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逆さの砂時計

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策定

 まず、順を追って状況を整理しよう。

 数千年前、全世界に災厄をもたらしていた魔王レゾネクト。
 神々によって彼を討つ使命を与えられた勇者一行は。
 しかし役目を果たせず、マリアさん一人を残して全員亡くなった。

 生き残ったマリアさんは、レゾネクトを異空間に閉じ込めはしたものの。
 こちらの世界へ戻ってすぐ『時間』の神バルハンベルシュティトナバール
 以後は略して『ティー』により救助され。
 レゾネクトの血を継ぐ子供、アリアを出産してしまう。

 アリアは、マリアさんから『空間』を司る力を。
 神々の祝福である『退魔』と『治癒』を。
 ティーから『時間』を司る力を受け継ぎ、取り込んでいた。
 ティーの手を撥ね除けた紫色の火花からするに、魔王の力も継いでいる。

 神々の性質も、悪魔の特性も、本来なら一個体につき一つしかない筈。
 魔王の件を抜きにしても、アリアは世界にとって異端であり脅威だった。
 マリアさんは、ティーの力を借りて、アリアの力をすべて封印。
 レゾネクトに利用されないよう、本来ならマリアさん自身が行く筈だった神々が眠る世界への導き……『扉』、『鍵』、羽根を赤子のアリアに託し。
 マリアさん本人は、レゾネクトを討つ為に、再び異空間へと消えた。
 おそらく殺されている。
 ティーに関しては情報不足により、導きを残した後の動向が不明。

 こちらの世界で、どうにか人間として育ったアリアだが。
 いつしか封印が弛んでしまい、なんらかの形でレゾネクトと繋がり。
 結果として、魔王と契約してしまった。
 多分、マリアさんが聴いたような声がアリアにも届いたのだろうけど。
 頭の中に直接響く不気味な声を聴いてすぐに契約するとは思えないから、アリアの身辺で契約の誘惑に屈してしまうほどの何かがあったのだろう。
 この辺りの細かい経緯も不明だ。

 それからしばらくの間『創造と慈愛の女神』として悪魔狩りに励んだ後、何かしらきっかけがあってレゾネクトの危険性に気付いたらしいアリアは、自らの力を世界から隠す為に、水鏡(みかがみ)の泉の底で数千年の長い眠りに就く。
 ところが十数年前、突然現れたレゾネクトが、彼女を起こしてしまった。
 そこに至るまで、レゾネクトがどこで何をしていたのかも不明。
 地道にアリアを捜し続けていた、とも考えられるが……
 レゾネクトに関しては分からないことが多いので、誤認を避ける意味でも細かい部分は一旦脇に置いておく。

 時を置いて数年前。
 自身の時間を巻き戻した上で、悪魔の力を借りて記憶を消したアリアは、さ迷った末にクロスツェルさんの教会でロザリアとして生活を始める。
 同居中に様々あって契約を交わしたベゼドラさんとクロスツェルさんは、それぞれ一度死にかけるが。レゾネクトがロザリアさんをアリアへと戻し、アリアが二人の時間を契約前に戻して、解放した。
 クロスツェルさんとベゼドラさんは、姿を消したアリアを捜す旅の途中、世界樹を護っていた『時間』を司る力を手に入れたり、マリアさんが残した『鍵』や『扉』に接触したりして、水鏡(みかがみ)の泉へと辿り着いた。

 一方の私は、川原で見つけた『鍵』をクロスツェルさんとベゼドラさんに託した後でマリアさんの羽根を拾い、レゾネクトに襲われかけたところで、アリアに警告を受けつつ助けられた。
 そして、アーレストさんの協力を得て『言霊』を司る女神とやらになり。
 羽根が導くまま神殿跡へ跳んで、具現化したマリアさんから事情を聴く。
 その後、世界樹が蓄積(ちくせき)していた記憶とクロスツェルさんの記憶、世界樹を護る森に侵入したアリア信徒の記憶を見て、現在は泉の近くに居る。

 その間、アリアは女神として、たびたび表世界へ出現していた。
 人間世界は、アリア顕現(けんげん)の報せを受けて大騒ぎになりつつある。
 その反応は考えられるだけでもざっと六つ。
 その一・信じて祈る。
 その二・会いたくて捜し回る。
 その三・信じてアリア信徒に加わる。
 その四・信じてアリア信徒に危害を加える。
 その五・信じないけどアリア信徒に危害を加える。
 その六・姿を見せてくれない不満からアリア信徒の離反。

 ……ああ。
 信じる信じないの他に、ただひたすら傍観に徹する者もいるか。
 七つになった。
 私一人で思い付く限りでもこれほど分かれるくらいだし。
 実際にはもっと複雑な様相を呈するだろう。
 まさに大混乱だ。

 次に、それぞれの目的を整理しよう。

 クロスツェルさんとベゼドラさんは、ロザリアさんと再会する為。
 私とマリアさんは、とりあえずアリアとレゾネクトを引き離したい。
 アリアは、多分、レゾネクトから逃れたいのだろうけど……
 クロスツェルさん達の存在で足止めされているのではないか、と、思う。
 世界樹が蓄積した記憶や、現代に残っている彼女の行動と結果の数々。
 私を助けてくれた時の言動から推測しても。
 世界に災いを招くのはきっと、アリアの本意ではない。

 レゾネクトは、アリアとの……
 本人達に直接聴いたわけじゃないから、これも推測の域を出ないが、多分
『アリアを創造神として祀り上げる代わり、信徒達が捧げる祈りを利用してマリアさん達の封印を解かせ、アリアが本来持っている力を手に入れる』
 という契約を完遂し、手に入れたその力で異空間を出ようとしている。

 ここで問題なのは、契約を完遂しなくてもアリアの封印が一定以上弛めば異空間を出る力は得られるだろう、ということ。
 それがいつなのかは、まったく予測できないようだ。
 なにせ、クロスツェルさんの教会で、レゾネクトがベゼドラさんに向けた薄い緑色に光る弓矢。
 マリアさんが言うには、色こそ違うものの、あれは確かに神々の祝福、『退魔』の力らしい。

 『空間』を司る力を持って、上位の神の力が発現しているにも(かかわ)らず。
 レゾネクトの本体は、いまだこちらの世界に現れていない。
 アリアが取り込んだ影響で祝福が劣化したのか、他に要因があるのか。
 どちらにしても、異空間はまだ開いてないと見ておく。

 人間世界はまず、女神アリア顕現(けんげん)の真偽を探ろうとする。
 意見が混迷してる間は、まだ良い。
 肯定派と否定派で二分され始めたら危険だな。
 明確な対立は戦争を呼ぶ引き金だ。
 否定派が逆上して拳を振り上げたら、アリア信仰側も黙ってはいない。
 信仰が動けば、信仰の後ろ楯になっている各国も喜んで動き出す。
 後は、坂道を転げ落ちる小石の如くだ。

 人間には、己の主義主観を物事の軸に置きたがる習性がある。
 争いはその始まりの理由を忘れ、優劣を決するまで治まらないだろう。
 人類の歴史が、そうやってくり返されてきたように。

 ……さて。
 では、対策を講じよう。

 【第一条件】
 アリアとレゾネクトは常に傍に居ると考えて行動すべし。
 マリアさんの羽根で直接会える可能性はかなり低い。
 『扉』のマリアさんが感知、移動できる範囲に現れてくれるのであれば、二人が一緒に居ても問題はないのだけど。

 【第二条件】
 アリアとレゾネクトは『時間』『空間』『退魔』と『魔王(正体不明)の力』を使う。
 出現場所の具体的な先読みは不可能に近い。
 また、せっかく目の前に現れてくれたとしても。
 わずかな隙があれば、一瞬で逃げられてしまうと考えるべきだ。
 アリアの姿を見かけたら、なりふり構わず捕獲、が、絶対最優先。

 【第三条件】
 アリアに対する盾であり、繋ぎ留める(くさび)だったクロスツェルさんの不在。
 彼はレゾネクトの手に落ちたと仮定する。
 ベゼドラさんの対アリア効果は……微妙。

 【第四条件】
 こちらの武器は『言霊』と『空間』と、一応、ベゼドラさんの存在。
 私の剣は微々たるオマケにしかならないだろうな。
 翼は現在、翔べる以外にほぼ利点は無し。
 人前に出たら要らぬ争いを呼び込みそうだ。

 つまり、【第五条件】
 私の姿は絶対、人間に見られてはいけない。
 マリアさんの滅多にない白金色の髪も、可能な限り隠しておきたい。
 宗教関係者に見つかったりしてアリアとの関わりを疑われるのは面倒だ。

 【第六条件】
 気配と力を隠す花の実には、時間と範囲の制限、及び限界がある。
 レゾネクト達が私達を常に見張っているとは考えにくい。
 だからこそ『扉』のマリアさんには、彼女が実体化したとレゾネクトが気付く前に、できるだけ早く持たせたほうが良かったのだが……
 相手は特性不明の魔王。気休め以上の働きは期待しないでおく。

 【第七条件】
 アリアの信奉者を増やしてはいけない。
 これはかなり難易度が高い。
 私達でどうにかできる範囲を逸脱してる。
 無闇な干渉は逆効果になるかも知れないし、気に留めないでおこう。

 ここまでの情報で割り出すなら。
 【勝利条件】は、アリアの奪還か、レゾネクトの死亡。
 【敗北条件】は、『創造神アリア』の完成か、レゾネクト本体の帰還。
 加えて、クロスツェルさんを含む私達の全滅。

 なんとも解りやすく難題だ。

 『アリアが目の前に現れてくれない』

 この一点が、難易度を異常なまでに上げている。
 これさえ突破できれば、いくらでも手段はあるのに。
 この一点だけで、私達は手詰まり状態。
 しかし、早くここから先に進まないと、私達が敗北してしまう。
 こういう時は……やはり、()()しかありませんか? 師範。



「要するに、アリアを引きずり出して捕まえれば(おおむ)ね解決するんですよね」

 摘んだばかりの実を手のひらで転がしながら立ち上がって。
 真横に立つベゼドラさんを見上げる。
 何を今更と、振り向いた紅い目が鋭く細められた。

「それができないから捜してんだろうが」
「そうですね。じゃあまず、捜すのをやめてみましょうか」

 ピシッ! と、空気に亀裂が入る音が聴こえた。

 すごい。
 北国でもないのに氷点下体験だ。
 マリアさんまでが、目を真ん丸にして固まってる。

「ふざけてんのか?」

 黒っぽい肌に影が射して、険悪な顔を一層凶悪に彩る。
 獰猛(どうもう)な獣って表現が、よく似合いそう。

「いえ。闇雲に捜し回っても時間の無駄だから、捜すのをやめるんですよ。制限が無いとか余裕がある場合ならともかく、無駄な手間は省くべきです」
「……考えがあってのこと、なのね?」

 マリアさんが軽く首を傾げて私を見上げる。

「考えというか、少なくとも乱雑に歩き回るよりは、相手方の動きに変化を望めるんじゃないかと。その代わりベゼドラさんには相当頑張っていただく必要がありますけど」
「アリアに会えるなら何でもするが、それこそ無駄に終わったら殺すぞ」
「自ら手駒を減らすような失策はおすすめしません。物は試しです。必死で頑張ってください……って、ああ。その前に確認ですが、ベゼドラさんは、単独でもアリアを捕まえられますか?」
「見える範囲に居れば十分だ」
「それは心強い。では、詳細をお話しましょう。まず……」



 今の私達は、レゾネクトとアリアの追跡者にすぎない。
 『後を追っている』んだから、追いつけたとしても逃げられるばかりだ。
 では、彼らが敷いた現状を出し抜くにはどうすれば良いか。
 解決への糸口は、学徒時代の私に、師範が教えてくれていた。

「騎士って職業は、芸事やら礼儀やらを徹底的に仕込まれるおかげで外面は良いが、結局は人間から人間を護る大義名分を与えられた人殺しの集団だ」
「人殺しの集団」
「「お前ら、俺にとって都合が悪い奴らを、俺の代わりに殺してこい」と、上の人間共に免罪符の首輪をはめられた犬っころ達。鎖に繋がれている間は個人の意思なんぞ関係なく、言われた通りの相手を殺していくのが仕事だ。ある意味、楽な苦痛だよな」
「『楽な苦痛』、ですか?」
「そりゃあ気楽だろ? 飼い主が指した相手に噛みつくだけの簡単なお仕事なんだから。個人的に殺したくない相手でも、殺したら殺したで、飼い主を恨む余地は与えられてる。一番キツいのは鎖が無くなった状態だと思うぞ」
「誰の命令でもない殺傷行為、ですか」
「そ。騎士の称号を持ってる連中の大半は王候貴族に連なる名家の子息で、末は与えられた領地の守護が本分になるだろ? つまり、どんな時でも逐一命令してくれてた飼い主に、どんな時でもなんとかしてください系飼い主が追加されちゃうワケ。そーなるともー、大変大変」
「これまで指示に従っていれば良かった自分に、司令塔の役割が増えると」
「どこに・どれだけ・どれが・誰が、民衆という主人に噛みつく敵なのか。その敵を排除するにはどうするべきか。全部自己責任で決めなきゃならん。無論、命令系飼い主の基本姿勢は継承するにしてもだ。分かりやすい指先は自分の物でなきゃいけない。一つでも選択に失敗したら、上下の飼い主から一斉批判の的だし。仮に殺したくない相手を殺したとしても、恨める相手は居やしない。自分で決めたんだから当然だ。けど、やってらんねぇよなあ。命令系飼い主も背負ってる荷物には違いないが、こっちは上下左右前後から八つ当たり交じりの罵詈雑言や攻撃をまともに食らうんだし。超・理不尽」
「…………」
「だから、卒業する前に、『敵の定義』だけはきっちり覚えておけ。こいつを認識してるかどうかだけでも、結構いろんなものが変わって見えるから」
「『敵の定義』?」

『邪魔する奴は全部敵』

「………………身もフタもありませんね」
「分かりやすいだろ? でも、逆に言えばこうも取れるんだぞ」

『邪魔さえしなけりゃ、敵じゃない』

「それはそ……、う……? ……なんでしょうか?」
「こっちの動き方次第で相手の立ち位置が変わるって話さ。よく言うだろ。敵は誰かが決めるものじゃない。自分の心が作るもんだって。まあそういう意味じゃ、上からの命令で殺してた相手は敵でもなんでもないんだが」
「自分の行動次第で、相手の立ち位置が変わる」
「相手を友達だか仲間だかにしたけりゃ、とことん説得もしくは協力しろ。遠くへ行って欲しかったら一切構うな。敵になって殺し合いたきゃ」

 目を逸らしていられないほど、徹底的に。
 無慈悲に、容赦なく、邪魔し尽くしてやれ。


 
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