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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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【視点転換】帰還の為の免罪符-拾弐-

王の軍勢。
 またの名をアイオニオン・ヘタイロイ。
 規格外(EX)のランクを持つ最上位の宝具の一つ。征服王イスカンダルと言われた彼の生き様を反映した召喚の固有結界。
 そもそも固有結界真祖や精霊種が使用する空想具現化(マーブル・ファンタズム)の亜種である術者の心象風景()外界()を入れ替える、或いは塗りつぶすものである。本来なら悪魔や死徒の『祖』が使用する奥の手であるがごく稀に継承する人間、もしくは宝具として保有する英霊がいる。イスカンダルの場合は後者である。
 
 その世界は見渡す限りの蒼穹と大砂漠。遮蔽物が存在しないその世界に数万単位のサーヴァントが彼の声に答えて出撃する。
 そのサーヴァント達は固有の宝具を使用できない等の制約はあるものの、それでもサーヴァントとして生身の人間とはかけ離れた性能を持ち、中にはイスカンダル本人より武勇に優れた者すらいる。それを置いておいたとしても単純な数の暴力による攻撃は、もう止めるすべが無い。

◇◇◇

「うぉぉおおおおお!!」

 鼓膜を破る、という表現を耳を引き裂くと変えたいほどの雄叫びが世界に響き渡る。勢いが風となって砂を巻き上げながらこちらに迫る。空気が震えてビリビリと太陽の光と共に皮膚を焼いていく。

 それと共に訪れる地震のような揺れと蒼穹を埋め尽くす槍の雨。古代ギリシアでは槍投げは基本と聞いていたがいくらなんでも、数が多すぎる。

「逃げ...」

 耳を塞ぎながらも味方と自分に命中する槍を撃ち落とす。弾かれる槍の塊は纏まりながら地面に突き刺さる。

 これで七度。

 葵と紫式部、自分の順で走って逃げて相手が攻撃してきたら自分が打ち落とすという行動をずっと繰り返している。
 先程の光の雨と比べてスピードは遅く、撃ち落とせるという違いはあるが如何せん数と物量が違いすぎる。威力も光の雨には劣るが高く、宝具である天弩の弓でなければ弾くことすら出来なかっただろう。弓にかけた指から鮮血が垂れる。

 ポタ、ポタ。

 ただ、弓の弦で指を多少切っただけだ。大したことではない、よくある事だと思って矢を番える。しかし。

「か、は...」

 指が震えている。視界の端が赤く変色していき、呼吸がままならない。まるで呪いを受けたように意識が保てなくなってきている。足元がおぼつかない。小鹿のようにピクピクしているのがいやでもわかる。とても英雄とは見えない不格好な姿だ。
 原因は簡単。わかり易すぎる魔力不足だ。祐介(契約者)が死に、川本相手に時間を使い、固有結界に囚われたことで魔力供給の手段が無くなった。本来なら単独行動で戦い続けることも可能だっただろう。固有結界で制御されるのは待機中のマナであり、体内にあるオドは操れない。
 しかし、身体が持たなくなってきている。川本の術式か。もしくは、無意識に祐介に魔力を送っていたか。
 もし後者だとしたら言い訳も何も出来ない。魔力を送った程度では切り傷すら治らないのに、あんな即死の攻撃で復活するわけが無いのだ。

「あ、あ...はぁ」

 血反吐を腹に収めて全身に力を入れる。目の前には濁流のように押し寄せる大男たちの群れ。再び槍が降り注ぐのも時間の問題だ。対処が遅れれば葵と紫式部が死ぬ。
 わかっている。

─こうなったのは、自分のせいだ。

 祐介はこうなることが予想出来たから、一人で戦うと言った。そんな彼の気遣いすら否定して無関係の人間を巻き込んだ。
 もし、自分とマスターだけだったら。川本相手でも余計な消耗はせずに倒していただろう。この固有結界も連続の宝具使用で逃げるか破壊することだってできた。少なくともこんなに無様な姿は晒さなかった。祐介も、死ななかった。

「すま、ない。マスター」

 ボロボロの体で、自らの主に最大の謝罪をする。従者として、一番やってはならないことをした。
 けど、本気でそれが彼の為になると思っていた。人に馴染むことが出来ながらも何処か壁を作ってその内部に侵入させないように無自覚でしてしまう。化け物になってしまった彼には。彼女との出会いでいい方向に変わってくれると、本気で思っていた。
 彼女は、源葵は。■■■■であり、祐介と同じ悩みを抱えている、もしくは抱えていたと推測できたからだ。
 彼には心から支え合える相棒が、もう一人。必要だと思っていた。しかし彼はおそらく違う。
 彼にとっての相棒は、間違いなく自分なんだ。同じ願いを持ち、同じ怒りを持つ。片方は狩人、片方は獣という名の化け物。そんな凸凹ながらも根元では分かり合えていた。

「アタランテ...!」
「大丈夫ですか!?」

 自分の身体が、魔力消費が多くなっているのを察した葵と紫式部が声をかけて駆け寄ってくる。逃げろと怒鳴ってやりたくなったが自分にはそこまでの元気はない。

「...っ!ああ。まだやれる。汝たちは、早く、逃げろ」

 そう言いながら全力で矢を放つ。全力で放たれた矢の軌跡を見るより先に再び矢を番えて放つ。それを目にも止まらない速度で行う。
 目的はもちろん軍勢から放たれる槍の迎撃だ。

 かち合った矢と槍は火花を立て爆発するような音を立てて葵と紫式部が立っている以外の場所に突き刺さる。
 八回目。もう迎撃した矢の数は数え切れない。
 しかしそれで今度こそ限界に至った。右腕の健が音を立ててちぎれて力なくぶらんと垂れ下がる。これではもう、矢を番えることすら出来ない。

「アタランテ様!」
「私は、もう持たない。しかし汝たちは違う。この固有結界は《《不完全》》だ。走れば、間に合うかもしれん」

 そう。この固有結界は不完全。
 それに気付いたのは自分ではなく紫式部だ。この空間は自分の泰山解説祭が発動していないと。おそらくサーヴァントの能力を防ぐ効果などを持たせた結界があると言っていた。しかしその場合この固有結界とぶつりあってしまう。結界同士がぶつかった場合その効果は二種類に分かれる、どちらがか勝つか、もしくは二つの結界が面積を分け合って点在するか。
 しかし固有結界内部にいる紫式部にはそのどちらだとしても泰山解説祭が防がれる理由にはならない。

 そして、固有結界とは本来異常な魔力を必要とする。ここから出される結論は一つ。これは既存の結界を塗りつぶしたことで作り出されたいわば擬似固有結界だということ。

 擬似固有結界なら本来の固有結界と違い、脱出が可能だ。勿論、それには紫式部の力が必要だ。なのでこの場で紫式部も残って迎撃要因を増やすことは出来ない。迎撃に使えるサーヴァントはたったの一騎。それも最初から宝具も使えないほどに弱体化されたサーヴァント。
 しかしそれでも負けられない理由がある。

「私も、英雄だ」
「っ!」

 紫式部が息を飲み込む。
 そう。我らは英雄。過去の影法師。いくらマスターが友好的に接してくれて恋人や家族という間柄になってもそれだけは崩れないいや、崩してはならない。それはお互いに対する侮辱だからだ。

 そう。私は英雄としてここで死ぬ。ここで死んで明日を生者に託す。
 それだけの為に死んでも惜しくないと。我々は思う。そう思えるだけものもを貰えたから。

「宝具を使う。私はそれで終わりだ。後は、任せる。汝のマスター、必ず護って見せよ」
「はい...はいっ!ありがとうございます!」

 紫式部の声がそう言いながらこちらに背中を向けて走っていく。
 きっと彼女たちは大丈夫だ。心配事はないがいい主従だ。紫式部の力があればここからの脱出もできる。脱出したあとはエインヘリアルの本部に言えば、翔太郎等のより強力なマスター達が来る。後はただのパワープレイだ。

 ふっ。と不敵な笑みがこぼれる。こんなに強そうに見える相手も、この世界ではより上が存在してしまうのか。決して我々は力で上位に至るために戦ってきた訳では無いがこうしてみるとやはり世界は広いと感じる。

 泣け無しの魔力で腕に強化を施す。正直切れたものを再び再生することは出来ないが内部に矢を突き刺すことで腕の代わりにはなる。

「不格好だな」

 自らの矢が二本突き刺さり、なんならはみ出ている自分の腕を見て思わず苦笑する。こんな状態で宝具を撃つと考えると不発で終わりそうな気さえする。
 しかし、放つ。これは決めたことだ。

 息を止める。最後の矢を精製して天弩の弓に番える。

 血がしみ出しながらもそこには目もくれずに弓を引く。流石に弓の限界はまだ先にあるようでジジジと音を立てながらも壊れる様子はない。いい弓だともう一度思いながら溜めていた息を一気に吐き出す。
 壊れた腕が再び悲鳴をあげる。皮膚が避けて肉が引っ張られている。未だに突き刺さった矢が肉を保持してはいるが痛みは免れない。叫びたくなるほどの痛みを必死に耐える。
 これを撃てば死ぬ。流石に未練はあるがそれは当然のことだろう。それでも引くのだ。
 アポロン神、アルテミス神への加護を感じる。自分の最後に答えてくれているのか泥人形のように崩れそうな体をその信仰心が支える。
 バチバチと空気が鳴り、全身に針が刺さったような痛みとともに力がわき出る。
 これこそが最後にして最大の一撃。1度限りの壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。命をかけた大一番。

「二大神に奉る...ポイボス・カタス...」
「させん」

 しかしそれは簡単に防がれた。
 いや、放つことさえ許されなかった。

 突如出てきた刃が、腕を切り裂く。バランスを崩した身体が後方に倒れ込み、濁流のように押し寄せる強者共の走りがより激しく感じる。もう槍のストックが切れたか。もしくはもう槍を投げる必要性すらないと感じたか。

 最後の足掻きすらして貰えない。あんなに力を振り絞って。痛みに耐えて、神の加護すら受け取って。それでも。放つことさえ許されない。

「すまんな。こちらも正攻法に頼るわけには行かんのだ」

 そこに居たのは長い黒髪に黒色の装束を着用している青年、いやサーヴァントだった。彼はこちらにはもうなんの興味すらないと言い捨てるように視線を外し、何処から出てきたのか大きな馬に跨った。そして葵と紫式部の方に馬を走らせる。
 彼の真名はエウメネス。イスカンダルの秘書官である。

「やめろ...」

 ガラガラの掻き消えそうな声が怯える。両腕を切り落とされ、もう立ち上がることすら出来ない英雄など存在しない。そこにいるのはただ一人の女だ。
 そんなものに強者共は興味すらない。

「やめてくれ...」

 涙が漏れ出す目の端で男共が紫式部と葵に追いつくのが見える。何としてでも守りたかったはずのものが。捕まっている姿しか見えない。

 こんなはずじゃなかった。
 こんなはずじゃなかった。

 つい先程の英雄の誇りだのなんだの感じていた自分を殴りたい衝動に駆られると同時に腕がないことに気付く。

「ああ、あああ...」

 体力の尽きた二人が捕まる。
 これから起こることを否応なしに想像してしまう。
 それが何よりも防ぎたかったのにそれを止めることは出来ず。目をつぶることさえできない。二人は叫んでいるだろう。それすら男たちの方向で壊れた耳では上手く聞き取れない。

「やめろぉぉぉぉ!!!」

 何よりも頼りない、敗者の絶叫が、結果内に響いた。

 もし、それを防ぐものがいなかったら。最悪の状況だったと言うように。

 「全く。らしくないっすよ。アタランテ」

 幻聴と思われる声が耳の中に響いた。そんな形のないものにすら縋りたくなって顔を上げる。そこにはと紫式部と葵に組み付いていたサーヴァントの首と胴体が別れていた死体が積み重なっていた。
 たった一瞬。瞬きの間だろう。その隙にサーヴァントを、倒した。

「...え?」

 そこに立つのは一人の男。

 人類最強のマスター?
 否。

 人類を敵に回した天王寺の人間?
 否。

 多くの人を救った深澤浩二か? 
 否。

 そこに立つのは誰よりも知って、誰よりも信頼した一人の男。自らの相棒であり、マスター。
 信じられないと口に言おうとした。しかしそれはなかった。頭が自分の考えより、目の前にある答えを信じたからだ。

「お前ら、たった三人の女に大人気ねぇとは思えないんすか?」

 日本人らしく真っ黒の髪の毛は少し紫がかっており、衣服は緑のマントの代わりに黒紫色の毛皮を羽織っている。先程振るった腕は彼女達を助けるために血で汚れて、元の色が分からなくなっている。しかし表情は強気で細い眼は殺すべき相手を睨んでいる。
 そして勝ち気にパシッと音を立てながら拳と掌を付き合わせている姿からは余裕すら感じられる。

 真木祐介。
 エインヘリアルのマスターの一人にして、崩壊直後に体内に怪物を埋め込まれた《《元》》人間。
 そしてその怪物と繋がりがある一騎のサーヴァントと契約し、もう一騎のサーヴァントの《《サーヴァントカード》》を使用する魔術師、ではなく魔術使いの一人。

 そして、この場に立つたった一人の英雄。
 彼は挑発的に人差し指をクイクイと折り曲げながら言った。

「第二ラウンドだ。全員纏めてかかってこい。英雄モドキ」 
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