逆さの砂時計
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オペラセリアのエピローグ 3
アホらしい。
要するに、レゾネクトの野郎がとにかく阿呆だったって話じゃねぇか。
勇者一行も悪魔も神々も、実にくだらないことで振り回されたもんだ。
ロザリアが映像として頭の中に送ってきた一部始終は「あっそ」の一言で片付けられる内容だ。そっちは本当にどうでもいい。
だが!
俺が人懐っこいとか、何を勝手なことを抜かしとんだ、あの女は!
クロスツェルも同意してんじゃねぇよ!
誰が、いつ、どこで! 誰に懐いたってんだ!!
アイツら、マジで悪魔ってもんをバカにしてやがるだろ!
ムカツク!!
やたらと明るい草原の草だの花だのを苛立ち任せに毟りまくって、高々と積み上げていく。
これでいくつめの草山だ?
軽く百は超えてるな。
正確に数えるのも面倒くさい程度には、不規則に乱雑に点々と聳えてる。
ふと立ち上がり、自分の背よりも高い草山を眺めてみた。
……この草を使って何か作れそうだな。
大半の葉っぱは細長くて少し肉厚だから、編むのには向いてる。
上手いこと組み合わせれば一軒家もいけるだろう。
いや、待てよ?
この固さなら多分、収納家具も作れる。
つか、家財道具が一式揃ったりして。
絨毯には固すぎるが、取り出した繊維で縫えば柔らかくなるかも……
「ベゼドラ」
草で造る家思案中の俺に、ためらいがちな女の声が背後から呼びかける。
なんだよと振り返れば、見た目だけは美しい女神がうつむいて立ってた。
その背中に生えた純白の翼は、俺を封印しやがった時には無かった物だ。
完成した、偽りの創造神。
完成した途端に女神の仮面を棄てた、とことんバカな女。
「ごめんなさい。封印したことも、一方的に巻き込んだことも……全部」
長い袖を握りしめて、わずかに震えた声を絞り出すように紡ぐ。
あー、鬱陶しい。
弱々しい態度でいれば可愛く見られるとか、勘違いしてんじゃねぇのか、コイツ?
どいつもこいつも、ロザリアとアリアは同じだとか言ってるが。
どこをどう見れば、アイツとコイツが同じに見えるんだ?
全然、まったく、少しも似てねえだろうが。
アリアは美しいだけ。
ロザリアのほうがずっと綺麗だ。
生命力の輝きも強さも弱さも、コイツは何一つ、ロザリアには敵わない。
「私を、殺したい?」
ようやく上げた顔で、まっすぐに俺を見る。
尻に疑問符付けて返事を期待するなら、俺の音空間を戻してから尋けよ!
読唇術でも覚えとんのか、貴様!
「あ」
右手の親指で、俺自身の喉をトントンと叩いて示す。
それで気付いたのか、慌てたアリアが右手を掲げて薄い緑色の光を放つ。
コイツ、なんか鈍いっつーか、微妙にトロくせえな。
「……お前は、まだ殺して欲しいのか」
俺の周りの空気が入れ替わった感覚。
新しい風で浅い呼吸をくり返し、耳に入る声を確かめながら言葉にする。
音に関わる空間を遮断した状態だと、自分の声なのに、他人にはもちろん自分にも聞こえなくなるらしい。
ただでさえ、邪魔者扱いで吹っ飛ばされてムカついてたのに、怒りを発散させる叫び声も聞こえないとか! 余計に苛立ったぞ、こんちくしょう!
「いいえ。私には生きなければいけない理由が出来たから。まだ死ねない。でも、貴方には私を殺す理由と権利がある。今なら、私が同意さえすれば、私の人格だけを消滅させられるでしょう?」
「レゾネクトが退いてるからな」
「ええ」
コイツがアリアでいる間に死ねなかったのは、契約を通してレゾネクトに意識を見張られてたせいだ。
多分、自分で死のうとしても、誰かに殺されようとしても、事故か何かで偶発的に死にそうになっても、その全部をレゾネクトが防いでた。
レゾネクトと契約する前まで時間を巻き戻して生じたロザリアの意識は、レゾネクトが教会に現れるまで通じてなかったんだろう。
でなけりゃ、俺には手出しできなかった。
腹立つけどな!
経過を見れば、別人になれば死ねる可能性は確かにあったと言える。
結果は失敗だが……今のレゾネクトなら、邪魔はしない。
おそらくマリアの想いを念頭に置いた上で、アリアの意思を優先する。
事故死はともかく、自殺や他殺を受け入れるかどうかは、コイツ次第だ。
しかし!
「面倒くせぇ!」
確かに、忌々しくて鬱陶しくて憎くて、今でも殺してやりたい。
俺に施したあの封印、最初は俺と同系統の力で構成されてると思ってた。
だから、女神を殺せば拘束力も消える、解放されると。
なのに、実際は鍵付きの放置型だったとか!
あの時点で本当にロザリアを殺してたら、力を蓄え終わるまで自ら半永久投獄状態だぞ!? 気付いた瞬間にどんだけ焦ったと思ってやがる!
「お前を殺してスッキリしたいってのに変わりはないが! クロスツェルの阿呆に無限に説教されるのはゴメンだ。死にたくなったらまず最初にヤツを説得してこい! 納得させてきたら、ちゃんと殺してやる!」
アリアがきょとんと瞬いて、笑う。
「とても難しそうね」
「知るか! てめぇで決めたんなら必死で我を通せ。結果は与えてやる!」
俺はアリアなんぞ知ったこっちゃない。
ロザリアがロザリアのままであれば、他は二の次、三の次だ。
行く先にロザリアが居なければ、クロスツェルとも再契約はしなかった。
「出会った当初も感じていたけど。貴方、悪魔にしては変わってるわ」
「はあ? お前に言われたくねぇよ。悪魔で神で人間混じりの、結局何だか判らん謎生物のクセに」
「……そうね。創造神を映した悪魔のレゾがお父さんで、神々に仕えていた半神半人がお母さんで。でも、私は人間世界で人間として育てられていて。私自身が複雑すぎて混乱しているわ。だって私……レゾが好きだったのよ」
ああ?
「世界中でたった一人だけ、ずっと傍に居てくれたから。恋や愛とは違うと思うけど、信じてはいなかったのに……ずっとずっと、……好きだったの」
ンなこと、俺に言ってどうすんだ。
レゾネクト本人に言え、本人に。
俺を気休めの道具にすんな。
ご愁傷さまとでも慰めて欲しいならお門違いだ。
この女、どこまでもウザい。
「そのおかげで、クロスツェルがうんざりするくらいまとわりついてくれるだろうよ。あれはかなりしつこいぞ。それこそ逃げたくなるかもな」
コイツのどこがそんなに良いんだか、俺にはさっぱりだが。
「……本当に変な悪魔ね。貴方、どうしてそんなに人間が好きなの?」
「は?」
「慰め方が人間ぽい。人間を理解していなければそんな風には言えないわ」
どうして今のでそうなる。
慰めてねぇよ!
地味に前向き思考か、お前!
「クロスツェルには幸せになって欲しいけど、私では、多分無理。だから、彼が生きている間は、ロザリアに体の主導権を預けるわ。貴方にもお願い。彼を見守ってあげて」
「アイツは知らん。どうせ力での延命を拒否ったんだろ? 自分で死ぬとか言うヤツを護ってやる義理は無い」
俺と再契約する時、アイツは自分で念を押しやがったからな。
『貴方の力を、私に貸し与えてください。私は自分のすべてを……存在を、貴方に提供します。然るべき時に、然るべき対処を。この契約はロザリアを取り戻したと確実に言える状況になるまでです』
人間の枠や常識にさえ囚われなければ、クロスツェルがアリア並みに永く生きる方法はたくさんあるんだ。
だがアイツは、自己責任だからと言って、全部棄てた。
ロザリアともう一度会う為だけに、自分の命も棄てたんだ。
そんなわがままに付き合う必要がどこにある。
「……貴方は、クロスツェルが本当に好きなのね。そうでなければ不機嫌になるところじゃないわ」
「はあああ? だから、そういう気持ち悪ぃ物言いはやめろ! ロザリアに代わるってんなら、とっとと代われ! へし折るぞ、翼!」
「しないでしょう、貴方は」
翼を広げたアリアがふわりと翔んで、正面から俺の首に両腕を回す。
顔を覗いて……って、お前ら母娘は行動がそっくりだな、オイ。
「ありがとう。もしもいつか、その日が来たら、貴方の手で私を殺してね。不屈の『支配』者・束縛のベゼドラ」
軽い口付けの後、艶やかな微笑みを浮かべ。
俺に預けた体が唐突に落ちかけた。
咄嗟に両腕で抱き抱えるように支えれば、意識を引っ込めたそれはもう、ロザリアの幼さを残した容姿に変わってる。
ついでに翼が消えたのは、アリアの仕業か?
多少の力を残して、ほとんどは封印したな。
髪の長さも肩に掛かる程度だ。クロスツェルの教会に居た頃を思い出す。
「ロザリア」
ほら見ろ。全然違うじゃないか。
表層意識をロザリアにしただけで、眠る顔すら別人だ。
目蓋を閉じていてさえ、気が強そうな目元も。
浮浪時に悔しさや怒りを堪えて耐えて引き結んできたのだろう唇も。
何もかもが、アリアなんかとは全然違う。
「やっと、会えた」
簡単に折れそうな体を強く抱きしめて、首筋に顔を埋める。
とくん、とくん、と響く生命の音。
柔らかな熱。
穏やかな吐息。
ロザリアの、形。
「…………今のうちなら、有効だよな」
クロスツェルの野郎に邪魔されない絶好の機会。
マリアも離れた今、この体は俺の自由だ。
白い首筋に牙を立
「てめえは、本当にっ……! 二度と私に触るんじゃねぇって言っただろ、この黒い駄犬がぁあああ──っ!!」
「!」
パッ、と腕の中からロザリアが消えた。
草山並ぶ草原もガラッと様子を変える。
ここは……街か?
石造りの建物に、商い用の鉄看板が種々様々と並ぶ狭い通り。
どの店も営業時間が過ぎてるのか、見渡しても人影は無く、薄暗い。
目を覚ましたロザリアに吹っ飛ばされたのか。
「チッ。もう少しだったってのに。まあ良い。居る場所は判って……」
…………ん?
待てよ?
この建物群、見覚えがあるぞ。
看板の配置とか、色とか、建物の特徴も……
「ハッ!? ここはまさか、マリオンが居る街じゃないか!?」
そうだ。
ここをまっすぐ抜けて、大通りを東方面に向けて歩いて。
おおおおお!
間違いない!
確かに『ベーカリー・マリオン』が構えてる街だ!
ロザリアのヤツ!
俺の記憶を見て飛ばしたのかなんか知らんが、ナイスチョイスだ!
素晴らしいっ!!
「わざわざ跳んでくる手間が省けた! レゾネクト関係は全部片付いたし、ロザリアを狙うバカもクロスツェル以外はいない。早速マリオンに……」
が。
俺は甘かった。
砂糖よりも甘かった。
『ベーカリー・マリオン』の経営スタイルをよく思い出して欲しい。
そう、テナント。
借り店舗だ。
貸りた店舗。
つまり、自分持ちの土地でもなければ、相続した店でもない。
マリオンは、何者かから借りた場所で、細々と商売していた。
貸り店舗の個人経営でよくある現実……それは!!
『長らくのご愛雇ありがとうございました。当『ベーカリー・マリオン』は閉店とさせていただきます……』
「マーリーオーン────ッッ!!」
うきうきと辿り着いた、元店先。
貼り紙の前に崩れ落ちて絶叫した俺を、誰が責められるというのか。
否! 誰にも責められやしない!
こんなに絶望したのは……生まれて初めてかもな……。
くっそぅ、マリオンめぇええ……っ!
「これだから人間は…… んん?」
ボロボロ溢れる涙を腕で拭いつつ、立ち上がって。
もう一度貼り紙をよく見ると、下方に続きの文章がある。
なになに?
『……なお、店主マリオンは実家にて職人を継続します。ご縁があればまたお会いしましょう。 元店主マリオン』
「って、どこだよ実家ぁあああああ────ッッ!!」
住所くらい書いておけよ!
昨今、どんな人種でも、職種でも、過剰なくらいの親切心を見せないと、誰も付いて来ないんだぞ!?
アイツ、顧客をおちょくってんじゃねーのか!?
「職人を続けるなら、実家もパン屋なんだろうが……」
「ーーーーー?」
「あ?」
「ーー、ーーーーー?」
まったく見も知らない、髭面で恰幅の良い男が、さっぱり通じない言葉を振り撒きながら、身振り手振りを交えて何か伝えようとしてる。
「?? 解らん」
「ーーーーーーー。ーーーー!」
一声発したら、いきなり笑って肩を叩き。
そのままどっかへ歩き去った。
なんだありゃ。
まさか、俺を心配してた? のか?
変な人間……
…………ぅん? あれ?
そういや、俺……
「マリオンとは普通に話してたよ、な……? …………ほぅわっ!?」
瞬間。
俺は脳天に雷が直撃したかの如き、天性の閃きを開花させ。
散らばってた断片を、頭の中で一枚の絵に昇華させた。
見えた。
マリオンの実家はあの場所にある筈だ!
てか、他の場所にあるとは考えにくい!
マリオンの類稀なる才覚。
あの場所で磨かれたのだとすれば、納得もいく。
「くっくっくっ。この俺が易々と諦めると思うなよ、マリオンンン……? 今度こそ絶対に、師匠と呼ばさせてもらう! 覚悟しておけーっ!!」
人の視線を避け、建物の影に入り。
周囲をよく確認して、街を言葉通り跳び出した。
あっという間に小さく離れていく街を背に。
目指すは、クロスツェルの教会があった王国、アルスエルナ。
クロスツェルと旅をして見つけた、パンの聖地だ!
見てろよ、クロスツェル、ロザリア、アリア!
俺は! 他の追随を許さない、世界最高の卵焼き入りサンドイッチを! この手で必ず作り出してみせる!!
巨匠・マリオンの弟子として!!
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