逆さの砂時計
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孤独を歌う者 2
「『創造神を映した『鏡』』ぃ?」
なんだそりゃとか言いながら、ベゼドラが階段上に跳び上がってきた。
不満と苛立ちが混じる表情で腕を組み、レゾネクトの横顔を睨んでる。
私も、そんなベゼドラを、クロスツェル越しに横目で見た。
「『鏡』は『鏡』だ。自分自身が認識したありとあらゆる物事を、そのまま映したり反転させたりして、具現化させる。それがコイツの力なんだよ」
アリアの記憶の中でレゾネクトが振るっていた力は、私にありえないって第一印象を与えた。
それは、ある意味そのままだ。
現実に在る物や無い物を自身に映し取り、認識から事実を変換させる力。
そんなモン、『ありえない』としか言い様がないだろう。
すっごい滅茶苦茶だ。
でも、その滅茶苦茶ぶりが、レゾネクトの正体をアリアに気付かせた。
それこそ世界を作ったヤツでもないと起こせないような、破天荒すぎてる事象が、うんざりするほどたくさん混じってたから。
「厄介極まりないのは、コイツ自身が正しく認識さえすれば、目に見えないものでも反転できるって所だ。だからさっきも「強い意識を向けるな」ってお前に警告してやったのに、バカみたいに突進していきやがって」
「すげームカついたんだから仕方ないだろ。つか、声とか聞こえてねぇし」
ベゼドラの目線が、アルフリードとやらの死体に重なる。
知り合い、なのか?
ベゼドラに……人間? の知人が居るってのは、なんか変な感じだけど。
そりゃあまあ、知り合いが殺された挙げ句に飾り物扱いされてたんじゃ、確かに気分は良くないだろうな。
だが。
「それでお前まで死体になりかけてどうすんだよ、バカ」
「俺が死ぬワケないだろ。まだお前を犯ってな」
「よし。もういい、黙ってろ。」
コイツは助けなきゃ良かった。
胸に風穴開いて死にかけたってのに、まだまだ懲りてなかったとか。
本当に救いようがねぇな、このド阿呆め!
「……教えてくれないか」
「? 何を?」
私とクロスツェルを見てた紫色の虹彩が、一旦、目蓋の奥に隠れ。
少し間を置いてからまた開き、こてんと傾く。
「俺は何故、ここに居るんだ?」
「…………………… は?」
「────っ!!」
何が言いたいのか解らず、キョトンとする私の後ろで。
幼女が息を呑んだ気配。
女神に支えられて立ってる母親も驚いてる。
「俺は……お前達は、どうして生きているんだ?」
「どうして、って」
レゾネクトが、子供みたいに不思議そうな目をしてる。
なんだコイツ? 急に様子が……
「やめてぇええ────っ!!」
「!?」
驚いて振り向いた先で、幼女が頭を抱えて膝を落とした。
泣いてる? のか?
間近に居なくても分かるくらい、全身でガタガタと震えてる。
その周りを、金色の何かが心配そうに翔ぶ。
「そうやって……そうやって、また、殺すの? フィレス様を突き殺して、止めようとするベゼドラやクロスツェルの体を切り裂くの……? アルフを殺したように私を殺して、今度はアリアをこの空間に閉じ込めるの……!? 私から! どれだけ奪い続ければ気が済むのよ! 貴方は──っ!!」
薄い水色の光が幼女から放たれる。
弱々しい、頼りない、涙色の光だ。
なんだろう……この光、ずっと昔から知ってる気がするな。
すごく……悲しい……
「教えてくれないか。ロザリア、クロスツェル」
レゾネクトに向き直れば、私とクロスツェルをじっと見てる。
ただ解らないことを訊いてるだけ、みたいな、本当に不思議そうな目で。
どうしたもんかと、クロスツェルに顔を向けて様子を窺ってみたら。
レゾネクトを見返す金色の目が、やんわりとした曲線を引いた。
「生きたいからですよ」
レゾネクトに向けて差し出してる左手は、そのままに。
クロスツェルが答える。
「何の為に?」
「やめて! 答えないで、クロスツェル!!」
幼女の涙声を背に受けて、それでも表情一つ変えることなく。
「生きたいからです」
また、同じ言葉を重ねる。
「……それは、生きたいから生きている、という意味か?」
「はい。それ以外に、どんな理由が必要でしょうか?」
私が知ってるクロスツェルなら、アリア信仰を世界に広めて迷い苦しむ人々を救う為、とか答えそうなものだけど。
変わったなあ、コイツ。
「生きることに、何の意味がある?」
「意味なんてありませんよ。そんなもの後付けすればいくらでも作れるし、貼り替えが利く言い訳でしかない」
「では何故、生きたいと願う?」
「死にたくないからです」
うん。
変わったな。本当に。
「俺も、そうなのか?」
「どうでしょうか? 私と貴方が同じかどうかは、何とも言えませんが……とりあえず貴方には、自分の力だけでは何をどうやっても得られなかった、どうしても欲しいものがあるんですよね?」
「!」
なんだ? また、レゾネクトの表情が変わった。
驚きと怒りが混じる瞳で、クロスツェルを睨む。
「何故、そう思う?」
「状況からの推測です」
「不愉快だな」
「すみません」
爽やかな笑顔が嘘臭い。
「ですが、それを得たいのならまわりくどい行動なんて必要ありませんよ。むしろ素直さが重要だと思います」
「おい、クロスツェル。あんまり挑発すんなよ。険悪にしてどうすんだ」
レゾネクトの顔がどんどん凶悪になってるじゃないか。
何か知らんけど、やめろよな。
力じゃ絶対に敵わないんだから。
「彼の真意に近い場所に触れているのですから険悪になるのはどうしようもありません。でも、これは彼自身の望みでもあるのです。踏み込まないと、いつまで経っても解決しません。多少怖いのは我慢してください」
「真意? それって…… !」
アルフリードを呼び戻す云々じゃないのか?
って尋こうとしたら、レゾネクトがいきなり消えた。
空間移動か!
「ベゼドラ。ロザリアの存在を、この場所に固定してください。早く」
「は? んだよ、いきなり」
ベゼドラの不満そうな声を聞くなり、体がズシッと重くなる。
その瞬間、背後に現れたレゾネクトの左腕が、私の肩に掛かりかけ。
それを、クロスツェルの左手が掴んで止めた。
速い。
なんだ、今のクロスツェルの動き!?
レゾネクトとベゼドラも驚いて、変わらず笑ってるクロスツェルを見た。
「……ロザリアに手を出したら最後。貴方が欲しがっているものは今度こそ永遠に手に入らなくなりますよ、レゾネクト」
「いいや……。もう一度、アルフリードに会う。そうしなければならない。数千年を待ったんだ。今、ようやく叶う。邪魔をするな、魔法使い!」
「ぅわ……っ!?」
レゾネクトの右手が私の右腕を掴み、後ろへと乱暴に引っ張って。
クロスツェルから無理矢理引き離そうとする。
転けそうになるのをなんとか堪えて、二人を見れば。
「…………………………………………はい?」
背伸びしたクロスツェルが、レゾネクトを正面から抱きしめて。
頭を……後頭部を、撫でて……、る?
「……なんのつもりだ、貴様」
あ。
うろたえてる。
声色は刺々しいまま変わってないけど。
目とか雰囲気が、すっごいうろたえてるよ。
あのレゾネクトが。
ベゼドラも思いっきりどん引きしてるし。
母親も女神もぎょっとしてる。
幼女も、「え?」って間抜けな声を出して硬直した。
「私の記憶を見たそうですし、ご存知だと思いますが。猪の皮を被っている犬猫科性の大型動物二名に仕込まれた、友好表現ですよ」
あー……、あの強烈な性格の、聖職者? 二人組か。
友好表現ていうか、ソレ、嫌がらせにしか見えないんだけど……。
「友好?」
「誰かと友達になりたい時は、これが一番手っ取り早いのだと、身をもって知りましたので。実践しているところです」
実践しちゃってるのか。そうなのか。
そりゃ、コイツに敵意を向けて話を拗らせるよりはマシだけど。
予想外すぎて言葉が出ねぇわ。
「何を、言っている?」
「ですから、お友達になりましょうとお誘いしています。私は、ロザリアの隣に居られれば他はどうでもいいですし、過去の因縁にも興味ありません。ですから、変に争うよりも友好関係を築いて人生を円満に終結させたいなと思っているのですよ。ほら、二つに分けていた魂を一つに戻してもせいぜい一年ちょっと保つくらいじゃないかなあ? って話ですし。人生の最後には笑っていたいじゃないですか。後悔とか、したくないんですよね」
……さらっと言うよなー……。
ベゼドラが大部分を護ってくれてたから良かったけど。
そうでなかったら、クロスツェルは本当にすぐ死んでた。
体の時間を進めたら、一分と保たずに心臓が止まってた筈だ。
それを私がどんな思いで見てたか、少しは考えて……
……なかったんだろうなあ……。
そういうバカだもんな、お前は。
「人間は、基本的に利己的で排他的です。でも、こういう風に好意を示せば解り合える者も多いんですよ。喧嘩をした後は仲直りの握手を交わしたり、寂しい時は肩を寄せ合ってみたりね。力任せではなく、他人任せでもなく。正面から静かに思いのままを打ち明けてみましょう、レゾネクト。怖いなら私が隣に居ます」
抱えたレゾネクトの頭を、柔らかい笑顔で撫で続けるクロスツェル。
どうにもよく解らんのだが。
コイツ、さっきからレゾネクトに何かを伝えようとしてるのか?
「……知った口を」
「利きますよ、いくらでも。それが私達にとって良い方法だと思いますし。なにより、それを最も強く望んでいるのは」
「やかましい!!」
「! クロスツェル!」
ドン! と。
乱暴に突き飛ばされたクロスツェルの体が、玉座の肘掛けへよろめく。
レゾネクトの右手が、クロスツェルの心臓めがけて振り下ろされ。
爪の先がコートに触れるかどうかの位置で、ピタッと止まる。
「壊したものは簡単には直せません。だからと言って楽をしようとしたら、余計な副作用を起こして望まない結果になりますよ。意識とは向かい合って初めて通じ合うものだと、貴方が一番よく知っている筈です。過去ではなく現在の自分を見つめ直しなさい、『鏡』」
レゾネクトの腕が、小刻みに震えてる?
何事かと横に回って覗き見たクロスツェルの目の色が、いつもと違う。
妙に赤っぽいような、黄色っぽいような。
「……お前、なのか」
?
「私は私です。他の誰でもありません」
レゾネクトの顔が。
喜びのような怒りのような、悲しみのような苦しんでるような。
形容が難しい、複雑なものに変わっていく。
「何故、お前までが拒む。もう一度会えるというのに」
クロスツェルは静かに目蓋を伏せて、首を横に振る。
「私に、彼女は救えません」
「お前以外に、あれは戻せない」
「いいえ。彼女の時間は既に前へと進んでいます。形が変わったとしても、消え去ることはないでしょう」
「何故……どうして、手を離そうとするんだ……っ」
「貴方が切り離したからです」
「だから俺は!」
「解かれたものは、元通りには結び直せない。だから新しく結ぶんですよ」
言ってる内容はさっぱり解らないが。
レゾネクトの腕を引き寄せ、頭を抱えて撫でる姿は、小さい子供をあやす大人みたいだ。実年齢で言えば真逆だってのに。
…………そう。
これは大人と子供のやり取りにしか見えないんだから。
いちいち気持ち悪ぃとか言って砂を吐くんじゃねぇよ、ベゼドラ。
「お前が居ないと、手に入らない」
「いいえ。貴方も変われば良いのです。奪う者から、護る者へ」
「お前じゃないと、意味がない……っ」
「いいえ」
「!? それは、アルフの……! やめて、レゾネクト!!」
レゾネクトの頭上に、紫色の光で形作られた剣が顕れる。
その形に見覚えでもあるのか、幼女が短い悲鳴を上げる。
鋭く尖った先端が狙い定めてるのは、クロスツェルの頭。
「お前に会わせないと、マリアは笑わないんだよ!
アルフリード!!」
レゾネクトの叫びに合わせて疾る剣。
それは、見上げたクロスツェルの目の前に迫り。
空気の玉が弾け飛ぶように破裂して、消えた。
「いいえ。貴方が彼女を、彼女が愛するものを深く傷付けてしまったから、貴方には見えないのです。彼女の願いを、望みを映しなさい、レゾネクト。そうすれば、貴方が本当に為すべきことを理解できます」
「マリアは、お前以外と向き合わない!」
「いいえ。彼女が今大切にしているのは、娘であるロザリアとアリアです。アルフリードは彼女の遠い過去でしかない。生物は常に未来へと進むもの。それを忘れてはいけません」
「お前が居ないと、マリアは生きられない!!」
「……レゾネクト……?」
母親が、どういうことかと言いたげな顔で、階段の下まで歩いてきた。
幼女のほうも、訝しげに眉を寄せて、言葉を失ってる。
……えー、っと。
要するにこれって、あれか?
レゾネクトは、母親に笑って欲しかった、だけ?
母親の昔の恋人を生き返らせれば母親が笑うって。
そう信じてたのか?
じゃあ、レゾネクトの本当の目的は。
レゾネクトが本当に映してたのは。
アルフリードってやつじゃなくて……母親?
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