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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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【視点転換】帰還の為の免罪符-壱-

 
前書き
こんにちは、クソ作者です。
ここから少しだけお話が逸れる…と言いますかちょっとした別の人から見たお話になります。
葵ちゃんや紫式部ではなく、第三者に視点を転換させたお話ですね。
まぁ何を隠そう、このお話、実は貰ったものなんですよ。
良かったらこのお話、外伝『紫』に載せてくださいって。
貰ったこと自体だいぶ前でして、それでまぁやっとこうしてここで公開する事が出来ました。
このお話をくれた方、かなり設定も細かく決め濃密な文章力を持ったお方でして、普段とは違ってかなり読み応えあるんじゃないかとクソ作者は思ってます。
まぁこんなクソ作者にかなりの時間割いてまでものすげー物語を送ってくれた方には本当に感謝しかないです。

それでは長々とした前置きは置いておきまして、本編どうぞ。
 

 
世界の崩壊。それは魑魅魍魎が大波が流れてくるように大量に押し寄せる世界の終わり。災害にすら耐えてきた人の文明は簡単に消されていった。まるで波が砂浜に描いた絵を消していくように。

 文明のレベルがおかしくなったという時にせっせと仕事場に来て働く者などいやしない。そのおかげか、廃工場には世捨て人、犯罪者のアジトとなっていった。もちろん、変なものも住み着いているが。

 手入れのされていない錆び付いた階段と手摺の強度を確認しながら進んでいく。
 時折ギィー、と限界のような音がする。壊れてないのはこちらの運がいいのか。人のいる気配を辿り、雨漏りする天井を見上げる。天井には何かが突き刺さっていて、その隙間から雨が漏れているのだ。これだけ水を被れば短時間で錆だらけになる。ここにいては体の芯まで錆び付いてしまうとつけていたネックオーマーを鼻の辺りまで吊り上げた。

 生命力の強い雑草が割れたコンクリートの隙間から上へ上へと伸びていく。穴の空いた天井から指す陽の光が雑草を照らす。人の文明がほとんど消されてもこうして生きている命はあるのだ、と思いながらその雑草を跨いで先に進む。
 廃工場とはいえ最近まで使用されていたというのに荒れ方が酷い。しかし、自分が見てきた中ではまだこの荒れ方はマシだと思えた。
 そこまで歩くと鉄と錆の匂いに混じって最近になってようやく嗅ぎ慣れてきた匂いを感じる。
 血の匂いだ。それもまだ新しい。そしてかなり近い。血の匂いは鉄のサビの臭いに近いため近くまで来ないと気付かない場合が多い。今回もそれだ。

「近いな」

 水溜まりを跨いで小走りでその場所に急ぐ。そして急ぎながらも腰から一丁の拳銃を引き出す。黒光りした基本的な形をした自動拳銃。名前をグロック17という。口径は9mmの装弾数17+1。基本的な拳銃といえばこれを思いつく人は多いだろう。実際、多くの国で軍用、そして警察用の拳銃として扱われている。だがこれはオリジナルのものとは少々違う点がある。
 
 血の匂いのする場所が目と鼻の先とまで言えるところまで来たら物陰に隠れる。血がある、とは言ってもちょっと擦りむいたり、切った程度の血なら余程の至近距離にならないと分からない。つまり大量の血、人一人が出血死するレベルの血の量がそこにある。つまり、この場所には人ではない何かが住み着いている可能性がある。彼らは基本的に人の敵だ。理由もなく、人を食らう彼らはモンスターだとかエネミーだとか魔物だとか言われるがなんであれ人型だったり怪物だったりする、生き物であるかも疑わしい何かがいる。

 腰に引っ付いたグレネードを拳銃を持っていない方の片手に持つ。親指を安全ピンに引っ掛けて投げた時に自動的に安全ピンが外れる位置に調整する。
 血の匂いのする場所に音はない。ほかの気配も感じない。誰もいない可能性は高い。物陰から覗き込む。そこには人の死体とそれに集るハエがいた。

「くっ...!」

 人の死体を全く見てこなかった、という訳では無いがすぐになれるようなものでもない。もしなれなかったらこのまま吐いていたのかもしれないが今は気持ち悪い、と思う程度だ。
 ほかの気配がないことを確認してグレネードを腰に戻して、拳銃を片手に死体に近づく。死体を集るハエは人が来たことに全く気付いていないようにその動きを止めることは無い。
 
「腹を食いちぎられてる...酷い」

 死体の損傷はかなり激しい。頭は半分めり込んでおり、頂点の方から脳みそと思われる何かが抜けている。手足は傷だらけで蛆虫が這いつくばっている。腹なんてもっと酷い。なにかに牙を立てられたようにえぐれる皮膚と筋肉。臓器の大半と足りない皮膚と筋肉は近くに捨てられており、蛆虫とその卵が代わりに詰まっている。骨は突き出しているがそれは死体の変形によるもので蛆虫に食われただけでの露出では無いので恐らく死後1週間程度だろうか。
 しかし何かが妙だ。乾いた血液、虫が這い回っている死体、血の匂い。

「死臭がしない?まさか」

 そう。血の匂いで距離がわかるほどに血の匂いが濃い。それにしては遺体から出る血液量が少なく感じる。その上、死体が特にキツイ匂い、死臭がしないのだ。
人間の体内には、実は常日頃から微生物やバクテリアなどの細菌が潜んでる。生きている間は免疫作用によってこれらが増殖することはあまりないが、死亡して免疫作用がなくなると細菌は一気に増殖する。大体仕事二日か5日もあれば遺体は苦しくなるほど臭くなる。勿論そんな状態で細かく血の匂いを辿れるほど自分の嗅覚は鋭くない。

「やっぱり。保存されてる」

 注意深く見てみると遺体の表面は腐っているように見えるが内部の方が腐っているようには見えない。わざと外見を腐っているように見せることで内部が保存されていることを隠しているのだ。
 何故か。それは遺体の発見を遅らせるため、もしくはこれがなんの為なのか分からなくするため。もし後者の場合、この殺され方もなにか理由がある可能性が高い。

「どう思います?アタランテ」

 そう何も無い場所に声をかけると何も無かったはずの場所に一人の女性が現れた。否、そこには何も無かった訳では無い。
いたのだが、見えなかったのだ。
霊視がないと見えない霊的な存在。亡霊やゴーストなど様々なオカルト的な文献で騒がれるそれと基本的には同じもの。ただ、その格と強さが羽虫と神ほど離れている、ということだけだ。

 それもそのはずその亡霊はただの亡霊ではない。元々は過去や神話の英雄たち、英霊なのだから。サーヴァント、ゴーストライナーと呼ばれる彼らは通常時はこうして霊体となって活動している。これを霊体化という。この世界では霊体化を基本的にしないサーヴァントの方が多いが彼らも決してしない訳では無い。する必要が無いだけだ。
 女性は耳としっぽは獣的な見た目だが、それ以外は基本的な人と同じ体格をしている。少女とも言えるだろう。眼差しは獣のように鋭く、髪は無造作に伸ばされ、貴人の如き滑らかさは欠片も無いため一見すると粗野な女性に見える。名はアタランテ。ギリシャ神話のアルゴノーツの一人、狩猟の女神アルテミスの加護を授かって生まれた『純潔の狩人』。カリュドーンの猪の討伐、そこに繋がるメレアグロスの死、また勝ったものを夫とするかけっこの逸話等多くの逸話を残している英雄だ。
 と、自分が思っているとはいざ知らず。彼女はそこに転がっている死体を見て目を細める。

「こんなに小さな子供を...許せん」
「あーいや、そうだな...そうッスね」

 霊体化しているからと言って視界が封じられる訳では無いので実際自分が見るより先から見ていたはずだが、それでも声を出さなかったのは自分への配慮なのだろう。そのような優しさがあるとはいえ、基本的に弱肉強食。子供を除いて、だが。
 アタランテは生まれた直後に捨てられ、アルテミスに拾われた過去を持つ。彼女の子供を気づかいはそこから発生するものだ。

「...しかし、マスターが言うように腐敗していないのは妙だ。ただ置かれているだけとはいえそれなりに状況は揃っている」

 しかしアタランテも英雄だ。自分なりの考えと感性を持っている。冷静になればこうして相手の考えていることを読もうとするぐらいには優秀だ。

「そうだな...っすよね。わざわざ死んだ直後で保存して虫を放つなんて意味のわからないことをするもんだなって思ってたんすけど」

 虫を放つのはそういう魔術だからか、もしくは死体が損壊していることを気付かれないようにする為か。
 出来れば死体を詳しく調べたいがここでの解剖は困難だ。しかも自分が体の構造にそこまで詳しいという訳では無いので出来れば詳しい人の話を聞きたい。

「マスター、この子を埋葬してあげよう。いくらなんでも可哀想だ」

 確かに困難コンクリートの上で放置では普通でも行き着く末はただの白骨死体だ。敵の狙いがそうではない可能性が高いとはいえ、最悪魂が囚われている可能性も有り得る。死んでしまったとはいえ、これ以上苦しめてもいい理由にはならない。
 アタランテなりの気づかいで死んだ子供を埋葬する場所を探そうとしたのを手で制する。

「それもそうなんですけど...わざわざそんな足がつくことをしたらここにいるってバラしてるようなもんっすよ。残念ですけど...」

 この子供がこうなっているのは相手に理由がある可能性が高い。それならそれでこんな場所に放置しているのは妙だが相手に何らかの考えがあるとすると、無駄に触ったり、場所を移動すればここにいるとバレてしまう。
 それでも倒せる敵なら兎も角、自分たちがここにいる理由を考えるとそんなに楽観的にもいられない。

「くっ!...」

 アタランテが顔を顰めて拳をにぎりしめる。
 感情ではその判断が許せないが理性ではこちらの判断が正しい、とわかっているからやるせない気持ちになっているのだ。

「ここに長居するのも危険っす。助けられる命がない以上、さっさと調査を終わらせて作戦を練りましょう。この子供にも、報いる為に」

 この子供はもう助からないだろう。その事を悔いることもあるがそれより先にやるべきことがある。この廃工場は世界が崩壊した時に捨てられたものだ。つまり、崩壊前から廃工場だったものより見取り図の入手難易度が高くない。
 適当に歩けばその辺に錆びたマップが張り付いている。勿論崩壊の影響で倒壊した建物があったり、地下室などを作られている可能性もあるがそこまで深く踏み込みすぎるとやはり相手にバレる。今回は名目上調査が目的で来たのだ。下手に踏み込む必要は無い。
 そう、ここは多くの行方不明を出す神隠しと呼ばれる場所の1つだ。そしてその行方不明者の中には一般人は勿論、腕に覚えのある傭兵も含まれる。何より大切なのはその数を増やさないことと、自分たちがその仲間入りをしないことだ。

「許してくれ...」

 アタランテもその事がわかっている。それでも助けられるのなら助けたいと思って伸ばした手を引っこめる。大切なのはこれ以上の犠牲を出さないこと。
 すると不意にアタランテの耳がピクピク、と動く。何気に可愛らしい動きだがアタランテは即座に冷静になってこちらに振り向く。

「マスター」
「ああ。最悪の場合援軍を要請しよ...するっす」

 彼女の決意は硬い。この子供を殺した存在を許さないという怒りを感じる。しかし今回の案件、そう一筋縄で行くかどうかも分からない。傭兵たちまで倒す存在となると確実にサーヴァントが居る。そのサーヴァントの役割と誰かによって難易度はかなり変わる。最悪の場合を考えるのなら、援軍を要請して力技で蹂躙することになるかもしれない。
 そう思って返すとアタランテは急に罰の悪そうな表情をして小さく首を横に振る。

「いや、それもそうなんだが。近くに人がいる」

 アタランテの言葉に拳銃を握り直す。近くに人、と言ったことはこの子供のように手遅れでないかもしれない。しかし子供の近くで話し込んだのがバレて探しに来た敵の可能性も考えられる。
 緊張感が高まる。もし敵だったら撤退も視野に入れなければならない。しかし撤退した場合、今以上に防御が厚く、変更される。その場合今回の調査の大半が無駄になる。とはいえここで無理に出張っても勝てるかどうか分からない状態で踏み込む訳には行かない。

「敵か?」

 息を潜めながら小さな声でアタランテに問う。恐らくアタランテが拾ったのは足音か、もしくは匂いか。これで敵かどうかの判断はかなり厳しい。しかし分かるのなら、緊張感が少しは弱まるかもしれない。
 しかしアタランテは小さく首を横に振る。

「分からない。が、どうやら何かを探っているようだ。敵か、もしくは」
「同業者か。よし。こっちで交渉に出る。最悪の場合」

 この辺りの事件が気になったヤツらに雇われた傭兵か、少なくとも探しているということはこちらの細かい位置はバレていないはず。奇襲は不可能では無い。
 そして傭兵なら手を組んでしまえば多くの情報を手に入れられるかもしれない。相手がどうしても、というのならこちらの情報を渡して情報料を請求して撤退、と言うことも出来る。もちろん、子供が殺された現場だと言うのにアタランテが頷くとは思えないが。

「ああ、後ろから撃つ。マスターには当てんさ」

 アタランテの声を聞いて小さく頷くとアタランテが再び霊体化した。相手がサーヴァントなら霊体化していようと見破られるが、逆に言えば大抵のマスターは気が付かない。奇襲にはもってこいだ。
 こちらも持っていた緑色のマントを羽織る。これはレーダーを無効化する効果を付与されたバックワームと呼ばれる魔術礼装だ。これで全てとは言えないが大半のレーダーから身を守れる。動きにくいのが難点だが、今回はメリットの方が大きい。

 地面を這うように低い姿勢になって足音を立てずに走る。遠目からでも相手が見れればそこから判断することも不可能ではない。
 アタランテの指示に従って道なりに進んでいく。もちろん、拳銃はいつでも放てるように準備をしておく。

「(近くだマスター。見えるか?)」
「(ちょっと待ってくれ。よいしょっと...見えた。女が二人、片方はサーヴァントだな)」

 そこに居たのは2人の女性。
 影しか見えないのでマトモな情報は得られないが探して回っているというのは嘘ではないらしい。同じような場所をずっと回って誰かを呼んでいる。

「(アタランテ、声は聞き取れるか?)」
「(ああ、この辺りではそれなりに名の通った傭兵の名前だ...恐らくはぐれたのだろうな。)」
「(え、なにそれ知らん。怖っ...)」

 呼んでいる、ということはこちらの敵である可能性は低い。傭兵を呼んでいる、ということは恐らく戦闘の初心者だろう。保護してここから脱出する必要がある。
 拳銃をホルスターにしまい、彼女達の目の前に出た瞬間。

「ちょっと君たち、少し──っ!」

 何かが光った。金属が鏡のように光を反射したような光だ。普通なら全く気にしない、ただの光。問題はその方向と光り方。恐らく投げナイフ。女性たちを狙った奇襲だ。女性たちの方向に光の筋が通っていく。形は刃。間違いない、殺す気で放った奇襲の刃だ。
 声をかけられた女性達が振り返ると共に拳銃をホルスターから素早く引き抜く。そして素早く周りにあるガス管を狙って引き金を引いた。 

 瞬間、彼女達の目の前で起こった爆発が投げナイフを飲み込んだ。 
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