『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
【視点転換】帰還の為の免罪符-拾壱-
右足の脛に一撃。左脚の踵から膝にかけて一撃。右腹から左腹までかけるように一撃。右腕と右肩に一撃。左肩から頭部に一撃。
合計五つの斬撃が祐介の身体を貫く。当然、人のものである祐介の体が耐えきれる訳もなく、そこが最初から分かれていたように音もなくスムーズに切れてその場で肉の塊となって落ちる。骨ももちろん切れて、一部が身体から落ちて地面にカツン、と音を立てて転がる。
勢いがあったからか一部の肉片が明後日の方向に飛んでいき、壁に血をスタンプのように押し付ける。
全ての肉片の断面が綺麗に見える。先程まで生きていたとわかる新鮮な血液が、自由を求めて、錆び付いた鉄の地面を赤く染めあげる。
血に反射した刀を振るった男、川本淳の顔が映し出される。その口角はわかりやすくつり上がっており、不気味さを押し付けるように感じさせる。
彼の中ではおそらく、葵と紫式部を初撃で倒す算段だったのだろう。彼の攻撃は所謂『初見殺し』であり、上手くやればあの翔太郎にすら勝てたかもしれないとすら思わせるものだ。しかし逆に言えば誰かを守る必要性のない上に情報がバレた状態で祐介に勝てるとは思っていないはずだ。その場合、川本は逃げるしか無かった。しかし、その一番強く、厄介な敵が勝手に初見に巻き込まれて初見殺しにかかって倒れた。その代わりに葵と紫式部が生き残ったが、エインヘリアルとして活躍するマスター一人とは比べるまでもない。サーヴァントである自分も魔力の枯渇で長くは持たない。この瞬間に、川本は勝ちを確信した。
それがわかっているから、彼の笑みが不気味で、許せない。
「あっ...!」
悲鳴とならない叫びを即座に呑み込んでロクに狙いもつけずに矢を放つ。狙いは付けなくても20m程度、大した距離ではない。
連続的に何発も放った矢がそこにいた川本を貫く。しかしそれでは止まらず、小さな血飛沫を上げながら川本に風穴を作り、近くの壁を貫通していく。
空気を切る音と肉体を割く音と、壁を破壊する音がほぼ同時に聞こえるほどの速度の矢に貫かれたその体は地面を何回かバウントして壁に背中を叩きつける。
「貴様──!」
まだ逃がさない。
飛び込んでそこにいた川本を踏み付けるように足を動かすがそれより川本の方がほんの少しだけ早かった。目を大きく見開いて、即座に手に持っていた刀をふるって壁を切り崩して脚を避ける。
そのまま近くの柱を切ってそこから先程祐介を切り裂いた光の刃を出しながら川本は溜めていた息を一気に吐き出す。
「流石エインヘリアルのサーヴァント。マスターを失ってもこれだけの戦闘力があるとは」
「くっ...!」
先程の言葉通り、自分達がエインヘリアルのマスターとサーヴァントとわかっているその川本は刀を再び振るう。
おそらくエインヘリアルがここに来る、そしてそのメンバーが自分と真木祐介であることは初めから知っていのだろう。だからそれなりに対策をしてきた。そうでなければこんなに物事が上手くいくわけが無い。
「香子!」
何かに気付いた葵が紫式部を突き飛ばす。その瞬間に近くの柱から湧き出た光が突き飛ばされた紫式部の髪を掠った。切られた髪がヒラヒラと舞い落ちる。
あと一瞬遅れていたら、紫式部の首が胴体と離れていただろう。とすら思われる。
迷いが無いのはもちろん、その太刀筋が見えない。千里眼はないが、アーチャーの目がある自身ですら追い切れないとなると葵や紫式部では防ぐことすら難しい。
「申し訳ございません。葵様」
「待って、来るよ!」
葵がそう言ってその場から跳んで逃げると紫式部と葵の間に再び光の筋が走る。
「避けるなら、ちゃんと見ていなければな」
「しまっ─」
川本の言葉で気付いた瞬間天井から雨のように光の筋が落とされる。
一撃一撃が必殺。かするだけでも引っ掛かりなど全く感じずにサラリと落ちてしまう。受け止めるのは不可能。即座にその場を離れて光の筋が走っている範囲から逃れる。
「なっ───ん」
そこで川本に当たった矢が地面に落ちたのを確認した。そして同時に川本の傷が全く癒えていない上に矢が刺さったままなのに、当然のようにたっていることも。
しかし、再び落とされた光の雨をかわしている間に攻撃ができるはずもなく、距離を離される。
「その程度なのか?エインヘリアル」
「川本さん!」
冷や汗を流しながらも余裕の表情をしている川本の背後に葵が跳ぶ。いや違う。壁を蹴って走ってきたのだ。
常人とは思えない身体能力。おそらく紫式部からのサポートありきではあるだろうがそれにしても、早い。視線は川本をキリッと見ているものの、多少の迷い、というより動揺がある。しかしそれすら隠せるほどの力は怒りからのものだろうか。
「葵殿」
川本がそういった瞬間に葵の回し蹴りが川本の右膝に当たる。小さな衝撃波が走ると共に何かを砕く耳が痛くなる音が響く。川本がその場に崩れていくのを見るに、膝の間接を破壊したか。しかし川本も斬撃をしかけておいたのか葵の目の前に光の壁が立ち上がる。次に右、左、と葵が光の壁に囲まれる。
「ぐっ!」
折れたはずの右膝を動かしながらも川本は刀を振り回す。適当にやっているようにしか見えないがこの行動はおそらく斬撃を『置く』為の予備動作だ。その証拠に先程まで地面に穴を開けていた光の雨が止んでいる。
どのような手段を用いているのかは分からないが刀を振るという作業を『置く』という形で近くの物質に固定して任意のタイミングで作動しているのだろう。祐介を切り裂いた攻撃は間違いなく、《《同時》》の攻撃だった。ほぼ同時だとかそんなものでは無い。完全に同一のタイミングで放たれたのだ。何かしらの仕掛けがなければありえない。
つまり、次の川本の行動は。
「紫式部!」
光の壁に囲まれていることでしばらく動けない葵ではなく、紫式部が狙いだ。
川本が弾丸のような速度で紫式部に接敵する。刀は振り上げてている戦闘態勢だ。斬撃は飛ばさず、生身での特攻。紫式部をそこまで警戒していないからだろうか。
斬撃を飛ばす必要性すらないと言いたげな川本の動きは逆に自分をフリーにする。
「ガラ空きだ」
「そっちがっ!」
川本の切り捨てるようなセリフに反論しながら矢を放つ。光の雨が止んだ今、弓を引く動作を止めるものは無い。それに気付いた川本が斬撃を走らせるが、今更遅い。
サーヴァントはマスターを失った直後に消えるという常識が彼の中にあったのだろう。残念ながらアーチャーのサーヴァントは『単独行動』のスキルを持つ。自分の『単独行動』のランクは最高ランクのAランク。魔力消費は捨てきれないが簡単には消えない。
連続で放たれた七本の矢が全て川本の関節を射抜く。それと同時に斬撃で閉じ込められていた葵が解放されて川本にかかと落としを当てて地面に押し当てる。多少の迷いは見えるが洗礼された無駄のない動きだ。その一撃が川本の首筋を捉えて叩きつけられた地面にヒビが入る。
その一撃が効いたのか川本は地面にめり込んだまま、ピクリともしなくなった。おそらく死んではいない。気絶しただけだ。しかしその隙は大きく、見逃せない。祐介のポケットからグレネードを出して川本の元に向けて投げる。
そしてそれが起爆するより前に弓を魔力に変換させて一人と一騎の元に走って二人を抱えて距離をとる。
そしてグレネードは川本をも巻き込んで大きな閃光を広げるように爆発した。
「大丈夫か!?」
葵は川本を踏みつけた体勢のまま、紫式部は多少着物が汚れてしまったが無傷のままだった。
勝利ではあるがその表情は暗い。
「ええ、何とか」
「けど、祐介は...」
紫式部も葵も地面に散らばった上に光の雨が少し当たったため、元の形すらわからなくなってしまった祐介を見ている。
葵と紫式部は祐介がいなければ初撃で死んでいただろう。それを助けた祐介は全身を切り刻まれた。祐介がいなければその場で無惨な死体になっていたのは自分だったと思わせる悲惨な死。
仕事の都合上どうしても死人を多く見ることになってしまう祐介はともかく、紫式部と葵は見なれているはずがない。顔が青くなっているのが見られる。
「...私も単独行動のスキルがあるとはいえそこまで長時間は期待出来ない。早くこの場から出るしかない。お前たちの犠牲は、マスターが最も避けたかったことだろう」
「...うん」
暗い表情のまま、葵が頷く。
もし自分がいなかったら、もし自分が最初から川本を敵だと気付いていたらと色んなことを考えてしまっているだろう。しかし残念ながら川本が回復する可能性を考慮すればそんなことに時間はかけられない。
紫式部が葵の背中に手をかけて歩き出す。
所々に放置された死んだ直後の死体には目もくれずにその空間から出ようとしたその時だった。
「なんだ...?」
何かに違和感を感じて周りを見渡す。そして、大きく驚く事になった。
柱が急速に腐るようにしおれ、壁の色が変色していく。天井はいつの間にかなくなっており、穴だらけの地面は穴から砂が流れ出してきている。
「これは...!まさか」
紫式部が何かに気付いたように地面の砂を見る。気付いているのだが、信じられなさそうに両手の指を絡ませて息を飲み込む。
「知ってるのか!?」
「知っているというより、理解しました」
聞くと冷や汗を流しながらも冷静に状況を理解した紫式部は大きな声を上げてこの現象の答えを言う。
「これは、固有結界です!」
「王の軍勢ィィィィ!」
「うおおおおおおおおお!!!」
遠くで、数万人の大男たちの雄叫びが聞こえた。
ページ上へ戻る