『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う
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【視点転換】帰還の為の免罪符-捌-
深澤浩二の両手から出てくる謎の丸い玉。中心にはルーン文字が浮かべられており、その丸い玉から数えられない数の小さな弾が出てきてそれがあるものは弧を描きながら、あるものはホーミングしながら、あるものは直線的に牛若丸達を追撃していく。
強力な弾幕攻撃だが、サーヴァントである牛若丸達はその弾幕を弾きながら接近していく。しかし、接近していく牛若丸達は背後に伏せていた同じサーヴァントであるベディヴィエールに為す術なく切られていく。そして切られたしたいから新しい牛若丸が生まれては生まれた場所に爆撃されて死体が吹き飛び、距離を離される。先程から繰り返しが続いている。
因みに使用しているルーン魔術はソウェルとダカス、そしてソーン。火のルーンで対魔力のない死体を焼き払い、目の前の脅威には衝撃のルーンで遠ざけることで非常に効率は悪いものの、数えきれない程の数まで増殖した牛若丸に戦えている。その事実が信じられなくて先程からずっと目を疑っている。一体でも一騎当千の力を持った悪魔が数えきれない数を揃えて互角の相手。お互いに持久戦の構えとはいえ、互角という事実が信じられずにずっとその場で固まっていた。
牛若丸のマスターの男はと言うと先程までの行動から小物かと思いきや中々肝は座っていたようで深澤から離れた場所でどっしりと玉座のような椅子にすわって戦場を見ている。深澤の弾が何発かその男の方に向かうがそれは全て牛若丸達が弾いている。恐らくベディヴィエールがそちらに向かえば一瞬で戦いは終わるだろうが、その間に牛若丸に深澤が切られる。それがわかっているからこその持久戦なのだろう。互いに互いを認めているからこその構え。自分たちではたどり着けない領域に簡単に踏み入れた二人のマスターとそのサーヴァントを見て歯噛みする。
マスター、マスター、マスター。
結局はサーヴァントを召喚したマスターが勝ち組でサーヴァントを召喚できなかった自分たちは負け組。どうせここから助けられても見捨てられるかこの男に利用されるだけ。救いの手なんてあるはずがない。そう思ってもうどうでもいいとすら思ってきた。
顔を伏せる。希望なんてない。そんなことは最初からわかっていた話で何か少し変化があったからと言って希望を持つのなんてただの迷惑なお門違いな話でしかない。
その瞬間、何処からか声が聞こえて来た。
「それで、君はどうするんだ」
その発言をしたのが深澤浩二という男ということに気付くのにしばらく時間がかかった。そして気付いた後に思ったことは「何を言っているんだ」だった。
こんな戦いの途中に言う言葉でない、ということもある。しかしそれより「どうする」という権利もなければ権利を与えても何も出来ない自分に言って何が変わるという気持ちもあった。
「...え?」
「だから、君はどうするんだ。まさかずっとそこで固まっているつもりかい?ここでの暮らしがいいなら僕を攻撃すればいい。ここでの暮らしが嫌なら相手を攻撃すればいい。ただそれだけだろう?」
彼の言葉に唖然として開いた口が塞がらなくなった。しかし考えてみれば当然だ。彼はすぐにサーヴァントを召喚して人権を獲得した人間だ。化け物なんかと違って普通に生きて、普通に何かをする権利がある。むしろ、今までのしがらみを無視できる分、これまで以上に好き勝手に生きれる。だから相手の気持ちなんて理解出来ずにそんな綺麗事が吐けるのだ。と当時は考えていた為、悲観的になり、再び顔を伏せる。
「...意味ないだろ」
「何?」
「あんたらみたいに、俺にはサーヴァントなんていねぇし!好き勝手生きれるわけないんだよ!選ぶ権利なんて、弱者にあるわけねぇだろ!綺麗事並べるなよ!畜生!」
男の言葉と態度が気に触ったのでその場で怒鳴る。自分たちに選ぶ権利なんてない。好きに生きる権利も、死に方を選ぶことすら出来ない。だから死ぬ。
そんなの昔から当然だ。弱肉強食。弱者は強者の糧となり死ぬ。
すると男は怒り返すのかと思ったらその姿を見てニヤリと小さく笑った。
─は?
理解が出来ない、なんて次元の話では無い。理解することすら意味が無い。理解の領域どころか
そう思った瞬間だった。深澤浩二の立っていた地面がひび割れて下から大量の牛若丸が湧き出てきた。元々泥から作られた牛若丸が泥に戻って下から地面を割り、その隙間から漏れ出るようにして大量に現れたのだ。無限に近い数を持ち、自らのホームグラウンドでのみ戦う牛若丸だからこそなし得た陽動からの奇襲だ。
あまりの突き上げられた深澤の体が宙に浮く。人間の体では軽すぎる。間欠泉のように吹き出た泥によって紙風船のように吹き上がった体は原型を保っている方がおかしい。そう思いながら深澤を見た時に初めて気付いた。大量の牛若丸の塊の下に大きなルーン文字が敷かれている。間にシールドを敷いて対策をしていたのだ。今までずっとルーンを発動する時にその単語を言っていたがそれは全てこの時のための布石。
「勉強不足だな。ルーンに詠唱なんかいらないんだよ!」
そこからノータイムで放たれる弾幕の嵐。それと同時に深澤浩二の手のひらに大きな魔術陣が現れる。なんのルーンが刻まれているか、なんてことは分からない。実際その場にいた時はルーン魔術どころかルーンの存在すら知らなかったので当然だが、その後も。最後まで教えてくれることは無かった彼の奥義。その効果なんて全く想像できない。
その時に思ったのは直接マスターを狙ったのか、程度の話。そしてそれは相手のマスターも当然理解していたことなので即座に動き出した。その男が右腕を出すとそこから赤い光が放たれる。令呪。サーヴァントに出せるたった3回の命令権。
「令呪をもって命ずる!あいつを殺し、その手に勝利を掴め!」
その命令に従った視界を埋め尽くす量の牛若丸が深澤の目の前に群がる。
無理だ。深澤の攻撃はどれだけやってもサーヴァントを弾く程度でそれも何騎かが限界。実際それでも非の打ち所のない強さだと思うが、それではサーヴァントには勝てない。守ることすらこの瞬間には不可能だろう。しかし彼のサーヴァントであるベディヴィエールはその瞬間にあろうことか相手のマスターの場所まで走り出した。相打ち狙いとも思えない無駄な特攻。勝てなかったか。そう思ってその男のことを記憶から消し去ろうと思った、その時だった。
深澤浩二の手から広がった魔術陣が一瞬で消えて、それと同時にその場に誰か出てきた。
いや、いたのか。
「───かかったな。───出番だ。翔太郎!」
目の前の、否。その空間にいた牛若丸の《《全て》》の首が、四肢が、腹が。切り裂かれた。たった一瞬の攻防。いや違う。それは殺戮だ。それを行い、その空間の中心に立つ男は人間ではサーヴァントに勝てないという常識を打ち破り、後に世界最強の、人類最強のマスターと呼ばれることになるマスター。彼がその場に立っている。
牛若丸の身体を一発一発丁寧に切り裂いたと思われる剣は刃こぼれなどせず、部屋のライトに血を輝かせている。
しかしその場の人間は突然でてきた男より急に動きを止めたと思ったら身体がバラバラになっていくサーヴァントに視線が釘付けだった。違うのは、相手のマスターに向かって走っていったベディヴィエールとそのマスターである深澤浩二、そして牛若丸を切った張本人のみ。
勿論、ベディヴィエール程の騎士がそんな隙を見逃すはずがない。相手のマスターを素早く組み伏せてその首に剣を突き立てる。
「動かないで下さい。下手に命令を出せば即座に首を落とします」
「なっ...くっ!俺が!何をしたと言うんだ!」
意外と肝が座っていたかどうかは別としてサーヴァントに対して勝負できるわけが無いのでそのままベディヴィエールに手錠のようなものをつけられて地面に叩きつけられる。
その男の前に深澤がゆっくりと歩いて腰を下げる。
「何をした...か。周辺住民43人の拉致。その為123人の殺害。これを全て命令した。間違いはないな。これじゃテロリストと変わらないぞ」
男と向き合う彼の姿はまるで犯人のトリックを丁寧に説明する探偵のようだ。
しかし男はその罪を認めない、否。認めながらもそれがどうしたと怒り出した。
「なんだと...!こいつらが好き勝手しているのは許されて、俺が好き勝手するのは許されないのか!?そもそも俺たちは選ばれた人類だろ!選ばれた人類同士で戦ってどうするんだ!」
「選ばれた人類」。この場合はサーヴァントを召喚した人間のことを指すのだろうか。おそらく世界がこうなる前に酷い目にあったのだろう。その反動がここまで来た、ということだろう。そう考えると彼の動きに説明がつく。しかし説明がつくとはいえ、納得できるものでは無い。
「ふざけ、る、なぁァァ!」
そう思うと同時に辺りが爆発するような音と共に少年が立ち上がる。その周辺には黒紫色の煙が広がる。
息をするだけで、否。それを見るだけで全身に広がる異物感。まるで身体と魂が切り離されていくような感覚が全身を支配する。地獄と現世をひっくり返したような景色。どう考えてもこの世のものでは無い。
吐き気すら消え去るその少年を傍観するように眺める男が一人。深澤だ。
「なるほど。これだけの気迫...いや呪いか。凄いな、これは。サーヴァントも敵じゃない」
ぶつぶつと何か呟いたと思ったら突如右腕を横につきだす。何をするのか。そう思ったと瞬間に軽く指を鳴らした。
その音が早かったのか、それともソレが早かったのか。自分には全く認識出来ていなかった。わかったのはただ一つ。
煙が、消えた。その中心にいたはずの少年が地面に叩きつけられてその地面には大きなクレーターが出来ている。
そして、その少年の代わりに翔太郎と呼ばれた、サーヴァントを一瞬で切り裂いた男が立っていた。その男は無表情で少年を踏みつける。その様子を見てやっと翔太郎と気付いた。意味が分からない。そもそも規格が違う物を見ているような気さえする。
「──、───!」
男が、こちらを、見た。
まるで氷のような、鋭く冷たい瞳がこちらを除く。翔太郎の黒い目に映る自分の顔が恐怖で顔を歪ませていることに気付いたのか、彼は口元を手で押えて深澤の近くに跳ぶ。
「終わりましたよ。先輩」
その声を聞いて素直に驚いた。彼が、その言葉をいた青年が、翔太郎がどう見ても年頃の男の子だったからだ。年齢は10代後半。高校生か大学生、と言ったところだろう。そんな年頃の少年が、あんな冷たい瞳を作り出せ、それがまるで演技だったかのように普通の声を出すことが出来たことに驚いた。
状況の違い、環境の違い。色々とあるだろうが、その時はまだ彼がある意味自分以上に苦しみつづける事など想像もしていなかった。
「見ればわかる。ありがとう。じゃあ、後は彼ら次第だ」
そうと見た後に彼と向き合った先輩と呼ばれた深澤も彼より少し年上の青年、といった年頃に見えた。
錯覚ではない、と気付くのは後の事だが、その頃は非常に驚いたものだ。驚きすぎて声すら出なかった。
「良いんですか?」
そんなことにも気付かない、否。気にしていない翔太郎と深澤はこちらを見回して向き合う。まるで自分たちをどう処理するか決めるように。正直に言って、普通なら自分たちはこの後もマトモな目には合わなかっただろう。崩壊前なら保護が基本だが、今の世界には保護する余裕はもちろん、無い。金銭的な意味は勿論、衣食住を提供できない。何しろ魔物に追われて自分の分だけでも至難の業なのだ。自分が得られないのに他人に提供することなど出来るはずもなく、殺す方が圧倒的に単純だ。
だが、深澤は頷いてこちらへと足を進める。
「いいも悪いもない。ただ、そうするべきだと思っている。他でもない、僕が」
その時にはこの言葉の意味がよく分からなかった。ただ、分かるのは深澤がこちらを助ける理由があるということだけ。
その様子に翔太郎が額に手を当てて、諦めるような顔をする。どうやらこの時のようなことは何度かあったのだろう。崩壊前はもちろん、崩壊後も。
「...セイバーをここに置いておきます。もしもの場合は彼女を頼ってください」
翔太郎はそう言って元に戻ろうとする。セイバー。その言い方からして彼もマスターだ。ということにはその時に気付いた。
やはりマスターは化け物みたいな強さを持っている、ということだろうか。深澤もサーヴァント相手に時間稼ぎが出来たことからそういう想像が頭をかすめる。
しかしそれを違うというようにベディヴィエールが手錠のようなものをかけられた男をどこかへ連れていく。男はいつの間に気絶させられており、強い化け物のようなものにはとても思えなかった。
それを見た翔太郎が牛若丸と戦った少年を連れていこうとした時、その翔太郎を深澤が制する。
「いや、翔太郎もここにいてくれ」
「それほどの敵が?」
「彼らはサーヴァントに恐怖を感じている。僕は彼らを恐怖で支配したい訳じゃない。話す時間は必要だろ?彼らにも、僕らにも」
深澤の言葉はあくまでこちらと話をしたい、という意味だ。その為に恐怖、力の象徴でもあるサーヴァントを遠ざけて人と人で話をしようと言っているのだ。
しかしそれも危なくなったらサーヴァントがいるという安心感とその安心感があることから生じる差を自覚し現れる愉悦感からのものだろう、と感じた自分からすればいいものでは無い。それは見下しているのと同義だからだ。勿論、これがひねくれた考えだという自覚は全くなかった。
「それじゃ変わりませんよ。憎しみは、そんなに簡単な感情じゃありません」
それを裏づけるように翔太郎が深澤に言う。翔太郎が言っているのは諦め。化け物になってサーヴァントに憎しみを抱いたこちらとは会話すら意味が無いということだ。
間違いではない。決して翔太郎の言うことは間違っていない。サーヴァントという人間では到底勝負にもならない兵器を個人が所有できる時点でこうなるのは当然だ。人間にとって憎しみや恨みはそんな単純明快に表せるものでは無い。そして理解することが出来なければ変えることも出来ない。
「だとしても。彼らに手を差し伸べることをやめていいわけじゃない。たとえ綺麗事でも、実現したいから手を伸ばすんだ。やっぱり綺麗事が一番いいからね。だから綺麗事って言うんだろ?」
しかし、それでも彼の答えは変わらない。頑固と言うべきか、それともそれを優しさと見るべきか。分からない。
「──わかりました。その代わり今日中に済ませますよ。早く帰らないと美鈴が泣き喚きますから」
「ははっ、違いない。泣かせたら許さないって言った後に泣かせたら兄貴失格だ」
ははっ、と楽しそうに笑いながら翔太郎との会話を終わらせた深澤はその空間の中心に立つ。
ベディヴィエールは牛若丸のマスターだった男を抱えて部屋の隅に、翔太郎がその後をゆっくりと歩いて着いていく。
「では、ここにいる者達に告げる!諸君らは自由だ!この秩序の欠けらも無い混沌とした世界にたった一人、取り残される形ではあるが、諸君らは自由を勝ち取った!勿論これから何をするのかは諸君らの自由意志を尊重する。混沌とした世界を好き勝手に生きるもよし、絶望してその命を断つのも、この場合は仕方ないだろう」
深澤の声はまるで政治家の演説のように、空間に響いた。意識がある誰しもが彼の方を振り向き、黙ってその話を聞く程に彼はその空間を文字通り《支配》した。
先程まで牛若丸だったマスターすら、深澤の声に耳を預けている。
「しかしっ!もし、この世界に秩序を取り戻したいというのなら!諸君らの自由を捧げてでも、救いたいものがあるというのなら。我々に協力して欲しい!」
深澤が唾を飲み込むような仕草をした後により一層大きい声を張り上げる。
その内容は本来なら許されるべきではない発言だ。当然、周りからは戸惑いの様子が見て取れる。サーヴァントを持たない人間を使って出来ることなど盾扱いぐらいだろうと、戦略も知らなければ戦闘力のない人間が思うのは当然の事だったからだ。
実際その時の自分もそう思った。
しかし隣に気配を感じてそちらを向くとその考えが消え失せた。そこには、翔太郎が立っていた。翔太郎はこちらが気付いた事に気付くと腰を下ろして胡座をかく。そしてポツリポツリと文句のように言った。
「この世界はな、神に支配されたんだよ」
「神?」
「ああ、普通の人間じゃ勝負にもならない。神様にな。アンタはマスターが偉くて世界を牛耳っているって思ってたんだろ?ああ、間違いはないさ。俺みたいな化け物は置いといてサーヴァントに勝てるやつなんて居ない。だから、サーヴァントを使えるマスターが好き勝手するようになるのもある意味自然だ」
力を持った人間の行き着く先などたかが知れている、と彼は付け加えながら言った。
力を持った人間はその力に酔いしれ破滅する。力とは人が立つために必要なものであると同時に欲望と理性の天秤をかける毒物でもある。それに負ければ地獄になる。
「けどな、先輩は違う。あの人は、あの人の師匠はな、神に立ち向かったんだ。勝てるはずのない相手に、自分の全力をぶつけて。」
名前すら知らないどころか会ったことすらないんだけどな、と翔太郎は誤魔化すように手を軽く振って、言葉を続ける。
「先輩の話じゃ、もう死んだらしいけど…その人の残した魔術が今の世界にいる少ない人間を生かしている」
魔術。バカみたいな話だが、確かにあるのだろう。それをこの目で見た。ありえない話だ。本当に、信じたくない。
「偉いのか?その人間が」
それよりまるで、その死んだ人間が偉いように言う翔太郎の言葉が、何故か気に食わなかった。彼もマスターだったのだろうか。ここまで来ればただの嫉妬だが、それでも恨んで許される立場ではあるだろうと、その時は無理矢理納得させた。
「バカみたいな話だよ。いいや、馬鹿だ。けど先輩が言うに、その行動にも、きっと意味はあったんだって。先輩はお前らのことを雑に扱う気は無い。対等に、同じ人間として、この世界を救える戦力として考えている」
だが、翔太郎は躊躇いもなく、その男を馬鹿にした。馬鹿にしながらも、その行動は評価した。彼は彼なりに考えがある、そんな当然のことを理解出来ずに、翔太郎から目を背けた。
「...無理だろ」
「ああ、無理だろうな。どうせ神が天罰とか言いながら暴れる。そして、俺たちは虫けらのように死ぬんだろうな」
当然のように出てきた言葉に、怒りが湧く。どうせ力だ。強いものが弱いものを支配する。誰を気遣う優しさなど無駄の局長。弱いものに手を出すのは無駄どころか自らの足を引っ張ること。善人は否定され、悪人は肯定される。それが現実。それがこの世界。
「じゃあ...!もう何もしない方がいい...戦ったって、努力したって...」
「けど、希望はある」
そう思った自分に、翔太郎は先程までと同じように、まるで当然のように希望という単語を出した。
ありえないとかではない。先程までの言い方と反対のことを言っていたからだ。そしてそれがスラスラと出てくるのがありえないと思った。
「...!?」
「先輩の師匠が作ったシステム。この世界にいる人類に大し、祝福を授けた。魔術回路に魔術適正。神代とまではいかなくともまぁ超人と言える力を持てるようにな。そしてその祝福を受けた結果かこの世界のカウンターとなるサーヴァントのマスターにもなれる。だからまぁ、なんだ。負け戦じゃないことは、決まった」
何を言っているのかその時は全くわからなかった。後ほどわかったのは抑止力という人類や星の生存本能から召喚されたサーヴァント達という戦力があること、そして彼らのマスターとなり、バックアップが出来るようになっていること、そしてそれを行った存在こそ人類の害、世界の敵とすら言われる人物であること。
「だから?戦えと?」
しかし希望とは言えどそれは藁にもすがるようなもので確率的には無理と言えるほどに低い。そもそもその話自体、簡単に信じられるようなものでは無い。
「そこは自由意志を尊重する。先輩は戦いたくないって言うやつを戦わせるような人じゃない。こんな世界になってもいるのさ、底抜けの善人ってやつが」
翔太郎はそう言って立ち上がる。
その言葉が、まるで先程まで考えていた言葉の答えのような気がして、歯を食いしばる。
何故か悔しく感じた。そんな希望論、信じていいものでは無いと悲観していたのは自分だ。
「馬鹿らしい。そんなので救えるわけが無い」
だから、彼の言葉を否定した。
いや、自分にはそれしかできなかった。それを終えてしまったら、もう彼の言葉に頷くしか無かったから。信じたかったものが、目の前にいたのだから。
「だから、手を貸す。俺は、戦う人間だ。...お前はどうする?このままここに止まっていれば栄養失調で死ねるぞ。外に出れば魔獣が殺してくれる。それでも」
「それでも?」
「生きる意思はあるか。戦う意思じゃない。生きたいと思えるか。地獄を見ても、その身が消し炭になっても、生きたいと思うか。選べ」
そう言って翔太郎は深澤の方を指さす。彼の演説のようなものはずっと続いていたらしい。
「失敗したな」と翔太郎は笑ってこちらを向く。その笑顔が、本当に年相応の少年に見えた。
─きっとこいつも大変な思いを沢山して、これからも沢山するのだろう。
─無駄死にすることだってあるかもしれない。これだけ強くても、サーヴァントに勝てても戦場ではまるで嘘のように死ぬことも珍しくない。
それでも彼は覚悟を決めていたのだ。
恥ずかしくなる。
現実が厳しいから、悲観的になった。
辛いことがあったから、当たる相手を探していた。
けど目の前の人はずっと前を見ていたのだ。
もう状況は同じ。なんならこちらの方が恵まれている。なのにこんな年下の子供に自分の道を選択する権利を与えてもらっていた。
「繰り返しになるが、諸君らは自由だ。何を選んでいもいい。どうしてもいい。我々に敵対するというのなら、それ相応の対応はとる。だから、自分の意思で選んで欲しい。後悔しないように」
深澤の演説が終盤になっていた。
自由。なんのしがらみもなく、自分の意思でなんでも出来る。しかしそれは外の状況と重ねて、という意味になる。
外に出れば人を食い殺す魔獣。こちらを好き勝手使った男のようにサーヴァントで己の満たされることの無い欲望を満たそうとする強欲魔。そして、理由は分からないが、この世界を壊して、裏で支配する神。
この世界は自由でも、自由な人間はいない。
しかしそんな世界でも、人は生きているのだ。だから、前に進むことが出来る。脚が折れるまで、いや。その命が尽きるまで好き勝手かもしれないが、舗装されていない厳しい道だが、その先にある未来を見たくて、人は歩くのだ。
「「これはお前(諸君ら)が始める英雄譚なのだから」」
翔太郎と、深澤の言葉が重なる。
その言葉に背中を押されるように両足に力が入って立ち上がる。深澤の視線がこちらに向き、手を差し出される。
そこまで無言で、ゆっくりと歩く。
そして、その手を取った。
後書き
⚫クソ作者のおはなし
この物語を貰って、1つ感じたことはあります。
光あれば影あり、というように表があれば裏もある。
サーヴァントを連れて良い行いをしている人達もいれば、悪い企みをしてる人もいるのです。
このお話はその明るみに隠れがちな、そういったダークな部分を映したお話なんじゃないかと私は思ってます。
それと、この人間蠱毒じみた所業、今後の展開の為によく覚えておいた方がいいかもしれません。
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