つぶやき

海戦型
 
暇潰20
帰ってきおった新年一発目。

 ※ ※ ※

「一応死なないように閉じ込めたから、こういう展開も想像してたけど……」
「僕の能力強度を低く見積もるな。大気中のアイテールを物質化できるのは君だけじゃない」
「その水……海水ではないわね。おおかた自前のアイテールを水に変換したって所かしら?」

 洪水(ホンシェイ)の周囲をひとりでに回り続ける蛇のような水。恐らくその水をウォータージェットの要領で噴射したのだろう。閉じ込めた筈の氷の一部にくり抜かれたように穴が開いていた。

「付け加えるならば法則奪取(インターセプト)はあくまで一時的な支配権の奪取でしかない。奪った後のアイテールを全て握ったままにしておくことは困難を極める……革命後の国の統治が難しいのと同じように!」
「同じじゃないと思うけど」
「些事な事だ。少なくとも僕にとってはな」
(心なしかはぐらかそうとしているような……まぁいいけど)

 実際の所、彼の発言に粗があろうがなかろうがティアにとっては関係のない事だ。既にティアは自分の仕事を済ませた。法師にやって欲しいと言われた仕事は済ませたのだ。だからその後に自分の作り出した結晶が破られたとて彼女には関係のないことだった。
 法師なら必ず有言実行で依頼をこなすであろうという揺るぎない信頼。それがある限り、ティアが慌てることはない。
 だが相手もまた、今の状況に慌てや焦りを感じさせない。

「――それに、僕は態々お前と戦う必要はない。かといってさっき通り過ぎた車の方を追う必要もない。先ほど言った通り今やこの町には僕らが有機的に動き回って警察を攪乱しているし、モノレールを追う方法は他にもある。例えば、こんな風にな!!」

 瞬間、洪水が身に纏っていた水が彼自身の足元を切り裂き、橋に穴を空けた。
 洪水は悠々と立ったまま、その足場と共に橋の下へと落下し、海水を使って自身の足元に台を作り出す。

「あちゃあ、不意を突かれちゃったか……でもかっこつけたまま真下に落下するのってなんかマヌケ」
「五月蠅い!とにかくお前の異能も海の下までは届くまい!僕は忙しいのでもう行かせてもらう!!」

 洪水はそのままサーフィンのように異能で起こした波に乗り、ティアが見えないところまで行ってしまった。そんな彼の背中を見送りながら、ぼそりと一言。

「なんか微妙に締まらない人だったなぁ」



 = =



 現在、アライバルエリアの街中では様々な事件が同時多発的に発生している。
 町の道路を変形させて壁を作り出すベルガー。
 植物を異常成長させて道を塞ぐベルガー。
 中には警官相手に襲撃を仕掛けるベルガーもいる。
 それらの9割以上が、虎顎のエージェント。アビィというたった一人の少女を確保するために用意された戦力。

 その戦力の一人が、この町のベルガーとの一騎打ちに決着をつけようとしていた。
 風によって極限まで加速した肉体から繰り出された右拳――それを囮に、左拳に圧縮しておいた大量の空気を直撃させて一気に勝負をつける。
 実にシンプルなその攻撃が、たったいま衛に突き刺さろうとしていた。

「この勝負、俺が貰ったッ!!」

 確信的な意志を込めてそう叫んだ大風の左手が振り抜かれる――その刹那。

「……とでも思ったんじゃないか?」
「――ッ!!」
「甘いのだよそれはッ!!」

 瞬間、限界まで瞬発力を上昇させた衛の拳が、体をひねるようにして大風の横腹に放たれた。

 最初から、衛は攻撃を受けることを前提として動いていた。

 地に足をついた状態で、相手が確実にこちらを仕留められると確信する距離まで近づくことを狙った――カウンターを叩き込むために。

「届けぇぇえええッ!!」

 既に圧縮空気の解放が始まっている大風の左腕。
 そして衛が振るったそれも、奇しくも左腕。
 そして二本の腕が交錯し――圧縮空気が放たれるより僅かに速く、衛の一撃が叩き込まれた。
 猛烈なインパクトが大風の身体を抉り、大風の視界が激しく揺れる。

「げ、ふぅッ……!?」
「さっきの借り、これで返したことにしておこう」

 みしり、と音を立ててわき腹にめり込むその拳は、身体改造(モディフィケーション)によって極限まで強化された岩をも砕く左拳。人体構造上の理想的な能力を有した、生身の戦闘においては理論上最強に近いブロー。
 地に足のついた鉄拳の衝撃は、コートの中に戦闘用の衝撃吸収スーツを着込んでもなお殺しきれない。
肋骨と内臓を容赦なくかき乱す衝撃に、大風の意識が揺れる。

「たっぷり味わいたまえ、その激痛を……でぇぇぇいッ!!」
「ぐがぁぁあああああああああああ!?」

 圧縮空気の弾道は無残にも衛から逸れ、代わりに衛が放った起死回生のボディブローは大風の身体を吹き飛ばした。

 確かに行動の自由度では大風のほうが優位だっただろう。
 だが、地に足の着いた攻撃には大風に出す事の出来ない威力を持っている。
 その事を常に意識したうえで衛が一発逆転の瞬間をギリギリまで待ってたことに、大風は最後まで気付けなかった。敢えてあげるならば、それこそが大風の敗因だろう。

 拳に吹き飛ばされ得た大風はそのまま斜め上方に吹き飛ばされ――十数メートル向こうにあった民家の壁に衝突した。
 吹き飛ばした大風に意識がないことを確認した衛は、やれやれと溜息を吐きながら大風に歩み寄る。まだ辛うじて意識は繋ぎとめているようだが、もう異能を発生させるだけの集中力は残っていないようだった。激戦で痛む身体を異能である程度修復した衛は、大風の元に歩み寄る。
 大風は、敗北したというのにどこか清々しさすら感じさせる表情で衛を見上げていた。

「まさか……体術で、女に負ける……とは。任務も、他の連中任せか……俺もまだまだ……功夫(クンフー)が、足りん」
「女女と言うものじゃない。世の中、意外と女の方がおっかないものだ」
「ふふ、ふ………強く、気高く、美しく……お前に……げふっ!ほ、惚れてしまいそう……だよ」

 微かに微笑みながらそう告げた大風は、それを最後に意識を失った。
 気絶した彼を抱えた衛は、大きなため息をついて事務所の方へ歩き出す。

「時々いるな……こういう手合い。冗談だと思うが、本気にしているようなら暫く女の姿は止めておくか」

 衛は男としても女としても生きられる体を持っている。だが、それが時々こうやってややこしい事態を巻き起こすのが、衛という人間の数少ない悩みだったりする。