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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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【視点転換】帰還の為の免罪符-拾-

そこにあったのは予想通り死体だった。
 腹が引き裂かれた子供の死体。酷い血の匂いがするが腐った匂いはしない。一見腐っているように見えるがそれは見た目だけで見えている肉などは腐っていない、言い方は悪いが新鮮だ。周辺には死肉を貪るようにハエが放たれているがそれは格好だけであり、実際にその死体は死んだ直後で止まったように腐りもしていない。まるで生きているようだが、死んでいることは間違いない。何らかの魔術で固定しているのだろう。
 死体は傷だらけだが、最初に見た子供とは別人ということは分かる。つまり最低でも二人の子供がこうして死んでいる。
 残念ながら魔術に詳しくないのでこれを見ても結びつくものは無い。しかし確認出来たこともある。
 自分は最初この子供が何らかの実験の被害者であの場所に置かれていたのは偶然だと思っていた。例えば不死の実験をしていた魔術師かカルト集団がいてその被害者である子供が死んだ状態で止まっていたと。しかしここにも全く同じ状態の子供が置いてある。となるとこれは恐らく意図的なもの。可能性として高いのは

「何らかの魔術儀式か...」

 ボソッと声が出る。
 しかし周りには何も出てきていないので、気にせず子供をよく観察する。
 もし本当に魔術儀式の場合子供は生贄か、もしくは魔術礼装の可能性が高い。魔術礼装の場合もしかしたら何らかの規則に成り立って置いている可能性が高い。となるともっと多くの情報が必要だ。例えば死体の向いている方角、死体の性別に外見情報、置いてある位置。そして、なぜこの状態で置かれているのか。腐ると機能しない、という場合も考えられるがそれならわざわざ外見を腐っているように見せて酷い死体にする理由はない。この死体は明らかに死んだ後も傷をつけられている。となるとこの傷にも理由が存在することになってしまう。
 考えすぎだろうか。しかしとある魔術師が言っていた。言葉を思い出す。

「魔術師なんて理屈が大好きな人間は全ての行動に理由がついてまわるんだ。そして無駄を嫌う。基本的にそれ以外を見られないから魔術師なんだ...か。全く、意味不明なら意味の無い行動の方がマシだな」

 彼の言葉を信用するならこれにも理由があるはずだ。相手がなんらかの罠をしかけてきている可能性が高い以上、こちらも手札が元々持っているものだけでは頼りない。せめて相手の罠や戦闘手段に気づければ話は違うのだが情報が少なく、答えが導き出せない。
 一応使えるものは全部使っておこうと手元の魔術礼装で防御できそうなものを作動させておく。サーヴァント殺しと言われる敵が本当にいるのなら焼け石に水だろうがヤらないよりはマシだ。

「どちらにしろ、何か意味があるのは間違いない...か。アタランテ。そっちには何も無いっすか?」

 念話でアタランテに二人の様子を聞く。勝手に走って置いて行ってしまったのが少し罪悪感はあるがだからといって戻らない訳には行かない。

「(こちらには何もないぞ。マスター。そっちはどうだ?)」

 返って来たのはアタランテからの何事もない、という返答。念話での会話も盗聴されている可能性は低い。何よりアタランテがここまで敵に反応していないとなると敵が自分たちを見つけているかどうかはかなり怪しく感じる。一度撤退した時に逃げたと思っていまだに気付いていない、ということが考えられる。そうなるとこの子供は全くの無関係、もしくは前の所有者の物、という可能性も有り得る。実際、紫式部と葵の二人に攻撃した存在とこの子供をここにおいてこんな形にした犯人が同一犯だと言うことは証明できていない。ただもしこの子供をここに置いた犯人なら侵入者を許さないだろうということだけ。しかしそもそもその犯人がもう一人に負けて逃げるか殺されたりでもしていれば話は別だ。未だに工房を支配しきれていない傭兵か魔術師か不明だが何かがいる、ということで話は終わりだ。それなら楽...ではあるが現時点ではそう考えることが可能ということだけであり、違う可能性だって大いにある。

「(さっきと全く同じ死体っす。死体を使った魔術...って何かあるんすか?)」

 さっきと同じ、という点で子供が犠牲になったということは彼女もすぐわかるだろう。しかしそこはあえて触れずに話を振る。そこに囚われていては話にならないということもあるが、何よりアタランテの前にこれ以上子供の死体を想像させるのはあまり良くない。

「(死者を生き返らせたやつなら知ってるが今回は関係ないだろう。そいつが用いたのは蛇であって虫ではない)」

 彼女がいたアルゴノーツの船員の中にはアスクレピオスという死者を生き返らせる薬を作った英雄がいたが、彼とは無関係だろう。もし彼がここにいた生きたままの死体だなんて面白がって調べるところから始まるのだろう。彼女から聞いたことのある話だけで組み立てられたアスクレピオスの人格だがそこまで間違ってはいないはずだ。
 どちらにしろ、彼と今回の問題は無関係だ。アタランテが知らないというのなら紫式部に聞くしかない。それでも分からないのなら、仕方がない。相手に伏せられた手札があることを前提にして戦うしかない。先程戦った感触だけを考えるのなら不可能ではないはずだ。

「(おい、ちょっと待て。マスター)」

 そう思っているとアタランテの今までとは違う声色で声が聞こえる。先程までが軽かった、という訳では無いが急に人が変わったように重くなる。敵襲だろうか。それにしては、アタランテが動き出していない。一応念の為に拳銃をホルスターから引き出して周りを警戒する。

「(アタランテ?)」
「(誰か来た)」

 念話はその特性上相手の声は聞こえるが他の環境音、例えば他人の声や足音などは聞こえないのでこちらからは何も分からないがアタランテが感じたということは間違いではない。

「(方向と距離は?)」
「(マスターとは逆方向、距離は25m)」

 アタランテから知らされた方向と距離に思わず驚いた。最悪、とすら言える場合だ。アタランテが気付く距離が近すぎる。25mなど、高い戦闘能力を持ったサーヴァントからすればゼロ距離と変わらない。そんな距離までアタランテに気付かずに近付けれるということはこちらに確実に気がついている上に手練だ。
 この場合一番危険なのは囲まれること。アタランテが気付いた敵が陽動でアタランテを引き剥がすことで二人を囲む作戦の可能性も考えられる。

「(二人を守って退却。俺が後ろを取るから絶対に囲まれるな)」

 なのでここはアタランテ達を囮にこちらが仕留めに行くのが最も成功率が高い。勿論、ここで自分が動くことを察して伏兵を置く可能性もあるが通る道が特定しにくい以上、罠に引っかからない可能性を考えたらかけてすらいない可能性の方が高い。
 音を殺しながらも回り込むように走る。狙うは相手の後方。上手く行けば後ろから挟み撃ち。失敗しても奇襲はできる。相手に気付かれないようにすることを考えるとそれなりに時間はかかるがあちらには紫式部もいる。戦闘力は未知数ながらも葵もいるので危険度は高いながらも勝率は高い。

「(...いや、その必要は無さそうだ)」

 するとアタランテが急に落ち着き出した。
 その声に一応その場で止まる。敵を見て強くないと判断したのか、いや。後ろを取られているのは変わらない。なのにアタランテが余裕を崩すのはおかしい。何らかの魔術にかかって敵意を削がれたか。エインヘリアルには敵の感情を食らって自らの体にする化け物みたいな子供がいるがソレと似たような現象が起こっているのか。いや、アタランテの対魔力と紫式部の探知に引っ掛からずに手を出すことは難しい、というか不可能に近い。

「(何故だ?)」
「(彼女達が探していた傭兵だからだ。とりあえず )」

 何故か聞くとアタランテが驚きの発言をした。
 紫式部と葵の探していた傭兵。それが今まで生きていてこのタイミングで姿を現した。
 最悪の予感が頭をよぎる。

 だって冷静に考えてみれば妙だ。
 敵地を視察するのが厳しいのは分かる。しかし情報が少ない時、1番警戒するのはなんだ。勿論、自分達の《《知らない》》攻撃だ。こうして陣地を構えている以上攻め込まれるのを想定するのは当然。罠を張る、監視をつけるなどやるべきことは沢山あるはずだ。しかしここはただの廃工場、罠や監視は未だに見つけられていない。
 話は逸れるが防衛する側の時一番避けたいのは全滅だが、それに繋がりやすいものは何か。過剰戦力、天候の変化色々あるがそれも《知らない》手段によるもの、もう少し言い方を変えれば想定していない事態が引き起こる事だ。
 それを防ぐにはどうするか、昔から戦場ではそれを防ぎながらも相手の意表をつくのに便利な立場がある。

─スパイ

「(馬鹿っ!直ぐにそこから逃げろ!)」

 アタランテの声を聞くことも無く、大音と立てることも気にせずに走る。ああ、なんてわかりやすい。
 何故、紫式部の泰山解説祭が封じられていたのか。確かに能力上スパイをする時や奇襲する時にかなり不利に働く。しかしそれは理由であって原因ではない。封じられたのは単純に封じる手段があった、つまりその能力を細かい詳細まで知っているということになる。なら、紫式部に接触して情報を取るのは当然のこと、そして今後不安材料になる相手を先に潰すことで戦力を広げる狙いだ。
 そう考えれば子供たちが攫われている、なんて噂を流せば自分とアタランテが来るという予測も出来ただろう。だからわざわざ子供の死体をおいてアタランテを怒らせたのだ。そうすればアタランテがこちらと離れて行動する可能性が高まる。通常のマスターより強力なエインヘリアルのマスターを倒したとなれば他のマスターからすれば化け物も同然、勝てないと諦め、攻めてくる戦力はほとんど無くなる。
 相手は情報戦において圧倒的なアドバンテージがあったのだ。
 
 子供の配置、あの現象の理由も何となく掴めた。魔術に詳しいわけじゃないため、細かいところは全くだが、ホワイダニット。どうしてかということだけはわかった。触り程度ではあるが。深澤の残した言葉がよく役に立った。魔術を学ぶのも悪くは無い。

 そう考えればこの廃工場の配置にも意味があることになる。ならここでとるべき最前の方法は。

「全員伏せろぉぉぉ!!!」

 雄叫びを放ちながら背中から1枚の毛皮を出す。そしてそれを纏い、目の前の壁に勢いよく突進した。

 いくら廃工場とは言えど壁だ。人間の体当たりなど、諸共しない。そもそも工場の壁は様々な法律の関係上強力なものになっている。

─しかしそんなもの関係ない。ぶち破れる。

 全ての壁が何も無いように軽く崩れていく。
 文字通り最短距離で走る。
 怒号をかき消す轟音。耳を破壊するような衝撃と共にアタランテ達の前に出る。

 そして、反応すら出来てない一人と二騎を両手で突き飛ばした。

 突如、壁に走っていた光が、自分の体に走る。

 全身が斬られた、と判断したのは、その後だった。 
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