つぶやき

海戦型
 
ひまつぶし二次創作
 マフィアが支配する火薬と暴力の街・エルガストルム。
 治安は極めて悪く、モノを言うのは金と暴力。命が失われるのは日常茶飯事で、「街の均衡を守るために警察は必要以上の手出しをしない」という暗黙の了解によってこの人心が荒廃した世界のバランスが奇跡的に保たれている。

 この世界にそんな場所は珍しくもないのかもしれない。事実、そのような複雑な勢力がかみ合わさった街というのは世界に点在している。しかし、その中でもエルガストルムは特別な場所であった。

 「黄昏種(トワイライツ)」――。

 1908年、東西統一戦争において西連合が開発した生体強化薬「セレブレ」を使用した兵士が大量投入された。セレブレの効果は絶大であり、極限まで身体能力を強化された兵士たちは既に一種のミュータントと化した。
 だがその副作用は凄惨なものであり、強い依存症と毒性から心神喪失者、死亡者、自殺者が相次ぐ危険な薬物だった。戦争終結とともに使用は中止されたが――本当の悲劇はここからだった。

 セレブレの服用者は遺伝子に後天的な異常を来し、その後遺症を代償とした異常な身体能力は後世へと「受け継がれてしまった」のだ。受け継いだ子孫たちは日常的にセレブレを摂取しなければ禁断症状に蝕まれ、それでも寿命は健常者より圧倒的に短い。しかも、その中には素手で人体を粉砕するほどの戦闘能力を有する個体も存在し、その特異性と寿命の短さゆえに彼らは「黄昏種(トワイライツ)」と呼ばれた。

 エルガストルムとは元々セレブレ服用者の収容施設だったのだ。そこに後から発生した「黄昏種」を収容しているうちに、収容施設という規模では収まりがつかないほどに肥大化した。政府も彼らの隔離に必死になったがセレブレ服用者と黄昏種の増加に歯止めをかけることは出来ず、結果としてエルガストルムは黄昏種をかきあつめた一つの街として機能することになった。
 そのような意味で――エルガストルムは極めて特殊な街だと言えるだろう。

 そして、その街の中にありながら、その中でも極めて特殊な存在がいた。

 その男は黄昏種の証である認識票(タグ)を身に着けておらず。
 かといって、時折突然変異的に発生する変異個体という訳でもなく。

 なのにその男は生身で黄昏種を圧倒するほどに――強かった。

「俺は常々思っている。なぜ正装のシャツは白でなければならないのか――赤ならば返り血が目立たないのだからこの街だけ赤にすればいいのに。なぁ、あんたもそう思わないか?」
「ぁ……かっ………?」
「あ、すまん。そういえばあんたはそれ所じゃなかったな。脊椎大丈夫か?頑丈だと思って思いっきりヤッちまったが」

 抑揚のない声でそう告げたワイシャツにタイの男の足元には、浅黒い肌でトンファーを持った男が倒れ伏している。――ワイシャツの男に、たった今投げ飛ばされたせいで。腕に入れ墨の入った狂暴そうな男の無様な有様に反し、ワイシャツの男は呼吸も乱さなければ怪我も負ってはいない。

 彼の肌の色は黄色で、顔は鼻が低く童顔。東南アジア辺りの黄色人種に見られる特徴である。年齢はおおよそ20歳前後に見えるが、異様なまでに静かな姿は彼を決して小さな存在には見せない。

 地面に転がる男は反黄昏種派(アンチトワイライツ)と呼ばれる存在の一派だろう。
 それが証拠に、ワイシャツの男の後ろには怯えた表情の家族らしき人物たちが震えながら後ずさっている。家族全員の首には、黄昏種であることを証明するための認識票(タグ)がぶら下げられている。

 反黄昏種派「黄昏種は人間ではなく化け物なので人間社会から排除すべきである」と、おおむねそのような思想の元に黄昏種を殺す。小さなものなら私刑(リンチ)による殺害、強姦の末の殺害、誘拐及び殺害程度。大規模になるとデモのように巨大な波となり、今までにもその流れで多くの黄昏種が殺害されてきた。
 彼らは法的には健常者の奴隷に近く、自衛のための反撃というのは基本的に許されない。だから組織的庇護を受けていないはぐれ黄昏種などは当たり前のように虐げられる。それに、健常者の多くがその社会的地位と特異性ゆえに黄昏種に嫌悪感を示しているため、彼らへの風当たりは常に極寒だ。

 まぁ、だからといって彼らがゴミのように死んでいいのかといえば、そういう訳ではない。
 彼らは化け物のような力を持っていても「人間」である。時折三原則を破って罪人になるのもいるが、社会的な秩序を守るための攻撃行動は許されている。だからこそ、この街では黄昏種のために健常者と戦う人間は貴重だ。

 ………で、問題はここからなのだが。

「あァ……最悪な気分だぜ。モンローの爺さんと遊びに行く前のお遊び中だったのによぉ……まさか健常者に投げ飛ばされるとは思わねェじゃん?」

 さっき『脊椎を粉砕する勢いで頭から地面にたたき下ろした』男が、首をゴキゴキ言わせながらゆっくり立ち上がった。ダメージはあったようだが、即死級の技を受けた割には戦闘続行可能らしくピンピンしているように見える。
 そんな彼を感心したような表情で見つめたワイシャツ男が声をあげる。

「おお、もう復活したよ。ひょっとしなくてもあんた――狩猟者(ハンター)かい?」

 狩猟者(ハンター)――黄昏種のように異常な能力と引き換えに人間性のどこかを欠落させる訳ではなく、言うならば黄昏種の上位種とも言える存在。法的には健常者でありながら実力で黄昏種を圧倒し、黄昏種虐殺の陰には彼らの存在がいたというのが一般的な見解だ。
 質問に対し、男はその目を鋭く研ぎ澄まして東洋人を睨みつけた。

「そういうアンタはどうなんだ?タグつきの黄昏種(クズ)でもなく、俺たちの仲間でもねェ。なのに俺を投げ飛ばすたぁ………どういう了見よ?」
「ふむ。自己紹介をご所望か。ちょっと待て」

 東洋人はマイペースにポケットをまさぐる。目の前の男が人の頭蓋を卵の殻より容易に叩き割れると知りつつ、自分のペースを決して崩さずに。やがて黒いカード入れのようなものを取り出した東洋人、それをぱかりと開いて男に見せつけた。


「俺は――ヨウタ・シラヌイ巡査。エルガストルムのやさぐれ警察(ポリ)だよ」


 = =


 ――おいおい俺ってばなに余裕ぶっこいて警察手帳ドヤ顔で見せびらかしてんだよこいつ絶対外部から来たヤバイ奴だよヤベェよヤベェよ真剣本気と書いてマジで!!畜生傭兵連合は何やって………あ、こんなのが入り込んでる時点でもしかして連合も襲撃受けてんじゃね!?っつーことはクリスチアーノ組とかも!?うわーうわー最悪だよマジで援軍の到着が絶望的っていうか援軍来ても向こうが本気になったら肉塊増えるだけっていうか!!

 ……ヨウタという男は、余裕ぶっこきながらも内心では超焦っていた。

 彼はなんとなく仕事がないので散歩がてら町を巡回していて、その途中でガラの悪い男が黄昏種を襲っているのを発見したので特に何も考えずに間に割って入って男を掴み、「あ、こいつもしかして黄昏種並みに危ない奴じゃね?」とカンで判断して足払いをかけて犬上家ばりに頭から地面にたたきつけるという極めてテキトーなことをした。
 結果、相手は明らかに無法者の狩猟者プラス町全体が危機的状況という推定事実にたどり着いてしまつという何ともデンジャーな事実に気付いてしまった。

 こういう手合いは、目的のためなら一般人も殺しちゃうことがある。黄昏種とか関係ないガチの犯罪者なので法律を気にするほうがおかしいが、ともかく目的を妨害したヨウタは思いっきり殺される可能性が高い。
 そしてヨウタは健常者。殴られれば怪我するし当たり所が悪ければ死ぬ。コンクリートを粉砕するパワーもないし、ビルを飛び越える跳躍力もない。ついでに体力も精々アマチュアアスリート程度のものだ。ミス=超即死である。

 つまり、彼にできるのは精々『反撃を受けない速度とタイミングで相手を掴み』、『的確にバランス崩し』、『受け身を取れないような体制で地面にたたきつけて人体破壊を図る』事しかできない。

 そう、ヨウタは――投げ専門の投げ投げマンなのだ。反射神経とカンはちょっと人間辞めちゃってるが、敵の力を利用して投げる以外の攻撃方法はてんでダメダメなのだ。

(あー今度こそ死ぬ。マジで死ぬ。前にA/0ランクの黄昏種を迎撃した時以来の危機的状況に走馬燈さえ見える勢いだぜー!?)

 なお、普通の人間はA/0(黄昏種の戦闘能力最上位クラス)と相対したら一瞬で死ぬ。投げるとかぶっちゃけ論外レベルで死ぬ。目の前の狩猟者も若干あり得ないモノを見るような目でヨウタを見ている。しかしヨウタは動揺を見せたら死ぬと思って必死に表情を隠す。

 結果、狩猟者から見ると――

(なん、だ、コイツ。俺の力は分かってる筈だ。勝てないって分かってる筈だ。なのに、俺を平気で投げ飛ばした挙句『俺はポリ公です』だぁ?――黄昏種を狩ってきた俺の反応できない速度で攻撃してくるポリ公なんている訳ねぇだろうがッ!!殺し屋とか裏家業ってレベルでもねぇ!!マジでなんなんだコイツはッ!?)

 ――とまぁ、このようになる訳である。


 別名、和製ザンギエフ。
 または天然変異種(ミュータント)か、警察の切り札。
 黄昏種の最後の砦にして、昔は極東の地で「全自動投げ飛ばし機」と呼ばれたその男は――存外に脳ミソがズレていたのであった。
 


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という訳で、漫画『ギャングスタ』の二次創作だよー。続かないけどね!