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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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【視点転換】帰還の為の免罪符-漆-

「もう止めて...お父さん、お母さん!2人とも嫌がってるから...もう止めて!」

 子供の泣く声が聞こえる。その子供は走って駆け寄ろうとするがその隣にいるサーヴァントに押えられて身動きができない。目を閉じても開かれて見せられる。顔はビクとも動かず、涙と抵抗の結果でてきた血が混ざって滴り落ちている。その子供の視線の先には二人の男女だった化け物がお互いに泣きながら喰いあっている。その2体の化け物は元々この子供の両親。身体の自由が上手く効かず、操られた状態で愛し合ったお互いの肉を喰らっているのだ。
 片方の化け物のが牙を剥く。その牙がもう片方の腹に刺さり、もう片方が悲鳴を上げながら噛んできた相手の首筋に噛み付く。皮膚が、肉が引き裂かれて、お互いに声にならない悲鳴をあげる。しかしその肉は再生していき、再び食らいつく。少々過激すぎる血飛沫が上がり、牙が落ちてまた生えてくる。口の中に入らなかった肉がその辺に固められて中には酷い色をした臓器も含まれている。
 とても子供が見ていいものでは無い。それを10歳程度の子供は『嫌だ』『止めて』『ごめんなさい』と何回言っても繰り返させられる。

 この子供が何をしたかといえば何もしていない。身体を化け物に変えられて、奴隷のように扱われたことに嫌がって逃げようとした。そして両親もそれを助けようとした。ただそれだけ。
 その結果がこれだ。両親は身体を操られた状態で殺されあって子供にそれを見せつけられている。
 元々子供が化け物になった時、誰よりも適性があった、というのもあるだろう。しかしこれを引き起こした張本人からすればそれより、自分の支配から逃げようとした、自分を出し抜こうとしたことに苛立っている、なんてことは誰でもわかる。

 よくある事だ。こんな世界でサーヴァントを召喚できなかった者たちの末路は決まっている。サーヴァントを召喚した者に支配されるか、カルト集団に入って気狂いと後ろ指ささされて殺されるか、それともその両方から逃げながらひっそりと生き残るか。
 自分たちはサーヴァントを召喚して運がいいのかその時は謎の器としか理解出来なかったが、聖杯まで手に入れた男の玩具として扱われていた。

 そんな地獄を見て助けに行こうとした化け物がうごいた瞬間、サーヴァントに殺される。四肢をもぎ取られ、頭だけがかろうじて残っている状態にされて再生しては切ってを繰り返し、最終的には魔力リソースにされる。
 サーヴァントは力だ。自分が化け物になって人の四肢を食いちぎることができるようになろうとサーヴァントからすれば赤子も同然。片手間で処理される。30人以上がまとめて戦いを挑んだが、それでもそのサーヴァントの相手にもならなかった。

 永遠のように思えた殺し合いも集結して片方の化け物が再生しなくなり、地面に倒れる。二体の化け物はもうどちらがどちらかなんて分からないほど人の形を保っていなかったが、少年の口が動いているところを見ると少年には見分けがついたらしい。
 そうして倒れた化け物が塵になると後ろで拍手の音が聞こえた。自分たちを奴隷にしたマスターだ片手には後に聖杯だと分かる黄金の器を持っている。
 これは見せしめだ。自分に従わなければどうなるかというのを見せつけることで従わせている。

「やー、つまらなかったつまらなかった。餓鬼は騒ぐし、噛んで引っ掻いての繰り返し。もっと見応えのある勝負がないとつまらねぇな...よし、そこの餓鬼。牛若丸と殺しあえ。もし勝ったらそこの死体持って逃げてもいいぞ」

 二人の夫婦の殺し合いをつまらないの一言で言い捨てたその男は押さえられている少年を見て頬を緩ませる。近くにいた一人のサーヴァントの頭を優しくポンポンと叩いて「殺しあえ」、と言った。
 両親を失ったばかりの少年にかける言葉ではない、が彼からすれば少年は自分を裏切った奴隷なのでこの程度のことで心は痛まないのだろう。

「ほん、と?」

 しかしその言葉が少年には希望に見えたのだろう。大人の嘘すら理解できない子どもだ。その言葉でやる気を出すのは当然なのかもしれない。いや、もしこれが嘘だとわかっていたとしてもこれを受けるしかない。この戦いでサーヴァントを倒せればもしかしたら逃げられるかもしれない。そう思っていてもおかしくはない。とはいえ、戦ったところで勝負にはならないだろう。確かに少年の適性は高いがサーヴァントと勝負できるほど強くはない。サーヴァントという存在がどれほど強いかということは嫌という程わかった。まるで悪魔だ。もしくは地獄の番人。人間がどれほど手を伸ばしても届かない高みから登ろうとするにんげんの手足を切り落としてくる存在。

「ああ。ほんとだホント。俺はウソをつかねぇよ。こんなくだらないことで」

 嘘だ。そもそも勝たせる気なんて微塵もない。真正面から挑んでも切り捨てられる。百歩譲って奇跡が起こって勝てたとしてもその近くに屯っている同じサーヴァントに切り捨てられるだけだ。
 ただのサンドバッグにされて《面白い戦い》とやらを見せつけられるだけだ。

「や、る」

 先程まで泣いていたからだろう。枯れた声で少年は意志を表した。

「よぅしきた!牛若丸。遊んでやれ、殺さず生かさず。終わったら1番頑張ったやつに褒美をやろう」
「ありがとうございます!主殿!」

 男が指を鳴らして牛若丸を呼んだ瞬間、少年は空中に打ち上げられた。腹を斬られたのだそして10mほど上がった瞬間にその場で待っていたサーヴァントに叩き落とされる。
 たった二回。それだけの攻撃で少年はボロボロだった。両脚が切り捨てられ、腹から血の他に何かが漏れている。

「ぐっ、あああああっ!」

 しかし少年は斬られた足から黒紫色の禍々しい腕のようなものを生やして立ち上がる。腹からも生えてきたそれはサーヴァントに触れるがその瞬間にその腕が斬られ、反撃と言わんばかりに投げられた瓦礫が突き刺さる。

「触れるな!下郎が!」
 
 サーヴァントは少年を下郎と言い捨てて、苦しむ少年に追撃をする。
 一撃。少年の右腕が飛び、少年が後ろに飛び退く。その間に斬られた腹が修復されて、傷跡が消えている。両脚は先程までの腕のような形から変わり、鳥の脚をそのまま太くしたような形状に変化する。
 切り捨てられた右腕のあった場所からはまた禍々しい色をした幾つのも扇が重なったような歪な腕のようなものが出てきている。大きさは少年の体長を大きく超えている。
 その様子を見てサーヴァントの方の頬が上がる。親を殺された怒りからだろうか。いくらなんでも再生が早すぎる。それに形状がここまで人間離れしていると言うことはなんの化け物にされたのかは分からないがそちらに身体が定着してきている。

「潰れ、ろっ!」

 少年がそう声をあげた瞬間、サーヴァントのいた場所にそれが振り下ろされていた。鳥のような脚で跳躍して大きな腕を勢いよく叩きつけたのだ。衝撃だけで何体か化け物が壁に叩きつけられる。しかし少年は歯を食いしばりながら横に薙ぎ払う。
 と、勢いよくなぎ払われたはずの腕が空中でピタリと止まった。まるで動画を止めたかのようにピタリと動かなくなった腕の先端には刀を構えたサーヴァントが少年の腕を受けきっていた。
 
「この程度か」
「そっち、が、な」

 しかし少年はそれを理解していたとでも言うように右脚を前に突き出す。その瞬間、引っ張られたかのように右足が伸びてサーヴァントを迎撃する。
 爆弾が爆発するような音と共に脚が地面にあたり、巨大な土埃が出ると共に地面に小さなクレーターができる。対象のサーヴァントは弾き出されたものの、傷一つなく近くの足場に立つ。しかしその顔からは、先程までの余裕が消えていた。
 少年が両足と右腕を普通の人間のような上体に戻してサーヴァントの10mほど前方に着地する。

 先程までの予想とは違い、まさかの互角。自分たちが束になっても相手にならなかったサーヴァントに一人で立ち向かうその少年はまさに英雄に見えた。

「主殿が奴隷として扱うだけはありますね。主殿もさぞ喜ばれているでしょう」
「うる、さい。みんなを、返せ」

 まるで煽るように少年に語り掛けるサーヴァント。それは少年の力量をある程度は認めたとの同時に、それを道具として使えるという評価に少年を嵌めていた証明となった。その言葉に頷くように男がニヤリと笑いながらその戦いを眺めている。
 少年はと言うと傷を拭き取りながら怒りを顕にしている。それと共に背後から禍々しい煙が一瞬だけ吹き出す。少年の身体に刻み込まれた特級の呪い。それが少年の怒りに反応していると気付くのは後ほどのことだ。

「返せ?何を言っている。お前たちは主殿の奴隷として扱われていることに喜びを感じるべきだ。主殿こそ私、いや私達が愛する最高の人。その愛の為の犠牲になることなど喜び以外なんと言える?」
「おまえ、タチィっ、ワァ!」

 サーヴァントの言葉に少年の堪忍袋の緒が切れた。全身の穴から黒紫色の煙のようなものが出てきては少年の身体を包む。
 それを見た男が顔を歪める

「いいぞ!やれ!牛若!」
「はははは!!」

 サーヴァントが弾かれたように少年の方まで飛ぶ。その速度は銃弾すらも超える速度、その頃の自分では目で追うどころか視認することすら出来なかった速度の攻撃。それが少年まで飛ぶ。普通ならそのまま切られるだけ、少年の血飛沫が上がり、サーヴァントが笑う。そこまでがセットのように決まったことのはず、だった。

 しかし次の瞬間瞳に映ったのは、少年の拳がサーヴァントの頭を確実に捉えて殴っている構図だった。サーヴァントの接近を見切って刀の攻撃を身を捻ることでかわして代わりに放たれた右のストレートがサーヴァントに当たっている。あまりの速度で少年の拳は指が吹き飛び、形状そのものが潰れたような形になっている。
 少年の目は酷く充血した状態で大きく見開かれている。とても10歳程度の子供の表情には見えない。

「は?」

 殴られたサーヴァントの頭が飛ぶ。追随しようとした身体が速度に追いつけず、首が離れる。力を失った身体が地面に落ちてそこからゆっくりとした速度で血が流れて血溜まりが形成される。
 頭だった物は中身をぶちまけながら男の横を通ってその先の壁にぶつかる。割れた水風船のように中身が壁に貼り付けられるようにぶつかり、そこから重力に負けた部位が滴り落ちる。

「ぐ、うぐっ...」

 少年の腕も骨が複雑骨折して皮膚から飛び出るなど非常に痛々しいものになっているがそれでも少年は痛みに耐えるように口をつぐみながら悶絶しているだけで命に別状はない。
 その様子を周りの化け物たちはポカンとしながら眺めていた。勿論自分も開いた口が塞がらないほどに驚いていた。確かにサーヴァントが勝つぐらいなら少年が勝って欲しいという希望があったと言えばその通りだ。しかしそんなことがありえないことということを知っていた。サーヴァントという存在が何者かということはその頃は全く知らなかったが、人は勿論、化け物では勝負にもならないほど強い何か、ということはわかっていたのでその時の衝撃は頭を鈍器で殴られたような感覚があった。
 化け物達が声を上げる。勝利の歓声、と言うべきものだろう。今まで自分たちを体のいい道具、奴隷として扱っていた存在に勝った。それだけで化け物達は大喜びしていた。そのほとんどが人の形を保っていないものだったが、その時だけ彼らが普通の人間に見えた。

 少年がぐちゃぐちゃになった腕を抱えるように持って男に近づく。サーヴァントがいないマスターは少年からすれば餌にすぎない。

「文句、あるか」

 少年の目は今からでもお前を殺してやろうかと言っているように鋭く、力強く男を見ていた。状況が反転した。少年が腕を振るえば男は頭と胴体が別れるだろう。しかし男が何をしても少年には傷一つつかない。殺すなんて以ての外だ。そんな男を守るサーヴァントはもう男のところにはいない。
 だから本来なら男が怯えているはず。だと言うのにその男は口の端を吊り上げる。少年が恐ろしくないように感じられる。というより恐ろしい、恐ろしくないではなく、それどころかまるで少年の勝利を嘲笑うように感じられた。

「いいや、無いよ。だから...死ね」
「えっ...」

 男がそう言った瞬間、少年の両脚が切り捨てられた。当然立てなくなった少年は地面に伏せるように倒れる。そして追撃の一撃が腹を貫いた。
 それと連動するように悲鳴が聞こえた。その方向を見ると人から化け物にされた者たちの何人かが切り捨てられていた。

 そこに居たのは先程までと全く変わらない、傷ひとつないサーヴァントの姿。その頃は全くわからなかったが今なら理解出来る。
 そのサーヴァントの真名は牛若丸。源義経の幼名である、何故か女性にされているライダークラスのサーヴァント。それだけなら普通だ。他のマスター達とおなじ、運良くサーヴァントを召喚する、もしくは運良くサーヴァントがこの世界に来て契約したマスター。普通のマスターとサーヴァント。それだけでももちろん脅威だが、その驚異を超える恐ろしさがそこにはあった。
 それが牛若丸のマスターが持っている物。そう。聖杯だ。それに溜まっているのはケイオスタイドに似ているサーヴァントの霊基を汚染するもの。彼女達はそれを愛と呼ぶ。実際そこまで間違っていないだろう。彼女達は愛ゆえに狂い、英雄の誇りを投げ捨ててしまったのだから。その牛若丸はかつてゲームで敵として出てきたらしい姿である黒い肌に赤い筋が入った身体をしている。その何よりの特徴は「個体増殖」のスキルが付け加えられていることだろう。そのスキルは《《指の一本、髪の一筋があればそこから新しい牛若丸として増殖する》》ことにある。つまり、少年がいくら牛若丸の頭を飛ばそうと体を切り分けようと牛若丸は増殖する。化け物達を切ったのも増殖した牛若丸だ。
 最初から、勝ち目なんてない。そんな分かりきっていたことから、目を背けていた。

「なん、で...」

 そんなことを知らない少年が今にも力尽きそうな声と瞳で男を見る。すると男は少年の顔を蹴る。余裕、というよりそれが当然のような振る舞い。しかしそれも仕方ないだろう。男からすれば自分たちは全て道具なのだから。

「俺はそこらのマスターとは違うんだ。本物のマスター、選ばれた人類。そんな俺が、何故お前を勝たせなければならない?」

 その言葉を少し遠くで聞いて、理解した。
 この世界はとても不平等で、不条理だと。ただゲームをやっていた。そのゲームを楽しんでいた。ただそれだけでこの世界での生存権を得る。
 サーヴァントを持たない人間はサーヴァントを持つ人間に支配され、道具として扱われるか気狂いになって暴れるしかない。
 
「殺してやる...」

 心の底から湧き上がる怒り。この世界に対する怒りと世界中のマスターとサーヴァントに対する怒り。
 サーヴァントがなんだ。マスターがなんだ。ただ棚ぼたとして得たもので王のように振る舞い、それが正当化される。許せなかった。少なくとも少年に非はない。目の前で両親の殺し合いを見せつけられ、戦わされ、勝てたと思ったら卑怯な手で痛めつけられる程のことをしていない。自分だってそうだ。何もしていない。ただ、サーヴァントに愛を持っていなかっただけ。Fateなんてものを知らずに、普通に生きていただけ。
 それだけで弱者にさせられ、殺される。そんな道理が許せない。こんな世界は間違っている。サーヴァントが力で支配する世界など、このまま壊れてしまえばいい。

「お前らは、悪魔だ。悪魔は、一匹残らず...」

 サーヴァントなんて悪魔と同じ。いや、それ以上に卑劣で、残虐で、悪に染まったものだ。そんなものを見せつけられて我慢出来るはずがない。

「俺が殺してやる!」

 この世からサーヴァントを一匹残らず殺す。そんな宣言が口からスルスルと滑り出した。怒りに身を任せて放った咆哮。一体でも勝てないのに、そんなこと出来るはずが無い。そんなことは分かりきっている。
 1番近くにいた牛若丸がこちらを振り向く。刀を引きずるようにこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。逃げない、逃げられない。どれだけ逃げようとしてもどうせ追いつかれる。それが牛若丸にもわかっているのでゆっくりと歩く。その距離が自分の残りの人生だと、感じさせるように。
 一歩。下駄が地面にあたり、音を立てる。
 二歩。刀が一瞬だけ地面にあたり、火花を立てて地面が切れる。
 三歩。もう至近距離と言えるほどまで近づかれた。牛若丸が刀を上に掲げる。振り下ろせば終わり。
 少年も横たわり、他の化け物も殺しされている。そもそもこんなことが出来るなら元々自分たちを化け物にする必要も攫ってくる必要も無い。つまり道具としての用途すら自分たちには求められていなかった。ただ支配欲を満たすための道具。自分はこれだけの化け物を従えているという充実感を得るために自分達は使われたのだ。
 ならせめて、怒りながらその命を終えよう。後悔はある。やり直しも何度も考えた。過去に戻れたのなら自分もマスターになって好き勝手していたかった。

「畜生...がっ!」

 牛若丸の刀が首を斬る。それで自分は終わる。いくら再生能力があるとはいっても生命活動を終えられるような急所をつかれれば再生なんて出来ずに死ぬ。だからこれで、自分は終わり。
 そのはずだった。いやそうなるべきだった。しかし奇跡というものは何故が何処かしらに転がっているもので運良くそれを掴むと生き延びられるようになる。

「アルギズ!」

 流れるように飛び交う閃光。それが視界に映った時自分は流れ星が見えたように感じた。それは願いを叶えるという点では流れ星と変わらないのかもしれない。
 ルーン魔術。一工程で使用することが出来る北欧神話などで扱われた魔術。神話でのルーンは原初のルーンと言われるものだが、今放たれたものはサーヴァントが使うものでは無い。つまり、〝魔術師が放ったルーン魔術〟。
 後ほど放った本人に聞いたことだがアルギズは硬化の意味を持つ防御のルーン。つまりこの攻撃は相手の意表をついた奇襲の意味ではなく、こちらを守るために放った魔術ということになる。

 牛若丸が刀を放り投げるように軌道を変えて流れ星のように光ったアルギズを迎撃する。放たれたものは3発だったはずなのにいつの間にか10を超える数になっていた光の玉は全て牛若丸に切り捨てられた。

「ソーン!」

 再び放たれるルーン魔術。先程より多い幾つもの光の玉が自由な軌道で牛若丸に当たる。しかし牛若丸もサーヴァント。その程度の魔術を対魔力で無効化する。しかしその勢いだけは殺しきれず、10メートルほど後方まで跳んで着地する。
 ソーンは衝撃を与えるルーン魔術だ。巨人や足止めという意味もあるらしい。

 防御と足止め。奇襲のチャンスは潰れたが牛若丸を驚かせるにはそれで十分だった。無理に突っ込むことはなくその場で刀を構える。
 その瞬間だった。牛若丸の背後にいた何者かが牛若丸の身体を一瞬で二つの肉塊に変えた。特に鋭くも見えないただの長剣でサーヴァントの体を切り裂く。それは単純なことではない。しかし自分はたった一瞬で倒れた牛若丸の姿より牛若丸を倒した男、サーヴァントに注目していた。長い銀髪を持った長身の男。

「そのまま避難民の守護を頼む。ベディヴィエール」
「はっ。マスター」

 背後からそう声がかかる。するとベディヴィエールと呼ばれたサーヴァントは軽く礼をして多くの牛若丸が出てきた場に一人で突っ込んでいった。迷いなく、長剣を持ちながら勇敢に走る。
 その背中を見ながらその時やっと自分の後ろに誰かがいると気付いた。

「ああ、彼のことは気にしなくても構わないよ。もう時期周辺を固めている援軍も来る。それより」

 そこに居たのは一人の男だった。日本人離れした、西洋人のような顔つきに青く刃のような鋭い眼。黒くシンプルな服に小さな杖を腰に着けたベルトに引っ掛けている。そして何より右手の甲にある令呪がマスターだと証明していた。
 そう。彼こそがベディヴィエールのマスター。後にエインヘリアルの前身を作った上に崩壊世界を救った英雄と言われることになる、今は亡きたった一人の人間。

「君は大丈夫かい?」

 名前を、深澤浩二と言う。 
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