つぶやき

海戦型
 
妄想物語24
一日数行でいいですか。

 = =

 からん、と、何かの落ちる乾いた音がした。

 音のあった場所を見ると、そこにはガルドの持っていた光源杖が転がっていた。
 そして、持っていた筈のガルドの姿が――そこにはなかった。

「え――」

 杖に付着していた血液は、気のせいでなければ先ほどより少し広く朱を広めていた。

 その場にいた全員の人間が、一瞬だけ何の反応も取れなかった。

 それほど前触れなく、唐突に、それは起きた。

「ガルド……って、今、そこにいたよな」
「……………ああ」
「なんで、いないんだよ」
「……………」

 ドレッドは質問に答えない。いや、答えられないのだろう。その場にいる誰もが、まさか突然呪法師がまるまる一人「消える」等とは思わない。それは警戒とか予測といった通常の思考の範疇から余りにも逸脱しすぎている。

 しかし、事実として先ほどまで縄を持って構えていたガルドはいないし、落ちた光源杖に付着した血液に真新しい物が増えている。

 何故いない?

 自分から消えた訳ではあるまいし、方法がない。

 敵に何かされた?

 周囲を幾ら見渡しても、敵はいない。

 その場の全員が、何が起きているのかまるで理解できていなかった。

 ――上を見上げたままのギルティーネを除いて。

「――ッ!!!」

 突然、ギルティーネは目にも止まらない速度でトレックの襟首を掴みとって無理やり背中に背負い、全力でその場を駆け出した。常人離れした速度にトレックは声を出す暇さえもなく左腕と右足をギルティーネに無理矢理掴まれていた。

「なっ、何をッ!?」
「……………ッ!!」

 やっと舌を噛まないギリギリの口で叫ぶが、返答など返ってくるわけがない。彼女は喋ることが出来ない。それでもまるで意図の掴めない行動に激しく混乱した頭はどうしても確認を求めてしまう。

 凄まじい速度で疾走するギルティーネの背中の上は激しく揺れ、万力のようにがっちり捕まれた腕と脚が締め付けられて瞬時にむくむ。何の脈絡もないその走りに唖然としていたのはトレックだけではなく、残されたドレッドとステディとの距離も遠ざかっていく。

「御しきれていると思ったのか気のせいかッ!!ステディ、追うぞ!!」
「え?……は、はいっ!!しかしガルドは――」
「見つからない以上は捨て置くッ!!」

 それは非情で、しかし集団として行動する以上は避けられない判断だった。


 一方、トレックを抱えながらも二人を遙かに超える速度で走り続けるトレックは、暴れ馬に引かれた馬車のような振動に揺さぶられて頭痛と吐き気を覚えながら、必死で頭脳を回していた。

(ギルティーネさんは何でいきなり俺を抱えて動き出した!?俺は指示してない、ってことはギルティーネさんが独断で何かをしているってことだ!!それは何だ!?言葉で理解できないなら前後の行動で割り出せるはずだ!!考えろ……考えろ……!!)

 行動前、気が付けばギルティーネは上を見上げていた。あれはどう考えてもこれまでになかった反応だった。しかし、行動の意図はまだ見えない。それ以前は遺留品らしき杖のチェック。この時はギルティーネから目を離していたので判然としない。そして唐突なガルドの消失から数秒後、彼女は突然トレックを抱えて動き出した。

 彼女が突然行動を起こしたのは何故だ。トレックの言う事を聞くはずの彼女が動いた理由は。

(これまでギルティーネさんが自律的に行動したこと……鉄仮面を外すとき――これは単なる習慣的なものだろう。次は鍵を持ってきて自分の武器のケースを開けさせたとき……試験に不可欠な物だったからだろう。次は……櫛の件は単なる言葉の錯誤だから……最後は確か、ステディさんが殺気立った瞬間に割り込んできたことくらいか?)

 ステディと自分の間に割って入ったという事は、護衛対象を防衛するための行動。つまり殺気を感じてステディがトレックに害意を加えようとしていると考えての行動だったのだろう。
 以上の条件からして今の状況を説明するのに、習慣的行動は考えにくい。
 事実の錯誤は、何を錯誤したらこうなるのか説明がつけられない。
 トレックを抱えて砦に戻らなければならない程残り時間はひっ迫していないから、試験に不可欠な行動とも思えない。――いや、とトレックは考え直す。

(俺が死んだら、必然的にギルティーネさんの未来は閉ざされる。つまり俺に命の危機が迫ったらギルティーネさんは行動する。不可欠な行動と俺の防衛はイコールになる……俺に、命の危機が迫っている?)

 周囲の何所にも敵のいないあの場所の一体どこに命の危機があったのか。確かに外灯のせいで普通より視界は悪かったが、そもそも呪獣は周囲に光があると極端な行動をとる習性がある。光を避けて逃げ出すか、光の源を殺そうと決死の覚悟で光に踏み込むかだ。

 ――但し、あまり考えたくはないが、上位種はその限りではない。
 
(上位種が、いたのか!?あの場所の何所に――)

 かつん。

 ほんの小さな、金属を叩く甲高い音が耳に響く。
 今の音は、何だ。激しく揺さぶられながら周囲を見渡すが、何も見当たらない。一瞬あまりにも早すぎる移動速度にペトロ・カンテラ(ジャック)が追い付かなくなって壊れたかと思ったが、カンテラは丁寧に外灯に当たらない高度を保ちながらきっちり主を追跡している。

 カンテラではない。周囲でもない。他に、音が鳴る場所。
 自分には見えていない場所。ギルティーネが気付けた場所。
 
 ギルティーネは、上を見ていた。

「真上かぁっ!!」

 ほとんど反射的に、トレックは『炎の矢』で外灯の合間に三発の炎弾を放つ。
 そのうちの一発が――黒と紫の斑模様をした何かに掠った。

『ギア゛グッ!?』

 人ならざる存在の悲鳴が、トレックに事実を告げる。
 敵は――皮肉にも、人間の作った外灯の上というカンテラの照らせない安全領域から、下の人間を攻撃していたのだ。