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逆さの砂時計

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求めるもの

本体(マリア)はね、少しの間ティーと一緒にアリアを育てた後、再度レゾネクトを討ちに王城へ行ったの。もちろん初めから敵うとは思ってなかったわよ? 神々の祝福があっても結局は滅ぼせなかったんですもの。私の力もティーがある程度戻してくれたとは言え、万全の状態にはなり得なかったし。でも、隙を作る自信だけはあったのよ。レゾネクトは私に執着してたから」

 俺の頭の中でくるくる動き回るなっつーの。気持ち悪ぃヤツだな。
 いや、俺自身が俺の中に形を持って居るってのも、おかしな感覚だが。

「アルフの記憶に引きずられていたんでしょうね……私を通して、彼自身が存在する理由や意味を見つけようとしてた。そんなことしても無駄なのに。レゾネクトは私を愛してなんかいないし、私は彼を憎むしかできなかった。重なる点が……、互いに認め合えるものが一つも無い相手に、どんな未来を見出だせると言うのかしら」

 一枚、また一枚と黒く染まっていく記憶の断片。
 ふと足を止めて、最後の欠片に寄りかかる子供マリア。
 そこにデカデカと映ってるのは、のんきに笑う赤子のアリア。

「私自身を囮に使って隙を作り、せめて特性を見極めれば何かしらの対処はできるかもって。そんな無謀な賭けに出るしかこの子を護る道は無かった。私達にはそれしか思い付けなかったの。でも、やっぱりダメだったみたい。世界樹に蓄積されてる記憶で見聞きしてきたレゾネクトの様子だと、私への興味を失くしているのでしょう。本体は殺されたと考えるのが妥当ね」

 赤子アリアの画像も色を失くし、空間は黒一色の闇で埋め尽くされた。
 闇とは正反対の色彩を持つ子供マリアだけが宙に浮かび。
 自嘲交じりの皮肉な笑みで、俺を見つめる。

「レゾネクトの目的は、アリアの力を利用して、現界へと戻ってくること。彼はずっと、答えを探してる。見つかる筈がない答えを」

 …………うん?

「いや、ちょっと待て。レゾネクトはとっくに戻ってきてるだろうが」
「ええ。彼の姿はクロスツェルの記憶を通して確認したし、フィレス様とも直に接触したと聞いたわ。言動や容姿から受ける印象は変わっていたけど、現界のレゾネクトは、間違いなくレゾネクト本人ね。でも、()()()()()()。それは貴方も感じていたでしょう? ベゼドラ」
「ああ。アイツにしては気配や力が薄い。だから、最初は気付かなかった。だが、あれも確かにレゾネクト本人だ。それもほとんど実体と変わらない。分身か何かだとしても、あの空間を出てることにはなるんじゃないのか?」
「そうね。外見や力の違いはあるけど、彼は紛れもなくレゾネクト本人よ。あれは多分、アリアとの契約を通して限りなく実体に近い形で具現化した、『レゾネクトの意思』なんじゃないかと、私は思ってるわ。フィレス様も、目の前に居るようで居ない、自分を見てるようで見てない、笑ってるようで笑ってない。まるで空虚な闇と対峙してるみたいだった、と言っていたし」
「具現化した意思? ……ああ、今のお前と同じか」

 両肩を持ち上げて苦笑う子供マリア。
 こんなトコでお揃いになっても嬉しくはないってか。

「契約の力は、契約者に直接発揮するか、契約者を通して発現するものだ。本体と別で実体に等しい自分を新しく作り上げるとか、聞いたことねぇぞ。どんな契約を交わしたら、ンな芸当ができるんだか」
「レゾネクトの特性が全然掴めてないんだもの。何をされたって今更だし、今後は滅多なことじゃ驚かないわよ。私は」

 そりゃ、王城の中であんだけ驚きまくってりゃあな。

「レゾネクトの特性、ねえ?」

 どこぞの国を丸ごと消滅させたり、山脈を削って河に変えたり。
 世界樹の力を使ってたり、屋内で雷を発生させたり。
 空間を移動する力が無い筈の状態で移動したり。
 自分自身を、実体に等しい形でもう一体作ったり。
 極めつけは、『悪魔のクセに、神々の力が一切通用しない』って辺りか。
 本当に効かないなら、アルフリードが付けた傷とか、マリアが刺した時に見えた苦痛の表情は何だったんだ?
 演技で相手をからかうような性格には見えなかったが。
 いちいち喋ってなかったし、フィレスの『言霊』とも違うよな?
 この全部に、共通するもの…………

「『ありえない』、とか?」
「だとしたらもう、完璧にお手上げね。何をどうしたって『ありえない』で済まされてしまうもの。でも、そんな抽象的すぎる特性を持つ悪魔なんて、存在するの? 神の性質にも悪魔の特性にも、それぞれちゃんと筋が通った法則があると思ってたけど?」
「力は法則に従って作用するモンだ。だが、アリアが法則違いの複数の力を継いでるように、前例を必要としない異例や例外って奴も、否定はできん。レゾネクトもその部類で、だからこそ魔王とか呼ばれてたんじゃねーの?」

 知らんけど。

「……もしかして、私の過去を見た今でも、ロザリア以外に興味はない?」

 薄い水色の目を疑わし気に細くした女が、一歩手前まで歩み寄ってくる。

「当然だろ。なんだ、同情して欲しかったのか? 可哀想に、とでも言えば満足か? 男共に振り回されて気の毒にな……とかか?」

 同情する点がドコにあったのか知らんが、あんなの完全に自業自得だろ。
 アルフリードの魔王説得、それに対する咄嗟の柔軟性と判断力の無さ。
 コーネリアの歌への準備不足。
 アルフリードのバカに感化されすぎてて、レゾネクトを殺す絶好の機会を二度も逃したマリアの歪んだ決断。

 ガキの恋愛ごっこかっつーの。
 ティーの言葉通り、青臭くて笑い話にしか見えねぇわ。

「安心した」
「あ?」

 なにを機嫌良さそうに笑ってんだ? コイツ。

「アリアが誰の子供か、なんて尋いてくるから。真実を知ったらあの子への興味を失くすんじゃないかと思ってたのよ」

 …………はあ?

「ロザリア以外に用は無ぇっつってんだろ。アルフリードの子供だったら、奴の身代わりとして一発ぶん殴ってやろうかとは思ったけどな。ロザリアがロザリアであれば、神だろうが悪魔だろうが人間だろうが、関係ねぇよ」

 子供マリアは小首を傾げてきょとんと瞬き。
 また、嬉しそうに笑う。

「だいぶ解ってきたわ。貴方、全然悪魔らしくない」
「ぶっ飛ばすぞ」
「誉め言葉よ」

 宙に浮かび上がった子供マリアが、広げた両手の間に、黒くなった画像を圧縮しながら回収を始める。
 ページを集めて本にしてるみたいだな。
 鑑賞会は終わりか。
 ったく、しょうもないモンを……

「アルフリードの親友で、娘を私と同じ目に遭わせた悪魔。そんな貴方と、どう向き合うべきか考えてたんだけど。あまり心配する必要はなさそうね。でも、彼女の母親としては絶対に赦さないから。覚悟しなさい、ベゼドラ。アリアでもロザリアでも、無事に取り戻すまでは、全力で頼りきるわよ」

 頼りきるのかよ!?
 堂々と他力本願か!!

「あ~……まあ、良いけどな。とりあえず、お前ら全員、両耳を塞いどけ」
「? 耳?」
「どうしても言っておきたいことがあるんだよ」

 これだけは、ハッキリ言葉にしておきたい。
 これから先の、俺の精神状態を平らに保つ為にも。

「よく分からないけど、伝えておくわ。ゆっくり目を覚ましてちょうだい」
「へいへい」

 画像を集め終わった子供マリアが、空間の中から音も無く消え去る。
 俺も、他に誰も居ない空間から、少しずつ離れていく。
 締め出されてるのか、吸い出されてるのか。
 どっちにしろ、気分が良い感覚じゃねぇな。
 背中から落下する不安定さに似てる。

「ったく……クッソ面倒くせぇな」

 話は至極単純だ。
 だが、解決させるまでが、とにかく面倒くさい。
 テメェで請け負った本分を横に置いたせいで事態をややこしくしやがったすべての元凶め。
 覚えてろよ、こんちくしょう!

 頭の中から弾かれる。
 感覚で体と繋がる。
 まずは呼吸を優先に整えろ。
 次に心臓。手足。指先。
 花の匂い。空気の感触。水の気配。
 俺の近くに居るのは、リースリンデと、フィレスと、子供マリア。

 よし。
 目を開くより先に空気を限界まで吸い込んで、上半身を起こしつつ……



「ぁあアルフリードのぶぅぅわああああああああああああああああああああああっかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお────ッッッ!!」



「…………それが、開口一番に言いたかったことなの? ベゼドラ」

 耳を押さえつつ呆れたような半眼で俺を見る、実体の子供マリア。
 お前だって同じことを思った筈だろ!?
 そうでなくても、思え!

「全っ然、足りん! 直接殴りてぇ!!」

 なんだよ、裏切ったとか、裏切りたくないとか。
 気にし続けるくらいなら、最初っから勇者業なんぞ断れっての!
 バカか! 阿呆か!
 ああ、そういえば元からバカだったな!
 バカを極めたバカの王だな、くそったれが!

「レゾネクトのクソ野郎も、完全に幼児趣味の変態中年親父じゃねえか! 絶対分かってんだろあれ! 実の子供にベタベタベタベタ、気持ち悪ぃ!!」

 にやけた顔で素っ裸の娘の肩を抱くとか、さするとか。
 変態の極致だな!

「悪魔的に、レゾネクトは中年で、アリアは幼児なの? そして、変態度と気持ち悪さで言えば、貴方も彼と大差ないわよ」
「一緒にすんな! 俺に血縁はいねぇし血縁に手を出すほど腐ってねえ!」
「あら。その辺りの感覚は、悪魔も人間と同じなの?」
「知らん! 俺は興味がないだけだ!」
「……興味を持ったら血縁でも何でも良いのね。早くアリアを連れ戻して、神々の世界へ導かなくちゃ……」
「ロザリアはやらん!」
「貴方にあげるつもりはないわよ、ベゼドラ。仮に将来を託すとするなら、クロスツェルのほうがずっとずっと安心だわ。ねえ、リースリンデ?」

 子供マリアは大袈裟なため息を吐いて。
 自身の肩に座ってるリースリンデの頭を指先で撫でた。

「はい! もちろんです! ……でも、クロスはさっき、魔王に……」

 ……さっき?

 そういや、空の色とか太陽の位置とか。
 マリアの記憶を見る前と、ほとんど変わってないな。
 潰した花と土埃を払いながら立ち上がって周囲を見渡しても、特に大きな変化はない。
 コートも濡れたままで重いし。
 たっぷり数年分の記憶を、せいぜい数分程度で見送ったってことか。
 『空間』での鑑賞と、意識への介入(悪魔の声)とじゃ、ずいぶん違うんだな。

「クロスツェルさんが殺されたとは思えません。アリアはまだ、自由意思を保っている筈。レゾネクトにとってのクロスツェルさんの存在は、アリアに対する束縛要素だと推測します。どちらかというと、契約が完遂するまでに死なれては困るんじゃないでしょうか」

 フィレスが、黒い日記をパラパラとめくりながら俺の前に立って。
 パタンと閉じてから、「どうぞ」と渡してくる。

「死んでしまう前に時間を止めて手元に置いたと考えれば、むしろ安心して良いかと。連れ去られてしまったのは大問題ですが」
「クロスが、生きてる? でも」

 肩を抱いて震えるリースリンデ。
 実際に見てたんだ。
 冷静に考えれば判んだろうが。

「本当に殺されてんなら、今頃は水面に灰が散っとる。アイツは近いうちに自分の魂が尽きるって解ってたからな。物凄ぉく面倒くさいが対策はある。とりあえず今は二の次で良い。それより」

 フィレスから受け取った日記を、子供マリアに向けて放り投げる。
 日記は子供マリアの手前でピタッと静止、難なく両手に収まった。
 そういう使い方もできるのか、『空間』。

「協力しろとかほざくくらいだ。考えがあるんだろうな? その羽根か?」

 ひねった黒い紐と銀の留め金でフィレスの首にぶら下がる、純白の羽根。
 これですか? と、フィレスが留め金部分を軽く持ち上げてみせた。

「残念ながら。アリアへの接近には、ほぼほぼ、期待できないそうですよ。この羽根自体が厳しく制限しているようで」
「制限?」
「その羽根、ティーの血を使って留め金と繋いでるみたいなの。私の本体がレゾネクトの所へ行く直前でアリアに残した物だわ」
「それが?」
「レゾネクトにだけは決して近寄るなって、触ると切れそうなほど、強烈な思いが籠ってるのよ。向こうから接近された場合はどうしようもないけど、羽根のほうからレゾネクトに近寄るのは全力で拒んでる。レゾネクトが傍に居る限り、アリアの元へ直接跳ぶのは絶対無理。私の力に関係する場所か、レゾネクトに反する場所か、とにかくレゾネクトから離れた所へ導くようになってるの。運良くアリアが一人きりになっていたら、喜んで連れて行ってくれるでしょうけど、難しいわね。そんな隙を見せてくれるなら、とっくに会えている筈だもの」
「つまり、お前らの空間移動は役に立たないと」

 フィレスと子供マリアが揃って頷く。

「私達がアリアと直接会うのは難しい。貴方達二人がそうしていたように、地道に捜し回るしかないわ。でも、手掛かりは見つけたのよ」
「! 手掛かりだと?」
「世界樹の根元で世界の現状を見てきたと言ったでしょう? 今、世界中で小規模な混乱が起きているの」

 子供マリアが服にしてる上着のポケットから、小さく折り畳んだ白い紙を取り出して広げる。

 『会報』とかいう読み物だな。
 クロスツェルの教会でもたまに配布してた、アリア信徒への告知用紙だ。
 この文字は……あの国で発行したやつか。

「読んでみて」

 子供の手のひら一枚半程度の大きさの紙を手に取り。
 上から下へと目を走らせる。
 適当な挨拶から始まって、いくつかの、特に重要でもない催し物の案内。
 それと、

「…………女神アリア顕現(けんげん)に伴う布教活動の自粛と、緊急時避難及び対策の再確認要請だあ!?」


「そう。アリアは既に、人間の世界で女神として動き始めているのよ」


 
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