逆さの砂時計
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集結
レゾネクトの動きには無駄が無い。
素早く的確、それでいて柔軟。加えて空間を利用して来るんだから、堪ったものではない。
でも、本気は出してない。
私の時間を止めて一突きで終わらせれば良いものを、そうしないのが証明だ。
全然全くこれっぽっちも本気じゃないのに、殺気だけは本物って……どれだけ器用な気の発し方をしてるのか。
近距離になれば、体を支える足場が無いのに凄まじい勢いの回し蹴りや踵落とし、正面突きから肘打ちまで様々な技が流れるように休み無く飛んでくる。
全部回避して距離を置いても、弓や剣や斧や鞭にころころと形態を変える薄緑色の武器が翼に的を絞る。試しに何度か言霊を使ってみても、声を奪われて結局無効。
本当にもう……デタラメ過ぎ。だから怪奇現象は苦手だ。なんとか反撃してもさっぱり当たらない。寧ろ避け続けていられるほうが奇跡に近い。わざと避けさせてるとかじゃないだろうな……うん。なんかそういうの、ありそう。
そして仮にそうだとしても、此処まで力量差がはっきりしてると「侮辱だ!」と怒る気にもならない。
「っ! あ、っ」
前方から飛んできた矢を右に躱した瞬間、真横に移動したレゾネクトの左手が風に靡いた髪を掴んで引っ張った。反った喉に右手が……
って、手刀!? それはまずい!
「く……っ!」
右肘で攻撃を払いつつ上半身を捩って翼をバタバタと動かし、羽毛で叩いたレゾネクトの手が緩んだ隙に離れる。
長い髪は時として武器にもなるが、彼を相手にするなら邪魔だ。切ろう。
「! 潔いな」
「不要品には執着しませんので」
後頭部の縛り目に剣身を通し、長年伸ばした髪を切って棄てる。
……あ。廃棄物を空から散撒いてしまった。誰にも見付からないと良いけど。髪が空から降ってきたとか世間で話題にされても、後々居心地が悪い。
風に乗った髪がきらきらと波打ちながら、視界の隅に映るサクラの森周辺へと落ちていく。
……薄い紅色には白銀も合うけど、金色のほうが合うな。なんというか、華やかさが違う。
「折角の美しい物を」
突き出されたレゾネクトの左手が右から左へ前面に弧を描き、アリア色をした五枚のカードを空中に並べる。真ん中の一枚を人差し指で弾いた瞬間、五枚総てが風を鋭く切り裂いてバラバラに飛んできた。
あー……。カードで指を切ると地味に痛いから……。
「それは、ありがとうございます!」
上下左右正面から襲い掛かるカードを後ろに飛んで避けるのは危険だろう。多分、レゾネクトが移動して翼を抑える。
ちょっとした賭けにはなるが、その時はその時だ。
四枚と背後は無視。正面の一枚に向かって、飛ぶ!
「ほお」
胸部にカードを通過させた私を見て、レゾネクトの瞳が少しだけ丸くなった。
勢いで仕掛けた刺突は空間移動で避けられ、振り向けば私が居た場所で重なり合った五枚のカードを再度空中に展開してる。
「解っていても、なかなかできる事じゃない。認めよう。お前は優秀だよ、フィレス」
「本当に……際どい選択でしたけどね」
『退魔の力は神を傷付けない』
私を覚醒させた状況から推測した結果だが、その通りで良かった。でなければ、ただの自殺行為だ。
「では、次はどうする?」
レゾネクトの指先がカードを弾く。また同じ攻撃か?
……違う。迫って来る途中で薄緑色が紫色に変わった。
魔王の力か。これは受けられない。
「……っ」
弾けるとは思えないが、咄嗟に剣を構え
「みゃうっ!!」
ひゅん! と、目の前を金色の光が走った。
下から昇ったそれはぐるりと大きな円線を引いて、五枚のカード総てを「食べた」。
ああ……助かりましたが、まだちょっと早かったです。気付かれないだろうか……。
「ゴールデンドラゴン!? 」
「みゃああッ!」
驚きに一歩分後退したレゾネクトと私の間に羽根を広げて浮かび、牙を剥いて威嚇する元黒い日記ことゴールデンドラゴンのティー。
勢いは勇ましいのですが、その容姿と鳴き声では少々緊張感が……。
「……そうか。あの男の日記を変容させたのか」
「みょにゅみ、みゃいみゃにょみょみぇみみょうにゃみゃみぇみゅみぇにゃい」
「その口振り……懐かしいものだな、バルハンベルシュティトナバールよ。もっとも、その記憶では初対面になるのだろうが」
! ティーの言葉が解るのか! 凄いな魔王!
「みゃいみゃににゃににょみょみょみぇにぇみみゅみょにゃ? みょにゅみみゃ」
ぐるると低く唸るティーの言葉に、レゾネクトは……なんだ? いきなり表情が険しくなった?
「……なるほど。鬱陶しさには変わりないようだな、時司の神。貴様に答えるつもりは無い。二度と語れぬよう、今度こそ完全に消滅させてやろうか!」
レゾネクトの右腕が乱暴に振り上げられ、拳に紫色の火花が散る。
……らしくない。
ティーの言葉が、嫌味なまでに冷静なレゾネクトの態度を乱した。
一体、何を……
「みゃみゃみぇにゃみょにょみょ」
斜めに振り下ろしたレゾネクトの拳から、紫色の雷がバリバリと音を立ててティーに襲い掛かる。ティーはカパッと口を開き、それを全部飲み込んだ。
次の瞬間
「にゃあああッッ!!」
激しい雄叫び? と共に、金色に輝く光をレゾネクトに向けて吐き出した。
「ゴールドブレス……!」
苛立たしげに呟きながら空間移動で回避するレゾネクトを、ティーは微動だにせず睨む。
太古の支配者ゴールデンドラゴン。
リースさん曰く、彼らがかつて最強を誇った理由は、あらゆる怪奇現象を取り込んで自分の力に変換する生態にあったらしい。
気候や地殻の変動といった自然現象には敵わず滅びた竜族だが、精霊や魔王や神の力に対する優位性は健在のようだ。
見掛けはともかく。
「みみぇにゅ」
「? はい」
首を捻って私を見る。多分、名前を呼ばれたのだろう。
「にょめ」
……にょめ?
にょ、め? よ、べ?
あ、「呼べ」か。
「使えますか?」
「にゅむ」
一つ頷いて、またレゾネクトに顔を向けるティーの丸っこい背中が、今はとても頼もしく見える。
「では……古の盟約に従い、我が元へ集え! 神々の使徒リースリンデ、リーフエラン、リオルカーン!」
言霊に応えた三つの光が、私を三角に囲んでぱぱぱっと現れる。右に紅い鷲もどき、左に碧の狼もどき、背後に黄の獅子もどき。
……いや、なんでも彼女達のこの姿は精獣と呼ばれる形態だそうで、実際の獣と比べると色は勿論、形も微妙に異なってる。なので、私の認識で「それらしいものもどき」だ。
「竜と精獣を従えた女神か。……邪魔だ。纏めて潰してやる!」
明らかに様子が変わったレゾネクトに向かって、獣達が吼える。
「リースリンデ、防音障壁! リーフエラン、突撃! リオルカーンは直接攻撃からの防衛!」
リースリンデが人間には知覚できない高い声で大気を揺らし、ティーの前に出たリーフエランの爪と牙が、避けるレゾネクトを透かさず追い掛ける。
その合間にも魔王の力が働いてるのか、ティーが時々口を動かしては何かを飲み込んでゴールドブレス? に変える。
気を抜ける場面ではないが、精獣達のおかげで多少余裕は生まれた。アリアが現れてくれない以上、レゾネクトをどうにかするしかない。退治は無理でも、せめて攻略の糸口を見付けられれば
「喧しい!!」
「みゃう!」
「! ティー!」
リーフエランの攻撃を躱したレゾネクトが空間を移動して、ティーを直接殴り落とした。
しまった。ティーが食べられるのは外向けの力だ。レゾネクト自身に作用する力は止められない。
よほど強く殴ったのか、音はあまり聞こえないが、森の一部分が衝撃で形を変えた。
「動」
「!」
私への接近を阻もうとした精獣達の動きが、レゾネクトの言葉でピタリと止まる。私まで動けない。もしかして、風も止まってないか?
さっきの言葉といい、今といい……まさか、魔王の力とは……
「お前を殺すのは惜しいがな。不愉快にしてくれた礼だ。せめて苦しみを感じる前に、死ね」
怒りだ。激しい怒りを瞳に湛えたレゾネクトの左手が、私の首を捕らえる。指先を真っ直ぐ伸ばした右手を引いて、私の心臓を狙う。
「やめろぉおおおおぉぉおおッッ!!」
「……!?」
爪先が体に触れる寸前で、レゾネクトの腕が止まる。
大音量で響き渡った声の持ち主らしき人影が、私の腕を強引に奪って、レゾネクトから離れた。
……ちょっと待って。
此処は空。雲の上。こんなに素早く動ける存在なんて、私か怪奇現象の一員しかいない。
でも、その殆どは今此処に揃っていた筈。
なら、それに当て嵌まらないこの人影は。
「……お前が先だったとは……予想外だな」
薄く笑うレゾネクトから私を庇う背中に、純白の翼。
私よりやや小柄な容姿。背骨を覆う程度に真っ直ぐ伸びた、マリアさんと同じ白金の髪。
彼女は
「ロザリアぁああーーーッ!!」
遠くにベゼドラさんの叫びが聴こえる。
僅かに肩を震わせ、大地を見下ろしたその目は薄い緑色。
……遅かった……。
マリアさんの封印が解かれてる!
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