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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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【視点転換】帰還の為の免罪符-陸-

 最悪だとか、地獄という言葉をよく耳にする。自分に運がない、状況が悪い時によく言われる言葉だ。とは言っても言っている本人たちがそれを味わった訳では無いので地獄だと思った場所や場合で地獄だと口々に言う。
 しかし今の状況に比べてみれば大したことない、という感想を抱いてしまう。

 ある日、空が割れた。まるでガラスのようにヒビがはいったそれは割れる。割れた空の代わりに出てきたのはオーロラの光のような何かだった。勿論、寒い地域でもないこの日本でオーロラなんて写真や映像でしか見ない。それに戸惑っていると世界は、化け物に覆われた。B級ホラーのようなゾンビに人間の倍の巨体を持つ鬼や犬を食い散らかす狼。自動車サイズのトカゲのような生き物。それらは余すことなく人類や他の生物たちを蹂躙して行った。
 それに対応する術など持ち合わせているわけが無い。
 殺された。
 殺された。
 壊されて、殺された。
 湧き上がる悲鳴。まるでアニメのように吹き出す血飛沫。あちこち崩れた建物と非現実的な怪物、そしてそれらに殺された人の死体で埋め尽くされている。

 有り得ない。
 これは夢だ。
 そう思って、必死に耳を両手で塞いでうずくまる。
 悲鳴なんて聞こえない。血なんて見えない。化け物の獣臭なんてしない。口の中を切ってなんかいない。
 何度も頭の中でそう言ってそんなことは無いと現実に教えられる。
 その時に思った。この世界は、地獄だ。
 人の罪だかなんだか知らないがそこにいつもいる人が当たり前のように殺されている。玩具のように扱われて砕けた死体もある。こんなの地獄以外のなんだと言うんだ。
 そう思って、うずくまる。逃げられるわけがないと諦めたのもあるだろう。数もそれぞれの戦力も、圧倒的な差で勝てるわけが無い。そう思って、うずくまっていた。
 今思えば、その時に逃げていればこれ以上の地獄を味合わなくて済んだのだ。過去に戻れるのならこの自分を殴ってでも逃げさせる。しかし過去に戻る手段などあるはずもなく、自分はその場で止まっていた。どうせここにいてもいつか化け物に見つかって殺されるということも予想済みだ。どうせそうなるのだろうと分かっていながら、自分は隠れて、うずくまっていた。
 そうしていると急に悲鳴が止んだ。代わりに聞こえるのは何かが倒れる音。もう周りには自分しかいないんだと思い、その場で丸まる。みんな殺された、家族も、友人も。みんな殺された。もうおしまいだ。そんな風に思って何も言わずにその場で固まる。
 本当はこの瞬間に本物の地獄への片道切符が切られていたのだが。そんなことにも気づかずにただ一人で隠れる。
 そして、遂にその地獄を見ることになる。

 恐怖でうずくまっているうちに眠らされたのか目が覚めるとそこはどこかの学校の体育館のような場所だった。多くの人が手錠をつけられている。その手錠は鎖と繋がっており、その鎖は壁に固定されている。
 中には目隠しをされている人までいる。

「ここ、は...」

 何がなんなのか訳が分からなかったので不意に口から言葉が出る。学校の理科室のような異様な臭いと手と足に感じる冷たい鉄の感触。その時初めて、自分が手枷と足枷をされていることに気付く。

「な、なんだよこれっ...おえっ、気持ち悪...」

 目覚めることはなくもう死ぬ、と思っていたのに生きている上に救助された、という訳でもなく捕まっているという現実が信じられなくてその場で動こうとする。
 とその瞬間、視界が一気に曇った。まるで磨りガラス越しにみた景色のように曇っていく。目に何かが刺さったような痛みと腹の中をかき乱されたような違和感に襲われてその場に倒れる。手足にも痺れが感じられる。

 ストレスか何か...だとは思えない。恐らくあそこに何かしらのウイルスでも撒かれてその後に保護されたのだろう。だからこうやって動けなくなっているのだ。そう思ってその場でゆっくりと呼吸をして身体を落ち着かせながら横になる。
 手枷足枷はつけられているものの、その場に寝ることぐらいは出来る。どうなるかは分からないが保護されたのだから大丈夫だ。そう思って横になる。というより、その時は、そう信じるしか無かった。そうだとしてもおかしいことなどその時からわかっていた。しかし、そう信じなくてはおかしくなってしまう。
 だから寝ている間にも聞こえる悲鳴は、無視した。何も考えず、何も思わず。心を透明にして全てを見捨てた。
 その時にはその悲鳴が怪物に襲われているものだけではないなんて、何一つ考えることも無く、ただ自分は安全だと言い聞かせて瞳を閉じる。しかし眠れない。眠れるわけが無い。聞こえないと心の中で念じて、何も考えないようにしても聞こえるものは聞こえるのだから。それを黙って耐える。なんの根拠もない安全に全てを預けてうずくまる。

 いつまでそうしていただろう。1時間程度だった気もするし、一日以上だった気もする。
 ジャラ、と悲鳴とは違う音が聞こえた。誰かが動いて鎖が動いた音、というのはわかったがその音が少し近すぎるように感じた。
 何も考えずに目を開く。
 そこは先程までと何も変わらない体育館のような建物の中。違うことと言えば先程まで自分と同じように縛り付けられていた人達がいなくなっている。代わりにその場所には赤黒い血溜まりがある。そして、何故か視点がとても高い。寝転んでいたはずなのに、と思った瞬間、足で立っていたことに気づく。そして、自分の手枷と足枷がいつの間にか粉々に砕けていた。

「...え?」

 手枷と足枷の代わりなのか手足は血のプールに突っ込んだように真っ赤になっており、それが乾燥している。しかしその時の自分はそんなことに全く気が付かなった。それよりも印象的なものがついていたのだ。

「なんだよ...これ」

 自分の腕は丸太のように太く、血管が浮きでている。爪はまるで猫の爪のように長く引っかかる、鋭い爪になっている。足も同様、長く鋭い爪がついており、足には黒と紫の毛がまるで毛皮のように生えている。
 そして口を開いた瞬間何かを口にしていたことに気付く。口の中に何かが入っているのだ。何か動物の肉。妙な臭いに筋が強い、美味いとはとても言えない。

「おえっ...えっ...え」

 急に気持ち悪くなり、その場でその肉を吐き出す。それと共に吐き出される血。口の中で切った、という訳では無い。その時に理解した。この肉は牛でも鳥でも豚でもない。羊や馬のようなジビエでもない。人だ。人の肉だ。そして、自分は寝転んでいる間にここにいた人たちを全員、殺して食べたのだ。
 
「うあ...あああっ...おえええっ...なんだよ...なんなんだよ!これ!」

 意味がわからない。ずっと眠っていたフリだったので目はつぶっていたが記憶はある。その間、誰かを殺して食べることはおろか、立ち上がることすらしていない。

「おえっ、おえぇぇええ」

 吐き出す。自分が食べた肉を全て吐き出す。これはダメだ。これは口の中に入れてはいけないものだ。

 しかし口の中から出てきたもの以外は胃液のような液体しか出てこなかった。口の中に入っていただけしか無かった、なんてことは無い。もう消化したのか。人を殺して食べた。まるで怪物のように。
 自分が怪物になっている。そう理解するまでに時間はかからなかった。人の言葉なんて聞こえない、ただ人を食べ物のように見下げて食らいつく。そんな化け物に自分はなっている。恐らくここにいた人たちも同じように怯えていたのだろう。そしてそれを、自分は見ようともせずに殺した。鏡を見たくない。そんなものを見せられたら今の自分の姿に絶望して自分で命を絶ってしまうだろう。

「おえっ...気持ち悪...もう嫌だ...」

 何も出てこない。もう自分は化け物なんだ。言い訳なんて出来ない。それより先に自分の体が化け物だと語っている。

「実験成功だ!やったぞ!」

 後ろから急に大きな声が聞こえたかと思ったらそこには1人の男がいた。少し小太りで薄い髪を持った40代か50代程の男性だ。彼はとても楽しそうにこちらを見ている。顔はとても笑っている。生き残りを見つけた、なんて意味じゃないことは理解していた。

「くっ!来るな!来ないでくれ!」

 しかし今の自分は化け物だ。彼が近づけば彼を殺してしまうかもしれない。そんな脅えから建物の隅の方まで逃げる。
 だと言うのに男はとても楽しそうにゆっくりと歩いてくる。

「あは、あははは!!面白い!安心しろ!お前をそうしたのは俺だ。怯えるのではなく忠誠を誓え!」

 男の言葉は自分を嘲笑うものだった。だがその意味を理解するには少し時間が必要だった。何せ展開が急すぎてついていけなかった。予想外のことが続きすぎて遂に痛みを伴う夢というものが出てきたのかとする思えた。

「は?」
「化け物として使ってやる。喜べ屑犬」

 まるで自分のことをモノ扱いするように言ってきた。いやまるで、じゃない。本当にその後自分はモノ扱いされるのだが。兎に角その時はその男の事が理解出来ずにポカンとしていた。

「いや待て、何を一体...何を言って」

 状況に追い付けず何があったのかを考える。恐怖もあったがこの男が何かを知っているかもしれないと希望を少し持っていたと言っても過言ではない。しかしこれが夢だったらどれほど良かったことなのか。
 立ち上がってその男に説明を求めようとしたその時だった。

「うへぇ、気持ち悪ぃ!牛若丸!」
「はいっ!主殿!」

 男が気持ち悪がるようにあっち行けというように手を振りながら牛若丸、と誰かを呼んだ。
 牛若丸。日本では知らない人はいないとすら言わせる源義経の幼名。弁慶との話は子供から老人まで、誰でも知っている。そんな名前を叫んだ。
 理由が分からない、と思ったその時だった。

 世界が回った。同時に感じる全身の痛み。体の節々の感覚が抜けて体のバランスが保てなくなる。
 脚と腹を切られたと気付く頃には顔が地面に伏した事で世界が暗くなっていた。
 その時にやっと理解を拒んでいたはずの脳が理解した。自分はこいつに捕まってこれからなんらかの手段で化け物にされて道具にされていると。

「えっ...い、ったァ!何、をっ...!?」
「うるせぇ!つべこべ言わせんじゃねぇ!テメェらずっと俺たちのことを見下しやがって!オメェらは奴隷!奴隷なんだよクズが!さっさと外の化け物と化け物同士仲良く殺し合いしていろ!」

 それでも自分が生きていることに腹が立ったのか先程までの余裕が消え、口調が荒くなっている。オマケに蹴りまで入れられて身体が起こされる。
 化け物になったおかげか身体中を切られても生きている。その事実が嫌という程今の自分を理解させられる。あの後数えてわかったことだが、手足が切られても切られた場所にもよるが十分程度で修復が完了した。

 そう。自分は化け物で奴隷。
 そんな生活をしばらく続けることになった。自分の仕事は主に、化け物の相手。本来化け物の相手を務めるサーヴァントは自分を奴隷扱いする男と盛んに何かをやっている。またなにかの人体実験か、もしくはサカってるだけか。どちらにしろサーヴァントが前線に出られない以上化け物の相手は化け物がするしかない。たった一日で揃えられた50体以上の元人間の化け物で化け物との殺し合いをすることになった。負ければそのまま死に、勝っても化け物と罵られ、ストレス発散の為に斬られて。マスターも、サーヴァントもまるで自分が国の王になったかのように好き勝手やっている。
 数を減らしたら生存者を引っ張り出して奴隷に。中には死者の体をツギハギしてそのあと化け物にもした。
 倫理も、ルールも無くなったこんな世界で彼を咎められる者はいない。一人、そんな彼に突っかかった子供がいたが目の前で両親の殺し合いを見せられた後心が死んだように何も言わなくなった。
 家畜、奴隷。自分たちの扱いなどそんなものだ。自由なんてクソ喰らえと言わんばかりに奪われて、強者にとって都合のいいルールが新たに敷かれる。当然だ。いつだって強い人間が弱い人間を支配する。金、欲望。そんなものを集めるために弱い人間は使い捨てにされる。

 そしていつの間にか、自分は考えることをやめた。 
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