つぶやき

海戦型
 
【ネタ】××・オンライン
 
 VR技術の急速な発達によってゲームの世界に極限のリアリティを表現できるようになった時代。
 ある会社によって、人類史上初のVRMMO(仮想現実世界における多人数同時参加型オンライン)RPGが販売された。それまでの消極的なVRゲームとは一線を画す、既存のあらゆるゲームを越えた圧倒的なボリュームを誇る大冒険。日本全国のゲーマーたちがその歴史的瞬間の生き証人になろうとこぞってゲームを買い占めた。

 そう、歴史上誰も見たことがない史上最高のゲームが、始まろうとしていた。

『リンク・スタート!!』



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 この日、キリトはさっそくこのゲームを開始していた。

 このオンラインゲームは所謂『探索ゲー』である。広大なフィールド内に散らばったリソースを回収したり、あちこちに存在する原生生物(モンスター)を倒したり、アイテムを収拾したり、見晴らしのいい地形を発見して登録するなど、その行動の自由度は半端なものではない。

 同時に、遠い場所で活動を続けるために各地のセーフポイントを発見したり、拠点となる街の設備や問題を解決するなど、『開拓ゲー』としての側面も持っている奥深いゲームだ。キリトはβテスト時から既にこのゲームのあちこちを移動してみたが、拠点の街でさえ構造を把握するのに24時間かかるレベルで大きさが半端ではない。

 そう、キリトがこのゲームに抱いた感想は「とにかくスケールがでかい」。この一言に尽きる。

 βテスト時でさえ舞台となる大陸を散々駆け回ったプレイヤーたちだったが、そのフィールドの広大さやサブクエストの量の多さに忙殺され、結局大陸の半分ほどしか確認することが出来なかったぐらいだ。しかもスタッフ曰くこの大陸よりも更に巨大な大陸をあと4つ用意しているらしい。キリトは今でもゲームディレクターが「惑星一個作りました。遊んでください」とどっかの雑誌で言っていたのが忘れられない。

 しかも、βテスト段階ではサブクエストやメインシナリオ、ボスの配置などが大幅に伏せられた状態での冒険だったため、これから大陸にどんな冒険が待っているのか全く予測がつかないというワクワクもあった。こればかりは発売まで伏せ続けたスタッフに流石だと言いたい。

「さて……そろそろポイントに到着するな」

 マップで座標を確認したキリトは周囲開けた場所に移動し、そこで厄介な敵の存在に気が付く。
 反射的に岩陰に隠れたのが功を奏したか、向こうはまだこちらの存在には気付いていないようだ。

「ノービス・ルプスか………嫌な場所に居座ってるな」

 ノービス・ルプス。ルプス属に分類される、小型恐竜のような四足歩行の原生生物だ。ノービス・ルプスのサイズは5メートル前後とかなりの威圧感だが、他のルプス属の中には10メートルを越える種類も存在する。大陸の原生生物の中でも足が速く、性格は好戦的。視界に入ると即戦闘に突入するが、特別に強いと言う訳ではない。

 この時点で既にその辺の雑魚を狩ってレベリングしたキリトはLv.4。対してノービス・ルプスのレベルはおおよそ3~4程度。ソロで十分対応できる範囲だ。
 キリトは周辺を素早く確認し、乱入されそうな生物がいないのを確認すると背中のアサルトライフルを手に握った。現在のキリトの装備はアサルトライフルとナイフの二つ。これは全プレイヤーが初期状態で装備する構成だ。

 このゲームにはクラスが存在し、最初はアサルトライフルとナイフを装備する「ドリフター」から始まる。ここから経験値を得ていくことで更にクラスが派生し、どのクラスへ進んだかによって大きく装備品が変わってくる。
 今の所キリトが目指しているのは、「ドリフター」から派生する上位クラスの「コマンド」。なんとこのクラスは男の浪漫である『二刀流』だけでなく『二丁拳銃』まで使えるという浪漫の塊のようなクラスなのだ。男キリト、特に『二刀流』には凄まじく惹かれてしまった。

 では他のクラスは浪漫がないのかというとそうでもない。「ドリフター」から派生するクラスは他にも二つあり、アサルトライフルはそのままに男の浪漫の一つ『大剣』を装備できる「アサルト」と、これまた男の浪漫である『ビーム大砲』とナイフで立ち回る「フォーサー」がそれだ。

(まったく……このゲームの開発者は浪漫を解しすぎだろ。どのクラスになるかで何度もスレが大荒れになったぞ……)

 いや、下らないことに気を裂かれている場合ではない。この大陸には「巡回型」というあちこちを動き回っている生物もいる以上、キリトが今隠れている場所もずっと安全ではない。意を決したキリトは、あらかじめアーツを使用する。

『クロムアーマー』

 胸元に手を掲げてそう唱えた瞬間、全身をうっすらとした光が包みこむ。これは一定時間物理防御力を上昇させるアーツだ。このゲームではアーツが通常攻撃以外の『必殺技』のようなもの。一度使用すると再発動までにリキャストが必要だが、防御は早めに上げておいた方がいいというのがキリトの経験則だった。

「……よし、行くぞ!!」

 一気に駆け出したキリトはナイフを抜き、こちらに反応しきれていないノービス・ルプスに向かって突き出した。突撃のモーションを自動で検知したシステムが、再びアーツを発動させる。

「スリットエッジッ!!」
『グギャアアアアアッ!?』

 ナイフアーツ『スリットエッジ』。敵の側面に命中させると必ずクリティカルになる、初手でよく使われるスキルだ。最初の一撃を成功させたキリトは焦らずにルプスと距離を取り、アサルトライフルでHPを削っていく。
 しかし、ルプスもただではやられない。少しずつしかダメージの通らない銃撃に耐えながら、身をかがめて突進してくる。

『ギャオオオオオッ!!』
「クッ!!」

 なんとか身を翻すが、カスってダメージを受ける。『クロムアーマー』の加護のおかげで大きなダメージには至らなかったが、直撃すれば体勢が崩れてやりにくくなるので過信は禁物だ。突進が命中せずに減速したルプスの姿を捉えたキリトは再びルプスに肉薄し、ライフルを振りかぶる。

「アサルトハンマーッ!!」

 再びアーツ発動。ハンマーのように振るわれたライフルの銃底が、ルプスの足を猛烈に殴りつけた。突進の直後で踏ん張りが利かなかったのか、これに足を取られたルプスは転倒する。
 このゲームで転倒は非常に強力な体勢異常だ。転倒させれば相手は暫く動けないし、弱点も突き放題。転倒状態の相手に対して威力が増加するアーツもあるし、狙ったタイミングで転倒させれば相手の大技を強制中断させることも出来る。
 当然、この千載一遇のチャンスをキリトが逃すはずもない。素早くルプスに銃口を向けたキリトは、更にアーツで畳みかけた。

「こいつでトドメだ!ファイアグレネードッ!!」

 ライフルに備え付けられていたグレネード発射機構から射出された弾丸は、動けないルプスに命中して大爆発を起こした。

 ややあって、キリトの視界の端に原生生物の討伐を完了したというメッセージが表示される。
 経験値とドロップアイテムを回収したキリトは、ポリゴン片となって消えていくルプスを通り過ぎて、やっと所定の場所へたどり着いた。

「さて、あとはここにデータプローブを設置したら今日は終わりでいいか……」

 腰に装着させていた近未来的なデバイスを弄ったキリトは『データプローブの設置』を選択する。その瞬間、フィールドに突如として大きな金属製の筒のようなものが出現した。6メートル近くあるだろうか、筒は地面に対して垂直に立つように三脚のようなパーツでがっちり固定されている。

 キリトが実行ボタンを押すと、筒の先端が開いて地面にビームが照射され、筒はゆっくりとビームの超高熱で溶かされた大地へ沈んでいく。
 この金属の筒はデータプローブといい、この大陸の周辺情報の調査、スキップトラベル(ワープ機能のようなもの)、更には設置したプレイヤーに地下資源の採掘という報酬を与える機能まである貴重なアイテムだ。これを設置することもプレイヤーの重要な任務の一つなのだが――設置を終えて気が緩んだキリトは、背後から来る地響きに一瞬だけ反応が遅れる。

「――?なんだこの地響き……原生生物の群れじゃないな。むしろもっとでかい敵が接近しているような………」

 首を傾げながら振り向いたキリトを待っていたのは――全長20メートルを越えようかという超特大の大猿だった。


『グウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 とんでもない巨体の喉から発せられる特大の威圧に、キリトはさぁっと顔を青ざめる。
 上半身に四本、下半身に二本の計六本の腕を備えた凶悪な猿(マシラ)の瞳が見下ろしてくる。

 これは、多分『シミウス』というゴリラに近い種類の原生生物だ。それは知っている。βテスト時に割と街の近くをうろついている『ジュニア・シミウス』のせいで苦労させられた。思いっきり振りかぶった手から繰り出される強烈な鉄拳の威力と範囲が凄まじく、集団で倒すのが安牌だと結論された敵だ。

 だが、βテスト時にはこの辺には出現しなかったし、こんなにも巨大な個体は出現しなかった筈だ。

「まさか………製品版の追加要素か!?くっそ、よりにもよってこのタイミングで!」

 連戦はキツイが、出会ってしまった以上は走って逃げるのは無理だろう。原生生物の足の速さとしつこさは半端ではない。故にキリトは既に臨戦態勢に入り、『クロムアーマー』で再び防御力を上げつつ敵の正体を探っていた。

 このゲームでは、敵の名前とレベルは相手を注視すればアイコンとして表示される。

 そこで、キリトは自分の眼を疑う狂気の表示を目にする。


『【オーバード】縄張りハイレッディン Lv.81』


『Lv.81』


『 レ ベ ル 八 十 一 』


 現在のキリトのレベル、4。

 目の前の非常識のレベル、81。

 そのレベル差――77。

「……ここ、拠点の街のすぐ近くなんですけど……周りの原生生物、レベル高い方でも10くらいなんだけど………えっと、出る所間違えてない?」

 直後、縄張りハイレッディンのパンチ一発でキリトのアバターは粉々に砕け散った。
 装備品とかクロムアーマーとかそんなもん関係あるかと言わんばかりに、一撃だった。

 

 その後、無言でゲームをログアウトしたキリト――現実世界での名は和人――は、ナーヴギアを脱ぎ捨てて自分の部屋の窓を開き、外に向かって叫んだ。


「………………絶対バグッってんだろコレぇぇぇええええええええええええええッ!!!!」


 この日、一人のプレイヤーの一撃爆散と共に、この『ゼノブレイドクロス・オンライン』の真の恐ろしさの一つが明るみに出るのであった。


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 なんとなく書きたかったんや。