| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

【視点転換】帰還の為の免罪符-玖-

「と、言うわけだ。面白くもない話で悪いな」

 マスターから聞いた、マスターの記憶から見てしまった情報を目の前の彼女達に話す。

 光が建物の割れた穴からしか差し込まない暗く、その代わり開けた広い空間で一騎の話を一人の一騎は聴き逃したり逃げることなく、聞いていた。一人は柱に身を預けて体操座りをしており、その傍らに一騎が腰をかけている。

 正直、軽い気持ちで聞けるものでは無い。頭がおかしくなるような情報だ。力を持った人間の驕りと終わり。マスターである真木は運良く後のエインヘリアルのメンバーに助けられたがもしそれがなければ。
 殺されていたかもしれない。永遠と働かされていたのかもしれない。

 マスターとサーヴァントというこの世界でも受け入れられつつあるこの関係。しかしそれは他者から見れば一人の人間が強すぎる力を得る事になる。
 法律やルールで縛れるのならまだいい。崩壊前の日本でも三権分立などによって暴走を防いでいる。しかし今はそんなものは無い。
 文字通り好き勝手出来てしまうのだ。
 彼女達からすれば酷い話ではあるだろう。自分たちは理性的に生きているのに一部の悪者のせいで自分たちもそういう見られ方をされなければならない。特に危険から離れようとする人間には悪いイメージはそう簡単には離れない。多少の善行などまるでないように扱われるほどに。永遠に続く、なんてこともよくある事だ。

「いえ、そういうことも、あると聞いてますから...」

 一騎のサーヴァント、紫式部は大丈夫そうに言うが声が少し震えている。当然だろう。エインヘリアルに召喚されたサーヴァントである自身と違い、紫式部はマスターとの縁を伝ってきた存在。ロンゴミニアドの影響を良くも悪くも強く受ける。ある時は思想。ある時は力として現れるそれはロンゴミニアドがその愛を尊いと思ったから援助したいと思うのと同時に天王寺の家系の人間など自分に不利益に働く存在を殺すためというのもある。紫式部は今、本能的に真木を殺したくなっているだろう。深澤浩二の関係者、つまり天王寺達也の関係者であると分かれば、彼女が理性を無くせば真木を攻撃するだろう。その理性に耐えながらここまでキツイ話を聞くのだ精神的な問題とはいえ...いやだからこそ、厳しいものがある。
 しかしそれに抗っているのはそれこそマスターに迷惑をかけたくないという想いからだ。強く、ある時は攻撃性を伴って出てくるそれはダイヤモンドのような硬度を伴って紫式部の()を守る。

「人間同盟に葛城財団。そんなヤツらのことをお前たちは理解できないだろうがあいつらは元々マスターのような存在を集めた物だ。好き勝手やった色んなマスター共のツケが今になって回ってきたんだ」

 あげた反社会的勢力は全てがそう、という訳では無い。実際に彼らが組織として成りなったのはかなり早い。そういう人たちが全員という訳でもないし、彼らの中に確実に入っているという確証もない。中にはただ有名な人や力のある人が許せないという思想の人間や、海外からきた労働者もいる。しかしそういう人たちがいたのは見てきた。彼らの憎しみを、怒りを。理解してしまう人は特にエインヘリアルには多かった。エインヘリアルのメンバーには潜在能力の高いマスターが1番多いが中には彼らの被害者がいる。その多くが多くの作戦で死んだものの、生存しているメンバーの中にはそのような者たちに同情する者が多い。

「...祐介は?」

 葵は少しだけバツの悪そうな表情をしているが驚きなどはそこまで感じられなかった。察しが着いていたようには思えないので恐らく、似たような経験をした人間にあったか。もしくは、彼女自身がその経験者か。

「ん?どうした」
「祐介はどうして、許したの」

 葵は少し下を俯きながらポツリとこぼすように言った。彼女には許せない何かがあるのか。誰かに虐げられた経験、誰かを虐げた経験。このような世界となってはどちらとも持たないものはほとんどいないと言える。
 だからこそ、許せない。許されるわけが無いと考えるのはある意味自然なことで、しかし心の問題を抱えたまま生きるのはとてもいい話ではない。
 しかし、マスターが許したか、という話になると少し別だ。

「マスターは、許してなど...いない」

 少しためて、いや躊躇いながらそう答えを言った。マスターは、真木祐介は決して。自分を虐げ、罪のない人々を殺していたマスターを許してなどいない。
 それどころか世の中にいる他のマスター達にも怒りや憎しみが向く時も無いとは言えない。

「え?」
「エインヘリアルには、今でもマスターやサーヴァントを憎む奴らがいる。それでもそれぞれ、ちゃんと考えを持ってその憎しみを抑えている」

 逆に葛城財団を憎しみすぎた結果狂犬のようになる女性などもいるが彼女を含めて彼らはエインヘリアルを攻撃したり、敵に情けをかけすぎて見逃したりすることはしない。

「自分の感情と行動にある程度仕切りを作ってしまっているんだ。それがいいとは言えんが、だからマスターは世の中のマスターを皆殺しにしようとか思ってはいない。思っても、実行には移さない」

 葵の表情が変わる。
 どうやら彼女は自分の先程までの予想とは別方向の経験があるようだ。例えば家族関係のしがらみがあったりなどが考えられるがそこは個人的な話なので介入はしない。

「それより、そんなマスター達のせいでお前達に迷惑がかかったり、最悪死んだりするなんてことも、よく思っていない。だからこそ、マスターは今回、お前達を助けた」

 葵はマスター、祐介のかけて行った方向を呆然と眺める。祐介はエインヘリアルの名に恥じない強さを持っているがエインヘリアルのメンバーの中では特段と俗っぽい性格はしているし、見た目や性格に反してかなり惚れっぽい。化け物にされた過去があっても、わざと「っす」をつけるなど親しみやすくなるように努力してることもあり、特に女性マスターたちと交友関係が広い美鈴、そもそも外向的な仕事が多い柏原といったメンバーを置いておけばそして友人や仕事仲間もかなり多い方とも言える親しみやすさがある。
 しかし、それでも過去が覆ったりする訳では無い。彼も彼なりに傷を抱えて、それを隠したり、あるいはバネに変えて動いている。それは簡単なことではないがそれより大変なのが『そう思わせない』ことにある。
 彼はとても交友関係を大切にしているし、友人だと言ったら多少ウザったらしくもなるが連絡はマメにとるし多少の喧嘩で尾を引くようなことにはしない。しかしそれは『そう思わせない』ことから出来たことだ。

「葵様」

 心配そうに、或いは誤解をしていたと言うように眺めている葵の隣に彼女の愛するサーヴァントが優しく声をかける。
 それで安心した表情にかわった葵が大丈夫と一言言って紫式部の出した手に手を合わせて立ち上がる。
 その様子を見て少し嫉妬を感じた。
 サーヴァント(自分)マスター(祐介)の関係は仕事仲間、同僚、相棒といった関係でエインヘリアルでは翔太郎のような初めからサーヴァントの召喚に成功した人外くらすの一般人を除けばエインヘリアルの制作したフェイトシステムでそれぞれのマスターに相性のいいサーヴァントを英霊の座から新たに召喚している。マスターの魔力量などに能力が反映されるとはいえ、ロンゴミリアドや崩壊世界の影響を受けにくいからと祐介は言っていたがそれでもこのような関係は少しは憧れる。

「私は汝達がどのような過去を背負ってきたかは分からない。しかし、マスターならこう言うだろう。『許さなくてもいい。その代わり、責任は持て』」

 一人と一騎の様子を見ながらも思考を先程までの話に戻す為に切り替える。
 過去の詮索はしないはエインヘリアルでは暗黙の了解となっている。しかしそれでも過去から逃げるという行為は禁忌のような扱いをされている。一応名目上は研究、調査機関であるエインヘリアルとは思えない考えだが、そうなる理由はわかる。

『許せるだけの余裕と強さは必ずしもイコールで繋がられる関係じゃない。どれだけ強くなっても、許せない相手や事柄は多いだろう。しかし忘れるな。全ての行動には責任が伴う。何をするにしても、何をしないにしても。誰かを許さないというのなら、自分は、その責任を背負って生きろ。ただ、相手に怒ってばかりの人間にはなるな。惨めったらしいことこの上ない』

 誰よりも自分を許せない最強のマスターがそんなことを言っていた。おそらくそれは、彼が出来なかったことで、後悔していることなのだろう。だからまだどうにもなる彼女たちのことは、マスターから見て良いものとして写った。

「ああ、あと汝はマスターに...」

 面白がりながらも彼女達に祐介のことを伝えようと思った瞬間、噂をすれば。という感じで話をしようとしていた人物からの念話がかかる。まさかこんなところで話しの内容が聞かれてないだろうか、と思いながらも念話のないように耳を預ける。

「(アタランテ。そっちには何も無いっすか?)」
「(こちらには何もないぞ。マスター。そっちはどうだ?)」

 祐介からのものは予想通り定期連絡の類だった。別段こちらには変わったことは無いためそのまま返す。
 すると祐介は少し戸惑うような声をした。不思議に思って再び耳を預ける。

「(さっきと全く同じ死体っす。死体を使った魔術...って何かあるんすか?)」

 さっきと同じ、という点で子供が犠牲になったということすぐにわかった。しかしそこはあえて触れずに、というよりそこを追求させないように配慮した祐介が話を振る。そこに囚われていては話にならないということもあるが、何より自分の前にこれ以上子供の死体を想像させるのはあまり良くないという彼なりの配慮だ。

「(死者を生き返らせたやつなら知ってるが今回は関係ないだろう。そいつが用いたのは蛇であって虫ではない)」

 一応死者蘇生として民に優しいがマッドサイエンティスト気質な男が1人思い浮かんだがそれとは全く違うだ、即座に否定する。
 しかし、また子供か、と祐介の配慮があったにもかかわらずに考えてしまう。まるで子供を限定して集めているようだ。力がないから、知識がないからという簡単な理由ではないだろう。もっと、魔術的な理由があると祐介は考えている。で、あればなんだ。
 子供に魔術的な意味と言えば成長がキーワードになりそうだが、その場合時間を止めていたことが引っかかる。もし本当に時間を止めるならそれは子供である必要性がない。
 ではなんだ。新鮮、不純か。しかしそれは虫でケガしてしまっている可能性が高い。やはり虫はフェイクか。
 と、そこまで考えた時だった。
 空気が変わった。気配と言えるほどちゃんとした形は保っていないがこれは弓を実体化させて、気配がした方向に視線を移動させる。紫式部もその様子に気付いたのか葵を半歩下がらせる。

(おい、ちょっと待て。マスター)」

 思わず重い声を念話で流してマスターに伝える。空気がビリビリしているのを感じる。間違いなく魔術師、いやこの場合魔術使いか。もしサーヴァント殺しの場合守りながら戦うことを考えれば祐介がいないと危険だ。

「(アタランテ?)」
「(誰か来た)」

 最悪、という訳では無いが良くない状況だ。祐介を除いた状況で接敵。こちらには戦えばするが戦闘力が未知数な死なせてはならない依頼人と彼女のサーヴァント。キャスターというクラスから考えても正面先頭は向いてないだろう。要するに戦えるのは自分だけという可能性もある。その状態でアーチャークラスである自分ここまで接敵を許してしまう敵となると相当熟練度が高い。気配の質からしても祐介では無い。
 そもそもマスターと駆け出した方向とは逆方向。距離は約30メートル程度。戦闘力の高いサーヴァントならゼロ距離と大して変わらない。

「(方向と距離は?)」
「(マスターとは逆方向、距離は25m)」

 危険だ。近すぎる。別に弓矢で迎撃できない距離ではないがもし敵が槍を持って突貫してきたら。速度しだいではかわしきれない。

「(二人を守って退却。俺が後ろを取るから絶対に囲まれるな)」

 祐介からの冷静かつ的確な指示が入る。
 後ろを振り返って葵と紫式部を見ると葵も状況に気づいたようで後ろを警戒しながらも後ろにゆっくり下がる。
 現在祐介が回り込んで相手の背後を取っているはずだ。挟み撃ちにすれば戦力的な差があっても上手く削りやすい。

 と、そこまで思った時に後ろで何かが動いた。葵だ。
 そう思った瞬間、葵が口を開いた。

「川本さん!?」

 出てきたのは藍色の和服を着た。いかにも武士のような見た目の男だった。川本。本名、川本淳。葵と紫式部をここまで連れてきた張本人でありここの辺りではある程度名前が売れた傭兵だ。気付けば紫式部も目を見開いて驚いた表情をしている。

「ああ、やっと見つかった。ソナタ達がいなくなってから、探したぞ」
「すみません。はぐれてしまいまして」

 武士のような口調で話しかける姿は敵には見えない。葵や紫式部の反応から見ても悪い人物では無さそうだ。

 安心して祐介との念話を再開する。

「(...いや、その必要は無さそうだ)」

 二人と一騎は仲が良さそうだ。話を聞くに、今回の仕事限りでの関係とは聞いていたがもしかしたらかなり仲がいい二人なのかもしれない。

「(何故だ?)」
「(彼女達が探していた傭兵だからだ。とりあえず )」

 とりあえず合流しろ。その後話し合おう。
 そう言って念話を終わらせようと思った。その時だった。

「(馬鹿っ!直ぐにそこから逃げろ!)」

 祐介の焦った声が聞こえたかと思ったら念話が一方的に切られた。
 これ程まで祐介が焦るのも中々珍しい。そう思って思わず葵の方を向くと、男と目が合った。

「っ!!」

 声が出ない。恐怖や威圧などではない。声を出しているはずで、声帯は震えているのに、それが声として出てこない。
 その時初めて理解した。祐介の言いたかったことを。

「ああ、なんとも勘のいい男がいるものよ。エインヘリアル。死者の戦士と聞くが、なんとも運が悪いものよ」

 男が刀を抜いていたのが見えた。いや、先程まで抜き身の刀はなかったはずだがいつの間にか抜刀した刀がその右手に握られていた。

「川本さん...え?」

 葵が驚いて川本から離れると周囲の壁と天井が一瞬にして光出した。
 否、壁ではなく、いつの間にか壁に走っていた、切れ目のような線だ。
 聞いたことがある。魔力量を純粋に物理的な攻撃にする魔力放出を、物体に伝播させる方法。

 それは最初、葵と紫式部を助けた時に見た物と、完全に一致した。
 つまりこの男こそが、敵。
 なぜ今まで気づかなかったのか。それが恥ずかしくなるような気持ちになりながらも矢を番えて脅そうとする。しかし、それより先にひかりが辺りから湧き上がる。
 早い。これでは自分はともかく葵と紫式部はかわしきれない。彼女たちは瞬時に斬られて肉片となってしまう。

 そう思った時に、一番近くにいた、自分たちを救える手が出てきた。

「全員伏せろぉぉぉ!!!」

 雄叫びを放ちながら背中に毛皮をまとった祐介が葵と紫式部を突き飛ばす。

 「マスっ」

 そんな彼を、助けようとした時、光は広がりだした。

 そして敵は、初撃で最上級の結果を出した。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧