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逆さの砂時計

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アリアドネの糸

 『最優先事項はマリアの娘の確保』
 アリアであろうとロザリアであろうと、彼女がどんな状態であろうと。捕獲側の人員がどんな状態に(おちい)っていたとしても。それを誤ってはならない。
 だから、離れた所に居たレゾネクトがいきなり至近距離に移動していても、突然現れたベゼドラが胸に風穴を開けて血塗れになりながら落下しそうになっていても、ロザリアが気を失いかけているとしても。
 フィレスは冷静に、(ほとん)ど反射のみでロザリアに触れてマリアの羽根を使い、その場を離脱した。
 直後、精獣達も姿を消す。
 「……なるほど」
 落ちかけるベゼドラの腕を掴んだレゾネクトは、向き合う形で乱暴に引き上げた相手を静かに見据える。ベゼドラは、笑っていた。
 「力業専門の貴様が、ずいぶん器用な真似をしたものだな。ベゼドラよ」
 「ああ……すっげー、面倒臭かった……後で、ロザリアに、倍で返……させて、やる……」
 物理的に体を貫かれても不敵に笑い続けるベゼドラに、レゾネクトはすぅ……と目を細める。
 「あれは俺の物だ。人間や悪魔が汚して良い器ではない。完全な女神となった今、漸く……」
 「貴方の物じゃないわ、レゾネクト。あの子は私の娘よ」
 「!」
 気絶したゴールデンドラゴンを抱えながらベゼドラの腕にしがみ付く形で現れた少女を見て、レゾネクトの表情が僅かに強張る。
 その瞬間、景色が白い雲漂う空から、木の一本も無い岩だらけの山頂へと変わった。
 足場を得た三人は、姿勢を保ったまま睨み合う。
 「マリア……」
 「アリアに手を出さないで! これ以上、私から大切なものを奪わないで!!」
 怒りと敵対心を剥き出しにしたマリアの叫びに、レゾネクトはふと口元を歪める。
 ……何処(どこ)か、遠い場所を見ている目。
 「あれは必要だ。完全にするために」
 「……!?」
 ベゼドラの胸に開いた風穴が、破られたコートごと音も無く瞬きの間に塞がる。
 レゾネクトが契約者と共有する「時間」の力と、最後の神の力「治癒」。それをベゼドラに使った。理解したマリアとベゼドラが、どういうつもりかと疑念を持つ前に。
 三人は、何処(どこ)とも知れぬ山頂から忽然と姿を消した。


 「やっと会えましたね、ロザリア。貴女が消えていなくて……良かった」
 三つの人影以外何も無い真っ白な空間の中。自分達の意識の中に、黒髪の男が居る。自分がよく知ってる、あの頃のまま笑う神父が……居る。
 「クロスツェル……?」
 嘘だ。だって、クロスツェルは今、レゾネクトに捕まってる。時間を止めた器ごとレゾネクトに連れ去られて。
 だから私は
 「本当は、私の器に戻してくださいってお願いしてたんですけど……そうできない事情があったのでしょうか。結果として貴女に会えたから良いのですが。体に異常はありませんか?」
 「異常って……」
 「詳しい理屈は解りませんが、この私はベゼドラの力で形を固定されています。一つの器に三つの人格と二人分の魂が同時に在り続けては、相当な負荷が掛かるのではないかと。ロザリアは大丈夫そうですが、貴女は大丈夫ですか? アリア」
 私の背後で膝を抱えて丸くなってるアリアの肩が大袈裟に跳ねた。
 コイツは、クロスツェルの過去を見てからずっとこの調子でうじうじ泣き続けてる。顔を合わせるのも怖いのかなんなのか、耳まで塞ぎやがった。
 「……嫌われてしまったのでしょうか?」
 「っ違う!!」
 クロスツェルの言葉に慌てたアリアは、勢いで顔を上げ
 「私は……! ……私の所為で……ごめんなさい……ごめんなさいレスター……ッ!」
 また、頭を抱えて泣き出した。うっぜぇ!
 「何故、その名前を」
 今は(ほとん)ど誰も知らない筈の「レスター」に反応した。
 ってことは、本物のクロスツェルなのか。
 そうか……ベゼドラが……。
 「……レゾネクトが、コイツにお前の過去を視せたんだ。契約を進めさせようとしたらしい。つか、なんだよあれ!? 私は謝れって言ったんじゃねぇぞ!? あれは、とにかく殴らせろって意味で! 勢いで!」
 そうだ。コイツが目の前に居るなら今の内に殴れるじゃないか。と、詰め寄って腕を振り回してみるが、私の握り拳はクロスツェルの体(?)を通過して見事に空回った。
 くそっ! 触れないのかよ! むかつく!
 「……もしかして、全部知られてしまいましたか?」
 苛立って歯ぎしりする私を無視したクロスツェルは、首を傾げて私とアリアを交互に見る。
 「ああそうだよ! 情けねーガキの時分から人の話を全く聴かないで都合良く解釈しやがってるお前まで、全部知ってる! アリアも私もな!」
 ビシッと人差し指を突き立てた私をじっと見て、変態キング神父は困ったと言わんばかりに肩を持ち上げて苦笑う。
 「私自身が伝えなければ意味が無かったんですけどね……仕方ありません。もう一度、ちゃんと聴いていただけますか」
 アリアがますます縮こまる。
 「嫌なこった。面倒臭い!」
 腕を組んで横を向いたら、クスクスと楽しげな笑い声が耳を撫でた。
 ベゼドラといいコイツといい……謝る気なんか全然無いだろ!
 「すみませんでした」
 しかも勝手に言い出すし!
 「それでも私は、貴女達を愛しています。ロザリア。そして、アリア」
 「……っ」
 実体でもないのに、くわぁっと急激に顔が熱くなる。
 この野郎、性懲りもなく……っ
 「止めて! 私は本物の女神じゃない! 貴方達を酷い目に遭わせた私に、そんな事言わないで!!」
 アリアが首を振ってクロスツェルの声を遮ろうとする。
 ……そりゃ、結果だけ見れば、直接ではないにしろ自分の身勝手さでクロスツェルの家族を皆殺しにしたんだ。自己嫌悪にもなるわな。
 だが、私にしてみりゃひたすら鬱陶しいだけだ。
 お前の所為で、クロスツェルもベゼドラも死にかけてんだぞ。本物の女神だって、もう少し遅かったら殺されてた。
 お前の! 私の所為で! どれだけの奴が死んだと思ってんだ!!
 「……ええ。貴女は、かつての神父が信仰していた女神ではない。私は、私に生きろと言ってくれた貴女を愛しているのです。貴女達二人を合わせた、貴女という存在だけを愛しています。ロザリアと共に、私の手を取ってくれませんか? 私は、貴女と一緒に……生きたい」
 「どうして!? どうして私にそんな……っ!」
 「遥か昔、女神として悪魔達を封印したアリア。貴女は何故、世界を護ったのですか?」
 「護ろうとしたんじゃない! 自分にとって居心地が良い世界に変えようとしたのよ! 私の……我が儘で……っ」
 「おや、奇遇ですね。私も同じ。我が儘です」
 アリアがピタッと止まった。莫迦みたいに濡れまくった顔をクロスツェルに向けて、信じられないって目で訴える。
 にこっと笑うクロスツェルはアリアの横に片膝を突いて、固く握った左手をふわりと引き寄せ……あれ? と、私が明確な引っ掛かりを覚える間も無く、その甲に軽く口付けた。
 「貴女が欲しい。それで私自身がどうなっても構わない。私の傍らで幸せに笑って欲しい。……理由なんてそんなものです」
 アリアも。ついでに私も。
 言葉が出ない。
 アリアは驚いてるからだろうけど、私は……き、聴いててめっちゃくちゃ恥ずかしい……ッ!
 顔やら首やら背中やら、とにかく全身がむず痒い!!
 なんだコイツ!? こんな性格だったか!?
 やっぱり偽者!? 幻!?
 「レスター……」
 「いいえ。私はもう、クロスツェルです。ただ、戒めの意味が少し変わってしまいましたけど」
 「……?」
 「貴女達の心を鎖で繋いで、誰の手も届かない場所に架ける。私を愛してください。他の誰より……世界よりも、私を選んで」
 やっぱり偽者かああああぁぁあッ!?
 死ぬ! なんかいろんな意味で殺される!!
 駄目だコイツ。なんとかしないと!!
 「クロスツェル……私は……」
 爆発しそうな頭を抱えて悶える私と正反対に、アリアはふるふると首を振った。
 く……っ! 年の功か!? スルースキル半端ねぇ…………って、違うか。
 コイツは……
 「私は、貴方を選べない」
 (うつむ)いて閉じた目蓋の隙間から、涙が一粒零れ落ちる。
 「私は……」


 小さな滝の近くに生えてる花の実を摘んで、気を失ったロザリアさんの長衣の袖に忍ばせる。これで暫くはレゾネクトから気配を隠せると思うが……魔王の力で繋がってるから無駄かも知れない。此処も早く離れなければ、いつレゾネクト本体が襲って来るか。
 ……それにしても。
 「あぁ……びっくりしたぁ」
 此処に着いて漸く息が抜けた心地だ。
 時間を操るとか、心臓に悪いから本当に止めていただきたい。ほんの一瞬で事態を急変される此方の身にもなってほしい。
 直ぐに合流する筈のマリアさん達も来ないし……あんなに血塗れで大丈夫なのか?
 起きろ、クロスツェルというのにも何か意味があるんだろうけど、事前に説明が無いと混乱してしまう。
 「……もしかして、前に言ってた対策かな」
 クロスツェルさんを本当には死なせない為の、ベゼドラさん曰く物凄ぉぉく面倒臭い対策。
 クロスツェルさんと話し合って決めた風な口振りだったけど、クロスツェルさんの記憶がレゾネクトに読まれてたら防がれるんじゃないか? と、密かに思ってた。それを見越して応用したとか。
 だとしたら、更にややこしくなったのでは……
 「フィレス様」
 花園に戻ってたリースさんが、心配そうな顔で翔んできた。
 「その……アリア様は大丈夫でしょうか?」
 「なんとも言えません。ベゼドラさんが何かしたのは間違いないですが……精霊の皆さんは大丈夫でしたか?」
 「はい。皆、すごく元気になりました。聖天女様にもフィレス様にも感謝してます」
 「良かった」
 泉に残ったマリアさんはリースさんに話を聴いて、泉を離れた精霊達を捜し回ってた。
 レゾネクトから気配を消す目的で求めた花の実が大いに活用された甲斐あって、大多数の精霊は助けられたらしい。
 私も、移動中偶然見掛けた精霊に実を持たせて回復させたり、泉に魔王は居ないと伝えたりしてた。
 残念ながら間に合わなかった精霊は、それぞれの目の色をした花に姿を変えていたそうだ。
 そう聴いて、花園の正体をちょっと考えてしまったのだが……知らなくても良い事が、世の中にはたくさん溢れてる。敢えて質す必要も無いだろう。思い過ごしかも知れないし。
 「私達三精霊は何処まででもフィレス様達に付いて行きますから。及ばない点も多いと思いますけど、なんでも命令してくださいね」
 リースさんの紅い目が私の目を真剣に見つめる。
 本来の精霊は義理堅い種族なのだと、マリアさんが言ってた。
 なるほど、私も元は嫌悪の対象であると知っていて、彼女達は惜しみなく協力してくれる。
 「ありがとうございます。とても心強いです」
 ならば私も、彼女達の気持ちに報いなければ。精霊達の穏やかな未来を築く手助けができると良いが。
 「……う……」
 「アリア様!?」
 横たわるロザリアさんが小さく呻き、もぞ……と動いた。リースさんが慌てて顔を覗く位置に降りる。
 「リースさん。今の彼女はアリアではなく、ロザリアさんです。多分アリアと呼ばれるのは嫌がりますよ」
 クロスツェルさんの教会で自己暗示みたいに繰り返してたし、ロザリアさんにとっては重要な事なのだろう。
 リースさんにも通じる物があるのか、そうですねとあっさり頷いた。
 「駄目、だ……ベゼドラ……!」
 「! ベゼドラさん?」
 ロザリアさんは眠ったまま、胸元を掻き毟るようにして長衣に細かい皺を刻む。
 夢に(うな)されてるのか? それともベゼドラさんに何かがあった?
 「ロザリアさん!」
 「ロザリア様!?」
 リースさんと一緒になって、苦しげに脂汗を滲ませる額を押さえるが。

 「そいつに……『』に、強い意識を、向け、る……なッ!」

 「「!?」」

 『』。
 突然紡がれた言葉に私達は驚き、固まった。
 ありえない響き。
 怪奇現象に慣れてきた脳が、一瞬理解を拒むほどの衝撃。
 前後の繋がりから、それが指すのは……まさか。
 でも。
 これが事実なら、さっきの現象に説明が付く。神々が勇者を立てた理由も解る。
 彼らに『』は絶対殺せなかった。悪魔でも殺せない。
 「強い力を持たないからこそ、力に頼らない思考を持つ」人間に、頼らざるを得なかったんだ。

 アルフリードさんは勇者として、正しくも間違えてしまった!

 「止め……っ ベゼドラぁあ!!」
 「ロザ……ッ!」
 ロザリアさんの全身から、目を焼くほど眩しい薄緑色の光が放たれる。
 そして……

 
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