つぶやき

海戦型
 
「マッチ売りの少女」を書こう:後編
「う~ん、我ながら完璧な計画!アーリアル王国はちょーっと油断すると直ぐに戦争だの侵略だのをしようとするからね……これでいい牽制になったでしょ!はーっはっはっはっはっは!!」

 燃える巨大マッチを肩に担いだサーヤは上機嫌に肩を揺らして大笑いし――不意に、その笑顔が途切れた。

「成程な……どうも怪しいとは思ってたんだが、まさかそのナリでテロリストとは、たまげたね」
「げげー!………つかぬことをお聞きしますが、全部聞かれてたりしますかお兄さん?」
「お前さんがマッチ箱を媒体にこんなテロをやらかしたことは理解できたよ」

 彼女の余裕の笑顔を崩した者。それは、先ほど正にマッチを売りつけた若い男だった。
 腰に剣をぶらさげて上質な武具をつけていたため名うての傭兵(マーセナリー)か冒険家だとは思っていたが、まさかこちらの思惑に気付かれるとは夢にも思わなかった。

「おっかしーなぁ……なんでバレたん?」
「理由その一。貰ったマッチを調べてみたら、極少だが神秘術らしい記述がマッチに彫り込まれていた。しかも記述がクリスタルへの神秘供給システムと部分的に似通っている。遠隔操作数列式だと気付いて危険物保管用のテレポットに放り込んだよ――おかげでテレポットが一つおじゃんだ」

 テレポットとは、内部に一種の異空間を作り出して物体を格納できる道具のことだ。内部で強い衝撃を受ければ壊れるが、異空間を突き破る際に破壊力の殆どを使い果たしたのだろう。男には少々鎧の一部に煤がついているが怪我はない。
 並の人間なら、仮にマッチ箱を開いてもその数列を見つけきれないだろう。それほどに微細な数列だった。サーヤはひゅう、と口笛を吹く。

「わお、名探偵!で、他にも理由があるの?」
「ある。理由その二。そもそもこの辺りでマッチを売ってること自体が解せない。この辺りは比較的裕福な人間の住む区域だ。金は持っていても人通りが少ない。儲けたいなら一段下の、丁度労働者でにぎわってる中層のほうが儲けが見込める。しかも一箱30ロバルというのもおかしい」
「え、良心的な値段だったと思うけど?」
「この町の連中はマッチの相場なんか知らん。本気で小遣いを稼ぐならもっと吹っかけた値段で攻める」

 おおー、と関心の声をあげるサーヤの笑顔を苦い顔で見ながら、若い男は腰の剣に手をかける。
 マッチに違和感を覚えて少女を追いかけたが、結果的に彼女によってマッチは爆発させられてしまった。あの威力ではかなりの死者が出たに違いない。

 家族がいただろう。
 出世欲や憧れがあっただろう。
 語らいたいことが沢山あっただろう。
 仕事の後の楽しみが、目の前にあっただろう。
 それが、こんな少女に一瞬で――歯がゆい思いを堪えながら、若い男は言葉を続ける。

「そして、疑った最後の理由。――『マッチ売りの少女』はエレミア教で使われる古い隠語だ。その意味は、『炎とともに尽きる命』……炎の凶兆を示す」
「……博識だねぇ、とっても博識!まさかこの皮肉が通じる人に会えるとは思わなかったよ!エレミア教の地方司祭ならそんな古い隠語なんて知りもしないよ?」
「生憎と、俺の家はそういうのに縁があってね」

 若い男は、それだけ言い終えると腰の剣を完全に抜き放った。
 黒を基調とした両刃の剣が、月光を反射して煌めく。
 それを見た少女は大袈裟に自分の身体を抱いてわざとらしい悲鳴を上げた。

「きゃー!ゴメンナサイゴメンナサイ!私、ある人に頼まれてやっただけなのぉ!家族とか人質に取られちゃってさ、しょうがないじゃん!?」
「よく回る舌だが、嘘がモロバレだぞ。お前の持っているその巨大なマッチ棒……『ヘファイストスの松明』だろう。過去に反女神派の異端集団と認定された『スチュアート派』が強奪したオリュンポス十二神器のうちの一つだ」
「ウッソ!そこまでバレちゃう訳!?お兄さんってば実は良家のお坊ちゃんか教会関係者でしょ!!」

 今度は流石の少女も本気で驚いたようだ。
 オリュンポス十二神器は騎士団の上層部とエレミア教会上層部のごく一部しかその存在を知らない古代兵器だ。その半数は強奪されて教壇の手元にはないが、それをこの短期間に看破するなど、その情報を持っているだけでも異常な事だ。
 ヘファイストスの松明は、その中でも炎を司る古代兵器。
 見た目は巨大なマッチ棒にしか見えないが、数十もの数列を同時遠隔操作してあの規模の爆発を起こすなど、まともな神秘術では不可能だ。故に若い男は、過去に見た資料と照らし合わせてあの武器を特定していた。
 だが、その古代兵器を肩に担いだ少女は不敵な笑みで男を見上げた。

「――で、さ。お兄さんはこの後どうするのかな?勇ましく剣なんか抜いちゃってるけど、あたしのこと斬っちゃう?」
「………………」
「考えてること当てたげようか?そうだねぇ~……私の目的があくまでこの国への牽制だって話を思い出して、本当の神器の力はこんなものじゃないなって密かに戦慄してるでしょ!」

 十二神器は、普段は封印されている。それは、その力が余りにも強力過ぎるからというのもあるが――実際には、使い方が伝わっていないからだ。十二神器は神秘数列の媒体として以外にも、特殊な使用方法が存在する。だが、その使用法を記した書物も神器使いの一族も、過去に起きた魔物との大戦によってすべてが失われていた。
 だがこの少女は、神器の使い方を知っている。先ほど町に放火する際、彼女は神秘術には存在しない過程を使用していた。
 何故神器の使い方を知っている。
 何故それを持っている。
 お前は、何者なんだ。

「で、今の自分じゃ勝てないから今回は見逃そうとか!」

 あくまで余裕は崩さずににやにや笑うサーヤに、若い男は内心で覚悟を決めた。
 彼女の言う事は正しい。確かにその考えも頭を過った。彼女が本気でこちらに攻撃すれば――十中八九防ぎきれずに焼死するだろう。利口に生きていたいのなら、ここは見逃すべきだ。

 だが、それでも――と、ニーベルは歯を食いしばる。
 ここで黙って引けば、自分自身を許せなくなるから。
 弟との間に立てた誓いを破ってしまうから。
 見て見ぬふりをして、素知らぬ顔で悪から目を逸らしたくないから。そんな最低な自分など、存在する価値がない。

「我が名はニーベル・フォルツ・ブルグント。愛国の徒として、無辜の民を焼いたお前を黙って帰す気は毛頭ない」
「無辜の民、ねえ………知らないってのは幸せだ。いいよ――あたしの名前はサーヤ!その喧嘩、特別に付き合ってあげる!」

 サーヤが肩に担いだ神器を振り上げ、槍のように振り回しながらニーベルに突き付けた。
 ニーベルもまた、抜き放った剣を正面に構える。

 空気が、張りつめた。

「………ただし、果てしなく後ろ向きにねーっ!!」

 瞬間、サーヤは神器を担いだままバック走でその場を離脱した。
 一瞬その姿に呆気にとられたニーベルは、やがて自分がからかわれたことに気付いて慌てて追いかける。

「なっ……てめぇふざけんなコラぁ!!人をおちょくってんのかこのチビ女!!」
「ふざけてないけどさ!さっきの爆破でかなり力使っちゃったし、あまり暴れすぎると六天尊(グローリーシックス)が動く可能性あるんだもん!寧ろ全力で見逃してください!」
「くそ、なんでバック走で俺の全力疾走より足が速いんだよ!ちょっと気持ち悪いわ!!」
「ははははっ!……あ、ひとつカン違いしてるみたいだけどー!!」

 鬼ごっこをして遊ぶようにけらけらと笑うサーヤは、必死に追いすがるニーベルに一声かけた。

「あの炎はねー!熱いし燃えるけど、ヒトは殺さないよう定義付けしてあるからー!トラウマは残るかもしれないけど、死者は一人も出てないよーーっ!!」
「なっ……なんだとぉぉぉーーーー!?」
「あははははっ!またいつか会おうねー!!」

 結局、必死の追跡もむなしくサーヤは姿をくらました。
 翌日確認を取ると、確かに彼女の言うとおり死人は出ていなかった。
 爆発によって吹き飛んだ破片などで重傷を負った者はいたものの、不思議な事に発火したものに触って火傷したものはいても、炎そのものに焼かれた者は一人もいなかった。
 しかしこの事件で主要な酒場が壊滅したことと、下手をすれば都市に壊滅的な打撃が与えられていたであろうことから、アーリアル王国兵の士気は著しく低下した。

 結局サーヤが何者で、何の目的でアーリアル王国にちょっかいを出したのかは不明のままだった。あの無邪気な少女がこんな凶行に及んでいる理由は想像も出来ない。
 だが、ニーベルには小さな予感があった。

 ――あの子とは、またどこかで出会う気がする。

 その後、ニーベルは元々続けていた武者修行の旅を再開した。
 そして彼は、彼女とはまた別の運命的な出会いを果たし、それを境に大きな動乱に巻き込まれることになるのだが――それはまた、別のお話。




あとがき:
あれ、おかしいな?マッチ売りの少女を書きたかったんだけど。
しかも気付いたら五千文字超えてました。なんか最近こんなのばっかり書いてる気がする。
一応質問とかあったら受け付けますけど、多分質問は来ないと予言します。