逆さの砂時計
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アリアの願い
アリアが表に出てる、だと!?
そんな気配は全然無かったぞ!?
『女神アリア』が人間の世界でこんな形になるほど派手に動いてんなら、俺達が王都に居た間、それらしい情報を拾えなかったのは不自然だ。
一週間だぞ?
一週間も滞在してて、具体的な目撃情報どころか女神出現の噂話一つすら耳に入らなかったってのに。
なんだこれ!?
「その紙は昨夜、私達が世界樹の根元で話してる時に結界内へ侵入してきた人達が持っていた物なの。彼らは熱狂的なアリアの信奉者で、偶々近場にあった人知が及ばない場所を手始めにアリアを捜し出そうとしてたみたい。貴方達と同じようにね。申し訳ないけどフィレス様に気絶させてもらって、記憶を覗いた後、強制的にお引き取り願っておいたわ」
「紙切れの出所なんざどうでもいい! 俺達はこんな話、欠片も知らない。地方を担当してる神父の作り話とかじゃねえのか!」
「いえ。こんな話を捏造してもアリア信仰の上下内外から不審を買うだけで何の得にもなりません。最悪アリア信仰を忌み嫌う異教徒達に殺されるか、上の方々に冒涜罪と見なされて処刑されます。よく見てください。配布日は昨日の日付になっていますが、内容は国外の情報が主なんですよ」
フィレスが横から文面を指し、続きを読めと促す。
「国外から伝わってくるまでの時間と、内容の精査に掛かる時間。加えて、対応を検討する為の期間が必ず設けられていた筈。内容が内容だけに一国が独断で扱えるものではないですから。おそらく、アリア信仰の上層部と国の上層部が、揃って箝口令を敷いていたんだと思います。私も、師範が預かる教会でお世話になっていながら、侵入者の記憶とこの会報を見るまでは、まったく知りませんでしたし」
そういやコイツも、アリア信仰の地方教会で五日だか六日だか滞在して、アリアと同じ容姿の女に会ったことを神父達に話した、とか言ってたな。
神父達がその話に食いつかなかった時点で、余計に胡散臭いが……
とりあえず、紙面に目を戻して続きを読む。
『先日より、諸外国において未開拓地域や複数の異教団体代表者等の元に、女神アリア様がたびたび降臨されているとの件について』
『国内外のアリア信徒が御姿を拝した、という旨の報告は為されておらず、その信憑性には疑問が残ります』
『しかし、現実として、各地で入信や改宗の希望者が急速に増加しており、一方で、アリア信仰に対する各異教団体の不穏な動きも懸念されています』
『我々アリア信仰は創造と癒しの女神に仕えている立場から、不要な争いを招かぬよう、信徒の方々には布教活動の自粛と、日々の静粛なる祈りを広く願うものとします』
あの女……
自分に仕える人間は無視して、他の宗教関係者を誑かして回ってんのか。
「『信徒が急速に増加している』……つまり、上の人間がどれだけ止めても国内に話が広まるのは時間の問題だった。だから混乱を避ける為に、あえてこういう形で先手を打ったんだと思います」
「なら、もっと早く開示しとけよ! 腹立つな!」
「それだけ慎重な対応を迫られているのでしょう。アリア信仰や国の内部で収まる話ではありませんし。一つ間違えれば、宗教を越えた国家間戦争にもなりかねません。良くも悪くも、宗教と権力は繋がってますから」
苛立ち任せでグシャグシャに握り潰して捨てた会報を、フィレスが拾って丁寧に畳み直し、子供マリアに返す。
律儀な奴だな。
「とにかく、この手掛かりの検証が必要です。私は、ご覧の通り人間世界に戻れる容姿ではありませんし、女神アリアと同じ髪色を持つマリアさんを、気が立っているであろう、宗教関係者の周りで動かすわけにもいきません。その点、貴方達なら苦もなく潜入できると踏んでいたのですが……やはり、クロスツェルさんが居ないのは厳しいですね」
「要は、お前らが世界中で未開拓地域を捜し回ってる間、アリア信仰以外の上層部とやらを見張っとけっつー話だろ。アイツ無しでも問題ねぇよ」
言葉だの文字だのが通じなくても、アリアが視界に入ればそれで充分だ。
俺の手が届く距離にアリアが居れば、後はどうとでもなる。
「そう……。そのつもりで、貴方達を捜そうと思ってたの。でも、それじゃ間に合わないかも知れない」
「間に合わない?」
「貴方に記憶を見せている間、リースリンデから話を聴いてたんだけど……アリアは、世界から自分の力を隠す為に、水鏡の泉で眠っていたそうね」
「ああ」
「そのアリアを、十数年前に突然現れたレゾネクトが無理矢理起こした」
「らしいな」
何かを思案する子供マリアに首を傾げるフィレス。
リースリンデも、不安そうに子供マリアの顔を覗く。
「泉で目を覚ましたアリアは、端から見ても分かるほど動揺していたと言うくらいだから、当時はまだアリアのままだった筈よね。でもクロスツェルの教会に居たあの子はアリアとしての記憶を失い、別人になっていた。時間を巻き戻しただけじゃそうはならないわ。貴方は泉を出てからクロスツェルに出会うまでの、アリアの足取りを知ってる?」
……ああ、そうか。
クロスツェルが世界樹に記憶を読ませたのは、ルグレットに会う前だ。
あいつが神殿で子供マリアに事情を話してないなら、知らなくて当然か。
「詳しくは知らん。数年前、死にたいようなことを言って自分自身の時間を戻した後、悪魔の力で記憶を消した結果、ロザリアになったらしい」
「死のうとしてたの!? アリアが!?」
「ああ。聞いた話だけどな」
「死ななければとまで思っていたのなら……ああ、やっぱりそうなんだわ。アリアを『創造神』に仕立てたのは、レゾネクトとの契約なのよ」
は?
「レゾネクトが契約でアリアを『創造と救世の女神』にした? 世界各地で破壊の限りを尽くしてた、あの魔王がか?」
「アリアの封印を解く為なら彼にとっては苦も無いわ。実際彼はほぼ実体でこの世界にありながら、現代には悪名を残してないもの。ねえ、ベゼドラ。貴方を封じていた結界の仕組みって、信徒の信仰心を神父に集めて維持するものじゃなかった?」
チッ。
考えないようにしてたってのに、思い出させるなよ。腹立つな。
「それが?」
「だとしたら、契約の詳細は多分『アリアに信仰心を集め、解けかけていたアリアの力と共鳴させ、強引に高めて封印を内側から完全に解かせる』よ。アリアはきっと、世界を救う者になりたいと願ってしまった。レゾネクトはその願いを叶える対価として、信徒の祈りで徐々に解放されていくアリアの力を得ていたんだわ」
俺がクロスツェルの教会でロザリアにしてたのと真逆か。
「アリアは最初、レゾネクトの正体など知らずに契約してしまった。でも、何かのきっかけで気付いたんじゃないかしら? 魔王かどうかは別として、彼は、世界にとって非常に危険な存在であると。その彼と力を共有している事実を恐れた。だから泉に姿を隠し、わざと信仰心を削いで、力そのものを抑えようとしたり、別人になることで共有を阻もうとしたのよ。残念ながらアリア本人に何らかの支障があっても、これまでに共有した分は、消えたり抑えられたりしないようだけど」
自分と異なる時間に観測された事実は、なかったことにはできない。
契約は別人になっても有効。
だが、共有する力の持ち主が死ねば、力を消せるかも知れなかった。
アリアは、自分の力から逃げようとしてたのか?
レゾネクトに余計な力を与えないように?
レゾネクトから世界を護る為に?
「……もしそれが事実なら、アリア村での不自然な行動にも繋がりますね。アリアは、レネージュさんを助けなかったのではなく、助けられなかった。彼女達に直接手を貸せばもれなく付いてくるであろう信仰心を、どうしても避けたかったから。たった一人の救助もためらっていた彼女が、今は世界を相手に活動を始めている。なるほど。確かにこのままでは間に合わないかも知れません。そうそう簡単に信じる者ばかりではないにせよ、信徒予備軍の桁が違いすぎます」
あの女が、神々と同等の敬われる存在になりたがってたとは思えんが。
『創造神』を『世界を救う者』だと信じてたんなら、解らんでもない。
どこにでも現れて派手に暴れてた理由とも繋がる。
もしも本当に、そんな契約を通して顕れたとするなら。
この世界に居るレゾネクトは、アリア信仰を広めた最初の神父ってか?
魔王が女神の神父って。
冗談キツいぞ。おい。
あ、でもアイツ。
クロスツェルの教会でも二度目に顔を合わせた時でも、当たり前のように『月桂樹の葉っぱをくわえた水鳥』のペンダントをぶら下げてたな。
悪魔のクセに、アリア信仰のシンボルを堂々と身に付けてるくらいだ。
ありえん話でもないのか。
「つーコトは、だ。アリアが創造神としてこの世界を掌握する前か、魔王が異空間を出る為に必要な力を得るまでに、アリアを確保しておきたい。が、異教団体は世界中に点在してて、それらのドコに、いつ、アリアが現れるか分からない。一ヶ所を張り続けて最後に来られても困る、か」
フィレスと子供マリアが同時に頷いて、どうしたものかと眉を寄せる。
「場当たり的な動きでは追いつけない。すぐにでも、打開策を考えなきゃ。あれが役に立てば良いのだけど」
「見つかったんですか? あれ」
「? あれ?」
なんだ?
「ええ。やっぱり、あの辺りにありました。ただ、昔に比べると生息範囲が狭く、群生もしていないようなので、効力は落ちているかも知れません」
「レゾネクトが私達に気付いてる様子はなかったですし、多分大丈夫かと」
「だと良いのですが」
「何の話をしとんだ、お前ら」
探し物とか、気付いてなかったとか。
そういや、さっきからいちいち言動がおかしいな、コイツら。
「私達がレゾネクトから隠れて行動する為に使えそうな物を探してたのよ。貴方にも渡しておいたほうが良いのかしら? 一応、悪魔だし」
「ナメとんのか、てめぇ」
子供マリアといい、クロスツェルといい。
コイツら、俺をなんだと思ってんだ?
ぶっ飛ばすぞ、いい加減。
「侮るって意味じゃないわ。むしろ、逆。とりあえず目的地に跳ばすから、説明はそっちで。リースリンデは花園に居てね。フィレス様の結界内なら、きっと安全だから」
「あ、はい! お気を付けて!」
子供マリアから翔び上がって離れたリースリンデが手を振る。
次の瞬間、何の前触れもなく景色が一変した。
「! 空間移動!?」
色鮮やかな花は、深緑色の苔に。
楕円形の空は、繁る木の葉で細切れにされて。
泉は、タパタパと音を立てて流れ落ちる小さな滝に変わった。
滝壺と呼んで良いのか迷うほどこじんまりとした水溜まりの周りには……
なんだ、これ?
水が形を作ってるみたいな、透き通った花が生えてる。
初めて見る植物だ。
「ここは、水鏡の泉と同じ性質の水が流れ込んでくる滝。泉からはそんなに離れてないけど、段差があるせいで見つけるのに時間が掛かったのよね」
俺の背後に横並びで現れたフィレスと子供マリアへ、顔だけで振り返る。
「触らなくても跳ばせるようになったのか。ずいぶんと芸を増やしたな」
「ええ。『扉』として意識を固定されてからずっと万が一を考えていたし。エルフの長ともいろいろ話したから。目視できる範囲にしか跳ばせないし、それなりに消耗するから多用はしたくないけど、手っ取り早いでしょう?」
子供マリアが俺の右横に歩み寄って屈み、指先で透明な花弁をなぞる。
先が尖った五枚の花弁。
その中心には、細長い茎と繋がってる、飴玉程度の大きさの球体。
軽い力で摘んだそれを、頭上に掲げて。
中に液体が入ってるのか?
透き通った何かが、光を弾きながらゆらゆら揺れてる。
「これは神々が元居た天上世界の花の実。泉と同じ水で育ってるおかげで、実の呼吸が近くに居る者の力や気配を隠してくれるの。一度摘んでしまうと効果範囲は限定されてしまうけど、レゾネクトにも有効だと思う。正確には有効だと思いたい、だけどね」
「マリアの記憶には無かったよな、こんなの」
「世界樹が蓄積していた記憶の中に、この花と実の生態を知る堕天使の物が混じっていたのよ。ぜひ活用させていただこうと思って、早朝からずうっと探してたんだけど、森全体の様子が多少変化してて、どこから見ても道が」
「待て。早朝って、ひょっとしてお前ら、俺達より先に来てたのか?」
「そのようですね」
フィレスも子供マリアにならって俺の左横で屈み、花の実を摘む。
「レゾネクトへ斬りかかった瞬間に世界樹から跳んできたんじゃないのか」
「あれは、花を探してる最中に鳥が騒がしいと気付いて念の為マリアさんに泉を遠見していただいたら、明らかにクロスツェルさんの偽者が浮いていると言うので、慌てて翔んでいったんです」
パタパタと、翼を軽く動かす。
空間移動じゃなくて、翔んできただけ!?
そんじゃ、いきなり現れたように見えたのは、俺が立ってた位置からだとちょうど死角に入ってたからか。
なら、泉の周りで他人の気配を感じなかったこと。
レゾネクトを避ける羽根。
姿を見せる前に、俺の動きを縛ったフィレスの歌。
諸々の違和感に説明はつく。
単に、偶然居合わせてただけかよ!
「アリアと接触する為の作戦は立て直すにしても、これは持っていたほうが良いと思うわ。あまり丈夫じゃないから、潰さないようにしてね」
子供マリアが立ち上がって、摘んだ実を俺に差し出そうとする。
「要らん! レゾネクトはアリアの近くに居るんだ。力や気配を隠しても、直に顔を合わせたら意味がねぇだろ」
「そこに行くまでが大変だと思うわ。あの子、確実に貴方達を避けてるし」
俺達を護ってる、とかなんとか言ってたもんなあ。
大方、レゾネクトを近付けないようにしてるつもりなんだろうが。
どこまで俺をバカにしとんだ、あの女は。
「邪魔くせぇ」
「面倒くさいのと邪魔くさいの、どっちが良い?」
「チッ! わーったよ! 持ってりゃ良いんだろ、持ってりゃ!」
嫌みに笑う子供マリアの手から奪った花の実は。
見た目以上に、厚くて固い表皮で覆われてる。
そのクセ、中に入ってる液体の冷たさはしっかり感じるんだな。
「中の水が無くなったら効果も消えるわ。ここに戻れば補充できるけど……できれば、一つ目の水が尽きる前に、アリアと接触したいわね」
気配を消した程度で会えるなら、楽な話だな。
あー、面倒くさい!
いっそ、マジでぶっ壊してやろうか! この世界!
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