つぶやき

こばやかわひであき
 
肝試し 前編
なろう様で依頼があった肝試しフェイズの前編になります。
作品は夏祭り中なのでつぶやきにて投稿。

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 狂骨は井中の白骨なり
 世の諺に 甚しき事をきやうこつといふも このうらみのはなはなだしきよりいふならん


 その話を聞いた後、背筋を駆け抜ける寒気に身を震わせていた。

「――――だから古い井戸に近付く時は気をつけろよ。まあ、井戸じゃなくてもいるわけだが……ほら……狂骨が……お前の後ろにっ!」
「……っ!」

 季衣と流琉、そして春蘭と月、凪と沙和と真桜が一列に並んでいた為に、指を差されてバッと振り向いた。

「もう兄ちゃん! 驚かさないでよ!」
「兄様のいじわる!」
「徐晃……あ、後で覚えておけ……」
「ほ、ホントに居るかと思ったのー」
「……大丈夫いない。いないんだ。大丈夫だ、問題ない」
「な、凪? 大丈夫とちゃうやん」

 何もいないと分かってほっと息をついて……じろりと彼を睨むモノや混乱するモノ多数。

「ふ、ふん、いるわけないじゃない! そんなの空想よ! く、う、そ、う!」
「そうよ! そんな話聞いたこと無い時点でホラ話だわ!」

 腕を組んでいる桂花と詠は強がっているのか腕がふるふると震えている。後ろが気になって仕方ないようで、目を泳がせてもいた。

「ふふ、まあ中々に楽しめる話だったな」
「せや! でも話しとる時の秋斗の顔の方が……クク、おもろかった。ほら、こーんな顔しとったやんな?」
「……っ……ひ、卑怯だぞ霞……くくっ……」

 霞が向けた表情に、秋蘭はどうにか耐えようと顔を真っ赤にしていた。

「ふむ、不思議なお話ですねー。聞いたこと無いのにいそうな気がするのですよー」
「狂骨というあやかし。人の恨みから変化するモノは書物でも見た事がありますが、骨だけという事は井戸の底に沈んでいたのか……それとも……」
「使わなくなった、井戸限定なのかもです、稟ちゃん。それよりも、特筆すべきは恨みの強さがどれくらいでなるのか、ではないかと」
「おお、恋人を取られた女の人とかだと凄そうです。白骨では睦事も楽しめないですしー……お兄さんの言葉で言えば……骨ぷれい?」
「風ちゃん、それではしゃぶる、くらいしか出来ないです。それも男の人が」
「さ、朔夜……もう少し柔らかく言葉を包んでください……はっ! つまり骨までしゃぶりつくしてくれという女の切なる願いも狂骨の発生理由!?」
「うーん、逆に男の人を開発――――」

 風、稟、朔夜の三人は軍師らしく思考を回していく。かなり間違った方に、であったが。

「ねぇ、骨になったら……声って出るのかな? 歌えないのはお姉ちゃんやだなー」
「……姉さん、さすがに喉が無いから無理だと思う」
「気合でなんとかなるわよ。でも可愛い服を着こなせないのは嫌ね」

 何処となくズレた天和の発言を広げていく人和と地和。さすがに白骨が踊る舞台とか誰も見たくはないだろうに。

「人の恨みは怖い、そういう事でしょう、秋斗?」
「まあな。こういう話は大体そんな感じに落ち着くもんだ。しっかし、ちょっとくらい怖がってくれてもいいじゃないか、華琳」

 隣からの凛とした声を受けて、不満げな目を向けた秋斗は、膝の上で震える小動物を撫で続けていた。
 ぎゅっと抱きついて離れない小動物は……雛里。
 夏だから怖い話しようぜ、と秋斗が唐突に言いだして、夜に皆を集めて蝋燭の前で話している。さながら、百物語である。
 雛里は始めの一話からずっと秋斗の膝の上で震えていた。

「有り得ないモノを怖がってどうするのよ。それよりも……そろそろ秋斗から離れなさい、雛里」
「……っ……あわわぁ……」

 彼の胸に顔を埋めて返事をしない雛里に、華琳のこめかみに青筋が立って行く。

――正直……華琳の方がよっぽど怖い、なんて言ったらダメだよなぁ……武器が鎌だし、死神っぽい。魔法少女しにかる☆かりん……って感じなら可愛いんだがな

 そんな事を考えた瞬間、ジトリ、と華琳は秋斗を睨んだ。

「あなた……失礼なこと考えなかったかしら?」
「現実の人間の方が怖いなぁって考えてた」

 真実を混ぜて曖昧にぼかす彼はいつも通り。
 目も合わさずに放たれた一言は、殺気と怒気を彼女に含ませるには十分であった。

「……へぇ、そういうこと。なら、現実の人間の怖さがどんな場合に体感出来るのか、試してみたらいいじゃない」

 あ、やばい……そう、秋斗は感じて、どうにか話をずらそうと瞬時に思考を巡らせる。何処からか鎌を取り出してきそうな雰囲気。
 思いついたのは、怖い話に関連したよくある夏の定番。此処に留まっていたら、目の前のドエス覇王に脅されて夜通し苛め倒されると気付いた為に。きっと他の者達も混ざって大変な事になるのは予想に容易かった。

「あー……そういえばさ! 華琳が信じてないなら、肝試ししても問題は無いよな!? 信じてないなら怖くないだろうし、な!」
「肝……試し?」
「うん。まあ、度胸試しみたいなもんだ。夜に一人ないし二、三人で外を歩く。目的地に、ビビらず驚かずに到着出来るかどうかを楽しむ感じだ」
「……」

 苦しい逃げであったが、思考に潜り始めた華琳からはもう怒気は感じない。
 ほっと一息、秋斗はそろそろ雛里に離れて貰おうと下を向くと……目が合った。

「怖いのは……や、です。したくないでしゅ。いや、でしゅ」

 いやいやと首を振って示す雛里は、肝試しをしたくない様子。どうやら本当に怖いらしい。
 うるうると子犬のような瞳は懇願の色に溢れ、こちらもやばいと秋斗は動揺を隠せない。
 しかし……既に後の祭り。華琳に提案をした後であるならば……

「ふふ……肝試し……悪くない。私の愛する者達の怖がってる顔もみたい。私に抱きついて来る愛らしい子達を後でたっぷりといじめて可愛がってあげられる。何より、秋斗を驚かせて怖がらせて、いじめる口実にしてしまえば……」

 着々と算段を立て始めているのは必然。もう逃げられない。楽しい事といじめるのが大好きな覇王が本気を出し始めたのだから。
 華琳の独り言は聞こえていなくとも、どうせそんな事を考えているんだろうなと秋斗はげんなりする。

「雛里ごめん、やっちまった。こうなったら華琳は止まらない」
「うー……」

 震えながら秋斗に抱きついた雛里。それがまた、華琳の心を苛立たせているとは知らず。
 今日は解散だと華琳が言い放ち、突発的な怪談会は終了を告げた。月と詠はこれ幸いと、秋斗の部屋へと一緒に向かい、いつかのように四人で並んで寝た。

 月、詠、雛里、秋斗を除いた全員が、もう一度この部屋に集まるようにと内密に告げられていたとも知らずに。





 †





 肝試しをやりましょう、と華琳が言いだしたのは怪談話の三日後である今日の夕方。有無を言わさぬその笑みは、俺の顔を引き攣らせるには十分だった。
 クジで肝試しの順番を決めよう、と流れるように桂花が言い出した時点で確信した。

――この肝試し……俺を嵌める為に用意されてやがる。

 間違いなかった。俺がクジを引く時、誰しもの目が怪しい光を放っていたのだから。いや……霞が一人だけ別の獲物を狙っている感じだったな。また凪が神速の犠牲になるんだろう。
 俺を驚かす、とかそういう事に決まってる。あの華琳だ。開始する前に賭けを持ちかけて来るかもしれない。
 敢えて、皆の思惑に乗る事にした。だって悔しいし。やはり俺は負けず嫌いらしい。
 クジが仕組まれていたのは予想通り。真桜の持ってきたクジに何かしら細工が仕込まれていない方がおかしいだろ。
 一応全員が庭を回る事になっているようで、一番怖がりの雛里を俺と一緒に行かせる事にしたようだ。
 霞は当然の如く凪とペア。やはり凪は犠牲になったのだ。俺の犠牲の為の犠牲にな。霞の神速は肝試しでは最大の脅威だ。神出鬼没の遼来来……乱世ならまだしも、平穏な治世では見たくないが。
 ちなみに月と詠は昨日別の街に視察に向かい、三姉妹は店長と共に店で働いてるから居ない。

「さて……秋斗、私と賭けをしなさい」

 やはり来たか。
 華琳は俺に獰猛な肉食獣のような笑みを向けていた。

「どんな?」
「怖がったりしたらあなたの負け。しなければあなたの勝ち。雛里に詳細は聞くから」
「賭けには景品がつきものだが、なんだ?」
「あなたが負けたら私の言う事を一つ聞くこと。あなたが勝ったら……何がいいかしら?」

 決めてなかったのかよ、とは突っ込まない。勝つ事前提で話して来るあたり自信の程が伺える。
 無茶な注文はしてこないだろうが、雛里が隣でむくれている。華琳が求めるモノを知ってるんだろう。って事は……二人でデートとか、そんなとこか。
 なら、俺の注文は一つだ。

「華琳が一日のんびり俺以外の誰かと休むってのはどうだ? 出来れば華琳が怖がる所を見た奴がいいんだが……」

 ちらりと周りを伺うと、桂花と春蘭がやたら気合の籠った眼差しをしていた。バカめ。掛かりやがった。
 次いで、華琳の纏う空気が厳しいモノに変わる。予定外の反撃になったようで何より。

「いいでしょう。その賭けで成立ね」

 ふん、と小さく鼻を鳴らして離れて行った。拗ねたらしい。乱世では見せなかったあんな仕草も、今では普通に出せるようになったのは何よりだ。
 桂花と春蘭はこれで無駄に頑張るだろうから、華琳に辛く当たられて、より俺に対する殺気を向けて、気配が読みやすくなる。
 問題は霞と……真桜だ。もし、こんにゃくとか背中にいきなり垂らされたらさすがにビビるぞ。

 そんなこんなで皆が肝試しへと繰り出す中、俺と雛里は最後に出る事になった。あからさま過ぎだろうに。
 隣では雛里が震えている。夜の庭は灯りが無くて暗い。本当に怖いらしい。怪談話が尾を引いてるんだろうな。例え人が驚かすと知っていても、他のナニカが出て来るかもしれない、と。
 遠くで悲鳴が聞こえた。三番目に出た春蘭のだった。以外と怖がりだからな、あいつ。一番目の霞か、二番目の真桜にやられたか。
 大丈夫。警備は万全だって言ってたから、不可測の侵入者は無い。むしろこの城に来る命知らずはいない。侵入経路には馬岱と真桜が組み上げた凄い数のブービートラップが仕掛けてあるし、あいつとあの子を警備に付けてる以上、気付かないわけが無いからな。
 ただ、ビクリと跳ねた雛里は繋いでいる手をぎゅっと握って……俺の服にしがみいてくる。

――やばいくらい可愛いんですが……もう賭けとかより自室に連れて帰ってもいいかな?

 暴走仕掛ける紳士ゲージはまだ大丈夫、なはずだ。
 落ち着かせようとして、空いている手で頭を撫でると……またビクリと跳ねて、うるうると潤ませた瞳で見上げてきた。

――あ、これ終わったら絶対お持ち帰りしよう。うん、決めた。

 暴走した心を固めて、

「あわわっ」

 抱き上げておいた。俗にいうお姫様だっこ。顔が近いが、どこで誰が見ているか分からんから何もしない。
 ぎゅっと首に腕を回して抱きついて来た雛里は、安心したのかほっと息を付いていた。ただ、恥ずかしくなったのか、体温が上がっていた。

「これなら何か出ても直ぐに逃げられるだろ?」
「はひっ……しょーでしゅねっ」

 これ以上の追撃は止めてほしい。そろそろ本気で部屋に戻りたい。

――いかん。暴走するな、落ち着け。平常心じゃないと風とか朔夜とか稟に隙を突かれかねん。いつも通り、最悪の事態を考えておこう。

 さすがに幽霊ってのは信じてないが……出た場合の事を想定しておくのも無駄じゃないと思うんだ。
 『ここは俺に任せて逃げろ!』なんて死亡フラグを立てるわけにもいかないし、好きな女を抱っこして逃げるのは……ほら、なんかかっこいいし。驚かしてくる輩の心理に不意打ちを仕掛けられるのもある。
 思考に潜るうちに、また悲鳴が聞こえた。五時の方向、あれは流琉だな。遅れてバキバキと木が軋む音が聴こえたから、季衣か流琉が怪力を発揮したんだろう。俺なら絶対にあの子達を驚かしたりしない。普通に死ぬぞ。
 待つ事幾分、ついに俺達の出立を告げる鈴の音が鳴る。
 時間を定期的に知らせるこの装置は、ネジ巻式のアラームみたいなもんだ。料理の時間を測る為にと真桜に作って貰ったモノだが、今や街では誰もが持っている。

 また、ふるふると震えだした雛里の背を、大丈夫と示すように二回叩き、俺はゆっくりと脚を進めていった。




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読んで頂きありがとうございます。
こんな感じで如何でしょうか?
実は私、小学生の時以来、肝試ししてないんですよね……

後編は雛里ちゃん視点と三人称でお送りします。

ではまたー