『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う
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【視点転換】帰還の為の免罪符-参-
葵紫図書館。紫式部とマスター源葵が運営している図書館にある日一人の男がやってきた。傭兵を名乗る彼の名前は川本敦。古い時代からやってきたのではないかと思うような藍色の和服を改造した衣服を羽織り、背中には彼の背丈以上にもなるだろう大きな日本刀が背負われている。
なんでもこの図書館の噂を聞きつけて面白い話があるという紹介をしに来たらしい。
「神隠し?」
「うむ。その辺りにいる若人達がなんの前触れもなく、一斉に行方不明になった現象を我々はそう呼んでいる」
姿にあった、と言うべきか逆に合わせたような口調で川本は返す。
「今回はその調査に同行してもらおう、という判断さ。ああ、安心して。戦うのは僕達だけだから大丈夫。君たちは少し離れたところで見ていてくれればいいよ」
そう言って川本の背中からひょっこり頭を出したのは彼のサーヴァント、アレキサンダー。大人の彼と同様赤い髪にサーヴァントとしてゲームで見る姿とは違う日本の甲冑のような鎧をまとっている。流石にブケファラスは出していないようだが幼い顔からでも感じる気迫は間違いなくサーヴァントだ。
「普通なら、そういう判断になるのだろうが此度はそうも行かず。此度の敵、所謂サーヴァント殺しが居るという噂を聞く。最悪、ソナタ達にも戦ってもらうかもしれぬ。準備はしておけ」
サーヴァント殺し。サーヴァントを連れ添ったマスターが戦った時に行方不明になる、もしくは死体として発見された場合にいるとされるもの。それは文字通りサーヴァントに打ち勝つ存在、勿論大抵の場合、敵のサーヴァントなのだが、サーヴァント殺しという場合別の可能性を含む。
それは、サーヴァントを倒せるエネミー、そして人間がいる場合だ。エネミーは基本的に幻想種の名を持っていてもこの世界に来る時に弱体化したのか、おそらくは見た目が同じだけの偽物かサーヴァントより弱い状態出てくる。勿論その状態でもマスターや他の人間にとっては災害に匹敵するが大抵のサーヴァントからすれば少し面倒な敵、という扱いだ。しかし中にはオリジナルの幻想種に近いエネミーというものが存在する。これまで確認された例はたったの2回と聞くが、情報が錯乱している現状を考えれば都市伝説として語られている。
しかしそれを彼はいるかもしれない、と言った。この世界に来て、どれほどサーヴァントが強力な存在なのかは嫌という程見てきた。人間が足掻こうと簡単に殲滅してくるエネミー達を蹂躙するように倒していく姿。紫式部だって戦えないようなサーヴァントでもマスターの体を強化したり式神を用いて戦わせることだってできる。そんなサーヴァントを倒す人がいるだなんて。信じたくない。
「わかりました。では後日、追って連絡します」
けどそんなものをこの世界に長居させる訳には行かない。正義感、というのもあるがそれ以上にそんなものに私たちの図書館を壊される可能性を考えたら傭兵として戦ってきたこの人と一緒に倒しておきたい。そういう考えがある。
「了解した。ふむ。話には聞いていたが中々に骨のある若人だ。図書館を運営している、というのに間違いはないがそれ以上に強い覚悟が見える。此度の依頼は取材としても絶好に機会だ。何をしたいか、はあえて聞かぬが活かしてくれ」
川本はそれを頷いて了承する。最初は彼からしても協力者が欲しいのでは、と思っていたがどうやらそうでは無いらしい。単純な善意で取材をさせてくれるというのだ。その証拠にこの話にお金の話題は一切出てこなかった。
川本が席を立つ。アレキサンダーも何も言わずに彼のあとをついていく。そして出る寸前にこちらを振り向いて手を軽く振った。
「ありがとうございます」
頭を下げて川本を見送る。
その後、すぐに取材の準備を始めた。
◇◇◇
そうして、今に至る。入ったらいつの間にか川本さんとアレキサンダーは姿を消して探していたら急に爆発からの誘拐されるように連れ出された。何が何だか分からないがとんでもないことに巻き込まれたらしい。
「それで、その後ここに来たら早速はぐれた...ってことっすね」
目の前にいるのは自衛隊員が出てきたかのような迷彩服に銃を持った1人の成人男性。自衛隊員、と先程は言ったがそれにしてはその、全体的にチャラい雰囲気を醸し出している。慣れてないのか「っす」という時だけ声が上がっている気がするのは慣れていない、つまり演技なのだろう。年齢はそれほど変わらない、自分少し年上か、それとも同い年か。
そして、何より言えることは彼らは戦いに慣れている。強さは分からないが場数では確実に自分達の上を行く。
エインヘリアルという組織に属している真木祐介というらしい。アーチャークラスのサーヴァント、アタランテのマスターであり、傭兵を名乗っている。
「はい」
とりあえず嘘をつく理由は無いのでエインヘリアルと名乗った傭兵に事情を説明する。状況は掴めないがどうやら助けて貰ったことは間違いなさそうだ。川本さんも心配なので協力してこの事態を解決することに異論はない。
と思っていたのだが真木は悩むように顎の辺りに手を当てる。その状態でしばらく考え込んだと思ったら何処かで諦めたようにため息をつく。
「...仕方ないっすね」
ため息をついて彼は一回手を顔に当てて落ち着くように再びため息をつく。
それにしても...何かが、おかしい。いつもとは違う何やら強い違和感を感じる。
「どう...したんですか」
「い、いや。悪かった...っす。その、川本さんという傭兵もこちらで探しておくので貴方たちは安全な場所まで逃げてくださいっす。アタランテ、任せてもいいっすか?」
彼の出した結論は自分たちを逃がすことだった。川本さんとは逆の、戦わせないという結論。何故、そんな結論に至ったのかは分かる。戦力としてこちらを信用出来ないのだ。
そこまでは分かる。いきなり出会った人物を信用しろというのは難しい。しかしその結論を出した彼は迷いなく自分のサーヴァントに護衛を頼んだ。
有り得ない。自分たちの護衛にサーヴァントをつければ自分の守りはどうする。サーヴァント無しであの廃工場に戻ると彼は言ったのだ。
「...え?」
川本さんのように頼むと最初は思ってた。そのために自分たちを助けたのだと、最初は思った。しかし違う。彼らは自分を戦力として信用していない。それは仕方ないことかもしれない。自分たちも傭兵として戦っている人達より強い自信なんてない。けど、そのためにまるで死ぬような決断は流石に出来ない。
「...私は構わないがマスターは?まさか一人で」
彼のサーヴァントであるアタランテは肩を落としたあと、彼に聞く。彼のサーヴァントがそう言っているということはこれが初めて、という訳では無いのだろう。何回かこんなことがあったのだ。自分のサーヴァントを置いて一人で依頼を成し遂げる傭兵。傭兵には何人か会ったことはあるがそれは有り得ない、経験のない事だった。
「ああ、川本っていう傭兵が心配だからな...ですからね。俺一人で侵入する、っすよ!」
真木は親指を立ててこちらに大丈夫だという。他の仕事ならそれで、大丈夫かもしれない。しかし今回はそうとも行かない。話したはずだ。サーヴァント殺しがいるかもしれないという話を。サーヴァントを倒せる存在がいるとなるとマスターでは相手にならない。
話した内容を忘れている、という訳では無い。彼は自分一人で解決する、と言ったのだ。サーヴァントを倒せる存在がいたとしても一人で何とかすると。意味がわからない。確かに真木は自分より強いだろうが、自分がサーヴァントより強いと豪語できるほどとは思えない。
「しかし!それは危険かと。まだ私たちを襲った何者かは見つかっていないんでしょう?」
限界だ、というように紫式部が立ち上がって真木に抗議する。川本さんの言ったサーヴァント殺しは未だに姿を現していない。つまり情報が何も無いのだ。そもそもサーヴァントと人とでは差が大きすぎる。紫式部でも戦えないと言っているがそれでも大抵の人間には勝てる。それだけの強さがある。そんなサーヴァントを何体も倒しているという報告がある以上紫式部は黙ってはいられない。
「香子...」
彼女は考えている。川本が死んでいるというシナリオを。そしてその場合次の犠牲者は真木だ。そして自分はそれをアタランテの退去という形で知ることになるだろう。サーヴァントは依代というマスターを失った場合長くはいられない。アタランテ達、アーチャークラスのサーヴァントは単独行動を持っているがそれでも限界がある。つまりアタランテの魔力が少なくなった時が彼の死を知るタイミング。もしそんなことがあったら自分で自分を許せるか、わからない。自分達もそれなりに戦えるから尚更だ。
「それもそうっすけど、今は貴方たちの安全の方が大事っす」
しかしそんな必死な紫式部とは打って変わって真木は至って冷静に返す。
優しさ、と言うよりそちらの方が都合がいいという判断というのは分かる。その証拠に真木が一切笑っていない。現実を見て危険だと理解しているから笑えない。
笑えないほど大変だとわかっているのに、彼は一切協力を求めない。せめて自分のサーヴァントと一緒に行って欲しいがそれだと自分たちが再び入る、と思っているのか追っ手が心配なのかわからないがそれも崩す気は無い。
「あたし達だって戦えます!川本さんも私たちが探さないと...」
しかし、いや。だからこそ、そうさせる訳には行かない。彼は知らないが自分たちも自分たちなりに覚悟を決めて戦闘を繰り返した。傭兵について行って戦うなんてことも多くあったし、魔性殺すブーツなどの戦う方法もある。何より一緒に紫式部がいる。彼女がいるのなら、負けはしない。
立ち上がって真木の目を覗くようにみる。意思表示の基本だ。
「止めた方がいいっすよ。下手なことをすると、死ぬっすよ。冗談抜きで」
自分の声を切り離すように真木が非常に冷たい声と顔で返した。冗談を言うような口調が続いていたが「っす」だなんて語尾をつけてるとは思えないほど冷静だ。
まるで次について行くと言ったらその首を切る。そう言っているように見える。
「それは...そうですが...だからって一人で行くことないですよ。せめて自分たちはここで待機してるのでアタランテと一緒に...」
その気迫に押されながらもアタランテをチラリと見て真木に言う。
そのアタランテは腕を組んで待機している。マスターとサーヴァントの信頼、と言うには少し仕事っぽさも感じるが「マスターが決めたのだから異論はない」という意味だろう。必要以上に口を挟むことはなく、会話よりも周りに気を配っている。
「その場合別働隊が君達を攻撃する危険があるからダメっす。本当なら援軍を頼みたいところっすけど頼んでも間に合わなさそうなので仕方ないっす」
もし、川本さんの話がなかったら、彼は自分たちを安全な場所まで送り届けたあと、アタランテと援軍と一緒に入っていたのだろう。
実際、真木もそれなりに焦っている。川本さんが無事か。今から行って間に合うか。生きて帰って来れるか。賭けにしては分が悪すぎる。
「中には、サーヴァントを倒す程の敵がいると聞きました。私達も一緒に行けば必ずお役に立て...」
「ダメだ!」
紫式部の言葉を真木は怒鳴って止めた。その声量、というより気迫に押されて声を失う。驚き、というのもある。先程までの飄々とした人柄とは全く結びつかない。しかしそれよりその怒りが恐ろしかった。
「ーっ!」
「君たちは、君たちは戦う人間じゃない!サーヴァントを召喚していても一般人なんだ!傭兵なんて変な職を名乗ってやってるやつとは違う!」
声を失って何も話せない、反論すら出てこない自分たちを真木は叩き込むように言葉を繋げる。
自分を変なやつと言っていることに気がついているか気がついていないのかはわからないが彼なりの心配なのだろう。
「正義感か何か知らないけど!そんなので生きてこれる訳が無い!帰れるわけがない!折角得た命を無駄に捨てようとするな!戦えもしないのに、戦えると思って!だいたい...」
今まで押し付けていたものが発散されたように放たれる言葉に殴られたように頭が揺れる。彼なりの心配か。とはいえ過剰な心配と言うよりまるで侮辱のようにも聞こえる。
「マスター」
それを制したのは彼のサーヴァントであるアタランテだった。彼女は真木のように怒鳴るわけでもなく、ただ小さく、低い声で彼を制した。
その声を受けた真木は恥ずかしくなったのか顔を一瞬赤く染めたあと迷彩服のフードで頭を覆い隠した。
「...ああ。すまない。アタランテ」
しばらくそのまま固まった後真木は顔も見せずに少しフラフラした後アタランテの方に寄り付くように歩きよってそう言った。
先程の気迫を見せた男とは思えない、弱々しい見た目に別の意味で声が出なくなる。横を見ると紫式部もポカンと口を開けてピクリともしない。多分自分も同じような顔をしていたのだろう。
「謝るのは私じゃない」
アタランテもアタランテでもうこのやり取り何度もやったというようにため息をついてこちらを指さす。
その頬は少し緩んでいて笑いを耐えているようにも見える。笑い事ではないが余程彼女はこのやり取りが気に入っているのだろう。吹き出そうとしているのをかなり頑張って耐えている。
「...全くもってその通りだ。悪かった。君たちのことを、侮辱した」
自分のサーヴァントがそんな顔をしているとは全く気がついていないのか真木はフードを取ってこちらに顔を見せる。真っ赤、という訳ではなかったが仄かに赤いところを残したまま落ち着いた表情で頭を下げてくる。
「い、いえ...私たちこそ失礼しました...」
先に落ち着いてその声に反応したのは紫式部だった。頭を下げた真木に譲るように半歩下がって頭を下げる。
そのままお互いになにかに慌てるように頭を上げるように促してまた頭を下げるというよく分からない空間が形成された。
「なにこれ」
誰にも聞こえない呟きが出てきた。そこまで独り言が多いということは無いが先ほどの緩急はそれだけで風邪をひきそうなほどの差がある。
それを楽しそうに眺めるアタランテ。このマスターとサーヴァントの関係性がいまいちよく掴めない。
「マスター。今回の件を謝るついでに彼女達も連れて行こう。なに、マスターがしっかりしていれば済む話だ」
しばらくそれを眺めた後にアタランテが折衷案、というと違うが自分達を連れていくという案を出した。
その時、なるほど、と思って思わず頷いてしまった。
アタランテはこの案を出す為に自分のマスターを誘導したのだ。考えてみてばアタランテは下手なことを言うことはなく会話の外にいながらゆっくりとマスターが罪悪感で一緒に行けるような雰囲気を作り出していた。
なかなかのやり手だ。自分のサーヴァントに利用されるマスター、という訳の分からない構図も出来上がっているが真木もそれに気付いている、と思えば悪くない関係性だとは思う。多分。きっと。メイビー。
「アタランテ!?そ、それは...。了解...っす。それじゃあ...えっと...源、さん?」
予想通り真木は今まで渋っていた答えをサラリと出した。いや少し悩んでいたような気もするが意外とすぐに折れた。
「葵で大丈夫です」
「そんじゃこっちも祐介でいいっすよ。後敬語も大丈夫っす。」
と真木、いや祐介が右手を差し出す。その動きが変に見えた気がしたがすぐに握手だと理解して出された手を握る。彼の手はとても硬くてゴツイ、と表現するのが正しい手だった。
その時、思っていた違和感に気がついた。
先程から泰山解説祭が、発動していない。
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