つぶやき

海戦型
 
暇潰17
もうほとんど日記の域。
いい加減投稿しろよとか言われそうだけどアビィ編だけ書き終わりたいと思って進めてたら、アビィ編の文字数が5万に届きそう。しかも書き直し前提の内容。

※ ※ ※

 人通りの少ないアライバルエリアの住宅地付近。
 そこは、2人のベルガーによって決闘場と化していた。
 周囲の住民は警察に連絡しつつも家から一歩も出ず、対ベルガー防犯シャッターを閉めて室内で震える。そのシャッターを揺らすほどの振動が、街に響き渡った。

 響く振動の正体は、吹き荒ぶ風と放たれる弾丸の二重奏。
 互いに一歩も引くことなく、一方が発砲してはもう一方が躱し、一方が攻め込んではもう一方が躱す。
 ベルガーの戦闘はこれほど熾烈なのかと思わせるほどに一進一退の戦闘が続いていた。

 だが、その趨勢は明らかに空を支配する者――大風に偏りつつある。

 すでにABチャフも無力化され、大風を縛るものは何もない。
 解き放たれた風の化身は、衛相手にその力を存分に振るい、狩人のように容赦なく追い立てる。

「圧縮大気、解放(エミッション)」

 ドウッ、と大風の手のひらに集められていた大気が圧から解放され、烈風が迸る。
 直線状にいた衛が回避した場所に命中したその烈風は、道路わきの街路樹を平然とへし折り、奥にあった住宅の門を突き破った。人間に命中すればおそらく空高くに巻き上げられて落下しするか、壁にたたきつけられて死亡するだろう。
 最悪の予想を顔色一つ変えずに回避した衛と同じように、大風も攻撃が外れたことに特別な感情はない。なぜなら、今はなったのは彼にとって単なる牽制に過ぎないのだから。

「解放(エミッション)」

 避けた方角へ、大風が飛ぶ。
 足の裏や腰を起点に圧縮した空気を噴出し、瞬間的にF1スポーツカー並みの速度を得ているのだ。
 10メートルはあったはずの距離が一気に詰まる。
 衛はその動きを予想していたとでもいうように冷静に霊素銃を構え、発砲。
 直撃コースを辿る弾道はしかし、大風の飛来する軌道が突如として変化し、むなしく空を切って対向車線の家の壁を穿つだけに終わった。

(高速で移動しながら複数の空気の流れを作り、路線を切り替えるように自身の軌道を変化させているようだな。やはりまっとうに銃で撃ちあっては勝ち目がない)

 常人を逸した段階まで強化した脚力を用いて真横へ跳ねるが、大風はその動きを追尾して体を回転させる。

「解放(エミッション)!」

 足先、足首、膝、腰、肩を圧縮大気による噴射で的確に加速させ、回転と速度のすべてを踵に乗せる。
 大風はそのギロチンのような蹴りを、瞬時に叩きつけるように放った。

「はぁああッ!!」
「――ッ!!」

 跳躍時間に一瞬だけ生まれたその隙に、殺人的な威力の踵が衛の横腹へ叩き込まれた。
 純粋に空力的に飛行している大風と跳躍しているだけの衛では空中の動きの自由度が変わってくる。その隙を、大風は的確に突いていた。
 猛烈な衝撃に、衛の体が宙を浮いて真横に吹き飛び、街路樹に激突する。

「かはッ……!!ご、ぐぅぅ……!!」
「………あのタイミングでガードを間に合わせたか。まぁ、僕が認めた戦士なのだからそれぐらいはやってもらわねば……な」
「ぐっ……言って、くれるな。乙女の横っ腹に蹴りを叩き込んだ罪は重いぞ?」
「僕がいまさら罪を気にする人間に見えるか?」

 踵が命中する寸前衛が腹と蹴りの間に肘を滑り込ませていたことに、当然ながら大風は気付いていた。恐らく跳躍した時には既にこの展開を読んでいたのかもしれない、と黙考する。
 目の前で苦悶の表情を浮かべながらも、銃を油断なく握り敵から目を離そうとしない目の前の女。戦士としての場数の多さが痛みを凌駕しているのだろう。常人なら痛みに耐えきれずにその場でもがくか、力の差に絶望して戦意を喪失するところだ。

 蹴った瞬間に感じたが、あの細身の体はあり得ないほどに鍛え上げられ、絞り込まれていた。
 いや、あれは単純に鍛錬を積んだものの肉体ではない。あれは自身の筋肉をナノマシン管理の人工筋肉に置き換えたり、身体強化(ブーステッド)の類で筋肉を強化したような、通常の人間では持ちえない筋肉の『質』を持っている。

(だが、どれほどに肉体を強化しようとも、僕とお前とでは土俵が違う)

 お前は地を這う存在だが、こちらは空を舞う風そのもの。
 確かに相手は油断のない人間だ。だが、ABチャフは大量に持っているわけでもないらしく、先ほどから使う様子も見せない。
 戦士として相対した以上は背中を見せる気などないが、大風は既に勝敗の結果を予見していた。

(お前に勝ち目はないぞ、マモル。さあ、お前の戦士としての意地を見せてみろ。でなければ――お前は無様に負けるだけだ)

 手持ち無沙汰気味の小刀を構えながら、大風は再び飛んだ。



(虎顎のエージェント……恐ろしいまでの速度と体術だ。あれだけの機動に振り回されない体捌きは見事としか言いようがないな。さて、どうするか)

 樹木に激突した振動でダメージを受けた衛もまた、まっとうに戦えばこのまま敗北するであろうことは察しがついていた。
 大風の機動力は凄まじく、こちらから攻めて勝ちを拾うのは困難だった。霊素銃を叩き込もうにも、彼自身この手の武器とのやり取りには慣れているのか隙を見せない。このまま彼のヒット&アウェイを受け続ければダメージばかりが蓄積し、致命の一撃を叩き込まれて行動不能にもされかねない。
 それに、彼の気が変わればいつでもこちらを振り切って依頼主のほうへ向かえる。だからこそあまり時間をかけたくない。

 幸い彼はABチャフを警戒してか大技は放ってこないらしい。それとも戦士としての矜持がそれを出し渋らせているのか。どちらにしろ衛にとってはありがたいことだ。
 既に警察へ通報は行われたようだが、大風ほどの実力者が相手ではむしろ人数が増えることでより動きにくくなる可能性がある。そうなれば相手の思うつぼだ。
 だからこそ、急いで決着をつけなければいけない。

 だが、こんな状況下でも衛に焦りは存在しない。

 再び空を飛んで襲い来る大風がまた掌から烈風を放つ。今回は一発ではなく複数だ。
 姿勢を低くして疾走しながらそれを躱す。瞬間的にならば台風の風速を超えるその突風に、外に停めてあった自転車、ブロック塀、花壇などが次々に宙を舞う。まるで空気の爆撃だった。

 その爆風に晒されながら、衛は静かに霊素銃に装着されたアタッチメントをアクティブにし、大風のインファイトを再び迎え撃つ。

 今度は蹴りではなく右手に握られた小刀。肘を起点に噴出された大気によって加速され、かまいたちのような刃が頬を掠る。刃の先端が音速を超えたのか、衝撃波で予想以上に頬の傷が深い。
 だが、その瞬間に大風は勝負の決着を確信した。

「この勝負、俺が貰ったッ!!」

 同時に、もう一方の左拳が開かれる。
 目に入りやすい刃をおとりに、本命の圧縮空気を叩き込む。とてもシンプルで、確実な手段。
 左の拳にため込まれた圧縮大気が、拳によって間合いが詰まった隙を逃すまいと衛の胸元に強引に押し当てられた。
 大風にとってはこちらこそが本命。命中するかどうかわからない突風よりも確実に相手を仕留めるならば、これが最も手っ取り早い。
 もはや衛にその風を回避する手段は存在しなかった。