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逆さの砂時計

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孤独を歌う者 3

 玉座と階段に座ってる三人を殺して、母親を縛り付けたは良いけど。
 多分、ずっと泣いてた母親を笑わせたくて、その為にアリアを利用した?
 それって、世界がどうのこうの以前に、コイツ自身が

「ばっ」
「ロザリア」

 レゾネクトの頭を抱えたままのクロスツェルが、私を見て首を横に振る。

 ……愚か愚かって、どっちが愚かだ、このバカ親父!
 とか、口出しすんなと。
 そういう意味らしい。

 そりゃ、私はコイツらに何があったのかなんて知らないし。
 知らない奴が口出しして良い話じゃないんだろうけどさあ。

 なんだって、利用されかけてるらしい実の娘よりも関係なさそうなお前がワケ知り顔してるんだよ、クロスツェル。

「アホらし」
「お前は! 私以上に黙っとれ!」

 せっかく呑み込んだ罵倒を代弁しやがったベゼドラの正面に跳んで。
 その口元に張り手を噛ます。

「    !      !」
「は! お前の音に関わる空間を遮断してやったからな。聴こえねぇよ!」
「   !!」

 文句ありありの顔で何か喚いてるベゼドラは無視。
 なにやらまだ押し問答を続けてるバカ親父とクロスツェルに振り返る。
 が。
 当然っちゃ当然だけど、言ってることが少しも解らん!
 母親とその他には通じてるっぽいっつーのに。

 口出しするなって言われてもなあ~……
 どうしてくれよう、この疎外感。
 身の置き場が無い。
 両腕を組んで、聞き耳を立てつつ傍観してても、アルフリードが居ないとダメとか、もう居ないから無理とか、そっから進展する気配が全然ねぇし。

「……んあああ──っもお、面倒くせぇ!」
「ロザリア!?」

 幼女の声を無視して、丸まってるレゾネクトの背中に抱きつく。
 クロスツェルにはあれこれぐだぐだ言ってるし、多分()()()()だろ。
 弾き返すなよ、面倒くさいから。

 レゾネクトの意識に潜り込んで、記憶の空間を探る。
 ざっと見て関係がありそうな、一番変化が激しい場所……この辺りか?

 邪魔するぞ、バカ親父!!



「…………切れた、か」

 マリアが王城の結界から、閉じた空間から出ていった。
 翼を奪ってもまだ外へ跳べるとは思わなかったな。
 なら何故、今まで逃げようとしなかったんだ?
 あんなに嫌だと泣いていたのに。

 そして何故。
 今、声が繋がっていたんだ?

「マリア……」

 何の気配もしない真っ黒な空間の中で、ベッドに浅く腰掛ける。
 あの時見上げた場所と同じ。
 誰も居ない、物音もしない、何も無い。
 自分の手をジッと見ても、そこでは虚しい空間が泳ぐだけ。

 だが、あの時とは違うものが、今ははっきりと残ってる。
 『あれ』ですら残していかなかった、温かな熱と感触。
 マリアがここに居た証。

「寒い」

 自分の両腕を抱えて背中を丸める。
 ここには、他に何も無い。
 マリアの体温が冷えた空気を。
 マリアの感触が一人きりの自分を自覚させる。
 ベッドに潜り込んで体を縮め、膝を抱えても、寒い。

「俺は何故あの世界に居たんだ? 神々は何故、俺を殺そうとしたんだ? 俺はどうして……勇者達と戦ったんだ?」

 『あれ』はもう、いない。
 すべてが終わったというのなら。
 新しい世界では、俺が存在する理由も、神々と戦う理由も無い筈なのに。
 俺は何故、何の為に、今も存在し続けている?

『同じ目線で、物事を見るんだ。そこに貴方が求めている答えがある』

 マリアを失うことで、俺と同じになるかも知れなかったアルフリード。
 マリアの喪失を極端に恐れていたアルフリード。
 女神を通して、自己を定めていた勇者。
 お前が強く望んでいたこと、お前と同じことをしていた筈なのに。
 答えは全然見つからない。
 マリアは俺に映らない。
 熱と感触以外、何もくれなかった。
 そしてもう、届かない。

「寒い、な」

 眠って、起きて、眠って、起きて。
 退屈を誤魔化すつもりで、人間の真似事をくり返してみる。
 そうしていると、眠りの中で勇者達の記憶が再生されるようになった。

 コーネリアとウェルスが、笑いながら子供二人と戯れていたり。
 ウェルスの軽口で、アルフリードとコーネリアが怒っていたり。
 反応に困ったマリアを、三人で笑わせてみたり。
 楽しそうだ。

 ……ああ……
 四人は、それぞれの生を楽しんでいる。
 光に満ちた世界で笑っていた。
 …………笑って、いたんだな。

「…………?」

 眠りから覚めるたびに目の端から零れ落ちる、これは何だろう?
 顔の輪郭を伝う、濡れた筋が冷たい。
 『涙』?
 俺は、泣いているのか?
 それにしては、人間達やマリアとは違う。
 俺は彼女ほど叫んだりしてないし、叫びたい衝動も感じない。
 ただ……やっぱり、寒い。

「『寒さ』、か。これも、お前が残していった熱だな。マリア」

 何をするでもなく、ごろごろごろごろ。
 眠って起きて、眠って起きて。
 再生される記憶から覚めては、顔の輪郭が濡れる。
 誰も居ない『空間』は……ああ。
 確かに、あの時と同じ。『空っぽ』だ。

「レゾネクト!!」
「マリア?」

 出ていった筈のマリアが、少しだけ成長して戻ってきた。
 何故? いや、これだけ明確な殺意を持っていれば目的は一つしかない。
 それは解る。

 じゃあ、この男は何だ?
 両腕と顔半分を包帯で覆った、虹色に光る虹彩を持つ……
 マリアと同族の神?
 怨みと憎しみの言葉を延々と連ねるマリアよりも。
 説得と懐柔を狙った言葉を並べ立てるバルハンベルシュティトナバールと名乗った男のほうが気になる。
 マリアの肩を支え、マリアの信頼を得て、俺と対峙する男。

 ……何故、そこに居る?
 マリアの隣に居るべきは、お前じゃない。
 マリアに触って良いのは、お前じゃない!!

「お主……可哀想に、……のぅ……」

 マリアに触れるのは赦さない。
 記憶を読む価値さえも無い。

 男を灰も残さず消し去った俺に、マリアは激しい怒りをぶつけてくる。
 それが、ますます苛立たしい。

 何故だ?
 お前はアルフリードを愛していた筈だ。
 何故、他の男の為に泣く? 怒る?
 他の男を思って俺を憎むお前は、認めない。
 絶対に認めない!

「貴方だけは、絶対に、赦さない……! 赦すものか……っ!」

 憎悪と拒絶のマリアを無理矢理押さえつけて、翼を完全に奪い取り。
 出ていく前よりもずっと激しく抱く。
 休む間を一切与えず、いつ体が壊れてもおかしくないほどに。
 強く強く強く強く。
 意識がある間は、数秒たりとも離さない。
 意識が無くても、腕の中に閉じ込めて離さない。
 長く長く長く……

 ……俺の中に、マリアが二人居る。
 仲間と笑い合う楽しそうなマリアと、泣きながら憎しみを編むマリア。
 眠れば優しい微笑みを浮かべるマリアが。
 起きれば憤怒に喘ぐマリアが居る。
 腕の中で気を失っていてなお、苦しげに眉を寄せて泣く。

 何故、こんなにも違っているのだろう?

「つまらない」

 涙を流す苦しそうな顔より、もっと違う表情が見たい。
 仲間に……アルフリードに見せる顔が見たい。
 アルフリードが居れば、何か違うんだろうか。
 だが、アルフリードは……

『……ない……』
「?」
『誰も居ない……どうして……』

 声がする。
 誰の声だ?
 消えそうにか細い、子供の声。

『どうしてみんな、私を置いていくの? さびしいよ……もう嫌だよお』

 声を通して何かが見える。
 土を掘って被せただけの小さく簡易な墓の前で、子供が泣いている。
 ぼさぼさで荒れた白金色の髪に、涙で濡れた薄い緑色の目。
 土で汚れた青白い肌の、とても健康的とは言えない痩せ細った手足。
 ボロボロの布切れを羽織ったみすぼらしい容姿だが。
 どこか、マリアに似ている。

「何故、泣く? 何が悲しい?」
『!? え……、なに? だれっ!?』
「お前は、何だ?」

 視界の先に居る子供への問いに答えたのは

「……アリ……ア……!?」

 気を失う寸前まで追い込んでいたマリアの、掠れた悲鳴。
 俺の声に驚いた子供は、墓の前から走って逃げた。

「…………『アリア』?」
「────っ!!」

 咄嗟に口元を押さえたマリアの顔色が。
 余計なことを口走ってしまったと、雄弁に語る。

 どこかマリアに似ている子供。
 俺に繋がった『アリア』。

 そうか。
 マリアがこの空間から出ていった時に繋がった声。
 あれは

「俺の血と力を分けた、お前の子供か」

 ひっ! と、マリアの喉が小さく鳴る。
 全身でガタガタと震え、赤く腫れた目元を新しい涙が絶え間なくなぞる。

「やめっ……、やめて……っ!」

 何も言っていないのに、マリアは首を振って俺を非難する。

 アリアに手を出すな。
 アリアは関係ない。
 アリアを巻き込むな。

 凄まじい形相で。
 頼りない力で。
 俺を殺そうと、両腕を伸ばして必死でもがく。

「つまらない、な」

 そんな顔はもう、見たくない。
 暴れるマリアを抱き潰しては、記憶の中で微笑むマリアを見て。
 時々アリアの声と話し、なんとなく興味で探ってみる。
 それを何度もくり返して……気付いた。

 アリアは、アルフリードに与えられた神々の祝福を受け継いでいる。
 マリアを通して伝わったのか?
 俺の力も、生来の性質とは異なるものとしてアリアの中に存在している。
 なら、

「アリアになら、アルフリードを呼び戻せる」

 そうだ。
 記憶の中で、マリアはいつもアルフリードに笑っている。
 勇者が居れば、マリアはこんな風に笑うだろう。
 アルフリードを呼び戻す為には……

「いやあぁぁあぁあああああああああああ!!」

 アリアとの契約がもうすぐ完遂するという時に。
 アリアと交わした契約の内容と、その目的を知ったマリアが、狂った。

 言葉もまともに話さない。
 俺に対して、憎悪どころか、怒りすらぶつけてこなくなった。
 寝室を飛び出し、あらゆる場所で布を裂き、装飾品を壊し。
 何度止めても、自分自身を引っ掻いて傷付けて、壁に体当たりして。
 泣き叫びながら、奇声を上げながら、王城内をひたすら闇雲に暴れ回る。
 その姿のどこにも、優しく微笑むマリアの面影は無い。

「眠れ、マリア」

 だから、壊した。
 マリアの意思を。
 マリアの記憶を。
 全部壊して、眠らせた。

「……マリア……」

 空っぽだ。
 暗闇の中のどこにも、俺が欲しいものは無い。
 暗闇も空っぽ。
 マリアも空っぽになった。
 抱きしめても、求めても、何も感じない。

 ……寒い。
 寒くて、冷たくて、息苦しい。
 どうしてこんなにも喉が引き攣るんだ。
 俺は、何故……

『来いよ。レゾネクト』

 アルフリード

『貴方の目に美しいと感じるものは無かった? 心地好いと感じる音は? 手当たり次第に壊して、その記憶に、心の中に、何か一つでも残ってる? 何も無いでしょう? 貴方が探してる答えは、その手で掴み取りたいもの、包みたいものだったのよ』

 マリア

 何も無い。
 器を抱きしめても、お前はここに居ない。
 お前達は、ここに居ない。
 ウェルスもコーネリアも、アルフリードも……マリアも居ない。
 誰も、笑わない。

 どうやら、アリアも逃げたらしい。
 気配が唐突に、ぷつりと途絶えた。

「もう一度世界を見る、か」

 アルフリード達の記憶を(たずさ)え。
 アルフリード達に繋がる記憶を探しながら。
 アリアが受け継いだ俺の力を使って、世界を見る。
 ただ、見る。

 アルフリード達が笑っていた場所。
 泣いていた場所。
 戦っていた場所。
 勇者一行の旅を辿って、(さかのぼ)って。
 なんでもない場所も観察して。
 やがて行き着いたアルフリードの生まれ故郷は。
 人間同士の争いで、跡形もなく消えていた。

 …………つまらない。
 なんて美しくて、つまらない世界。
 この世界にも、俺が欲しい答えは無かった。
 俺は何故、ここに居るんだ?

「お前達が居ない世界は、つまらないな」

 それでもここは。
 バカみたいに笑うウェルスが。
 冷静に場をまとめるコーネリアが。
 子供みたいなアルフリードが。
 常に前向きであろうとしたマリアが。
 魔王の敵達が護ろうとして護り抜いた、尊い世界。

「そろそろ、アリアを起こそうか」

 勇者一行の一員である聖天女の娘になら、世界を受け継ぐ資格がある。
 (アリア)の願いを叶えてやった上で、アルフリードを呼び戻せば。
 マリアもきっと、正気に戻る。

 いや、アルフリードにしか戻せない。
 アルフリードにしか、マリアを笑わせられない。

「マリアに、アルフリードと笑顔を返すんだ」



 ………………え……、と…………どうしよう?
 全力で突っ込み入れたいんだけど。
 でも、確かにこれは、私じゃどうにもできないわ。
 この底無しのバカったれ野郎を、勘違いの沼から引っ張り上げられるのは

「……っか、」

 レゾネクトから離れて、幼女と母親を交互に見る。
 えーと、こう、絵的に考えれば、母親のほうに行くべき……だよな?
 多分。

「……か……っ」
「……?」

 蒼の女神に支えられながら私達を見上げてる母親を見下ろして……

「~~~~────かっ、か……、かぁ……っ!」

 …………ぅだああああああああっ!
 くっそぅ!
 今まで使った例がない単語だから、なんか妙に気恥ずかしい!

 でも、言うしかない!
 私がこの人を動かさないとどうにもならんのだから、しょうがないんだ!
 覚悟を決めろ! 私!!

 はい、すぅ──っと息を吸い込んでぇええ~~……


「…………母さんっ!!」


 
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