つぶやき

海戦型
 
妄想物語20
 
『ル゛ロ゛ロロオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 大気を震わせる咆哮と、纏わりつくような死の気配が若き呪法師たちの全身を震わせた。

 これが上位種――大陸の民に『大地奪還』を諦めさせ、今なお呪獣を恐怖の対象たらしめる力。
 呪力から湧き出る人知を超えた力の集積体が、血走った眼光が、その存在の全てが重苦しく圧し掛かる。

「ぬぅ……っ」
「くそ、駄目か……!?」

 今までのちっぽけな呪獣があげる喧しいだけのそれとは違う、自らが支配者足らんとするかのような強烈な重圧が込められた叫びだ。呪獣こそが人間を狩るべき存在であり、大陸の民が狩られる存在であることを今一度思い知らせんとするかのような叫びに全員が怯み、一歩足を下げる。

 そして、その致命的な隙を逃すほどに暴力の権化は甘くはない。瞬時に姿勢を低くした鎧の呪獣は、それまで以上の速度で瞬時に5人の元へと突進を繰り出した。体勢を崩し、一斉攻撃のために一カ所に集中したトレック達には、もはやその攻撃を避ける方法は残されていない。

 となれば、彼等を待つのは『死』という絶対的な終焉のみ。

 作戦が終わってしまう事を悟ったトレックは、諦めるように静かに目を閉じた。

 そして、再度見開いた。

「――ステディさん、今だッ!!」
「私に命令……するなっ!!」

 瞬間、ステディが地面に突きたてていた杖が淡い光を放ち――鎧の呪獣が今まさに踏み込もうとしていた足場が、突如として陥没した。

『ロ゛ロロオオオオ――ル゛ア゛ェッ!?!?』
 
 突然の出来事と、鎧を着たままの加速エネルギーを殺しきれなかった呪獣はその陥没した足場に吸い込まれるように前足を突っ込み、完全にバランスを崩して地面に頭から突っ込んだ。それでも勢いが収まらない巨体は背中から見事に一回転し――その先の地面に『べちゃりと音を立てて大きくめり込んだ』。

「――お前が突進するしか能のない猪みたいな奴だってことは分かってたからな。だから、策を弄した」
『ア゛ア゛ッ!!ウ゛ォ………オ゛オオオッ!?』

 呪獣はすぐさま起き上がろうと身を翻そうとするが、踏ん張る筈の足場に体を置いておけば置くほどにズブズブと体が地面に沈んでいく。そこに到って呪獣は漸く一つの事実に気付く。

 ――沼だ。硬い荒地だったこの場所の、自分が転倒した場所だけが沼になっている。

 脱出しようともがけばもがくほど身体は沈み、激しく脱出しようにも鎧の重量と形状に動きを制限されて思うように動けず、まるで体勢を立て直せない。

「ステディさんはいい仕事をしたよ。お前の目を他のメンバーで引き付けつつ、こっそりこの地面の土だけを粘性の少なく脆い構造へ作り替えたんだ。見た目には普通の地面と変わらないから全然気づかなかったろう?」

 そう語るトレックの片手には、空になった水筒。
 微かに残った水滴が、ぴちゃり、と沼に落ちた。

「泥水……これはいい触媒だ。水を操れる『流』と大地を動かす『地』を同時に扱う事が出来る。こいつを持ってきていて本当にラッキーだったよ。なければ落とし穴なんて見え見えなトラップに頼らなきゃいけなかった。流石にそいつはお前も露骨すぎて警戒するだろうから、沼に嵌まってもらったよ」
「まさか貴様が『流』の呪法を利用して大気中の水分を集め、その地面を沼に変貌させるとは思いもしなかったぞ……トレック。唯でさえ『流』の使い手は戦闘を苦手とするものが多いのに、貴様はどれだけの引き出しを持っているのだ?」
「さてね……それより、トドメを刺そうか。ギルティーネさん、ドレッド、手伝ってくれ」

 自分の頭上にあったペトロ・カンテラを近くまで呼び寄せて手を掲げると、カンテラ内の炎が導かれるように目の前で大きな炎の塊になってゆく。遅れて近づいてきたギルティーネとドレッドも同じようにカンテラから炎を得て、3人同時に沼でもがく哀れな上位種へ呪法をぶつけた。

「逃げる事も許されず、惨めな姿で荼毘に付すんだな……『灼熱の絨毯(フエゴ・アルフォンブラ)』」
『ロ゛ア゛アアアアアッ!?ル゛ウ゛、ル゛……ウ゛オ゛オオオオオオオオオオッ!?!?』

 3人同時に放たれた炎は鎧の隙間から一斉に内側の呪獣を蝕み、トレックが人生で初めて遭遇した「上位種」の呪獣は哀れな悲鳴を上げながら死ぬまで呪炎に焼き尽くされた。



 作戦は簡単だった。

 まず、沼で機動力を封じればどんな呪獣であろうとも雑魚に等しい。しかし通常の俊敏な呪獣はフットワークも軽いためにそんなあからさまなトラップには引っかからない。これに引っかかる可能性があるのは、まさに鎧の呪獣のように動きが直線的で突然止まる事の出来ない相手だけだ。

 沼を作るには石畳の足場は不利。よって場所は必然的に道路から逸れた脇の荒れ地になる。

 また、確実に相手を沼に誘導し、かつ自分たちのリスクを減らすには鎧の呪獣の位置を知るのが最も有効だ。その方法を考えた時、トレックは光源杖や拳銃では確実性に欠けると判断し、安定して長期間光つづけて相手にも括り付けやすい灯縄という選択肢を選んだ。
 実行するのは直に鎧の呪獣の攻撃を受け止め、尚且つ受け流したギルティーネが適任だった。

 そして、そのための時間を稼いでいるうちにステディは他のメンバーに隠れて地面に細工し、沼になりやすい脆い地面を作成。更にトレックがそこに泥水を触媒として呪法を重ねがけし、数mの深度がある簡易的な沼を作成。万が一外見で悟られないために表面だけに薄く普通の地面のカムフラージュまで施した。

 最後は簡単だ。派手な音と光を発生させる拳銃全を用いて総攻撃して気を引きつつ、全員で呪獣と沼の対角線上に移動。ダメ押しと言わんばかりに突っ込んで来た呪獣が確実に沼に落ちるようにステディの術で足場を変形させれば、鎧の呪獣は転倒して沼に落ちるしかない。

 その後詰の策を実行したステディは、横目で敵を焼き払うトレックの顔を見る。
 無表情に見えて実際には額に微かな緊張の汗が見て取れた。

(確かに単純だが、細かい部分を見ればあの呪獣を倒すために柔軟な思考で立てられた作戦だ。何より属性と他人の装備を最大限に活かしている。しかし………)

 ステディは、上位種の呪獣と遭遇した際にトレックが狼狽していたのを確かに見た。
 その表情が恐怖に染まり、この場から逃げ出すであろう腐抜けた考えに染まり掛けているのも見た。
 その時、ステディはトレックという男を「最終的には自分の命を惜しがる戦士の風上にも置けない存在」だと確信し、これまでにない不快感を覚えた。何故こんな男がドレッドの気を引いたのかと、改めて思った。

 しかし、彼はドレッドと方針を話し合ううちにその臆病者としての部分を見る見るうちに自分の中に仕舞い込み、最終的には一度逃げようとした相手に再び戦う為の策まで繰り出し、見事に役割を全うしている。

(何故、自分の中で決定した思いを容易に変更できる?何故戦う覚悟を改めて決めるなどという心境の変化が起きた?どうして戦士としての適性を欠くのに、貴様は戦えたというのだ?)

 ステディには目の前の男がまるで理解できない。
 ステディの周囲にいる人間は、こうだという行動を一度取った後にそれを曲げたり、以前とまるで違う行動をとる存在はいなかった。知識的な学習によって大きく行動を転換させる存在ならいたが、「戦うか戦わないか」などという根底的な部分が瞬時に変化する存在など見たことがない。

 ………『欠落』を持たない、普通の人間ども以外には。

(トレック・レトリック……貴様も『欠落』しているのではないのか?それとも貴様は違うのか?私にはギルティーネという罪人より、貴様の方が余程理解できない……!)

 この男は異常だ。そう、感じた。
 
 = =

怒りの2話連続投稿。役割分担の所為でギルティーネちゃんの出番があまりなく、代わりにツンツンなステディちゃんの方にフォーカスを向けています。ちなみにステディちゃんは眼鏡と教鞭持たせたら「厳しい女教師」って感じになる釣り目少女です。 
海戦型
 
歪んではないです(たぶんだけど……)
トレックくんは普通に街で暮らしている分には本当に普通で、『欠落』のない人から見れば彼の言動はごく自然なものに感じられます。でも、欠落持ちの人達にはその普通がどうしても気味悪く思えてしまうのです。そこに欠落持ちとそうでない普通の人の心理構造的な隔たりがあるんです。
なんというか……『欠落』持ちの人達は悩みはするけど迷いはないんです。でも普通の人は悩みも迷いもあるから、欠落持ちから見ると一貫性が無いように見えて異物感が否めないって感じです。トレック君はそれに加えて欠落持ちの証である呪力を持っているから余計によく分かんない存在なんですね。

ややこしいですが、心が歪んでいないとおかしいのに歪んでいないのがトレックくんの異常です。 
Y.T
 
流行でもあるな
最近は主人公には心の歪みや傷があってナンボやで!^p^
王道系は最近主流から転落、つまり王道じゃなくなった?