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逆さの砂時計

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孤独を歌う者

 小さい頃、頭の奥に不思議な歌が聴こえていたの。
 言葉の意味は解らなかったけど、何故か心が落ち着く柔らかさと温かさを感じてた。
 悪魔を祓う旅に出てからも、貴方が離れている間はとても寂しくて……この歌を口ずさんでは、頑張ろうって気持ちを入れ直してた。
 だから貴方が『』だと気付いた時、真っ先に思い出したのもこの歌だった。
 「翳りは遠く時の砂へと」「辿れ、朽ち行く聖の先を」
 自分の時間を戻せば、契約で得た力を抑えられるかも知れない。危険も伴うからあまり現実的な手段とは言えないけど、いざとなったらそうしてみよう。
 朽ち行く聖……聖なる場所。今は廃墟と化したあの神殿に何かあるんじゃないか。縋る思いで、小さい頃そうしていたように何度も何度も足を運んだわ。
 得られる物は何一つ無かったけれど。
 ……貴方はきっと、世界を壊してしまう。その為に私と契約したんでしょう?
 そんなの駄目。壊させたりしない。貴方に気付かれない方法で、契約を未完に終わらせなきゃ。
 そうして考えたのが……そうよ、忘却のルグレット。私はわざと悪魔達を不完全な眠りに落とした。自分では死ねないから、私を殺せる力と可能性を持った悪魔を選んで眠らせたの。
 怒りでも憎しみでも何でも良い。いつか結界を跳ね除けて私を討ってくれたらと、悪魔達に賭けていた。
 少しずつ少しずつ緩やかにゆっくりと抵抗を続けて、それでも間に合わなくて。
 突然長期間現れなくなった時は、貴方の気紛れにどれだけ感謝したか。
 旅の最中、貴方が離れている間に偶然見付けた泉へと夢中で逃げ込んで。
 これで大丈夫。きっと見付からないと自分に言い聞かせながら、私自身も眠った。貴方が『』だからこそ見付けられないって信じたかった。
 でも、間違ってた。
 私は貴方の……だから、鏡に隠れても見付かるのは当然だったんだ。契約以外の場所で繋がっていたから。
 間違っていた。
 全部全部全部。
 願った事も、契約した事も、何もかも……全部が間違いだった。
 私は……私が自分で世界を……っ……
 「ーーーーーーーーッ!!」
 「アリア!」
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
 全部私が悪い! 世界が欲しいなんて浅ましい願いでレゾネクトと契約したから!
 私が生命達を無駄に苦しめ追い詰め壊して壊して壊して奪ってしまった!
 人間もクロスツェルの国も家族も全部、私が狂わせた!
 私一人が死ねばそれで済んでいたのに……ッ!!


 「はっ……ざまぁねぇな? アリア」
 「……ロザリア?」
 意識の中で、アリアはクロスツェルに支えられながら、音にならない声で泣き喚いてる。頭を掻き、頬を掻き、自分が死ねば良かったと……何処かのバカ男みたいな事を本気で思いながら叫んでる。
 くだらない。
 本当にくだらない。
 「確認するぞレゾネクト。お前はアリアの……私の父親ってヤツで、床に転がってる薄着の女が母親なんだな?」
 「ああ。そうだ」
 細長い指先が俯く私の顎の輪郭をするりとなぞる。
 「……そうか。分かった。」
 気持ち悪い手だ。クロスツェルの教会で馴れ馴れしく肩を抱いてきやがった腕と同じ。
 心底……本当に……くだらない!
 「……お前ら………………マジでいい加減にしやがれ!! ロクデナシの腐れ外道共があああぁぁああッ!!」
 レゾネクトの腕を全力で払い除け、睨み付けながら飛び下りて距離を置いた。
 翼を全開にして、薄緑色に光る室内を更に明るく照らす。
 「どいつもこいつもどいつもこいつもッ! 私もアリアも道具じゃねぇ! 飾って楽しむ人形じゃねぇんだ! 自分の意思を持って、自分の考えを持って、自分の願いを持ってる一個人なんだよ! そんなに欲しけりゃまずは身勝手な欲望を一方的に押し付ける考え方を改めてから、顔を洗って出直して来い! 出直して来たってガキなんざ誰相手でも絶対に産まねーけどな! お前ら全員ぶつ切られてしまえッ!!」
 「……さすがに其処まで言われると、ちょっと怖いです ロザリア……」
 時間を止めていたクロスツェルの体が すぅ……と目蓋を開いて、ゆっくり立ち上がる。
 離れた所で片膝を突いてる女神が、ぎょっと目を丸くした。
 「怖い? 知るか! 嫌ならてめぇの行動をよぉーく思い返して誠心誠意私に償え! お前は生きてる限り毎日往復平手打ち千発と、死ぬまで炊事係で勘弁してやる! ただし! 体調不良での欠勤は認めんッ!!」
 「貴女の手のほうが辛そうですけどね。謹んでお受けしましょう」
 くすくす笑ってんじゃねぇよ! 腹立つ!
 「欲しいもんを欲しいと言って何が悪い」
 ベゼドラがムスッとした顔で起き上がるのを見て何かに気付いたのか、女神も一つ頷いて立ち上がる。
 「悪くねぇよ。私だって他人から物を奪ってきた口だ。偉そうに言える立場じゃない。けどな! 私はもう、私のもんだ! お前らにただでくれてやる部分なんざ欠片も持ち合わせてねぇんだよ! 欲しかったら欲しいなりの相応しい態度ってもんを見せろ! とりあえずてめぇは私が死ぬまで一切私に触るな! 声を掛ける程度は許してやる!」
 「嫌だ」
 ぷぃっ じゃねぇ! 子供か! 本当お前だけは反省しないな。最低最悪の実行犯が!
 「……アリア? ロザリア?」
 玉座の隣の椅子に寝てた……猫耳? 何故猫耳? の子供が、 にゃーとか鳴く得体の知れないもんを抱えて立ち上がり、私を見る。
 ……これはなんだ。
 薄着の女に似てる気もするが、まさか?
 「アリアはまだ鬱陶しく泣いてるけど……」
 「そう……ロザリアなのね」
 くしゃっと顔を歪め、パッと目の前に移動して来たかと思ったら、両腕を首に巻き付ける格好で飛び掛かられた。
 重ッ!
 「やっと会えた……私の娘……っ!」
 やっぱりか。やっぱり母親とかいうヤツなのか。
 ちょっとこう……外見的にいろいろ突っ込みたい!
 あとその、にゃあって鳴くヤツ本当に何? 牙とか微妙に怖いんだけど!?
 「アリア……!」
 女神より少し私に近い位置で薄着の女が半身を起こし、アリアを呼んだ。
 ……ちょっと待てこの状況。母親が二人居る?
 いや、私も似た状況にはなってるが、一人はどう見ても幼女なんだけど。
 なに、この変な図。
 「……ぷ……っ……くく……」
 玉座の手摺に腰掛けてるレゾネクトが、右手で体を支えながら左手を口元に当ててふるふると両肩を震わせてる。
 「く……っは! あっはははははは!!」
 ……コイツ……そう言えば、前にもこうやって笑ってたな。印象としては嫌味な薄ら笑いのが強いけど、もしかして笑い上戸とかじゃないのか。
 幼女が私にサッと背中を向けて両腕を精一杯広げる。
 ……夫婦仲最悪なのか? 庇うにしても、空間を使う相手にそれは意味無いだろ。
 「やはり面白いな、ロザリア。お前は何処かアルフリードに似ている」
 「知るか。誰だよ、アルフリードって」
 「彼だよ」
 体を捻ったレゾネクトの左手が玉座に座ってる男の頭を撫でる。
 死体……だよな? 起きやがれ! っつってばら撒いた私の力に全然反応しなかったし。
 「……要するに、ソイツを生き返らせたいから、アリアを利用してたのか」
 「厳密には生き返りではない。生まれ変わり……のほうが表現としては的確か。元々アリアが持つ退魔と治癒の力は、神々が彼に授けた祝福だ。彼に返すのは当然だろう?」
 「だから実の娘を孕ませるってか。アホかお前。生まれ変わり? 莫迦言ってんじゃねぇよ。死んだヤツは何をどうしたって二度と戻って来ない。力を渡そうが記憶を受け継ごうが、産まれて来る子供は別人だ。お前らがどんな関係か知らんが、諦めろ。ソイツは絶対に戻らない」
 金色の髪を撫でる手がピタッと止まる。
 「……アルフリードは俺の敵だ。俺が殺した」
 「は?」
 横顔から笑みが消えた。立ち上がったベゼドラと幼女と金色の何かが、警戒して身構える。
 ……止めとけって。私でも判ったってのに、まだ解んないか?
 そんな態度を取るから攻撃してくるんだぞ、コイツ。
 「自分で殺しておいて呼び戻そうとしてんのかよ。勝手なヤツだな」
 「勝手ではない者が居るか?」
 「……居ねぇな」
 クロスツェルもベゼドラも、小さいアリアを神殿に放置したらしい母親とかいうヤツも、最低な形で娘を利用したがってるこのバカ親父も。アリアも……私も。
 何処をどう見たって、自分勝手なヤツばっかりだ。
 「けどな。我を張るにしても、踏み越えちゃいけない、絶対に守らなきゃいけない最低限の境界線ってもんがあるだろうが。子供じゃあるまいし、誰かが勝手にしてるから自分も勝手にして良いんだとか思うなよ」
 (お前もよく聴け、アリア。皆が互いに支え合う優しい世界だったか? 解らなくもねぇよ、そういうの。私だって、クロスツェルに拾われてどれだけ救われたか……でもさ)
 「自分が我を通せば、その分誰かが傷付く。苦しむんだ。それでも譲れないと思うなら、相応の覚悟と責任を負わなきゃいけない」
 殺したら死ぬ。生き返らない。取り返しがつかない。二度と会えないし、ソイツから続く筈だった後世の命も全部消えちまう。
 ソイツを大切にしてた関係者も苦しむ。哀しむ。それこそ殺意を抱いて憎む。
 殺したら、その全部を背負わなきゃいけない。忘れる事も投げ出す事も、当然逃げ出す事なんかしちゃいけない。
 殺した事実は、罪を償おうと何をしようと絶対、無かった事にはできないんだ。
 「逆に言えば!」
 (何が正しくて何が間違ってるとか難しくてよく解らないけど、これだけはハッキリ言える)

 「自分の言動にすら責任を持てないヤツが、ピーチクパーチク騒ぎ立ててんじゃねーよ! 鬱陶しい!」

 (死ねば良かったよ。ああ、私もそう思う。私は元々下町で泥棒して喧嘩して、その日暮らしに必死だっただけなのに。私達の所為で世界まるごと狂わせてたとか、どんだけ苦しまなきゃいけないんだよ。考えるのも嫌になる。泣き喚いて後悔する振りで現実逃避してるお前より、こっちのほうがよっぽど泣きてぇっつーの!)
 「事実は事実として受け入れろ。死んだヤツは絶対に戻らない。生まれ変わりなんて無い。諦めろ。諦めて、認めて、背負って。もっとちゃんと生きろよ、レゾネクト」
 「ロザリア!? 駄目……っ」
 「にょにゃににゃ! みゅみょういにみみゃみゅみゅにぇにゃい!」
 「ロザリア!!」
 私の腕を引く幼女と何かを「気にするな」と言いつつ避けて、レゾネクトに歩み寄る。
 ベゼドラの声は完全無視。
 ……クロスツェルも気付いてるのか?
 私の中に居た魂は殆ど何も知らないみたいだったけど、レゾネクトの中で眠ってたほうの魂が何かを知ったのか。
 胡散臭い神父の顔で、私と並んで立った。
 「アルフリードとやらを産むつもりはない。お前がどうしても寂しいって言うんなら、私達が遊んでやるよ。殺し合いとかそっち方面は全力で断るがな。私はもう、誰かが死ぬのは真っ平御免なんでね。人間世界には体を酷使する運動競技ってのが出来てんだ。そういうので気分転換でもしろ! そのくらいなら幾らでも付き合ってやるから」
 私が右手を差し出せば
 「それか、私達と一緒にのんびりと旅でもしてみませんか? 一人では見付からなかった面白いものが、まだまだたくさん在るかも知れませんよ。一人分の視界に世界はあまりにも広すぎて、逆に小さく感じ取ってしまう事もよくある話です。見逃したままだとしたら、勿体無いと思いません?」
 クロスツェルが左手を差し出す。
 レゾネクトは無表情のまま、私とクロスツェルをじっと見上げる。
 ただ、見てる。
 本当、面倒臭くてしょうもない親父だけどさ。放っとくのもなんかこう……違うだろ?

 「来いよ。虚と実とその返し手、『創造神を映した『鏡』』……レゾネクト」

 
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