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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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【視点転換】帰還の為の免罪符-拾肆-

一度だけ、翔太郎が泣いたところを見たことがある。

 ある雨の日。彼はずぶ濡れになりながら二騎のサーヴァントを背負ってやってきた。その日は深澤浩二を始めとした主力部隊がこの崩壊世界を作った神と交渉をする、という超重要作戦の途中だった。
 その作戦には20名以上のマスターとサーヴァントが行っていた。皆、自分より優秀で優れた知識と技量を持ったマスター達だった。しかし帰ってきたのは彼ただ一人。

「翔太郎...?」

 その翔太郎の顔は俯いているため見えなかったが血の雨に降られたかのように血だらけになっており、そして彼本人の傷が少ないことから見て、それは別の誰かの血だということを想像させた。

 何人かのマスターが心配そうに駆け寄るが彼は俯いたまま、何も言わずに静止している。しかしわかるのは彼は泣いているということだった。ずっと、雨で誤魔化すように声を立てずに泣いている。その表情に驚いたのか、もしくは翔太郎の強さを知っている状態で『何があったのか』を察したのかそのマスター達は翔太郎に声もかけずに後退りをしてしまう。

「翔ちゃん!どうしたの!?」

 そこに一人の少女が駆けた。深澤美鈴。深澤浩二の妹であり、倉田翔太郎の幼馴染である彼女が躊躇せずに走ってきて翔太郎の手を掴む。
 何より大切な少女の言葉に翔太郎は力無く膝をつく。

「翔ちゃん!?血だらけじゃん!大丈夫!?生きてる!?」
「ごめん...美鈴」

 翔太郎は力無く彼女にそう言ったらしい。らしい、というのはその声が遠くで見ていた自分とには全く聞こえなかったということだ。
 あの頃から倉田翔太郎という男のイメージは熱血で色恋にだらしないという欠点はあるものの、自他ともに認める色男であり、何よりどんな相手であろうと即座に切り捨てる強さを持った最強の男であった。
 初めてであったあの日からその印象が離れなかった為、まるで死にかけの子犬のような彼の姿が合致せずに、頭がおかしくなる感覚を感じる。

「ごめんはいいから!とりあえず、血、拭かないと...怪我は?ねぇ、翔ちゃん!」
「ううっ...」

 周りの人の目を気にせずに持っていたタオルで翔太郎の身体を拭きながらも建物の中に入れようとするが翔太郎の身体は彼女には重いらしく、ビクともしない。

「ねぇ、他の人は?いないの?お兄ちゃん...は?」

 そうしているうちに美鈴もやっと状況がわかったようでずぶ濡れの翔太郎の肩を掴んで話を聞こうとする。後で他のマスターに聞いたところ彼女は状況を察していながらもそれが信じられない様子だったらしい。
 彼女の兄、深澤浩二は翔太郎にマスターのイロハを叩き込み、多くの人たちの心を救った英雄的立ち位置の男だった。そんな彼だからこそ今回の作戦を考えられたわけであるし、それに乗っかる者たちも多かった。だから大丈夫。ただ翔太郎だけが早く来ただけ。そう思いたかったのだろう。
 しかし翔太郎が遂に地面に拳を叩きつけて美鈴に土下座をする。

「みんな、みんな死んだ、殺された!先輩も、俺を、庇って...悪い美鈴。ごめん...許してくれ...俺が弱かったから、先輩を、守れなかった!」

 その言葉に美鈴の表情が絶望に変わる。彼女にとって最後の家族の死亡。それは、自分が一人になることの同義で、本当に、酷い顔をしていたらしい。

「ごめん...ごめん美鈴。俺のせいだ。全部俺のせいだ...」
「嘘、だよね?翔ちゃん?風邪ひいて頭おかしくなっちゃったんだよね?それともサプライズ?もーダメだよ翔ちゃん。こんな時にするものじゃないから…ね?嘘だって、言って?」

 信じられない。否、信じたくない美鈴が冗談を言うように無理な笑顔を作りながら『嘘』という答えを待っている。しかしその彼女の体も小刻みに震えていて、見ていられない状況だった。

「ああ、死んだんだな。深澤さん」

 自分はそう言って彼らから視線を外す。これ以上は見ていられない。深澤さん一人の力で集まったこの組織も終わりだ。自分はまた怪物としてその辺をのたうち回ったあとにサーヴァントに殺されるんだろうな。
 そう思って頭が痛くなりながらもどうしようかと考えて、他人事のように彼らのことを見捨てようとした。否、見捨てた。

 その時は自分ことだけで精一杯だったなんて言い訳、今になっては言うことすら出来ない。酷いものだ、救われたことをさっさと忘れようとしていた。

 その時だった。ガチャン、と音がしたので反射的に音がした方向を見る。そこでは翔太郎が美鈴を強く抱き締めていた。彼は俯くのをやめたから、涙を思いっきり見せながら美鈴に向かって

「ごめん。ごめん。美鈴!俺が、先輩の代わりになるから!俺が先輩の代わりに、俺が先輩になってお前を守るから...だから、許してくれ...美鈴...っ!」

 声は大きくなったがその声は頼りなく、力無いものだった。それが翔太郎が負けたということを自分たちに強く教えてくる。
 翔太郎が負けるような相手に、自分たちが戦ったところで勝てるわけが無い。翔太郎もこれ以上は戦えないだろう。逆にそもそも、あんな子供が戦えていた事実の方がおかしいのだ。この世界は永遠にこのままで、化け物である自分は退治されるだけだ。

 そう思ってため息をつく。下らない。翔太郎もこの程度。とあしらえる相手がこの世界をこうしたなら、生きようとする行為そのものが無駄だ。どうしても生きたかったらその神の言う通りにするしかない。少なくとも、なにか意見するようなことがあれば即刻首切りだ。

「やめて。やめて翔ちゃん。翔ちゃんは翔ちゃんなんだから。お兄ちゃんになんてなれないんだから。だからやめて。お兄ちゃんになろうとして翔ちゃんが消えないで。お兄ちゃんがいなくなったのに、翔ちゃんまでいなくなったら、私、どうすればいいの?」

 そう思って眺めていた自分の目に映ったのは泣きながら力強く抱き締める翔太郎に対して優しく、聖母のようにその背中に手を回す美鈴の姿だった。
 彼女は自分が一度の敗北を知り、簡単に見捨てた翔太郎を受け止めてそのままでいて、と言った。

 その時は意味が理解出来なかった。彼は神に負けたのだと思っていたから。実際は神ですらない伊達と言われる謎の男に負けたのだが、どちらにしろ負けた上に20人もいたメンバーの中で一人しか生還出来なかったということから切り捨てられるのも無理はない。というより期待を裏切ったと思って見捨てることだって有り得た。
 しかし彼女はそんなことをしなかった。それは彼女が翔太郎を慰めたのが彼の強さを信じたらからでは無いからだ。たった一人の、自身の幼なじみを。愛する男を信じて、失いたくないと思ったからだ。

「美鈴...」
「お願い。翔ちゃん。お願いして。私を一人にしないって。もう二度と置いていったりしないで。逃げてもいいから。ずっと、一緒に居て」

 翔太郎もそれに気付いたのか美鈴の肩に顔を埋めるように縋り付く。そこから嗚咽が漏れる。それを見て自分はいつの間にか周囲で見守る中の一員になっていた。

「うぅぅっ...あああ、っ。ううっ。うああああ──」

 そして今度こそ、彼は大声をあげて泣いた。自分の情けなさに。そしてそれでも願ってくれる仲間に。
 その時初めて、自分は何を考えていたのかを思い知らなされた。少し前の自分を殴り飛ばしたくなってくる。自分はずっと、彼一人に戦わせて、或いはサーヴァントに全て押し付ければいい、と深層心理で思ってしまっていた。しかし違う。彼はこんなに子供で、サーヴァントにも心がある。
 力が強いとか弱いとかではなく、それはどうしてもあるものなのだ。それを自分はいつの間にか、蔑ろにしていた。そんなものは自分を化け物にしたマスターと同じだ。
 違う。違うのだ。人が何かに乗り越えた時は、文明を広げてきた時は、必ず、仲間たちと一緒だった。そんな当たり前のことを、忘れようとしていた。否、考えるのをやめていた。

「翔ちゃん───」
 
 涙を堪える美鈴を見ながら周囲の大人達は無言で立ち去る。彼らも強い弱い関係なく覚悟を決めたのだ。
 この組織を復興させる。深澤浩二がそうしたように多くの人達を救えるように。やり方なんて欠片も分からない。だから必ず失敗だらけになるだろう。しかしやってやるというやる気だけはそこにあった。

「ああ、わかった。俺はもう。負けない」

 いつの間にか止んだ空の下で、彼はそう言った。

 そして翔太郎は文句無しの最強になった。

◇◇◇

 倒したサーヴァントの数は百を超えてからもう、数えるのも億劫になってやめてしまった。
 翔太郎も一度大量のサーヴァントを召喚する宝具をもうサーヴァントと戦った結果サーヴァント相手に数万の組手をする結果となったと言っていたが、言葉以上にそれは厳しい。
 実際の所、この軍勢の宝具も不完全故か大半の兵士は葛城財団で運用されているゾンビ兵やシャドウサーヴァント並の戦闘能力なので何とか生き延びられているがそれでもこれだけの数だ。肉壁になるだけで超えるのは厳しくなる。

「どけぇ!」

 それを強引に膂力で押し切って殺し尽くす。 
 その視線の先にはボロボロの《《何か》》が戦闘不能の三人の前に立っているという危機的状況だった。
 その中で一人、現在格闘戦ができる葵が立ち上がってその『何か』と話している。

「ちっ、葵!」

 すぐさま救援に向かうべきだ。葵はもう立っているだけで厳しい筈だ。その上『何か』の気配はボロボロとはいえシャドウサーヴァントのソレに匹敵する。言うならサーヴァントのなり損ないと言えるものだ。勝つのは厳しい。それどころか一瞬で殺されるという可能性もある。

 しかしそんな自分の考えとは裏腹に何百人もの兵士が剣を振り回しながら必死に邪魔をしてくる。爪で盾を切り裂いてもサーヴァント故の生き汚さを見せつけられて葵達の方は見ることしか出来ない。
 アタランテに指示を出そうにもアタランテは両腕を失ってほとんど動けない。

─自分が何とかするしかない。

 砂場を強く踏みしめて大地を翔ける。

 そこに稲妻を纏った一頭の馬が弾かれたような速度で跳んでくる。

「そんな程度でいいであろう!ギリシャの怪物よ!」

 そんな大声を立てながら目の前に立つのは。
 1人の屈強な大男。乗っている馬も並の馬と比べれば一回りか二回りほど大きいのに、それが小さく見えるほどの大きさを持つ筋骨隆々の大柄な男。

「征服王」

「如何にも!余こそが征服王イスカンダルである!」

 呟いた言葉を増幅させるようにそう高らかに自己紹介したのは最高神ゼウスの息子とも言われるマケドニアのアレクサンドロス大王。不完全であろうとこれほど出力の高い宝具を使えているだけあって当然ではあるがシャドウサーヴァントでは無い、本物のサーヴァントだ。

「言っておくがアンタの部下になる気は無いぞ。言い訳も聞く気は無い。俺からはただ一言だ」

 長話は葵の負担を大きくする。
 だからこの男を騙し討ちをしてでも即死させる。この男が出てきたのは敵方の戦意が増すという意味でめんどくさいが逆に言えば将棋で玉を相手に差し出すようなもの。この宝具を即座に終わらせる最善の策がそこにはある。

「ほう、そうか。それでは仕方がない。ただし余もかのマスターは大いに気に入っているのでな。譲れんものは譲れん」

 イスカンダルは難しそうに顎髭を擦りながらも勝ち気に笑う。

 どうやらお互いに長時間戦うのは望んでいないらしい。なら答えは一つ。短期決戦だ。

「だろうな。じゃあ、狩ってみろよ。征服王」

 肩に手をかけて毛皮を剥ぎ取る。剥ぎ取られた毛皮は魔力として霧散し、壊れていった『ケモノ』の身体が瞬時に『ヒト』の身体に戻る。
 残り魔力は少ない。カリュドーンの猪としての姿なら大地を踏み締めれば魔力が増加していくが、それを剥ぎ取った今、それは使用できない。自分の生命力をそのまま魔力に変換するしかない。

 そして、腰に入れていたバックルから一枚のカードを抜き取る。そこには槍を持つ槍兵の姿が描かれている。

「──告げる! 」

 魔法陣がカードから広がり自分の全身を覆うように前に突き出される。それは英霊の座への直通回路。
 全身の神経が破壊されていく。生命力を魔力としすぎた結果、壊死しているのだ。しかし止めない。止めたら負ける。負けたら葵も、紫式部も、アタランテも死ぬ。
 しかし長時間の戦いも彼女たちが死ぬ。なら答えは一つ。たった一撃の超強力な一撃で全てを終わらせる。

「汝の身は我に! 汝の《《槍》》は我が手に!
この世(聖杯)のよるべに従い、この意この理に従うならば応えよ!誓いを此処に!我は常世総ての善と成る者!我は常世総ての悪を敷く者!汝三大の言霊を纏う七天!抑止の輪より来たれ 天秤の守り手よ!」

─ドクンッ。
 心臓がもう心残りは無いか?と問いかける。
 死ぬかもしれない。死ぬのなんておかしいことではない。むしろ、生き続ける方がおかしい。

 負けるのは当然。負けたら死ぬのも当然。だから、この戦いで勝てたらお前は死ぬべきだ。そう呪うように心臓が鼓動する。
 それの答えは、もう用意されている。

─死なねぇよ。守るものがあるならな。

夢幻召喚(インストール)!!」

 魔法陣から光が満ちて、広がり始めた。 
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