| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

逆さの砂時計

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

オペラセリアのエピローグ 1

 正直、レゾネクトが泣いているのを見るのは少し……腹立たしい。
 だって、アルフ達を殺したのはレゾネクト本人だ。
 鍵が伝えてきた通り、私達の対応が間違っていたのだとしても。そうさせてしまったのが私達だとしても。
 レゾネクトがアルフ達を殺した事実に、変わりはない。
 『貴方が泣くのは卑怯だ。三人はもう、感情を表すことさえできないのに。貴方がそうしたくせに、貴方はそれを続けるのか。これから先もずっと、そうやって生き続けるのか!』
 ……違う。そうじゃない。解ってる。
 レゾネクトは今この瞬間に認め、受け入れた。
 自分が何をしたのか、何を失ったのかを理解して、これからを背負った。
 あれは死を送る涙だ。決して自分の気持ちを誤魔化したり正当化する涙じゃない。
 私にあれは否定できない。悔しいと思っているのは生き残った私であって、アルフ達じゃないから。
 アルフ達の心の内は、私にだって語れない。
 死者の立場になったつもりで彼らが失った未来を語るのは、八つ当たりめいた生者の傲慢なんだわ。
 そういう点では、クロスツェルとレゾネクトの遣り取りにも微妙に引っ掛かりを感じるけど……何故かしら。クロスツェルに対しては怒る気になれない。寧ろ、彼を通して思いを伝えられている錯覚すらした。
 『生きて』
 アルフリード……貴方が遺した言葉を、私は何処まで守れるのかしら。
 何度も何度も投げ出そうとした。
 鍵だって結局、自分から死を選んだのよ。
 私は私の心を自分で繰り返し殺してきた。これからも絶対にそうしないとは言えないわ。
 例え、目の前に何よりも大切な、たった一人の娘が居るとしても。
 いいえ、だからこそ。
 貴方の言葉はとても……重い。
 「みゃいみゃ」
 「ティー……」
 フィレス様の後ろに隠れてレゾネクトを睨む私の視界に、可愛い声で鳴くゴールデンドラゴンがひょこっと顔を覗かせた。
 首を小さく傾げてから、すりっと頬を寄せられる。
 柔らかな(たてがみ)がちょっと(くすぐ)ったい。
 「みょみょにみゅみょう。いにゅみに」
 「! ……そうね。今の世界じゃ、私達は異端どころか争いの火種になりかねないもの。人間世界には居られない。……ティーと一緒にお邪魔しても良いかしら? リースリンデ」
 「へ? ……あ、はい! 勿論です! 泉はいつだって、聖天女様達を歓迎します!」
 ティーと私の視線を受けて、クロスツェルから少し離れた所を飛んでいたリースリンデが嬉しそうに寄って来る。
 でも、やっぱりティーは怖いのね。
 ちょっとだけ硬い笑顔が、失礼かもだけど微笑ましい。
 「ありがとう」
 「にゃあ!」
 ティーを左肩に、リースリンデを右肩に招いて、それぞれの頭を撫でる。
 それからもう一度、辺りを見回した。
 数千年の時間を経て再生した森。最早ただ転がり朽ちるだけの瓦礫の山。恋に夢見る幼い(かんなぎ)が育った家の跡地。友人とも仕える者達とも約束を果たせなかった神殿。
 全部失ったと思っていた私の目に映るのは、愛しい娘と、彼女を愛する男性と、新しく正統なる女神。かつては宿敵同士だったゴールデンドラゴンと精霊。そして……元、魔王。
 彼を世界への干渉から退けた今、本当ならアリアを神々が眠る世界へ導いて扉を閉めさせなきゃいけない。私はその為にずっとこの場所で待っていたのだから。
 でも、クロスツェルの言う通り、アリアにも私にも償うべきものがある。
 彼女を本当に思うのなら……
 「……違うわね。これは償いを言い訳にした、私の願望だわ」
 「にゃー……」
 神々に対する二度目の重大な裏切り行為だとしても、アリアの成長をこの目で見守りたい。
 今度こそ傍に居て、貴女を護りたい。一人にはさせたくない。
 それが私の我が儘。
 だから
 「アリア。私とティーとリースリンデは泉へ行くわ。貴女も、時々で良いから顔を見せにいらっしゃい」
 私の本体を何処かの空間に封印してくれたアリアに歩み寄り、精一杯腕を伸ばして……
 こういう時だけは低い背が憎いわね。肩にすら届かないなんて。
 「…………はい。ありがとうございます……お母さん」
 察してくれたアリアが膝を折って、ティーとリースリンデを潰さないように私を抱き締める。
 きっと、外側からは逆の立場に見えるんでしょうね。
 でも、良いわ。やっと会えたんだもの。どう見られるかなんて気にしない。
 アリアを抱き返して、私譲りの白金髪を撫でる。
 緩やかで柔らかくて繊細な細糸。僅かな刺激を含んだ甘さは、白百合の香りかしら? 信仰の象徴に選ぶだけあって、外見にも内側から滲み出てる雰囲気にもよく似合うわ。
 でも……まさかあれ、レゾネクトが選んだんじゃないでしょうね?
 クロスツェルの教会でも妙にベタベタしてたし、何かしらの手出し済みとか……
 あ。いえ、駄目駄目。
 折角こうしていられる機会を得たんだから、殺伐としてる場合じゃないわ!
 ゆっくりゆっくり存在を確かめてから離れ……
 「……アリアとロザリアをお願いね、クロスツェル。ついでにベゼドラの見張りもしてくれると嬉しいわ。あの悪魔は天然なのよ。その分、物凄く(たち)が悪い」
 「天然……ですか?」
 不思議そうに首を傾げるクロスツェルと対照的に、リースリンデが「ですよね。うんうん」と力強く同意する。
 「他者への無自覚で無防備な好意。彼、とっても人懐っこいの」
 「ええーッ!?」
 飛び跳ねるほど驚いてるけど、貴女も相当彼に懐いてるでしょ。リースリンデ。
 「ああ、確かに。そういう所ありますよね」
 「でしょう? またロザリアに甘えようとしたら、全力で止めてあげて。切りが無いから」
 「承知しました」
 くすくすと笑うクロスツェルに、私も笑みが溢れる。
 やっぱり、ベゼドラよりもクロスツェルのほうが頼りになるわ。彼が生きている間はそんなに心配する必要無さそうね。
 問題はその後だけど……此処まで追い掛けて辿り着いた彼らだもの。絶対、悲しいだけの終わりにはさせない。
 私はロザリアの母親として、二人……いいえ、三人を信じよう。
 「フィレス様。突然巻き込んでしまって、すみませんでした。ご協力に深く感謝します」
 ティーを落とさないように頭を下げると、女神は「いえ。お役に立てたなら良かったです」と笑ってくれた。
 「地元こそ飛び出しましたが、仕事の本質からは大きく外れてませんし。あ……でも、師範とアーレストさんには一度ご挨拶していただけるとありがたいです。お世話になった方々ですし、当事者でないと説明が難しい詳細も報告したいので」
 「アーレスト!? アーレストってまさか、神父のアーレストですか!?」
 分かりましたと答えるつもりが、クロスツェルの激しく動揺した声に阻まれてしまった。
 「はい。私のこの力はアーレストさんに覚醒させていただいた物なのです。そう言えば、お二人はご友人でしたね」
 「ええ、まぁ……友人というか何というか……そう、ですか。アーレストが……」
 ……大丈夫かしら?
 疑惑と焦燥が混じった顔色は、膝を突いていたさっきよりも、数倍青白い。
 「……では、泉へ向かう途中で伺います。フィレス様もお戻りになられるなら、とりあえずお送りしますが。クロスツェルも行く?」
 「いえ。私はバーデルに戻らないと。渡国や入街許可の問題がありますので。」
 間髪を容れずに右手を上げてスパッと断るクロスツェル。
 空間を移動して行くのだから、立ち入り許可は影響しないって解っている筈。
 ……よほどアーレストさんに会いたくないのね……。
 「私はそうしてもらえると助かりますが……少々お時間を頂けますか? 考えなければいけない事がありますので」
 「急ぎではありませんから」
 「ありがとうございます」
 姿勢良く一礼したフィレス様は、両手を組んで「うーん……」と唸り始める。
 元は人間だったフィレス様。
 赤子時のアリアと同様に翼や力を封印しても、以前の暮らしはよく続いて十数年程度だろう。
 他者に殺されるまでは無限に近い歳月を生き続けるし、一定以上は老化しないから、今の人間世界では定住するのも難しい。
 とは言え、いきなり姿を消しても様々な問題が残る。
 もしかしたら彼女をこそ神々の世界へ送り出すべきなのかも知れないけど、それを決めるのは私ではないし、総ての可能性を提示しても、最終的に選ぶのは彼女自身だ。
 ゆっくりしっかり考えていただこう。
 後悔だけはしないように。
 「レゾネクト」
 「?」
 涙を拭って私を見下ろすレゾネクトに、銀のブローチを掲げる。
 ……自分で捨ててしまった物だし、本当はこんな事を言って良い立場ではないけれど。
 「これ、大切な友人からの贈り物だったの。今まで護っててくれて……返してくれて、ありがとう」
 「……ああ」
 レゾネクトはちょっと驚いた顔をして、それから にこっと笑う。
 初めて見る無邪気な笑顔だ。
 何処となくアルフの笑顔と重なるのは、彼もアルフの言葉を受け継いだからね。
 此処まで来ると苦笑するしかない。
 あ……笑顔で思い出した。そう言えば
 「ねぇ。あの時、コーネリアと何を話していたの?」
 「あの時? ……ああ、あれか」
 レゾネクトがコーネリアの体を貫いた、あの瞬間。
 私は音を遮断していて聞こえなかったけど、二人は何か言葉を交わしていた。
 しかも、コーネリアは笑ったのよね。何故か、間違い無く笑って答えていた。
 冷静に考えなくても不思議な光景だわ。
 「「貴様が死んだら、ウェルスは生きる理由や意味を無くすのか?」と尋いてみた。コーネリアの答えは「死ぬんだから生きてるワケないだろ」だ」
 「…………………………。」
 ……『だから、ウェルスを殺したの?』とは、今までの流れからして尋くまでもない気がする。
 「なによそれ……」
 もう本当に……笑うしかない。
 ウェルスとコーネリアは最後まで「夫婦」だった。
 多分、四人が揃っていた川沿いで、二人は約束していたんだ。
 『死ぬ時は一緒に』って。
 二人が、何かと話題にしていた子供達を想っていなかった筈はない。二人の表情は最後の一瞬まで諦めてなかった。
 それでも死が訪れるなら、それも二人で分かち合おうと……。
 「羨ましい生き方。やっぱり、二人は私の理想だわ。私には眩しすぎる」
 「死にたいのか?」
 露骨に曇った顔を見て……ぶんぶんと大袈裟な勢いで首を振る。
 「二人みたいには なれないから、理想なのよ」
 「そうか」
 今度はふわりと微笑む。
 アルフリード達の死が此処までこの男性を変えるなんてね。こうして直視していてもまだ信じられないわ。
 ……私の内に巣くった憎しみも殺意も簡単には払拭できないし、いつか忘れられる日が来るとか、そんな風には全然思えない。
 でも
 「さようなら、レゾネクト。良い旅を」
 私はまだ生きている。アルフの願いを抱いて、これからも笑いながら生きていく。
 「さようなら、マリア。穏やかな日々を」
 貴方も生きていく。
 今度はアリアを哀しませないで頂戴ね。
 貴方の事で泣かせたら全力で張り倒すから、覚悟してなさい。



 さようなら、大好きだった人達。
 何一つ確かな約束はできないけど……私は私で、進めるだけ進んでみよう。

 ブローチを胸元で握り締めてから、ふと見上げて気付く。
 ……ああ……なんて綺麗。
 太陽が半分欠けた空に、陽光を映した月と星がうっすらと輝きだした。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧