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逆さの砂時計

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孤独を歌う者 1

 小さい頃、頭の奥で不思議な歌が聴こえていたの。
 言葉の意味は解らなかったけど。
 何故か、心が落ち着く柔らかさと温かさを感じてた。
 悪魔を祓う旅に出てからも、貴方が離れている間はすごく寂しくて。
 この歌を口ずさんでは、頑張ろうって気持ちを入れ直してた。
 だからでしょうね。
 貴方が『 』だと気付いた時、真っ先に思い出したのもこの歌だった。

『翳りは遠く時の砂へと』
『辿れ、朽ち行く(ひじり)の先を』

 自分の時間を戻せば、契約で共有している力を抑えられるかも知れない。
 危険も伴うから、あまり現実的な手段とは言えないけど。
 いざとなったら、そうしてみよう。

 朽ち行く(ひじり)。破壊された聖なる場所。
 今は廃墟と化したあの神殿に、何かあるんじゃないか。
 すがる思いで、小さい頃そうしていたように何度も何度も足を運んだわ。
 得られる物は何一つなかったけれど。

 貴方はきっと、世界を壊してしまう。
 その為に、私と契約したんでしょう?
 そんなのダメ。壊させたりしない。
 貴方に気付かれない方法で、契約を未完に終わらせなきゃ。

 そうして考えたのが……
 そうよ、忘却のルグレット。
 私は()()()悪魔達を不完全な眠りに落とした。
 私は、私自身では死ねないから。
 私を殺せる力と可能性を持った悪魔を選んで、眠らせたの。
 怒りでも憎しみでも、何でも良い。
 いつか結界を跳ね除けて私を討ってくれたらと、悪魔達に賭けていた。

 少しずつ、少しずつ。
 緩やかに、ゆっくりと抵抗を続けて。
 それでも間に合わなくて。
 突然長期間現れなくなった時は、貴方の気紛れにどれだけ感謝したか。

 旅の最中、貴方が離れている間に偶然見つけた泉へと必死で逃げ込んで。
 これで大丈夫、きっと見つからないと。
 自分に言い聞かせながら、私自身も眠った。
 貴方が『 』だからこそ、決して見つけられないって、信じたかった。

 でも、間違ってた。
 私は、貴方の……。
 だから、どこに隠れていたとしても、見つかるのは当然だったんだ。
 契約以外の場所でも、私と貴方は繋がっていたから。

 間違っていた。
 全部、全部、全部。
 願ったことも、契約したことも。
 私と貴方に関わるすべて、何もかも全部が、間違いだった。
 私は……私が自分で、あの世界を…………

「────────っ!!」
「アリア!」

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
 全部、私が悪い!
 世界が欲しいだなんて、浅ましい願いでレゾネクトと契約したから!
 私が世界を無駄に苦しめ追い詰めて壊して壊して壊して奪ってしまった!
 人間もクロスツェルの国もレスターの家族も全部、全部私が狂わせた!

 村の皆が殺されたあの日に私も死んでいれば、それで済んだのに……っ!



「はっ。ざまぁねぇな? アリア」
「アリア? …………いや、ロザリアか?」

 意識の中で、クロスツェルに肩を支えられながら。
 アリアは音にならない声で泣き喚いてる。
 頭を掻き、頬を掻き、自分が死ねば良かったんだと。
 どこかのバカ男みたいなことを本気で思いながら、泣き叫んでる。

 くだらない。
 本当に、くだらない。

「確認するぞ、レゾネクト。お前はアリアと私の父親ってヤツで、あっちの床に転がってる薄着の女が母親とかいうヤツなんだな?」
「……ああ、そうだ。お前達は確かに、俺とマリアの血と力を継いでいる」

 細長い指先が、うつむく私の顎の輪郭をするりとなぞる。

「そうか。分かった」

 気持ち悪い手だ。
 クロスツェルの教会で馴れ馴れしく肩を抱いてきやがった腕と同じ。
 心底……、本当に……
 くだらない!

「お前らマジでいい加減にしやがれ!! ロクデナシの腐れ外道共がぁあ!!」

 レゾネクトの腕を全力で払い除け。
 睨みつけながら飛び下りて、距離を置いた。
 翼を全開にして、薄い緑色に光る室内を更に明るく照らす。

「どいつもこいつも、大概にしろ! 私もアリアも便利な道具じゃねえ! 飾って楽しむ人形じゃねぇんだ! 自分の意思を持って自分の考えを持って自分の願いを持ってる個人なんだよ! そんなに欲しけりゃまずは身勝手な欲望を一方的に押し付ける考え方を改めてから顔を洗って出直してこい! 出直してきたって、ガキなんざ誰が相手だろうと絶対に産まねーけどな! お前ら全員、股間のソレをぶつ切りにしてしまえ!!」
「……さすがにそこまで言われると、ちょっと怖いです、ロザリア……」

 時間を止めていたクロスツェルの体が すぅ……と目蓋を開いて。
 寝起きよろしく、ゆっくり立ち上がる。
 離れた所で片膝を突いてる女神が、ぎょっと目を丸くした。

「怖い? 知るか! 嫌ならてめぇの行動をよおーく思い返して、誠心誠意私に償え! お前は、生きてる限り毎日往復平手打ち千発と、死ぬまでの間ずっと炊事係で勘弁してやる! ただし! 体調不良での欠勤は認めん!!」
「貴女の手のほうが辛そうですけどね。謹んでお受けしましょう」

 くすくす笑ってんじゃねぇよ!
 腹立つ!

「欲しいもんを欲しいと言って、何が悪い」

 ベゼドラがムスッとした顔で起き上がるのを見て。
 何かに気付いたのか、女神も一つ頷いて立ち上がる。

「悪くはねぇよ。私だって、他人から物を奪い取ってきたクチだ。偉そうに言える立場じゃない。けどな。自我を持った時点で私はもう私のもんだ! お前らにタダでくれてやる部分なんざ、欠片も持ち合わせてねぇんだよ! 欲しかったら欲しいなりの相応しい態度ってもんを見せろ! とりあえず、てめぇは今後私が死ぬまで私に触るな! 声を掛ける程度は許してやる!」
「嫌だ」

 ぷぃっ じゃねぇ! 子供か!
 本当、お前だけは反省しないな。
 最低最悪の実行犯め!

「……アリア? ロザリア?」

 玉座の隣の椅子で寝てた……猫耳? 何故猫耳? の子供が。
 「にゃー」とか鳴く得体の知れないもんを抱えて立ち上がり、私を見る。

 これは、なんだ?
 薄着の女に似てる気もするが、まさか。

「アリアはまだ、鬱陶しく泣いてるけど……」
「そう。貴女は、ロザリアなのね」

 くしゃっと顔を歪め。
 抱えてる何かを離して、私の目の前に空間移動してきたかと思ったら。
 両腕を首に巻きつける格好で飛びかかられた。

 重っ!

「やっと、やっと会えた! 私の娘……!」

 やっぱりか。
 やっぱり、母親とかいうヤツなのか。
 ちょっとこう……外見的に、いろいろ突っ込みたい!

 あとその、近寄ってきて「にゃあ」って鳴いてるヤツ、本当に何なの?
 牙とか、微妙に怖いんだけど!?

「アリア……!」

 薄着の女が、女神より少しだけ私に近い位置で半身を起こし。
 掠れた声でアリアの名前を呼んだ。

 ちょっと待て、この状況。
 母親が二人も居る?
 いや、私も似た状況にはなってるが。
 一人はともかく、もう一人はどう見ても幼女なんだけど。
 なに、この変な絵面。

「……ぷ……っ……くくく……」

 玉座の肘掛けに座ってるレゾネクトが。
 右手で体を支えながら、左手を口元に当てて、両肩を震わせてる。

「く……っは! あっはははははは!!」

 ……コイツ。
 そういえば前にもこうやって笑ってたな。
 印象としては、嫌みな薄ら笑いのが強いけど。
 もしかして、笑い上戸とかじゃないのか?

「……っ!」

 幼女が私にサッと背中を向けて、両腕を精一杯広げる。

 夫婦仲最悪なのか?
 庇うにしても、『空間』を使う相手にそれは意味がないだろ。

「やはり面白いな、ロザリア。お前はどこか、アルフリードに似ている」
「知るか。誰だよ、アルフリードって」
「彼だよ」

 体をひねったレゾネクトの左手が、玉座に座ってる男の髪を撫でる。

 死体、だよな?
 階段の下のほうに座ってる男と女の二人組も。
 起きやがれ! っつってばらまいた私の力に、全然反応しなかったし。

「要は、ソイツを生き返らせる為に、アリアを利用してたのか」
「厳密に言えば生き返りとは違う。『生まれ変わり』のほうが表現としては的確か。元々、アリアがマリアから受け継いだ『退魔』と『治癒』の力は神々が彼に授けていた祝福だ。彼に返すのは当然だろう?」
「だから、実の娘を孕ませるってか? アホかお前。生まれ変わり? バカ言ってんじゃねぇよ。死んだヤツは何をどうしたって二度と戻ってこない。力を渡そうが、記憶を受け継ごうが、産まれてくる子供は別人だ。お前らがどんな関係かは知らないが、諦めろ。ソイツは絶対に戻らない」

 金色の髪を撫でる手が、ピタッと止まる。

「アルフリードは俺の敵だ。俺が殺した」
「は?」

 横顔から笑みが消えた。
 立ち上がったベゼドラと幼女と金色の何かが、警戒して身構える。

 ……やめとけって。
 私でも判ったってのに、まだ解んないのか?
 ()()()()()()()()()()攻撃してくるんだぞ、コイツ。

「自分で殺しておいて呼び戻そうとしてんのかよ。勝手なヤツだな」
「お前達が見てきた世界に、『勝手ではない者』は、一人でも居たか?」
「…………いねぇな」

 クロスツェルも、ベゼドラも。
 小さいアリアを神殿に放置したらしい母親とかいうヤツも。
 最低最悪な形で実の娘を利用したがってるバカ親父も。
 アリアも、アリアが作った宗教団体の信徒達も。
 この私も。
 どこをどう見たって、結局は自分勝手なヤツばっかりだ。

「けどな。我を張るにしたって、踏み越えちゃいけない、絶対に守らなきゃいけない、最低限の境界線ってモンがあるだろうが。子供じゃあるまいし、誰かが勝手にしてるから、自分も勝手にして良いんだ! とか、思うなよ」

(お前もよく聴け、アリア。皆が互いに支え合う優しい世界、だったか? 解らなくもねぇよ、そういうの。私だってクロスツェルに拾われたおかげでどれだけ救われたか。でもさ)

「自分が我を通せばその分誰かが傷付く。苦しむんだ。それでも譲れないと思うなら、相応の覚悟と責任を負わなきゃいけない」

 殺したら死ぬ。
 生き返らない。
 取り返しがつかない。

 死んだヤツとは、もう二度と会えないし。
 ソイツから続く筈だった後世の命も全部、消えちまう。
 ソイツを大切にしてた関係者達も苦しむ。哀しむ。
 それこそ殺意を抱いて、憎む。
 殺したら、その全部を背負わなきゃいけない。
 忘れることも投げ出すことも、当然逃げ出すことなんかしちゃいけない。

 殺した事実は、罪を償おうと何をしようと、絶対に。
 なかったことにはできないんだ。

「逆に言えば!」

(何が正しくて間違ってるかなんて難しくてよく解らないけど、これだけはハッキリ言える)


「自分の言動にすら責任を持てないヤツが、後先考えずにピーチクパーチク騒ぎ立ててんじゃねーよ! 鬱陶しい!」


(死ねば良かった。だよな、私だってそう思う。私は元々、下町で泥棒して喧嘩して、一日一日を生き延びる為に必死だっただけなのに。私達のせいで世界をまるごと狂わせてたとか、どんだけ苦しまなきゃいけないんだよ? 考えるのも嫌になる。泣き喚いて後悔するフリで現実逃避してるお前より、こっちのほうがよっぽど泣きてぇっつーの!)

「事実は事実として、諦めて受け入れろ。死んだヤツは、絶対に戻らない。生まれ変わりなんてものは無い。諦めろ。諦めて認めて、背負って。もっとちゃんと生きろよ、レゾネクト」
「ロザリア!? ダメ……っ」
「にょにゃににゃ! みゅみょういにみみゃみゅみゅにぇにゃいっ!」
「ロザリア!!」

 慌てて私の腕を引く幼女と何かを「気にするな」と言いつつ避けて。
 レゾネクトに歩み寄る。
 ベゼドラの声は完全無視。

 ……クロスツェルも気付いてるのか?
 私の中に送り込まれた魂は、ほとんど何も知らないみたいだったけど。
 レゾネクトの中で眠らされてたほうの魂が何かを知ったのか。
 胡散臭い神父の顔で、私の横に並び立った。

「アルフリードとやらを産むつもりはない。お前が、どうしても寂しいって言うんなら、私達が遊んでやるよ。殺し合いとか、そっち方面は断るがな。私はもう、誰かが死ぬのはまっぴらごめんなんでね。人間の世界には、体を酷使する運動競技ってのが出来てるんだ。そういうので気分転換でもしろ。そのくらいなら、いくらでも付き合ってやるから」

 私が右手を差し出せば

「それか、私達と一緒に、のんびりと長旅でもしてみませんか? 一人では見つからなかった面白いものが、まだまだたくさんあるかも知れませんよ。一人分の視界では世界はあまりにも広すぎて、逆に小さく感じ取ってしまうこともよくある話です。見逃したままだとしたら勿体ないと思いません?」

 クロスツェルが左手を差し出す。
 レゾネクトは無表情のまま、私とクロスツェルをじっと見上げる。
 何かしようとするでもなく、ただ見てる。

 本当、マジで面倒くさくて、しょうもない親父だけどさ。
 放っとくのも、なんかこう……違うだろ?

「来いよ。虚と実と、その返し手
『創造神を映した『鏡』』、レゾネクト」


 
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