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逆さの砂時計

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この手を伸ばして

 「せん……きょ? 何だこれ?」
 名前も知らない街の大通り沿いに、そこそこでかい木製の看板が立ってた。
 黒いペンキか何かで縦二列横四列に四角い枠を書き、内側に合わせる形で顔の絵を貼り付けてる。
 人相書きの掲示かと思ったが、何度か見て覚えた看板右端の文字をよく読めば『第十三期議会員総選挙候補者掲示板』とか。
 また変な制度を作ってるらしいな。
 あれか。
 居住地の生活規則とか区画の整備や他の国との取引の為に、顔となる代表者を多数決で選ぼうって奴。民主主義だっけか。
 聞いた瞬間アホかと思って流したから詳しくは知らんが……んなの、選ばれたほうはこれ幸いと好き勝手するに決まってるし、選んだほうは責任逃れの良い口実が出来て、その分だらけるだけだろ。
 何かあっても「お前らが俺を選んだんだ(俺の考え通りにさせろ)」と「選んでやったんだから(俺達にだけ都合が良い)仕事しやがれ」の応酬で業務停滞がオチだ。
 役割分担なんざ、個々で総合の基礎が出来てなきゃ成り立たねぇんだっつの。
 学習しろよ、まじで。
 「アルフリードを勇者に仕立てた頃から少しも変わってねぇよな。くだらん」
 声に出せば聴いてくれると思ってる。
 文字にすれば読んでくれると思ってる。
 手を伸ばせば掴み返してくれると思ってる。
 行動には反応が伴うと思ってる。
 確かめもせずにそう信じてる。
 それが当然だと、信じてる。
 人間って奴は何処まで……

 『サクラの森へ』

 「! フィレスか」
 声が聴こえた。レゾネクト出現の合図だ。
 「あっちに出たのかよ。面倒臭ぇな!」
 サクラの森……東の大陸か。一番近い合流地点は、海。
 方角と人間の目を確認。街を跳んで出た。
 「ベゼドラ!」
 数十回跳躍した先。白波が立つ浜辺、猫耳を被った子供マリアの手前に着地する。
 本当に被ったのか、それ……。
 「フィレス様の羽根に直接跳ぶのは危険だから、打ち合わせ通り私が跳べる範囲限界で少しずつ移動するわ。手を離さないで」
 離すなも何も、お前が俺の腕を抱えてんだろうが……ん?
 「なんだ? 泉に戻ってたのかお前ら。人間共はどうした」
 「……帰ったわ。すっごい渋々だったけど」
 子供マリアの首元から三色六つの目が俺を見上げる。微妙な怯えは、俺に対してじゃないな。猫耳帽子にしがみ付いてる金色のデブドラ……
 「にゃうッ!」
 「……お前、俺の考えてる事が判るんじゃないだろうな?」
 「みょにゅみ、みにゅにぇいにゃみゃにゅみょにゃ」
 俺を睨んで喧嘩売ってる気もするが
 「さっぱり解らん」
 「ティー。彼の言動を気にしたら負けよ」
 「……みゃみみゃに」
 「おいコラ。今、物凄く馬鹿にしただろ」
 「さ、行くわよ」
 無視か。この野郎。
 「ある程度近くに行かないと遠見もできないの。状況が判るまで、あまり物音を立てないで」
 「それ、遠見って言うのか?」
 「仕方ないでしょう。応用技を幾つ考えたって、実質殆ど無力なのよ。私は」
 「確かに。戦う時は邪魔になりそうだ」
 「にゃうぅ」
 「なんだよ」
 不満そうに俺を睨んだって、事実は事実だろうが。
 「黙って。次よ」
 一歩も動かない内に景色が二転三転してたかと思えば、最後に花弁の嵐が押し寄せて来た。
 四方八方見渡す限りのサクラの木。過去にも何度か見たが、これだけ密集してるのは初めてだ。マリアの記憶でもじっくりは見てなかったからな。
 なんつーか……うざい。びらびらびらびら落ちまくってんじゃねーよ! 邪魔!
 「みゅー……」
 「……。」
 「「「……。」」」
 ……なんだよそのジト目。
 情緒を理解しろとか言うなよ? 景観の美なんざ知ったこっちゃねーぞ、俺は!
 「はぁ」
 わざとらしく溜め息を吐くな鬱陶しい!
 「ん」
 ん? ……上?
 離れた子供マリアの左手人差し指が上空を指した。青い空に目を凝らせば、少し縦長な点が二つ。白い雲の間で付いたり離れたりしてる。
 あれか。
 「この距離なら聞こえないだろ。気配も消してるし」
 「一応、音は潜めて。相手はレゾネクトなのよ? 油断しちゃ駄目」
 言いながらじぃっと点を見上げる。
 ……コイツ今、フィレスの様子を遠見してんだよな。俺の目でも精々服の色が判る程度だが……何か腹立つな。
 「俺にも見せろ」
 「え? ちょ」
 棒立ちの子供マリアに口付けて、視界を一部俺に移す。
 ……なんだありゃ? 手のひら大のカード?
 「にゃうっ!」
 「ぃでッ!」
 ティーのボールみたいな体が突然、横から頭にぶつかってきた。
 衝撃が半端無い。一瞬目眩がした。
 「その質量で体当たりとか、何考えてんだデブドラ!」
 取っ捕まえようとしたら、今度は三精霊が目尻を吊り上げて一斉に俺の耳元で喚き出す。
 「アンタこそ聖天女様に何するのよ、この黒焦げ男! 最ッ低!!」
 「やっぱり悪魔は破壊とそれしか頭に無いのね! 女の敵よ! この汚物!!」
 「聖天女様を汚さないでよ、幼女趣味のケダモノ! 害虫!!」
 「ちょっと待てテメェら好き放題抜かすな! 俺は幼女趣味じゃねぇし人間としてのコイツの実年齢は」
 「ベゼドラ。煩い。」
 ひっ!?
 な、なんだ? 子供マリアが急に猛吹雪を背負った?
 何か知らんが……滅茶苦茶怖ぇ……ッ!
 「はぁ……ベゼドラは空間を繋いで様子を見たかっただけよ。大丈夫。それより、フィレス様に加勢して! レゾネクトを探ってるみたいだけど、このままじゃ危険だわ!」
 「にゃっ」
 子供マリアに応え、宙に浮いた状態で軽く沈んでから ひゅ! と凄まじい速さで翔んで行くティー。子供マリアから奪った視界に、金色が勢いよく入り込む。
 ……ふん。なかなかやるじゃないか。
 デブドラはデブドラだがな!
 「……え?」
 「なんだよ」
 俺が奪ったのは視界。映像だけ。フィレス達が喋っても俺には口パクだが、子供マリアには聴こえてるらしい。態度や表情がみるみる戸惑いに染まっていく。
 「どういう事? レゾネクトが、私に……何? ……今度こそ? じゃあ、ティーはレゾネクトに殺されたの!?」
 あ? んなのは予想の範囲内だろ。何を今更。
 「っと」
 フィレス達が居る辺りで金色の閃光が走る。レゾネクトが避けた後も尾を引いた光は、地上に触れる直前で溶けるように消えた。
 ……あれがドラゴンブレスか。どんな殺傷効果があるんだか、見た目じゃ判らんな。
 「! 呼ばれる。ベゼドラ、聖天女様を護って!」
 何かに反応したリースリンデが俺を見てそう言うので、俺は
 「嫌だ。」
 とだけ答えてみる。
 「…………もう、本当に……ベゼドラのバカーッ!」
 リースリンデの叫びを残して、三精霊の変身姿が上空に移動する。
 一瞬言葉を失って呆然とする様は、なかなか面白かったぞ。せーぜーガンバレ。
 「……(マリア)がティーを巻き込んだのね。確かに利用しようとは思ったけど、力を失くしたと判っていて連れて行くなんて……」
 額に手を当てて唇を噛む子供マリア。
 顔色が曇りまくってるが……多分、連れてったんじゃなくて、付いて行ったんだろうな。でなきゃ末尾に『これで良い』とは書かんだろ。知らんけど。
 「良かったな。一人じゃなくて」
 「そっ!」
 怒りかけの顔を勢いよく上げた子供マリアが、きょとんと瞬く。
 「……え? もしかして今、慰めた?」
 「寝言は寝てから言え」
 「貴方……本当は人間?」
 「ざけんな。殺すぞ」
 何が面白いのか知らんが、にやにやするな気持ち悪ぃ……って
 「跳べ、マリア!」
 「手を!」
 子供マリアの手を掴んで、同じ森の少し離れた場所に跳ぶ。直後、背中に爆発音と衝撃波が襲った。
 吹っ飛びはしなかったが、飛んできた石だの砂だの枝だのが微妙に痛ぇ。
 精霊共め……フィレスだけ護りゃ良いってもんじゃねーだろ! ちゃんとティーの防御もしろよ! 迷惑な!
 「大丈夫?」
 爆風から護ってやった子供マリアが、腕の中で首を傾げつつ俺を見上げる。
 「死んだように見えるか?」
 「社交辞令よ」
 「そりゃどーも !」
 映像のフィレス達が止まってる。
 あの間抜け、首を抑えられやがっ……
 ……なんだ? レゾネクトに妙な違和感が……
 「フィレス様!」
 「! 動くなマリ……」
 同じ物を見てる子供マリアが焦りを露わにした。今にも跳びそうな腕を押さえて

 「やめろぉおおおおぉぉおおッッ!!」

 ……微かに聴こえた今の声……。

 心臓を貫かれる寸前のフィレスを掻っ攫った人影が、疾風よりも早く空中を翔んで、レゾネクトから距離を置いた場所に留まる。
 フィレスより小さな体。白い肌を覆う真っ白な長衣。マリアと同じ白金の長い髪。フィレスを庇う背中に、純白の翼。
  ……俺達が狙ってたのはアリアだ。俺を封印した、美しくも忌々しい女神。
 だが、あれはアリアじゃない。
 やっぱり……アリアは自分でロザリアを掬い上げてた。
 アリアに戻った瞬間の、あの涙は……怪我の時間を戻せば消える血と同じで、あの場面で有る筈がなかったあの涙は、アイツの物だった!
 アイツは消えてない!!
 「ロザリアぁああーーーッ!!」
 ……気付いた。
 俺の声に気付いて、俺を見た。
 なら、逃がさない。
 お前を見付けた。この莫迦莫迦しい、下らない世界の中で、お前を見付けたんだ。
 二度と離すもんか!
 誰にも何にも邪魔させない!!
 「っ!」
 表情を強張らせた子供マリアが、俺から溢れた虹色の羽根に触れて停止する。同時に、世界が色と音を失う。総ての時間がピタリと止まった。
 「動け、マリア!」
 肩を叩いて子供マリアの時間を進める。突然の変化に驚いてるが、構ってる暇は無ぇ!
 「俺をロザリアの前に跳ばせ! 早く!」
 「え、えぇ!」
 俺は浮けない。
 景色が切り替わった瞬間に両腕を伸ばし、俯いたロザリアの頭を抱えるように抱き締める。
 そして
 「……っな、ベゼドラ!?」
 ロザリアの時間を動かした途端、揃って落ちそうになるが、慌てたロザリアの翼がなんとか防ぐ。
 「ちょ、重い!」
 この声、この口調。クロスツェルの器を通してずっと感じてた、体と熱。
 やっとだ。
 やっと、届いた。
 「ロザリア」
 漸く捕まえた細い肩を潰すほど強く抱き締め、求め続けた感触を確かめる。
 柔らかで温かく、風と花の匂いがする。
 「おぃ……っ」
 「……この……」
 苦しそうに呻くロザリアの顔を覗いて、深く息を吸い
 「莫……ッ迦娘がああーッ!!」
 腹の底から張り上げた声がロザリアの耳を突き刺した。
 空気の振動が無い所為か、周りには大きく響かない。
 「……はぁ!?」
 しかめっ面で俺を睨み、いきなり何だと非難する。
 「おま……」
 「お前ごときが俺を護るなんざ、五万年早ぇわボケ! 大人しく俺に抱かれてろ、バカロザリア!!」
 「バ……って、なんだそりゃ!? 此処に来てまだそんな事言うのか、この天下無双級変態頂点莫迦は!! 全然反省してねぇどころか丸っきり聞いてなかっただろ!? 私はお前らなんかっ」
 「いいから俺と来い! レゾネクトとの契約なんざ棄てちまえ!」
 「!」
 ぐっ……と喉を詰まらせたロザリアが、唇を噛み締めて目を逸らす。
 「……行けない」
 「クロスツェルか」
 瞳が揺らぐ。
 ったく、あの莫迦。とことん面倒臭ぇ!
 「っぬわ!? てめ、何すんだ!」
 片腕でロザリアに体重を預け、コートに入ってた実を取り出してロザリアの頭頂部で潰す。溢れた水が俺の指とロザリアの髪を濡らした。
 三分の一程度しか残ってなかったが、無いよりはましだろう。
 「お前、本当いい加げぅ!?」
 文句しか出ない口を塞いで、ついでに舌も挿れてやった。
 クロスツェルの器でしたのとは感じが違う。当然か。
 「それ以上、俺の物に触るな」
 「!」
 ドン と、音がした。
 「ベゼドラ……!」
 ロザリアがこれでもかと目を大きく開いて、俺の胸部を貫いたレゾネクトの腕を見る。
 ティーの力で時間を止めてても動けんのかよコイツ。まじムカツクな!
 だが
 「遅ぇよバーカ」
 ロザリアに直接触れれば、俺達の勝ちだ。
 腕が抜けるのを確認して、時間を進める。世界に音と色が戻る。
 てめぇら、やる事解ってんだろうな。
 お前もしっかり働け!

 「起きろ、クロスツェル!!」

  
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