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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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【視点転換】帰還の為の免罪符-肆-

基本的に部隊の編成で必要になるのは統率とそれぞれの能力の配分だ。
 そういう意味ではこの4人は相性がいい。銃が使えるマスターが一人、弓使い(アーチャー)が一人、近接格闘ができるマスターが一人、補助役(キャスター)が一人。この中で最も実戦経験があるのは誰かと言われれば大差でアタランテになる。しかし彼女は兵を率いた逸話がない上に、サーヴァントとして戦う必要がある。その中で共に中、遠距離で戦いながら指揮ができるマスターがいる時点で基本に忠実なバランスを取って行動できる。葵が最前線で敵を捌いて、真木とアタランテが前線で暴れる葵の隙を無くし、後方まで来る敵を狙い撃つ。そして3人の強化を行いながら指示役に情報を流す紫式部。真木はその情報をもとに葵とアタランテに指示をして、必要があれば接近戦に切り替える。
 問題があるとすれば、それを真木が好まないことだけだ。

◇◇◇

 その辺にある小石をつまみ上げてひとつの線に並べる。それぞれ自分、葵、紫式部、アタランテだ。

「まず先頭に俺が立つっす。前線での経験もある俺が適当に敵を捌くんで葵はこちらの死角を頼むっす。紫式部はそのサポートと葵の死角をお願いするっす。そして最後部にはアタランテ。弓使いとして熟練度が高いっすから最後方からでも敵を撃てるし、何より後ろから誰かのサポートが動けるのが一番でかい。異論はないっすか?」

 そう言いながら手前の石、そしてその1つ奥、また1つ奥、と話しながら石に触れて説明をしていく。
 基本的に自分が前衛に行って固める狙いだ。一応一緒に行くことは了承したがそれでも1人で前衛を任せるのは荷が重すぎる。基本的にサーヴァントが前に出てマスターが補助をするという基本のスタイルとは真逆になってしまうとはいえ、エインヘリアルでは一人でも戦えるように訓練されている。中には下手なサーヴァントを使役するより自分で殴った方が強いなんてマスターすらいる程だ。サーヴァントという強力な手札をどう使うか。この場合はサポート役として背後を固めて貰った方がいい。

「私はない。この場合マスターは前衛にいた方が安心だ」
「私もありません。不安材料はありますがそれは何処に行っても同じ事。経験の多い貴方達に任せた方がいいでしょう」

 二騎のサーヴァントが頷いて作戦を了承する。特にアタランテは自分の前衛としての能力も知っているので下手に後衛に回って前衛の葵の負担を増やすぐらいならガン・カタで前に出た方がいいと考えるだろう。
 しかし葵は並べた小石をじっと眺めている。瞳がピクリとも動かない。風も吹かない為、同じくピクリとも動かない小石に目の焦点を合わせているものの、ずっとそれだけを見ているような気がする。やはり無理があったか
 実際にこうしてみると葵を前衛に行かせるのは流石に厳しい。そもそも、彼女達には人を殺す覚悟があるのだろうか。

「葵様?」
「葵、君に無理強いをする気は無い。...する気は無いっす。やっぱり辞める、というのならその通りにするっすよ」

 葵の隣に腰を下ろして彼女の方を向く。今回の一件、もしかしたら人を殺すことになるかもしれない。その場合気になるのは彼女の倫理観と人が殺せるかどうかだ。人を殺せないというのは元の崩壊前の世界なら当然だが崩壊後の世界になるとあって欲しくないものと言われるまで強い印象がついた。それはこの世に命のやり取りがどうしても発生するからだ。しかし無理に人を殺す必要は無い。そもそも人を殺せる方がおかしいのは変わらない。エインヘリアルでは翔太郎など適応が早すぎる人間が多いが普通の人はそこまで早くない。まだ崩壊から半年だ。人を殺せるのを普通というのは気が重すぎる。現場で殺せないと言うよりはここでちゃんと引き際を考えて欲しい。
 しかし葵は違うと言うように首を横に振る。

「あ、いや。そういうのじゃなくて、ここまでちゃんと考えたのって初めてだったから。やっぱり、傭兵の人ってちゃんとしてるんだなって」
「君達はそこまで?」

 彼女が言うのはあくまでその作戦について。というより作戦について何か文句を言うわけでもなく、感心するように言っていた。
 確かに彼女がこのような場に触れる回数はそこまで多くないはずなのでこれが真新しく感じることもあるだろう。そもそも彼女は戦う人では無いのだから当然だ。
 しかしその反応には素直に驚いた。
 彼女がそんなことに気にするほど、迷いがないのだ。人を殺す可能性を考えていないのか、と思ったがそうでは無い。作戦を気にするということは現実を見ているということ。何より彼女の目が妙に座っている。現実を楽観的には捉えている目ではない。つまり覚悟が完了している。
 ありえない、という訳では無い。人間同盟や葛城財団のようなカルト組織が多い今日では元一般人が戦闘をして一種の境界を越えてしまうケースも多い。彼女もそのうちの一人だ、ということは聞かなくてもわかる。それでも、彼女はとても自然だ。自然に、その覚悟を見せている。
 それが少し、悲しかった。
 マスター達は覚悟、つまり戦闘や人殺しの成績を誇っているものが多い。自分のサーヴァントは強いから自分も強いだとか、自分を上に見るようになっていく。それは当たり前のことだ。こんな世界でもサーヴァントという強力な兵器を手札に加えられれば結果的に崩壊してよかった、だなんて思うこともあるだろう。崩壊前のしがらみから外れるもの。法律や倫理観で縛られていたもの。そんなものが解き放たれた瞬間、やることは大抵の場合欲望のままに動き出す暴走だ。その場合、大抵の人間では太刀打ち出来ないので自分たちが〝殺し〟に行く。エインヘリアルは元々研究機関とはいえ、数は少ないものの、強力な傭兵を揃えている。中には状況が合えばサーヴァントにすら勝てる人間もいる程だ。だから基本的にマスターやサーヴァントが暴走した場合エインヘリアルに依頼が来る。そして自分たちが暴走しているマスターとサーヴァントを殺す。エインヘリアルお抱えの傭兵としての自分たちの仕事は基本的にそれだ。なので暴走したマスター達は多く見てきたのだが彼女はそれがない。いや、言い換えるなら暴走を終えている。現実を見ている。
 誰かに力の限り征服された訳では無い。心に傷を負って現実を見たのだ。稀な例だが無い訳では無い。

「傭兵の人達について行ったことはあるけど。戦ってるから後ろで見てろとか、マトモに作戦を考えずにバカ正直に突っ込むとか。そんなのばかりで」

 傭兵達について行ったというのは恐らく現実を見た後の事だろう。どちらにしろそんな手をとるのは余程相手に詳しいか、自分に自信があるか。暴走しているマスターの可能性も高い。何せ傭兵なんて自分の戦力に自信が無いと取れない仕事だ。暴走とは言っても理性がなかったりする訳ではなく、自分の倫理観が壊れて法律やルールを無視した搾取や殺戮、征服等を起こす状態のことなので周りから見れば特別変に見られない場合もある。そのようなマスターとの絡みがあるのも不思議なことではない。彼女が覚悟を終えているのだから、それはそれでいいことなのだろう。
 何があったのか、なんてことは知らない。彼女自体が傷を負っているようには見えず、さっきまでの内容からして落ち着きがあるので勝手に予想をするなら近親者、もしくは友人関係の話だろうが、そこまで踏み込むほど自分は彼女と親しくなれていない。

「...あー、すまない。残念ながら今回はパワープレイではなんともならないっすから...何せ相手の戦力が〝分からない〟っすし、無駄な手とか危険は避けるべきっすよ」

 何より今回は一般人を抱えていくのだ、なんて不毛なことは言わない。良いことか悪いことか言いきれないが覚悟を終えた少女が手伝うと言ったのだ。やると言った以上やることはやる。彼女が覚悟を見せているのだからこちらも誠意で返すべきだ。
 今回の相手の戦力はまだ分からない。遠距離手段を持った剣、刀使い、もしくは薙刀使いが居る。そしてその人物はマスターでサーヴァントをどこかに隠している。何かしらの実験を行っており、その実験の結果幸か不幸か死んだ人間を死んだ直後の状態にすることに成功。魔術的に詳しい人物がいればこれだけの物証で正解が導けるのだろうが、自分はそうでは無い。魔術的な知識ではあくまで東洋の陰陽術の使い手である紫式部の知識は当てはまらないことを踏まえると自分たちは、何も分からない、しかし警戒されている状態で侵入しなければならない。
 簡単な仕事ではないが川本というマスターのことも気になる。幸か不幸かという話でいえば相手に自分たちの戦力的なパラメータを知られていないこともある。あの時、戦ったのは自分だけ。勿論、その時は伏せておいた切り札がいくつかある。これで侵入者の戦力を見誤って慢心してくれれば漬け込む隙はある。

「そうだね...それじゃ、早く行こう」

 そう考えているうちに葵が立ち上がる。紫式部もそれに習って、彼女の後ろにつく。急いでいるのはわかるが、何やらその二人に違和感を感じているように思える。
 二人の感じている違和感にも気にはなるがプライベートな可能性が高いので踏み込むことは出来ない。
 
「...ああ。臨時のパーティだが、悪くないと思うっすよ。それじゃ、とりあえず葵にこれをあげるっす」

 懐からひとつのピアスを取り出す。真珠のような何かが着いた非常にシンプルな形状をしたもので目立ちにくい方であるとは思うがやはり機能性を求めたせいか、目立つものは目立つ。

「これは?」
「予備の魔術礼装っすよ。自分、銃器とか使うんで音が酷いじゃないっすか。そいつは目の前で発砲されても鼓膜にダメージを与えないようにセーブする魔術礼装っすよ。ほら、ピアスみたいに」

 ゲーム等で銃器をほぼ完璧に再現しているものがあるがそれでも音までは再現出来ないだろう。普通、自分が撃つ場合も何らかの手段を用いなければ音は響いて鼓膜は破れる。魔術師達はその音を防ぐような魔術を使ったりすることも出来るが紫式部は年代的にその音に詳しいとは思えない。勿論サーヴァントである紫式部自身は無事だが、葵は無事ではないだろう。最悪の場合一生聴覚障害を抱えることになる。
 このピアスはそれを防ぐ効果がある。詳しい話はよく分からないが音を閉じ込めて脳に情報として流すことでうるさいが耳は無事、というものらしい。そのため聞こえにくくなる、などの弊害は無い。
 勿論銃器自体を魔術的な加工で音を無くす、サイレンサー(サプレッサー)のような働きをさせることも出来るが現地で銃器を調達する場合もある上に、そもそもサプレッサーを使っても自動車の走る音程の音は鳴るのでこうして耳の方を塞いだ方が簡単なのだ。

「えーっと、紫式部、頼まれても?」

 とはいえ流石に男の自分が女の葵の至近距離に近づいてピアスをつけるだなんて事案にしか思えないので近くにいる紫式部に手渡しする。
 その瞬間、パチッと音ともに軽い衝撃を感じた。冬場の静電気のようだが、それとは違う。何かが通ったのではなく、なにかに弾かれた。
 それと共に彼女たちの感じていた違和感の正体に気がついた。最初は封じていると思っていた。しかしそれは違う。封じられていたのだ。

「ええ。勿論...祐介さま...?」

 紫式部がこちらの顔を覗き込む。どうやら自分は冷や汗を書いているようだが、それに全く気がついていなかった。
 封じられた理由は何となくわかる。しかしどうやって封じたかは全く分からない。本人ならともかく、他人にそれを封じることは簡単ではない。気付かれずに、となれば相当難易度が高い。
 逃げる相手にわざわざこんなことをする理由はない。これは、罠だ。これに怒ったこちらが攻め込みに行くための口実を作るためのもの。そして、こちらを不利にさせるためのもの。カルト集団は勿論、マスター達すらここまでしっかりとした地盤で来ることはほとんどない。
 やはり相手はただのカルト集団では無い。サーヴァントを殺せるだけの実力を持った何かだ。
 出来るだけ表情を変えずに紫式部の手のひらにピアスを置いて紫式部が葵にビアスをつけている間に、後ろで突っ立っているアタランテに声をかける。

「アタランテ」
「どうした?」

 アタランテはこの状況に気付いているのか、それは分からないが恐らく自分の反応からただならぬ気配は察してくれているだろう。何しろ彼女は狩人だ。自分や葵、紫式部より鼻が利く。
 ならば出す指示は短くていい。相手に監視されている可能性もあるからだ。ここまでしっかりとした地盤を敷いているのなら監視カメラを隠すことも可能。対象を監視する魔術もあるとエインヘリアルでは言っていたので、それの可能性もある。だからこそ、短く的確に。

「毛皮を出しておけ」
「...分かった」

 アタランテもこちらの狙いに気付いた。少しだけ驚くような表情をした後、少し考え込んで頷く。これで情報は十分だ。紫式部の言うように不安材料は多い。攻める側として、罠や相手の作戦を考えながら進まなくてはならない。相手はそれを読んで増援の対策をしている可能性もある。難易度は高いかもしれないが戦力としては今が1番だろう。それを確認して廃工場の方へ黙って歩き出した。 
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