つぶやき

海戦型
 
暇潰23
やったぁ短編書き終ったぁ。これで暇つぶしが出来るぞー。
あ、ちなみに凄い今更ですが前回と前々回に登場したナガト八式を開発したリベルラ社の名前の由来はリベルラ=ラテン語でトンボ=ヤンマーだったりします。

 ※ ※ ※

「ナガト八式から下りた時には既にすり替わっていたのさ。馬鹿が見る豚のケツ、という奴だ」

 虎顎エージェント3人は断続的なテレポートでモノレール乗り場を目指していた。
 当然ながら3人は法師が分身又はそれに類する能力を持っていることは予想していた。だが、モノレール駅の乗り場を目指していることは状況からして自明の理。しかもそこに至る道は一本道。故に移動ルートは一本に限られ、分身を使っても意味はないと3人は踏んでいた。
 仮に分身されたところで、念動力を使ってまとめて捕まえることは十分に可能だったため、その可能性は完全に排除していた。

 が、この一刻を争う事態を前に彼らは、先入観から来る致命的な勘違いを冒していた。
 これが言うのも馬鹿らしいほど馬鹿馬鹿しいカン違いで、もしこれが地元民ならドジな奴だと鼻で笑われる程度の物なのだが――そもそもホーム入り口から見て手前のモノレールは天専とは逆方向行きなのだ。

 加えるなら、手前のモノレールは法師が万が一反対のホームまで向かう余裕がなかった時の為の逃走手段として一計を案じたものだったりする。予め天専に連絡を送って無理を言ってモノレール二本をキープさせてもらったのだ。
 本当ならアビィを保護するための護衛なりを送って欲しかったが、残念ながら虎顎の動きが早すぎて間に合わなかった。保険、兼フェイク、+囮の三つを重ねた作戦は、結果論的ではあるが上手くいったらしい。

 時系列を整理すると以下の通りだ。
 ナガト八式を降りた法師とアビィは、すぐさま同時存在(バイロケーション)で囮を作成した。
 まだ追手が来ていないことを見た法師は、自らはアビィを抱っこして先行し、時間差でBFを移動させることにした。これによって後から来た追手はBFの事をたった今出てきた本人だと誤認する。
 仮に偽物だと見破られたならBFに少しでも時間稼ぎをさせ、ばれてないならばそのまま本物のふりをさせる。そうしてBFと連絡を取りつつ時間的な余裕がありそうだと判断した法師はそのまま天専行きのモノレールまで回り込み、その間自分たちの存在が露呈しないようにBFが全力の抵抗を試みた、という訳だ。

 ちなみに同時存在の能力は、実は本物の持ち物までコピーすることが出来る。霊素銃はそのコピー品だ。……というか、それが出来なかったら法師はただの全裸製造機になってしまうのだが。

 相手が空間転移持ちということで内心かなり肝を冷やした法師だったが、結果として彼の采配は見事に勝利を導いた。最早あの三人組には本物を追う余力もなければ、追う方法も無くなった。

「さて、些かあっけない幕切れだが、これで王手のようだ」

 BFが、敗者となった3人に冷たく言い放つ。地面に座り込んだ3人は、小声でぼそぼそと喋っては乾いた笑を漏らした。

「王手か……くく、そうだな。王手だよ」
「そうさな。もうどうしようもあるまいて……ふふふ、ふ」
「あーあ。行っちまったなぁ」

 その声に、BFはふと違和感を覚えた。
 声色に感情が籠っていない。落胆やショックが妙に薄く、むしろ言ってしまいたくてしょうがない事実を告げるのにもったいぶっているような――そう考えた刹那、3人がにやにやと歪んだ笑みを浮かべた。

「海の上で鉄の箱に閉じ込められちゃってまぁ………これで腕利きの水流操作系ベルガーにでも当たったら、もう助からねえなぁ!!」
「ッ!!まさか、橋にいたベルガー!?」

 大規模な海水操作を行い、後の連絡でティアが取り逃がしてしまった男――洪水。
 まさか、とBFは思考を巡らせた。
 ティアのとの戦いの後に逃亡したのは、場合によっては直接モノレールを抑えるため。
 つまりたった今発進したモノレールの進行通路下には――最新型モノレールでさえ容易に停止させるだけの質量の水を操るベルガーが待ち伏せしている。

 そのことに気付いたBFはしまったと言わんばかりに額に手を当てる。

「あぁ……なんという事を……」
「あの男は分身しか能がない。洪水とは最悪の相性だろう」
「それにモノレールは密閉空間。お得意のさかしい知恵も役立たん」
「というわけで――確かに王手だよ。俺達の、な」

 3人は勝ち誇った表情でそう告げた。


 ――のだが。


「余計な事を……そんな事をしたら、オリジナルは『あいつ』を頼らなければならないじゃないか!何故わざわざ藪をつついた!?お前の仲間、下手をすれば死ぬぞ!?」
「「「………はい?」」」

 彼ら3人は全く知る余地がなかったのだが、実は法師がダメもとで連絡を送った事務所のメンバーの中に、一人だけたった今からモノレール襲撃を防ぐことのできる人間が存在したのだ。

 衛に並ぶ事務所の金食い虫にして、余りに強力過ぎる力の所為で周囲に甚大な被害を及ぼす『炎壊の姫君(プリンセス)』が。



 = =



 洪水は、勝った気でいた。

 仲間は素体の確保に失敗したものの、自分はあのティアというベルガーを振り切って先回りに成功している。そして万全に整った舞台で、会場を往くモノレールを完全に無力化して素早く素体を攫う算段まで済ませた。

 相手が何者であれ、水場で自分に勝てる相手など存在しない。
 水を操るエージェントとしての絶対の自信にして、自らのアイデンティティの一つとさえ言える勝算。兄の大風と双対を為す者としての矜持が、絶対の自信を抱かせていた。

 イメージ通りに水を展開した。
 モノレールを目視で確認した。
 そして、勝利を確信した。
 周辺に自分を妨害する存在はいない。船も、ベルガーも。仮に妨害を仕掛けてくるベルガーがいたとして、今の自分には逆立ちしても勝利はあり得ない、と。

 その絶対の自信は――


「ふぅん、水遊びがお得意な訳ね。……まぁ、私から言わせればそれだけだけど」


 突如空から飛来した一人の幼い少女によってあっさりと阻まれた。
 足や腰からジェット噴射のような炎を噴きだして宙を浮くその少女は、モノレールに向かい筈だった数十トンにも及ぶ水を、瞬時に消滅させた。そして告げた――お前のそれは児戯でしかないと。

 消滅――いや、違う。

「熱……?」

 魘されるように洪水は呟いた。先ほど操った水流は跡形もなく消えたように見えたが、もしそれが超高温に晒されたことで瞬時に蒸発したのだとしたら。
 少女の周りを紅蓮の炎が舞っている。その炎から発される熱が、洪水の皮膚を加熱させ、海面を急激に蒸発させている。身体ごと焼けてしまうのではないかとさえ思える猛烈な熱に、洪水の喉が干上がる。

「まさか………蒸発させたのか!?あの質量の海水を、あの速度で!?馬鹿な……そんな熱量を発生させ、あまつさえ飛行するベルガーなど聞いたことがないッ!!」

 現実から逃避するかのごとく叫んだ洪水の――己の存在意義とさえいえる水の操作を唯の熱だけで無力化された哀れなベルガーの叫びに、少女はつまらなそうに答える。

「そぉ?アタシは9歳の頃にはそれくらい出来たけど。チョウチョ結びよりは簡単な事よ」