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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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困憊するあたしは、奴らを逃がす

 
前書き
溢れる欲望を抑えて生きる
欲望の赴くままに生きる

果たして自分らしい生き方は、どちらか
 

 
「█████████!!!!!」

姦姦蛇螺が吠える。
凄まじい音量、そしてプレッシャー。
エリザベートのスーパーソニックにも匹敵しそうなそれはあたしと大和さんを簡単に吹き飛ばした。

「くっ…!!」

大和さんは少し離れた場所に何とか着地し、刀を突き立て耐える。

あたしはそのまま吹き飛ばされ、掴めるものも何も無く…

「葵様!!」

受け止めようとした香子に衝突。
勢いを殺しきれず香子はあたしごと倒れてしまった。

「お怪我は…!」
「ないよ。大丈夫。」

天然モノの超特大エアバッグに救われたのでとりあえずは無傷。

「…俺も武蔵にそう受け止めてもらえば良かったな。」
「な、何言って…っ!!」
「冗談だ。」

冗談を言いながらも刀を構え直し、大和さんは目の前の敵を睨む。

「にしても…」

蘆屋道満、森川真誉。
そして…

「何呼んでくれてんの…アイツ。」

姦姦蛇螺。
ネットを中心にして広まった怪異。
その正体は村を襲う人喰い大蛇の退治に乗り出すも、下半身を喰われ、さらには村人に裏切られ生贄に捧げられた巫女。
その恨みは身内を呪い殺し、村の人間もほとんど呪い殺した。
そんじょそこらの有象無象の怪異とは比べ物にならない化け物
呪う力は半端なものではないだろうし、それに

「██████ーーー!!!!!」

一瞬にして距離を詰めるほどの速さ。
その巨大な蛇の尾をうねらせまずは大和さんに襲い掛かる。

「ッ!!」

6本の腕からなる爪の連撃を捌ききり、一度距離を取るために後ろへステップ。

同時にもう一つの武器である散弾銃を手に取り、追い打ちを防ぐべく姦姦蛇螺に向けて乱射。

命中はしている。しかしダメージは通っているのかは分からない。
姦姦蛇螺は鬱陶しくその腕で弾丸を払い除け、嫌そうな顔をしている。

「斬るも撃つもダメ。ならこれはどうだ。」

充分に距離を取れた大和さんはもう一度刀を鞘に収めると、鈍器と化した己の武器をかまえる。

「█████████!!!!」

やってくる姦姦蛇螺。
しかし大和さんの迎撃準備は整っている。

踏み込む足元に紅い電流みたいなものがバチバチと迸る。

「…!!」

次の瞬間、大口を開けて飛びかかる姦姦蛇螺の頬目掛け、大和さんは鈍器を渾身の力で叩きつけた。

「█████████!!!!」

効いている。
神霊に近いであろう彼女の身体に、きちんとダメージが届いている。

顔面はひび割れ、血が滴る。
そこで大和さんは確信した。

「蛇に関する化け物ならば、ここはヤマトタケルの専売特許だろう。
だが……。」

のたうつ蛇の化け物を見て、ただ表情1つ変えることなく呟く。

「血が出る。なら俺達でも充分に殺れるぞ。武蔵。」

次の瞬間、あたし達の隣にいた武蔵さんが〝消える〟
いや、消えたんじゃない。化け物目掛け急接近したんだ。
瞬きをしたその時にはもう、刀を抜いて姦姦蛇螺の懐まで飛び込んでいたのだ。

「じゃあ、現代の都市伝説が生み出した怪異、斬ってみましょうか!!」
「ああ。」

武蔵さんの一刀が、姦姦蛇螺の身体を傷付ける。
これは、明らかにダメージが入ってる。

「へぇ…一応は神霊の類らしいけど、式神にされて明らかにランクがダウンしてるのね。」

続けざまに斬る。斬る。さらに斬る。

「だったら尚の事!!斬る!!」

襲いかかろうとした爪が、叩き斬られる。

痛みに悶絶する姦姦蛇螺。

さて、武蔵さん大和さんは彼女の相手をしている。
ならあたし達は、

「じゃあ葵ちゃん!そっちはあの外道陰陽師をよろしく!!」

あの二人をぶん殴る。

「紫式部!!」
「はい…!」

その声とともに身体に力が漲る。
地を蹴れば、予想以上に飛ぶ。
ありったけのバフを盛られたあたしは、凄まじいスピードであの二人に突っ込んだ。

「おや。」

道満が迎撃の為に札を投げる。
だけどこの程度どうって事ない。
次々にやってくるそれを裏拳、キックで確実に叩き落としていく。

遅い。それにこの弾幕は薄い。
なら…!

「ッ!!」

後ろ目掛けてキック。
するとやはり、あたしの脚は何かを弾いた。
道満の札はあくまでブラフ。本命はこれ。
それは黒い布状の何か。
鞭のようにしならせ攻撃するそれは間違いない、真誉だ。


「あーあ。残念。楽に死ねたのに。」
「そんな見え見えの罠に…引っかかってたまるか!!」

答え合わせのように彼女がそうぼやく。
うるさい。ライブの時もさんざん殴ったけど、まだ殴られ足りないか。

だったら覚悟しろ。
その腐った性根を徹底的に叩き直してやる。
もっとぶん殴ってやる。

握る拳に力がこもる。
踏み込む足に体重が掛かる。
駆けるあたし。
次に真誉が呼び出したのは黒い影のような使い魔。

あの鞭も、この使い魔も、全部そうだ。

「式神も道満譲り、結局は…真似事しか出来てないじゃんか…!!」
「…。」

近付けた。
この距離なら、やれる…!

「と思いましたかな?」

その時だ。
真誉を庇うようにして道満が前に出る。
指を伸ばし、手刀であたしを貫こうとするも、直前でガードして腕を若干掠る程度で済ませた。

「ッ!」
「式神も拙僧譲り、魔術も真似事。違いますなそれは。」

殴ろうとするも受け流され、その横っ面にキックを叩き込もうとするも掴まれてしまう。

「あくまで拙僧はやり方を教えただけ。あの姦姦蛇螺を退治し、調伏させ、悪行罰示神として服従させたのは真誉殿自身の力にて。」
「…!?」
「強いて言えばそう。拙僧はあくまで背中を少し押した程度に過ぎませぬ。拙僧がいなくとも、真誉殿はその気になればあらゆる怪異を式神として使役できていたでしょうな。」


デタラメを言う。
力を込めて脱出しようとするも、中々抜けない。
そしてモタモタしていると

「ならば…拙僧からも一つ!!」

浮遊感。
その剛腕であたしは上へと持ち上げられ。

「そなたのもうひとつの人格、随分と式部殿から優遇されているようで…。」
「…!!」

そのまま地面に叩き付けられた。

「あ…ぐっ…!!」
「菫殿…でしたかな?」
「うる…さい…!」

グラりと揺れる視界に顔を顰めつつ、なんとか起き上がる。
ナメられている。
明らかにあたしは今隙だらけだ。
道満は待っている。
何もせずに、薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。

「当初はあなたから分かたれた別人格。切り捨てた感情が固まって出来たそれが名を与えられたことにより〝個〟となった。」
「うるさい…!」
「はて、ここで拙僧は疑問に思うのです。式部殿は果たして、葵、菫、一体どちらが大事なのでしょうと。」
「うるさい!!!」

全部の気を集中させて、凄まじい速さで殴る。
しかし効かない。
またもや受け止められてしまう。

「まぁまぁ落ち着いて。拙僧の話を最後まで聞いてくだされ。」
「黙ってろ…お前の話に割いてられる時間なんか…一秒もないんだよ…!!」
「困りました…真誉殿からも何か仰って頂けましょうか?」

呑気に話す道満。
黙らせてやりたい。だが、生憎あたしの拳は届かないらしい。

「葵ちゃん、すぐイライラするしすぐ手が出るよね。牛乳とか飲んでみれば?」
「ぶっ殺した後にたらふく飲んでやるよ…!!」
「ふーん…そっか。」

柏手を、一つ。
すると彼女の周囲にいくつもの黒い布状のものが現れる。

「じゃあ、殺される前に殺すね。」

一斉に襲い掛かる鞭。
空気を裂く音。
同時に道満が離れ、開放される。
最低限の動きでかわし、落とせるものは叩き落とす。

「…!!」

直感で振り向くと、そこには黒い影の使い魔。
あたしを囲み、そのまま倒れて押し潰そうとしてくる。

「させません…!!」

香子の声。
(まじな)いを込めた文字を瞬時に綴り、それらが弾となって使い魔に撃ち込まれる。
それらは着弾した後に破裂。
姿勢を低くし、あたしはまた駆けた。

「…!」

駆けたのだが…

【あの陰陽師の言う通りだ。優遇されてるのは、愛されてるのはボク?お前?どっちだろうね?】

目の前に表示される文字列。
こんな時に限って、泰山解説祭を用いて深層意識の中にいる菫が語りかけてきたのだ。

【前にも言っただろ?ボクは香子からたくさんもらって、お前は何か貰ったかって。こたえは見つかった?】

「今は…そんなことに答える場合じゃないんだ…!!」

【いいや、あるね。】

目の前の文字列を払い除け、あたしは突き進む。

「ンンンンンンンン〜?もしや喧嘩の真っ最中ですかな?」
「うるさい!!!」
「ええ、ええ!ならば心優しきこの蘆屋道満、仲裁に入ってあげましょうとも!」

次の瞬間だった。

またもやあの鞭が振るわれる。
そうして迎撃しようとした時だった。


「…!!」

しなる鞭はあたしを攻撃するのではなく、〝拘束した〟

「なに…これ…!」

瞬く間に四肢を拘束され、その場から動くことが出来ない。
力を込めて引きちぎろうとするも、出来ない。

【無理だろう?でもボクなら引きちぎれる。変わりなよ。それと認めなよ。主人格がどっちなのか。心の奥底で眠るべきなのは誰なのか。】
「だから…うるさいって言ってるだろ!!」

払い除けられない文字列が、いやでも視界に入ってくる。
認めろ、変われ、
主人格はあっちだ、切り捨てられるのはお前だ。

そうしている間にも、道満はニタリと笑いながらどんどん近付いてくる。

「すごいね〜。葵ちゃん、心が二つあるんだ。」
「正確には二つに別れた、と言うべきでしょうな。彼女が切り捨てたエゴ、欲望…負の側面の具現化。いわばそう……
〝アルターエゴ〟と同じ。」

目の前で、道満が止まる。

「さて、その身体は相応しい者に譲り渡しましょう。」

奴があたしの顔を掴むべく、その手を伸ばす。

「だめです!!」

しかし香子がそうはさせなかった。

「おやおや。」

道満の伸ばした手に呪いを込めた文字の弾が命中する。
ボコボコと膨らみ、爆ぜたものの奴は涼しい顔のままだ。
しかし、

「はい、そこまで。」

予想外の横槍。
武蔵さんが道満の懐に飛び込んできた。

「外道の(はらわた)、此処で晒せ!!」
「おぉっと!?」

すんでのところで奴はかわすも、腹部には切り傷。
そこから血が伝って流れた。

「ほぉ?マスタァを放って拙僧と戦うのですかな?いささか無謀では?」
「無謀?違うわね。」

そう言いながら武蔵さんはあたしを拘束する布を斬る。

「勝てるから、こうしたの。」
「…!」

その時だ。
ピリピリした空気が漂い始める。

これは…魔力だ。
辺り一帯に魔力が溢れだしている。
発生源は…


「お前達の顔も見飽きた。お遊びもここまでにしよう。」

大和さん自身。
姦姦蛇螺に苦戦したのだろう。
ところどころボロボロだ。

しかし彼は相変わらずの涼しい顔をしながら、刀を天へと向けた。

「20分。それまでに殺す…!」

振り上げた刀を下ろし、切っ先を姦姦蛇螺に向ける。

その瞬間、空から雷が落ちてきた。
大和さんの攻撃…ではない。
その雷は道満や真誉に当たるのではなく、大和さんと武蔵さんに降り注いだのだ。

「…っ!!」

昼かと思うくらいの眩しさが辺りを照らし、思わず目を瞑ってしまう。

「何…今の…?」

そうして急な光に目が慣れ、周囲を確認するとそこには

「ええ、こんな外道陰陽師、二度と顔も見たくないものね!」

髪飾りを解き、その銀髪を風になびかせた武蔵さんの姿。
変わっているところと言えば、その瞳は大和さんと同じく紅くなっていた。

そして、そのマスターもまた

「葵、紫式部。下がっていろ。」

さっきまで全く感じなかった膨大な量の魔力。
これほどの魔力を…1人で生み出している?
さらに、余剰エネルギーみたいなものだろうか?
それらは紅い電流となって目から迸っていた。

「…ッ!!」

2人が地面を蹴る。
地面がえぐれる程のパワーをもって、その速さは目で追い切れないほどに速く。

「█████████!!!!」

姦姦蛇螺が吠える。
尾を振り上げ、範囲攻撃で見えない相手をあぶりだすつもりだ。
しかし、

「██████ーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

その尾が、斬れた。
まるで歯が立たなかった頑丈な鱗で覆われたその太い尾が、いとも簡単に斬り落とされたのだ。

再び吠える姦姦蛇螺。いや、これは痛みで叫んでいる。

「…その気になれば、大したことないな。」

紅い稲妻を迸らせ、大和さんは追撃をかける。
身体能力だけじゃない。武器だって強化されてる。
先程は弾かれた散弾銃も、容易くその肉体を抉り、腕もバッサリと斬り落としていく

大和さんだけじゃない。武蔵さんもまた

「困りましたな。このままでは防戦一方。反撃の機会がまるで窺えませぬ。」
「当たり前じゃない。反撃できないようにやってるから、ねッ!!」

札で結界を貼ろうとするも、間に合わない。
何か手を打とうとすればたちまち斬られる。
逃げればその分追いついてくる。
殺気の籠ったその目は、迷うことなく蘆屋道満のみを見ている。

のらりくらり、へらへらとしていた武蔵さん。
だが戦闘時になればガラリと雰囲気が変わり、その実は命のやり取りに関してはとてつもなくドライな人間だった。

マスターもそうだ。

「急急如りつ…」
「させるか。」

トドメは刺されていないが尾は斬られ、腕も無くした姦姦蛇螺を見限り新たな式神を呼ぼうとする真誉に容赦なく斬り掛かる。
守るべく庇う黒い影。
しかしそれを普通に斬り裂き、真誉にその刃を届かせようとする。

「そうなんだ。そうやっていじめるんだ。」
「悪いが俺にそういった揺さぶりは効かない。」

鞭を振るうも容易く斬られる。
影で覆って捕縛しようとするも速すぎて捕えられない。
何か手を打とうとするも、それらは尽く潰される。
次第にイライラしてくる真誉。

「もう!いい加減にしてよ!!嫌なことばっかりする!!」
「こちらの台詞だが。」

あちらは戦闘のプロ。
おそらく踏んだ場数が圧倒的に違う。
影を出せば即斬られ、死角からの鞭を用いた攻撃もまるで後ろに目があるかのように避け、反撃に移る。

落ち着いて式神を呼ぶことも出来ない。
次第に追い込まれる真誉。
御札を取り出すべくあの人形の背中のジッパーを開けようとするも

「…!」
「あ……」

大和さんは、斬り裂いた。

間桐桜を模したそのぬいぐるみはバッサリと裂かれ、中にしまい込んでいた御札がバラバラと散っていく。
動揺、焦り、
真誉が今までにない表情を見せた。

「あ、ああ…!ああああ!!!」

焦って御札を集めていく、
のではなく

「桜ちゃんが…桜ちゃんが!!!」

斬れた人形を抱き抱えた。

「…。」

しかし、その瞬間も大和さんは見逃さない。
走る一閃。

「え…」

無慈悲な一撃は、その抱き抱える腕をバッサリと斬り落とした。

「桜…ちゃん?拾えないよ?」
「……諦めろ。お前はここで終わりだ。」
「桜ちゃん…?桜ちゃん?ねぇ桜ちゃん??」
「……。」

トドメを刺そうとした大和さんが、止まる。

しゃがみこみ、肘から先のないその腕で、あるはずの無い手で落ちたぬいぐるみを拾おうとしている。
その目は、ぬいぐるみしか見ていない。
すぐそこに命の危機が迫っているのに、ぬいぐるみの事しか考えていない。

そして、


(なんだ、それは…。)

まず痛がらないことも怪しいが、
いちばん怪しいのはその断面から滴る、黒い〝何か〟

血にしては黒く、ぼた、ぼたと落ちるそれは粘度がある。
さしずめ、泥のように。

「……!!」

途端、ハッとして大和さんは顔を上げる。

「武蔵!!なにかマズい!!」
「!!」

彼の声で道満と戦っていた武蔵さんが手を止める。
そして、感じ取ったのだろう。

遠くにいるあたしからでも感じる、この正体不明の怖気を。

「…ッ!!」

戦闘を中止し、あたし達の方へ一目散に走ってくる2人。

「走れ!!今すぐここから離れろ!!」

叫ぶ大和さん。
そこから少し遅れて武蔵も走る。
相対していた道満は……追って来ない。
それどころか、にんまりと笑みを浮かべている。

「…なんということを、してくれたのでしょうな。」

ゾッと、より一層寒気が強くなる。
恐怖だ。様々な修羅場をくぐり抜けてきたあの二人でさえ、今〝恐怖〟を感じている。

そして…

「​──────折角貯めた呪いが、零れてしまうではありませぬか。」

〝黒〟
闇よりも真っ黒な何か。
それが真誉を中心にしてあっという間に広がっていく。
沼か?違う。それとも闇か?それもまた違う。
じゃあこれは何だ?

「ぅ…うぇ…っ!!」
「葵様…!!」

見ていると吐き気が込み上げてくる。
口を抑え必死にこらえるも、あたしは地面に吐瀉物をぶちまけてしまった。

「大丈夫?」
「っ…はぁ…な、なんとか…。」

なんとか逃げ切り、心配そうに覗き込む武蔵さん。
香子に背中をさすられながら、たどたどしくも言葉を返す。

「っていっても…アレは何?」
「…呪いです。」
「呪い…?」

見渡す武蔵さんの疑問に、香子が間を置くことなく答える。
黒い溜まり。これは呪いの塊なのだという。

「とはいえこれ程までに凝縮された呪い…私は見た事がありません…。」
「…もし触れればどうなる?」
「…分かりません。ですがその呪いは身体を蝕みます。おそらく肉体は腐り落ちるほどに。
それにこれはあまりに凝縮され過ぎたせいで、見ただけでも害を及ぼすモノでしょう…。私も先程から気分が悪く…。」
「成程…逃げて正解だったか。」

腕を組みながら大和さんはそう答え、彼らのいる方を見る。

真誉は、膝を着いたまま動かない。
道満はこちらを見、それから御札を使って何かをしようとしている。
そして、その地面に広がる呪いからは

「人…?」

最初は手だけが出てきていた。
一本二本じゃない、何十、何百もの無数の手。
それから真っ黒な人がいることに気付く。
両手を伸ばし、口をパクパクとさせ何かを訴えようとしている。

助けてくれ、という淡い希望の声か、
それとも、お前も引きずり込んでやるという怨嗟か。

そうしてその〝呪い〟は

「あれ見て!!」
「!!」

武蔵さんが指さした方向。
子供の霊が、その手に掴まれ引きずり込まれていくのだ。
なすすべもなく、何本もの腕に掴まれ容赦なく引きずり込まれていく。
肉体は死んで、魂すら救済されず、
そうして呪いの渦の中に取り込まれていく。

「ンンンンンンン!!どうでしょう!呪いはさらに増していく!!特に無念の死を遂げた子の霊は何よりの栄養源になりましょう!!」

魂が、殺され、操られ、なんの罪も無い魂が消えていく。
死んで、さらに死んで、恨みが増していき、呪いはさらに濃くなる。

「ッ!!」

気付けば走り出そうとしていた。

「葵ちゃん!!待って!!」

香子と武蔵さんが慌てて止めに入る。

「いけません葵様!!」
「でもこのままじゃ子供の霊が…!!」

無念の死を遂げて、さらにまた呪いの栄養源になる。
そんな理不尽を二度も味わせていいものなのか?
まだ年端もいかないであろう、子供達に。

「あそこに踏み入れてはなりません!!」
「子供の魂だけでも!!香子なら何とかできるでしょ!?」
「ですがしかし…!」

サーヴァント2人がかりで止められるも、あたしは強引に行こうとする。
呪いが凝縮されている?触れれば無事では済まない?

知るか。
子供の魂もなんとか救いたい、成仏させてあげたい。
それに、そんな無垢な魂を呪いの糧にする奴らもぶん殴ってやりたい。
そうやってあがき続けていると


「無駄だ。」

大和さんがぴしゃりと、そう言い放った。

「何…言ってんの…。」
「無駄だと言った。もう俺達には何も出来ない。」
「そんなの!」
「そんなのやってみなきゃ分からない。か?死ぬぞ。」

冷静にそう言い放つ大和さん。
頭に血が上った状態のあたしでは、そういった判断は出来なかった。

「死んだ魂をきちんと弔うのは勿論良い事だと俺は思う。だが、その為だけに自らの命を危険に晒すのはどうかと思うぞ。」
「……。」
「葵様、私もそう思います…。」
「紫式部…。」

そう諌められ、あたしはなんとか冷静さを取り戻す。
しかし、

「でもあれ…どうしたら…。」
「どうしたらいいだろうな?武蔵。」

と、武蔵さんに話を振る。

「この距離なら、宝具で消し飛ばせるか?」
「まぁ…出来なくもないかも。でもあの道満何をしてくるかによる…け、ど。」

と、言葉が途切れる。
その時だ。

武蔵さん、大和さんがある方向を向く。続けて香子も。
何かと思いあたしもそちらの方向を見てみれば


「ぅううううううああああああああああああーーーーッッッッ!!!!!」


突っ込んできた。
サーヴァントが。

「!」

それは凄まじい音を立てて道満にぶつかる。
咄嗟のことに反応できなかった道満はそのままサーヴァントと共に吹っ飛び、砂埃を巻き上げながら廃ビルに激突した。

そのサーヴァントは

「貴様…貴様ァアアア!!!!!よくも子供達をォォォッ!!!!」

三笠のサーヴァント、
バーサーカーのアタランテだった。

この事は彼女には内緒にしてあるとシェヘラザードさんは言っていたけど、やはり隠しきれなかったんだろう。


「おやおや、霊基が狂戦士(バーサーカー)のせいでしょうか?かなり昂っておられ」
「黙れェッ!!!」

その生意気な面を殴られる。
あまりの威力に抉れる頬。
しかし道満は動じることなく、抉れた場所から歯茎を覗かせながら微笑んだ。

「貴様!貴様!貴様ァッ!!!」

ここからでも分かる。
アタランテはただひたすら道満を殴る、殴る、ただ殴る。

「アタランテ殿、少しょ」
「貴様はッ!!子供をッ!!なんだとッ!!」

殴られる度に顔が削られ、形を崩していく。
バーサーカーのアタランテはそれでも殴り続け、殴れる頭が無くなると今度は胸ぐらを引っ掴んで背負い投げの要領で地面に叩きつける。
砕ける瓦礫。へこむコンクリの地面。

彼女がどれだけの怒りを込めているのかは嫌でも分かった。


「フーッ…!フーッ…! 」

動かなくなった道満。
まだ興奮して息の荒いアタランテは最後に奴を思い切り踏みつけた。

あまりの強さに道満の身体を踏み抜き、奴は塵となって消える。
だがしかし

「手応えがない…知らない間に変わり身とすり替えたか…!」

死んだのは道満ではない。
そこにあったのは一枚の御札。
隙を見て入れ替えたか、それとも元からここに彼はいなかったか。

「…!!」

ならあっちは?真誉はどうだと視線を戻してみると

「いない…!」
「目を離した隙に逃げられたようだな。」

ほんの一瞬。
その刹那の間に彼女はどこかへと逃げ出していた。

「勝ち逃げ…だろうな。」

大和さんがそう呟く。
確かにそうかもしれない。

結局トドメは刺せずに逃し、子供達は無事では無いし、よく分からないが〝呪いの養分〟となって魂も消えた。

負けだ。
あたしたちの。
完敗だ。

「……。」

自分の掌を見る。
何も救えなかった手。

そもそも

〝お前は香子からなにか貰った?愛されてるのはどっちだろうね?〟


この手は、
この身体は、
誰のモノなのか。


もう、
自分にもだんだんと分からなくなってきている。








「貴様の、せいだと…?」
「ああ。」

後日談。
日を改め、落ち着いてから今回の件について話をする。

アタランテに関してだけど、やはり子供の数がわずかでも少なくなっていることに違和感を抱いていたらしい。
それでシェヘラザードさんが何か隠し事をしているのを見抜き、問い詰めたら事がバレた、とのこと。

子を攫い、殺し、悪霊にさせ、さらには呪いの養分とやらにさせられた。

子は宝。いやそれ以上の価値があるとするアタランテにとってそれは度が過ぎた挑発になりえた。

状況がわかり次第、アタランテは即座に道満を攻撃。
そうして、あの時の状況に至るわけだ。

そして今、話をしていたところなのだけれど

「ああ、全ては俺の責任だ。」

大和さんは、責任は全部自分にあると言い出した。

「俺が奴の腕を斬り落とさなければ、まだ子供の魂を救えたかもしれない。他にやり方があったかもしれない。」
「大和さん!?待って!!」

全部責任を背負い込もうとする大和さんを止めようとする私。
しかし、

「葵ちゃん。」

武蔵さんに呼び止められる。

「いいの。これは大和くんと話し合って決めたことだから。」
「でもも何もあたしにだって…!」

あたしにも責任がある。
そう言おうとしたが唇に人差し指を当てられ、武蔵さんは黙って首を横に振った。

「全ては貴様のせい。お前が余計なことをしなければ、子供達は魂だけでも救えた。そう、言いたいのだな? 」
「ああ。 」

大和さんは躊躇うことなく頷く。

息が荒くなるアタランテ。
わなわなと震える手をギュッと握り、そのまま拳を振り上げると

「…いけません!!」

香子が止めようとする。
だが

「……。」
「……。」

その拳は、大和さんの顔面の寸前で止まっていた。

「…フーッ、フーッ…!!」
「俺は戦犯だ。殴った方が幾らか気持ちは晴れると思うが。」

緊迫した空気。
おろおろする香子。
武蔵さんはただ、そんな微動だにしない大和さんを黙って見つめている。

「いいや、やめておく。」

アタランテは拳を降ろした

「お前はお前で最善を尽くしたのだろう?これ以上犠牲が増える前に。そのような者を殴るなど私は御免だ。」
「…そうか。」

そうしてアタランテはこちらに背中を向ける。
だが、最後にこう言った。

「しかしここでの私の霊基はバーサーカーだ。今は抑えが効いているが、これ以上いられると怒りが勝ってしまう恐れもある。」
「だから早急に去れ。そういう事だな?」

大和さんの問いにアタランテは頷く。
理性が、ギリギリ勝ったのだろう。
本当は何かにぶつけたくて仕方がないはずだが、アタランテは堪えた。

「なら安心するといい、俺はもうここを去るし、訪れない。」

そんなアタランテを見て、大和さんは去り際にそう言い残して武蔵さんと共に去っていく。

「ちょっと待ってよ!大和さん!!」


あたしも彼らを追いかけるようにして出ていった。




「待って!!待ってってば!!」
「どうした?」

どこかへ行こうとする2人を止めるあたし。幸い、彼らは呼んだらすんなりと止まってくれた。

「いくらなんでも…大和さんが全部の責任を負う必要は…!」
「憎まれ役なら慣れている。怨みやヘイトを買うなら俺に任せておくといい。」
「でも…!!」

責任はあたしにだってある。
そう言おうとすると、後ろから肩をポンと叩かれた。

「葵ちゃん。私達はいいの。」

武蔵さんだ。
こんな状況にもかかわらず、相変わらず
彼女はにんまり笑ってる。

「三笠の人達とはながーい付き合いなんでしょ?ギクシャクしちゃったらたまったものじゃないじゃない?」
「それは…そうですけど…。」
「じゃあいいの!憎まれ役なら根無し草の私達の方がずっと向いてますし。」


でも、自らそんな役を買って出るのは、どうなんだろう。
彼らはもう、この辺りには来られなくなる。
会うこともなくなるのでは無いだろうか?

「葵。」

そうして去り際、
大和さんはあたしにあるものを託した。


「あの2人…蘆屋道満とそのマスターだが、必ず何かしてくるだろう。」

それは

「そうなる前に止めろ。なにかする前に、お前が先手を打って阻止しろ。」

あの二人を倒せ、という無念。

「俺の予測だが、アレはしばらくここから離れるつもりはないと思う。少なからずダメージも負っている。それに、感情の強い子供の魂は呪いの栄養源になるとも言っていた。」

確かに、それが気になってはいた。
呪いの栄養源、奴らは…何かを育てている…?

「幸い財団の手はもうここには及ばない。なら存分に道満退治に集中できるだろう。」
「…まぁ、はい。」

色々なことがあり、あの葛城財団は関東エリアに侵入することが出来なくなった。
なんか裏の世界の人間を怒らせたからとか真っ黒な噂話もあるがそれはそれでありがたい。

なら

「あたしは倒すよ。あの蘆屋道満も、森川真誉も。」
「…そうか。」

思いは託された。
だったらあたしは奴らを倒す。

「さようならは言わないでおく。お前達とはまたどこかで会いそうだ。」

それだけ言い、大和さんと武蔵さんは踵を返してこの三笠から去っていく。

去り際、
「で、これからどうするの?」
「姫路町だったか?あの誠という探偵に同行させてもらおうと思ってる。」

とやり取りが聞こえたので彼の言った通り、またどこかで会いそうだ。


「…。」

そうして2人は去り、誰もいなくなってあたしと香子だけになる。

海風が頬を撫でる。
カモメの鳴き声、穏やかな波の音、
三笠の激戦や、昨日の騒ぎが嘘だったかのように平和だ。

「……。」
「葵様。」

あたしたちも帰ろう。
そう思い一歩を踏み出そうとしたら、香子が口を開いた。

「何?」
「その…何を貰ったかは、愛されていることには繋がりません…。」

あぁ、その事か…。
気にしていないつもりだったんだけど、どうやら香子にはお見通しだったみたいだ。

「出会った時から、香子のマスターは葵様です。どうかそれだけはお忘れなく。」
「…だから、大丈夫だって。」


心配そうな面持ちで見てくる香子。
大丈夫。大丈夫だから。
あたしは、
ちゃんとあたしだと思うから 
 

 
後書き
横須賀のどこか。

どこでもあるかもしれないし、どこでもない場所

そこに黒い染みが現れ、それが段々と大きくなる。

水溜まりくらいの大きさになると、そこからずぶずぶと人影が上がってきた。


「……。」

両手は欠損し、血では無い何かが絶えずどぼどぼと垂れ続けている。

そしてその口には、バッサリと大きく切り裂かれた人形が咥えられていた。

「……。」

やがて全身が出てくると、彼女は覚束無い足取りでとぼとぼと歩き出し、丁度いい瓦礫を見つけるとそこに身を預ける。

咥えていた人形を傍に置き、上を見やる。

ボロボロの建物から覗く星空。
自分がこんな目にあっているのにも関わらず、キラキラと輝いている。

「……。」

涙が出てくる。
悔しいから?いや、〝呪い〟は育った。むしろ嬉しい。
負けたどころか、結果的には自分達の勝ちだ。

じゃあ、涙の理由はなにか、

「は、はは、ははははっ、はははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」

嬉し泣きだ。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

嬉しくて嬉しくてたまらない。
皆が、全員が、
あそこにいた全ての者が、自分を排除しに襲いかかって来る。

自分は悪者だ。いるだけで呪いを撒き散らす自覚なき悪意だ。

「呪いは完成する…私は、私は、本当に桜ちゃんになれる…!!!」

〝治った両腕〟を伸ばす。
星を掴まんばかりに伸ばす。
満面の笑み。ドス黒い呪いの根源

「ええ、なれますとも。真誉殿は着実に近づいておられます。」

いつの間にか隣にいた道満もそう言ってくれている。

「ほんと?」
「ええ、ほんとにございます。拙僧は真誉殿のサーヴァントなれば。否定する理由が何処にございましょう?」

ならやれる。
できる。

ならば、


「じゃあやろうね。桜ちゃんになる為に、まずは〝キミ〟の願いを叶えてあげよう。世界に呪いを撒き散らして、私が桜ちゃんになる。それから…」



〝ぜんぶ、こわしてしまえ〟
 
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