つぶやき

海戦型
 
ひまつぶしpart.8
 
 無剣雄大という男は、骨董品(アンティーク)をこよなく愛する男である。
 オルゴールや置物、昔の小道具、皿や壺などの陶器類――彼の狭い部屋には、それらを飾る家具まで置いてあり、それは確実に生活スペースを侵食しつつある。
 いずれは一軒家を持って盆栽をする夢を持ちながらベランダでミニ盆栽に毎日水をやってるほどに、その趣味への入れ込みは本気だ。

 そしてそんな雄大が密かに抱く野望の一つに――刀剣のコレクションがあった。
 『剣法(グラディレックス)』、別名ソードシステムがこの世に現れて以来、旧来の美術的な刀剣類として扱われていた「実剣」への注目度は徐々に下がりつつある。
 理由は言わずもがな『剣法』の存在によって刃物と人の距離が精神的に近づいてきたことと、実剣という存在を過去の物とする風潮が出現しているからだ。
 ようするに、将来的にはソードシステムが普及するのだから実体としての剣は必要ないという帰結になる。
 これによって今まで個人で後生大事にされてきた剣が次々に市場に売りに出され、今現在実体刀剣類の収集には最高の環境が揃っていたりするのだが、それは割愛して。

 要約すれば、その実態刀剣類をこよなく愛する男の一人が雄大だった、ということになる。
 そして、彼は自分の世界に入ると猛進的な行動力を発揮するときがある。
 そう、例えば今がそうである。

「も、持って帰ってしまった……!」

ハッと気が付くと、雄大はその棺桶に収まった魅力的な剣を自分の賃貸住宅の部屋まで持って帰っていた。
しかも、入れ物の箱があれば価値が上がるという骨董品趣味知識のせいで棺桶ごと。
なんと2メートル近い巨大な棺桶を抱えたまま周辺の目を避けるルートを辿って、ここに至るまで誰にも気づかれることのない完璧なスニーキングを成功させていた。
 いくら日が沈みかけた時間帯とはいえ、監視カメラまでもを躱して家まで持って帰るとは恐ろしい男である。

「だだだ大丈夫かなコレ窃盗とか不当取得とかいろいろ問題に問われるかいや話を聞いた限りでは元の持ち主は既に所有権を放棄していると考える事が出来る訳でつまり俺が取得しても問題はないと考えることが可能だけど落し物は交番に届けた方が……ああっ、もう!何で統舞のいう事を素直に聞いてなかったんだあの時の俺は!!」

 めくるめく面倒事の予感だ。
 そもそもどう見ても持って帰ってはいけなそうな貴重品を好奇心の赴くままに家に持って帰った時点で雄大の立場は限りなく泥棒か置き引きに近い所にある。これは訳ありの品らしいからひょっとしたら外の世界で悪い曰くや犯罪証拠になるような事情を抱え込んでいる可能性もある。

 改めて桶の中を見ると、シンプルながら瀟洒な装飾が施された剣が横たわっている。
 刃渡りからして1,5メートル程度だろうか。剣としてはそれなりに長い西洋剣だ。
 雄大はどちらかといえば曲刀趣味だが、この寛雅(かんが)な剣を見ていると不思議なまでに惹きつけられた。とても美しく、優美で、しかし過度な飾りっ気のない姿はとても魅力的だった。剣の持ち手近くには碧い宝石のようなものが嵌め込まれており、それが剣の魅力をより高めていた。

「でも、やっぱりマズイか。後後になって統舞に殺されるハメになるのも嫌だし……うん、調べるだけ調べて、明日に違剣審査会の詰所にでも持って行こう。不良から押し付けられたってことにすれば嫌疑は及ばんだろう」

 若干希望的観測の混ざっているが、そう考えることにした。

「しかし、ちょっと汚れてるなぁ。装飾の隙間にも埃が入り込んでるみたいだし……」

 この手の物を見るとついつい綺麗にしたくなってくる。きっとこの剣は磨けばさらに美しくなるはずだ。あまり触るのはよくないと分かっている、分かっているが……好奇心が一度働くとうずうずしてしょうがない雄大にそれ以上欲求を抑える事は出来なかった。

「えっと磨き用のヤスリに油に綿棒にティッシュに……他に何か使えそうなものあったっけ?」

 いま手元にある限りの整備に使えそうな道具をかき集めた雄大は、風呂場のスペースを使って剣の手入れを開始する。今は手元にないが、この手の品は扱った経験がある為、手慣れた動きで汚れを落としていく。手入れがされてない割にまったくサビがないのを奇妙に思ったが、構わず磨く。

「結構汚れちゃってるんだなぁ……こんなにキレイなのに、何で誰も拭いてあげなかったんだろう?」

 磨けば磨くほどに輝きを取り戻す西洋剣に夢中になった雄大は、その後もひたすらに剣を手入れし続けた。思ったより大きかったためにその手入れには数時間を要し、全てが終わった頃には午前3時になっていた。

「じ、時間はかかったけど……見よこの美しさ!違剣審査会に渡すの嫌だなぁ……一定期間持ち主が現れなかったら所有権移って来ないかなぁ……」

 電灯に照らされて眩い輝きを放つ剣を名残惜しそうに見つめた雄大だったが、流石に疲労がピークに達しつつあった。剣を抱え込んだままのろのろと布団に向かい、剣を抱いたまま寝転がる。真剣だからうっかりすれば自分が斬れるのだが、その辺を考えてか雄大はその刃をそっとバスタオルで包んで布団の横に置いた。

「……なぁ。君は違剣審査会行きと俺の所にいるの、どっちがいい?」

 とうとう剣に質問し始めた。いかん、これは眠らねば。そう思った雄大は、アホな質問を忘れてそのまま爆睡してしまった。


 = =


「ん………あ、もう朝か」

 カーテンの隙間から差し込む光を見て、反射的に時計を確認した。8時……何かやることがある時間でもないが、しいて言うなら朝の体力作りをやり損ねている。とっとと食事を済ませて筋トレしよう――そう思って体を起こそうとした雄大は、不意に自分の身体が妙に重い事に気付いた。

「……夜更かししすぎたかな?」

 体調管理がなってないぞ俺、と自分を叱咤する。今日は剣を違剣審査会に届けにいく用事もあるんだからしっかりしよう。そう思って改めて体を起こす。
 すると、不思議なことに毛布が異様に体に絡まってくる。なんだこれは。最近の毛布は人の身体に自動でくっつく機能があるんだろうか。そんなアクティブな機能は聞いたことがないが……。

「何でこんなに毛布か絡むんだ?取り敢えず退けてみるか……」

 ぺいっと毛布をどける。
 その毛布の奥に、信じられないものがあるとは露知らず。

「…………………え?……………お、女の……子?」

 透き通りように白い肌。メタリックな印象を受ける銀髪。柔らかい四肢は親を求める子供のように雄大の身体を抱きしめ、その暖かな体温と共に、女性特有の不思議な香りが余計に頭を混乱させる。

「………ふみゃ……………ふあぁ」

 小猫のような奇妙な声をあげながらも未だに眠りこけている少女は、全く見覚えのない紛うことなく初対面。そんな少女が、何故か、人の家の人の寝床で人に絡みついて眠っている。
 しかも――よく見たら、彼女は何も着ていない。一糸まとわぬ絹のような肌がむき出しの全裸で……で………、……………。

全裸の女性に、抱き着かれて、眠って、えっと、あれ。……意味わかんない。

「…………どわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」

 脳の許容限界を突破した事態に、雄大の頭はオーバーヒートした。