として生きたいのなら、それを地面に叩きつけてこの場から立ち去れ」
それから後のことは覚えていない。飲んだかもしれないし、飲んでないかもしれない。
ただ最後に彼は『万象』と言ったことだけは覚えている。
その後自分はその辺に居た川本敦という名前の傭兵を殺して、彼の悪魔と繋がっている右腕を自らのマジュツカイロに接続...
マジュツカイロ。
知らない言葉だ。しかし知っている。魔術師が持つ魔術回路に接続させ、悪魔を使役することに成功。
悪魔の名前はイスカンダルというらしい。征服王という二つ名を持つらしいがそんなことはどうでもいい。
本来のマスターではないと気づいた彼のレイキを改造...して、ホウグとスキルを除く能力を子供時代に一時的に戻すことで誤認させることに成功。
マスター、レイキ、ホウグ、スキル。
分からない。分からないのに、頭が理解してしまう。こんなものは自分ではない。まるで、誰かが自分に入ってきたようだ。しかしそんなことは無い。むしろ自分が川本敦に侵入したわけであり、本来の彼はそんなことはしないのだから。これば自分が川本敦になりきってるだけ。知識は天王寺に貰ったものだ。
そして、彼女のことを隅から隅まで調べあげた。
名前は勿論、二重人格であること、一緒にいる悪魔はかの有名な紫式部であること。彼女の出来ること、好き嫌いまで全て。
その為に時間は要した。
これは全て恩返しの為に。
多くの敵が来る可能性を考え、あえてエインヘリアルの一人を誘導した。
真木祐介という男。彼は、エインヘリアルの中でも弱いらしい。しかしほかの傭兵とはかけ離れた力を持つと聞いた。
利用しよう。全てを。
自分の命が保つ。その最後まで。
無実の子供を集落から誘拐して、知ってる結界を作り出す。エジプトのファラオの儀式に使われたものを改造したと、彼は言っていた。
結界内の時間軸を他の時間軸からズラすことが出来る結界。
その為に。
子供を殺した。
子供を生かした。
内臓を取りだし、代わりに生きた虫を入れて循環させ、そのからだそのものを一つの世界とした。世界の卵の理論らしい。
分からないが、そんなものだろう。
私は、魔術師では無いのだから。
言葉を捨てた。名前を捨てた。娘と同じ年頃の子供も殺した。身体を捨てた。■■を構成する要素を、全て排除した。そうしなければ勝てない。ひとつの油断で全てを失うという記憶が、行き過ぎた行為へのブレーキを壊した。
万全の準備を整えた。人の手では倒せない悪魔を倒すために、全てを犠牲にした。無実の子供を誘拐して酷い虐待を行った。いつの間にかそれは、娘と妻への報いのように感じていた。
ただ、恩返しの為に。恩人の娘を騙して、結界の中に引き入れた。
綺麗な子だった。落ち着きと、良識があった。戦いを忌避しながらも戦わなければならないという覚悟を持っており、まるで人を魅了する月のような女性だった。
娘より少し年上だが、あの子にとても似ていた。だからだろう。あの子も、きっとこんな風に生きていられたと思わせるような少女だった。
そんな彼女を、得たいと心から思ったのは何故だっただろうか。
そんな彼女を、騙した。
人を、疑うようなことを知らない少女を、騙した。
壊れそうなものをかき集めて最後の準備を行う。辺りの傭兵にエインヘリアルの悪評でも吹き込んでぶつけさせておかなければならない。エインヘリアルは強い。無駄な行為は許されない。
ただ、一人。少女を捕まえさえすれば勝ちなのだから。届ければ、勝ちなのだから。
被害者が一名。
結界に入りました。
捕獲を開始します。
◇◇◇
頭の中で、ガチリと何かが鳴る。
それが最後の、悲鳴だった。
後書き
●かいせつ
いってしまえばそう、今回の事件のキッカケは葵ちゃんのお父さんだった訳です。
葵ちゃん本人からしてみれば最早悪党同然の両親だったけど、ほかの人物から、すなわち視点を転換してみれば優しい善人だったのです。
もしかするとここには悪意など存在しないのかもしれません。
ここにいる誰もが、よどみのない善意で動いているとクソ作者は思います。
さて、次回で最後のお話、まぁ後日談的なまとめになります。
それでは次回もお楽しみに。
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