IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第237話】
――河川敷付近――
流石に時間が十時近くにもなると、さっきよりも人々の行き交いが多くなっていた。
買い物帰りの主婦は、買い物かごいっぱいに買ったものを所狭しと入れ、ふらふらとした様子で自転車を漕いでいた。
――何気に危ないので、もう最初から大きく避けたが……。
暫く走っていると、目的の橋が目に映り、日陰にも入らずにラウラが行き交う車を眺めている姿が確認出来た。
「おーいっ。 ラウラーっ!」
そう呼び掛けるとラウラは振り向き、俺の姿を確認するやホッと安心したように胸を撫で下ろしていた。
「おっす。 待たせたか?」
「ぃ、ぃや……。 思っていた以上に速かったな。 ……す、すまない……手間をかけて」
スカートの裾を掴み、ペコリと頭を下げるラウラ。
端から見ると、色々まずいので俺は直ぐに声をかける。
「気にするなって。 ……てか、どんなナビを使ったんだ?」
「……こ、これなのだが……何分、使いなれていなくて……」
直ぐに頭を上げたラウラから携帯を手渡されると、ナビのページが開いていたのだが……この辺りの地図が【何故か】ごっそり抜けているという……。
……有り得ないだろ、何処のアプリだよ。
「……これなら別のアプリか、駅にこの辺りの地図が売ってるからそっちの方が良いぞ?」
「そ、そうか……。 すまない、流石に軍事衛星をハッキングする訳にもいかなくて途方にくれていたのだ……夫失格だな、私は……」
またも表情に陰りを見せるラウラ。
そんなラウラの頭を優しく撫でると、夏の陽射しを直接浴びていたのか、少し熱かった。
「気にするなよ。 これぐらいで迷惑なんて思わないし、嫌いになったりしないから……な?」
そう言って頭から頬を撫でる様に触ると、ラウラは瞼を閉じてそっと頷いた。
「じゃあ行こうか? ……てか、今日は何で来たんだ?」
「そ、それは……その……。 ……さ、寂しかった……からだ……バカ者……」
白い肌を真っ赤に染め、指を弄びながら視線を川に移すラウラ。
「……そういえば、この間の雨の日の次からは此方に帰ってきてたからな。 ははっ、ラウラは寂しがりやなんだな?」
「……ぅ、ぅるさい……バカ……」
「ははっ、俺だって寂しがりや何だぜ? 別に恥ずかしい事なんてないさ、これがな」
「む? ……そ、そぅか。 ……嫁と共通点があるというのは嬉しいものだな、やはり……」
さっきまでは寂しさと恥ずかしい気持ちが入り交じった表情だったのだが、俺との共通点が見つかると嬉しそうに目を細め、微笑んだ。
「……じゃあ行こうか? 皆も待ってるしさ」
「む? ……皆とはもしや――」
「ん? もう既にセシリアとシャル、未来は家に来てて遊んでるんだよ」
俺がそう言うとラウラの表情に再度影が落ち始め――。
「……ず、ずるいぞ……皆抜け駆けとは……。 も、もう少し早く行動に移せば良かった……」
何気無く涙目になっているラウラなのだが、抜け駆けって……。
「ほら、しょんぼりするなよ。 ……何なら短い時間だが、自転車の後ろに乗って少しデートするか?」
「……デート?」
顔を上げ、熱い眼差しで見つめてくるラウラに――。
「っても、自転車でこの辺り走るだけだが。 ……皆をあんまり待たせる訳にもいかないし、短い時間だけどどうかなってね?」
少し悩む素振りを見せるラウラだが、静かに頷くと――。
「……し、仕方がないな。 嫁がどうしてもというなら、デートしよう……」
腕組みし、そう言うラウラだが言い方が素直じゃなかったので意地悪することにした。
「ん? 別にどうしてもって訳じゃないからな。 ラウラがそういうならそのまま家に向かうかな」
「なっ……!? ……あ、ぁ……」
若干怒った様な声色と表情でラウラに言うと、流石に驚きの表情が隠せず、みるみるうちに涙目になって狼狽えるラウラが妙に可愛く見えた。
「まあでも? ラウラが素直にデートしたいって言うなら良いぞ?」
「う……。 ……ひ、ヒルト……。 ――で、デート……し……たぃ……」
消え入りそうなか細い声で、ギュッと瞼を閉じながら言うその姿は正直可愛かった。
「……良くできました。 ……ははっ、悪いな少し意地悪して」
「ぅ……ば、バカ……。 ……嫁はたまに私に意地悪する……。 ……き、嫌いなのか……私が……?」
不安そうな表情で見上げるラウラに、そっと耳打ちする為に顔を近付けるがラウラはキスされると勘違いしたのか再度瞼を閉じた。
「……嫌いだったら、されるがままキスされないって……。 ……恥ずかしい事言わせるなよ、ラウラ……」
「……そ、そぅか。 ……うむ、安心したぞヒルト。 ……また、キスしたいものだな」
そう軽く耳打ちすると、ラウラは離れ際にチュッとリップ音を鳴らして頬に唇を落とした。
幸いにも人がいなかったので何も言われないが、流石に外でされると恥ずかしい……。
「……じゃ、じゃあ後ろに乗れよ。 あんまり時間が無いから満足させられないかもしれないが」
「うむ、構わないぞ? 少しでも二人の時間を過ごせるのならば、私には本望だ」
そうラウラが言うと、どう乗ったらいいのかわからないらしく――。
「後ろに取っ手があるだろ? そこに足をかけて手は俺の肩に乗せればいいよ。 MTBだから荷台は無いんだ、悪いが立って乗るしか……」
「……成る程。 ふむ……自転車という物は見たことはあるが、乗ったことは無いのでな」
そう言い、俺に言われたように乗ると肩に手を乗せて――。
「の、乗ったぞ」
「おぅ、じゃあ適当に走ってから家に戻るからな、流れる景色を楽しむなり、俺と話して盛り上がるなりしようぜ」
そう言って、来た道を漕いで戻っていく。
シャルもそうだが、ラウラも後ろに乗せてるとはいえ重さを殆ど感じない。
「……風が気持ちいい」
静かに呟くように風を感じるラウラ。
「夏の日差しはキツいが、動いてるとやっぱり気持ちいいものだろ?」
「ぅむ。 ……だが、それ以上に……私はヒルトと過ごすこの時間が……気持ちいぃ……」
声色から、本心でそう思っているのがわかる。
……付き合いはまだ二ヶ月ぐらいだが、それでも声を聞けばある程度はわかったりする。
もう少し付き合いが長くなれば、もっと互いの事がわかるだろう……あの時の不思議空間で繋がった時の様に。
暫く河川敷沿いを自転車で走ると少し交通量の多い道路に出た。
自家用車や大型トラック、臨海方面に向かうダンプなど多種多様な車やバイクが走っていた。
「ここを曲がるぞ? 車が多いからラウラ、気を付けろよ? 怖く感じたら抱きつけばいいから」
「む……恐怖は感じないが……。 ……抱きつく」
そう言って身を寄せ、腰に腕を回して抱きつくラウラ。
端から見ると仲の良い兄妹に見えるらしく、微笑ましい視線を感じた。
スピードを落とし、次の交差点を曲がると交通量も一気に少なくなるが、曲がり角等の死角もあるためカーブミラーをチェックしつつ、走り続ける。
「……ヒルト?」
「ん? どうしたラウラ?」
「ふふっ……呼んでみただけだ」
抱きついたまま、楽しげにそう言うラウラに俺は微笑を溢しつつ、そろそろ時間だと思い、帰路につく。
話をするよりも、ラウラは俺の肌を感じたかったのかずっと抱きついたまま俺の心臓の鼓動を聞いていた様で……。
「ふふっ……ずっと心臓の鼓動が速いぞ……」
「じ、自転車漕いでるからだよっ。 ……ほら、着いた――って、あれ?」
家の前をうろうろした怪しい人物が見える。
呼び鈴を押そうとするが、止めては頭を抱えるその人物の姿が徐々に見え始め――。
「あれってもしかして……鈴音か?」
「む?」
そう短く言うと、肩越しからラウラも覗き込むように前方を見た。
特長的なツインテールがゆらゆらと揺らぎ、表情を見る限り相当戸惑って見えた。
「おーい、鈴音ーっ」
「わぁっ!? ……な、なんだあんたか……。 ――って、ヒルト!?」
声をかけられ、驚きの表情を浮かべた鈴音。
更に俺だとわかると目が大きく見開かれた。
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