つぶやき

こばやかわひであき
 
ハロウィンネタ後編

 睨む視線は厳しく、此処から一歩も動けないのではないかと思わせる程。
 ギリギリと歯を噛みしめて、俺に行かせまいと目の前で両手を広げる少女が居た。
 一寸だけ俺の衣装に呆気にとられていた彼女は、すぐにはっとしたように睨んで言葉すら零さない。

「……三つ数える前に視界から消え去りなさい。この全身白濁幼女趣味男」
「……仕事終わったし、言われた通りに来ただけなんだが?」
「お生憎様。今日は私達だけで“ぱぁてぃ”を楽しんでいるの。あんたみたいな性格も頭も心も見た目も真っ黒な奴が来たらせっかくの気分が台無しになるでしょ」

 噛み付くように言い放たれた。
 いつも通りの暴言。出会えばこうなる事くらいは分かっていたが……それならこちらもいつも通り返すだけである。

「……白って言ったり黒って言ったり……脳内桃色被虐趣味猫娘は目まで悪くなったのか」
「あら、白濁が何を差してるかも読み取れないの?」
「人体がどんな物質で構成されているかも知らないなんて……教えてやろうか?」
「はぁ!? あんたなんかに教えて貰わなくても――」
「分からないだろ?」
「うるさいっ! 疾く、帰れ!」

 唸る姿はまるで番犬のよう。ネコミミだけど。
 桂花の仮装はケットシーのようだ。普段着るはずの無いミニスカート。しかし“赤と黒”の服とはまた……一緒に楽しもうって事だな。
 少し内股気味だから、宴会場から抜けて手洗いに向かうつもりだった、と。

「じゃあ俺が帰ったら桂花は宴会場に戻るってわけだ」

 にやりと口を引き裂いて言うとまた睨みつけられる。

「そ、そうよ! だから早く帰りなさい!」
「いやしかしな、華琳に仕事の報告もした方がいいだろうし……ああ、桂花が代わりに聞いてくれるか」
「そんなの明日でいいでしょ!」
「いや、急ぎで判断した方がいいだろ? 帰ってすぐ煮詰められるし」

 これで逃げ場はない。一層もじもじとし始める彼女は悩んでいるようだ。
 どうせかぼちゃジュースでも飲み過ぎたんだろ。限界まで持つかな?

「う……うぅ……聞いてあげるから早く言いなさい、手短に!」
「いや、やっぱり華琳と話した方がいい案件だと思うんだ。呼んで来てくれないか?」
「私を伝令代わりに使うって言うの!?」
「だって入ったらダメなんだろ?」
「あんたなんかを今の華琳様に会わせるわけないじゃない!」
「いや、仕事だし仕方ないだろ。それよりどうした? もじもじして」
「う、うるさいっ! なんでもないわよ!」

 どうやら限界が近いらしい。顔が赤いぞ。とどめと行こうか。

「ちなみに店長の店を汚したらどうなるか……分かってる、よな?」

 最低でもひと月はおやつ抜きだろう。桂花がそれを我慢できるかと言われたら、否。

「気付いてて、こんのっ……くっ……後で覚えてなさいよ!?」
「知らん。俺は何も見なかったし聞かなかった」
「絶対! 後で! かぼちゃ塗れにしてやるんだから!」

 普段走らないのに駆けていく。その捨て台詞は無いと思うが。大声出すと漏れるぞ。
 ため息を一つ。
 まさか桂花と初めに出会うとは。可愛かったけどさ。
 また歩みを進めて宴会場に向かう。
 しかし……意向を組んで立食パーティにするあたりが華琳らしい。季衣と流琉にしてもだ。出来る限り現代のカタチを作り出してみたいんだろう。
 思考に潜る内、大きな扉に辿り着いた。中からは楽しげな声が聞こえる。はてさて、どんな様子になっているのか。
 扉を開けると……ピタリ、と声が止んだ。


 †


 彼も仮装してくるらしいと季衣ちゃんと流琉ちゃんが言っていたから、どんな服を着てくるのか楽しみにしていた。
 朔夜ちゃんは狼。銀色の毛並を作って貰うのに苦労したらしい。
 詠さんは帽子が違う。きょんしぃ? だったかな。前が見えないからと札を胸に付けている。ただ、“ひらがな”で名前が書かれているので少し幼く思えた。
 風ちゃんはひらひらの服を着て弓を背中に背負って、“えるふ”の格好そしていた。彼からの意見を参考にしたんだろう。
 稟ちゃんは……華琳様に戯れを行われていつもの如く倒れてしまった。断罪! とかとらんざむっ! とか言ってたけど、あの格好はなんだろう?
 桂花さんはお手洗いに行った。けっとしぃと言う猫らしい。赤と黒は“あの二人”の色だから、きっと思い入れがあったはず。
 天和さん、地和さん、人和さんはなぁす服。白衣の天使とも言うらしく、白い鳥の羽を背中に着けている。
 季衣ちゃんと流琉ちゃんは犬の仮装。南蛮の子達に似せているから、少し肌の露出が多い。
 真桜さんは……

「フゥーハハハ!」

 何故か白くて長い特殊な服を着て高笑いと決め動作が絶えない。“まっどさいえんてぃすと”ってなんなんだろうか。稟ちゃんもさっきまでマネしてたけど、意味があるのかなぁ?
 凪さんは灰色のキツネの様相。曰く、“じゃっかるよりも凶暴”、とのこと。
 沙和さんは……ぱりっとした服を着ている。名前は分からない。クイとメガネを上げる姿と教鞭が絵になっている。罵倒の言葉が聴こえてきたのはきっと気のせいだ。
 霞さんは……速さが足りない、と特殊な服を着ながらはしゃいでいた。彼が話していた世界最速の人のマネだと思う。
 春蘭さんと秋蘭さんは少し際どい服を着ている。白と黒の“ばにぃがぁる”。“しるくはっと”なる帽子を被って“すてっき”を振っていた。華琳様と一緒に来る前に息がはずんでいたけど……ふしだらな事じゃないと思いたい。

 皆、普段着ない服。こすぷれ、と言うらしいが、確かに楽しい。
 はろうぃんの本来の意味とは大きく外れているけど、楽しかったらそれでいい。それが私達の流儀だ。
 だって……彼が話してくれる特殊な日は……。

 扉が開いた。静寂に支配される。開いた人の方に皆が目を向けていた。
 黒。彼の色。彼を表すいつもの色。でも……なんだろう。どうしてこんなに自然に見えるんだろう。どうしてこんなにも、しっくり見えるのだろうか。
 彼も皆の姿に呆気にとられていた。

「……秋斗、その服は?」

 華琳様が尋ねる。いつもならするはずの挨拶も忘れるほど、彼の服の事を聞きたかったのか。

「仮装するって言ってもなにもなくてな。だから、“仮装になる服”を選んできた」

 答えになっていないとばかりに睨みつける華琳様は、少しばかり頬が赤い。だって、どうしようも無く自然だ。あの服を男の人が着ると、こんなにいいモノなのか。手足が綺麗に見える。全体的に完成されていて美しい。
 きっと――――の服なんだろう。だから彼は、今この時だけ……

「随分久しぶりに着たし生地が違うけど……クク、これ着て仕事してた時が懐かしいよ」
「あなたの故郷の服ですか?」

 月ちゃんも頬が赤い。この服は……私達には甘い毒だと思う。

「ああ。ネクタイは服屋に行けばあった」
「それがあなたなりの仮装ってことね?」
「まあそういうこった」

 袖から見える白が気になる。一挙手一投足に目が行ってしまう。
 ねくたいを緩めて欲しい。上着を脱ぐ動作も見てみたい。

「うん、皆似合ってるなぁ……コスプレパーティになっちまってるわけだが。そうなると俺がめちゃくちゃ浮いてるか……コレじゃ従業員っぽい」
「“執事”として雇ってあげてもよくてよ?」
「へぇ、覚えてたのか。しっかし、お前さんが……それとはな」

 華琳様の衣装は吸血鬼。それも絶対に着ないようなフリフリの“ごしっくどれす”。“ついんて”は螺旋を描かず、真っ直ぐに降ろされていた。

「ふふ、どう? 跪きたくなった?」
「クク、執事は跪かんよ。そうなると俺は狼なわけだ」
「秋兄様はっ……私の兄なので問題ないかと」

 堪らず声を上げた朔夜ちゃんのしっぽが揺れる。彼と同じというのは、少し、羨ましい。
 微笑みを返された朔夜ちゃんは……ゆでだこのようになって堕ちた。
 私は心を強く持たないと。
 心配で駆け寄ろうとした彼の服を掴んで、華琳様は目を細めた。

「……って言ってるけど?」
「おい、朔夜が倒れたんだが……」
「風に任せておけば問題ない。ほら、もう起きたじゃない。跪くか否か……答えなさい」
「……マイマスター、なんなりとオーダーを」

 そういえば、彼が語ってくれた物語の一つでは、吸血鬼の執事は狼らしい。
 朔夜ちゃんが起き上がったから、彼はホッと息を付いて華琳様と話を続ける。
 まだ、彼は私の方をしっかりと見てくれない。否、見ないようにしてるだけ。顔が赤いから……抑えてるみたい。気付いたらしい。私の思惑に。私が考えている事に。

「ふふ、なら私の義妹(いもうと)にも跪きなさいな」
「……魔王が妹の吸血鬼ってどんなだよ。ってか月、その角危なくないか?」
「あ、これは布で作ってあるので柔らかいですよ?」
「おお、ホントだ。ふにふにしてやわらけぇ」
「では秋斗さん。私にも忠誠を誓って貰いましょう」

 月ちゃんの服は黒。肩から流した布に角が二つ。中は可愛らしい服。華琳様が夜の王で、月ちゃんが魔の王。二人とも今日は黒の主として居たいらしい。
 にこやかな笑顔で月ちゃんが言うと、彼が固まる。苦笑して、片方の膝をついて
仰々しく彼女の手を持った。

「人の身なれど、忠誠を誓いましょう。魔の王、曹『 』様」

 月ちゃんが人の敵なら、彼は裏切り者だ。
 なら、私はどうか。私も同じく、裏切りモノかもしれない。

「では、私も命じましょう。彼女の元に向かいなさい」

 その言葉で、やっと彼が見てくれた。ゆっくり近づいてくるけど、彼の顔が赤くなっていく。
 みんなも気を効かせてくれてるらしく、それぞれの話に戻っていった。
 視線を繋いだまま、縮まった距離で私の鼓動が速くなる。

「とりっく、おあ、とりぃと」
「ハッピーハロウィン、雛里」

 笑顔を向けあう。今日この日は、私に似合ってると言ってくれたから、教えてくれた通りに言葉を投げてみた。
 聞いた通りの返しと共に、私の帽子を外して頭を撫でてくれる。
 私の姿はそのまま。彼の外套に似た黒を肩から下げているくらいでいつもの通り。そのまま。
 “魔女っ娘”……と、彼が言っていた。
 初めて出会った時もそんな事を考えたらしい。だから、この日の私はそのままでいい。皆のように可愛い服を着てみたい、とは思うけど、初めての『はろうぃん』だけは“魔女っ娘”で居たかった。

「さすがに魔女っ娘で居てくれるとは思わなかったよ。さて、お菓子は何が欲しいかな? 下で少し買ったけど……」

 手に提げていたカバンを置いて、膝をついて中を探し始める。
 いたずらを思いついた。
 恥ずかしいけど……これならいたずらも出来て、甘いモノも貰える。
 一歩、一歩と近づいていく。
 気付いているのかいないのか。きっと彼は、私がお菓子を貰おうとしているとしか思ってないだろう。

「お菓子じゃない甘いモノが欲しいです」

 言うと、彼は首を傾げた。
 漆黒の瞳は綺麗で、濁り無い。
 彼の首に手を回して、

 “私にとって甘いモノ”を頂いた。

 顔を離し、恥ずかしくて俯くと、

「あわわ……“とりっく、あんど、とりぃと”……でしゅ」

 彼はいつもみたいに苦笑を一つ。

「やっぱり雛里には敵わないなぁ」

――その言葉も、私にとっては甘いモノに入るみたいです。




 その後、皆と一緒に“ぱぁてぃ”を楽しんだ。
 皆の前で私だけが甘いモノを奪ってしまったから、彼は大変な事になっていたけど……やっぱり楽しそうだった。
 酔ってしまう人もたくさん出た。
 一番酔っていたのは月ちゃんで、脱ぎます! とか言い出して詠さんがかなり焦っていたけど。
 行事の後は酔っていない皆で片付けて、店長さんの計らいで娘娘に泊まる事になった。布団を用意してあったのは、華琳様がこうなる事を見越していたかららしい。
 真ん中に華琳様と月ちゃんを。川の字になって……皆で床についた。

「こんな日をこれからも沢山作っていきましょう。じゃあ、おやすみ、皆」

 華琳様が願いを込めて、部屋の中は黒に染まる。
 おやすみなさいの返事を聞いて目を瞑る。
 男だからと部屋を出て行った彼は相変わらず。きっと店長さんと語らっているんだろう。

「ふふっ、はっぴぃはろうぃん」

 今日も幸せだったから、皆に伝えたかったから、彼にも伝えたかったから、誰にも聴こえずとも小さく零した。


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読んで頂きありがとうございます。

去年は書けなかったので、今年は書きたかったのです。

雛里ちゃんはマントだけ着用。魔女っ娘ひなりんが好きなんですごめんなさい。

ではまたー