つぶやき

海戦型
 
ひまつぶしpart.3
 
 無剣(むけん)雄大(ゆうだい)という青年は、実は勉学は出来るが割と世間知らずな男である。

 自炊などという文化が存在する事を知ったのはつい最近だし、洗濯などという文化に関しても最初は全く無知で、柔軟剤という名前を聞いて「触ると体が柔らかくなる薬」という馬鹿な勘違いをして恥ずかしい思いをしたこともある。
 驚くこと無かれ、なんと自動ドアに「取っ手がついていない」などと衝撃を受けていた所を発見されたこともある。そしてそんな田舎者でも知ってるようなものを知らないくせに、それが赤外線センサを用いて人を認識していることは理解できている部分に彼の珍妙さがある。

 そして、そんな珍生物を『中央集剣都市』で最初に発見した人物にして彼の友人である諸枝(もろぎ)統舞(とうま)は、今日も彼の世間知らずに呆れていた。

「雄大……お前なぁ!そこR-18って書いてあるんだから18歳以上は入っちゃ駄目なのかなぁとか考えなかったのか!?」
「いやその……18って何の事だろうと思って逆に興味をそそられたというか……まさか風俗映像のコーナーだとは知らなかったんだ!すまん!!」
「今時それくらい中学生だって知ってるっつーのにお前って奴は………おかげで俺もろとも店員に注意されちまっただろう!あそこ行きつけだったのに、バイトやってた女店員さんの何とも言えない微妙な表情を思い出すと通いづらいわ!」
「よく分からんが、そういうことなら菓子折りでも用意して謝りに行くか……」
「は?謝る?」
「……?そのお前が言う店員は、俺達が公序良俗に反する行為をしようとしたと考えて怒っているから通いづらくなったという話ではないのか?」
「違うわい!むしろ俺の内心の公序良俗の問題というかそういう感じのアレなの!」

 こんな事ならこいつをDVDショップなどに連れて行かなければよかった!と統舞は頭を抱えて帰路についていた。
 雄大がDVDショップにさえ行ったことがないというから案内してやったのが、とんだ恥をかいてしまったものだ。なんとこの男、「あれは何だ?」とこちらが止める暇もなく18禁コーナーのピンクな暖簾を捲ってしまったのである。こいつが世間知らずなことは承知していたが、こちらにとって常識な事を知らないが故に気を付けていてもこんな風になってしまうのが恨めしかった。

 慌てて止めて説明しようとしたところに店員が現れ、一緒に入ろうとしたものと勘違いされて有無を言わさぬお小言。結局二人は気まずくなってそのまま何も借りずに店を出た。
 帰りにちょっと可愛いなと思っていた女性店員さんが何とも顔を合わせ辛そうに目を逸らした瞬間が忘れられない。暗に「そんな人だったんですね、ちょっと引きます」と言われた気がした。

 スケベ扱いされたと心に降りしきるヘビーレインに打ちひしがれている統舞と、それにしきりに頭を下げて謝る雄大。
 二人が共に行動するようになったのは、ここ数か月と最近の事である。
 そしてその一か月前は、雄大が『中央集剣都市』に引っ越してきた時期と重なる。
 二人はその頃に偶然知り合い、そしてちょっとした縁が重なって友達になった。

 しかし、一緒に行動し始めてからというもの、統舞はこの男に驚かされてばかりだった。
 ……主に、その世間知らず具合に。

 雄大は剣武洞学園への入学が決まったからこの町に引っ越してきたという。
 これは、統舞の知る限り珍しい事だ。
 何が珍しいかというと、それは学園の方ではなく時期。
 日本最高峰の高等学校である剣武洞学園は、日本中から『剣法』のシステムに適合した学生を集めて教育する目的を持った機関である。
 そして、学園は当然システム範囲内に指定されている特別自治区『中央集剣都市』への移住、若しくは現住所としている事が求められる。
何故ならば『剣法』による剣と運命のルールの統治下に入ることが認められた者にしかソードシステムの適合は受け付けられず、そのソードシステム適合を受けていること自体が学園の入学条件の一つだからだ。

 よって、余所者が入学する場合は順番として引っ越してから入学が決まるのが普通だった。
 他の自治区から転校のように訪れる事もあったが、普通は別の自治区でソードシステム適合を受けている人間はその土地にある『剣法』適応学校に通う。そのような点において、彼は珍しい部類に入った。

 だが、それ以上に驚いた事があるとすれば――初めて出会ったあの時、路地裏で性質の悪い有剣者に情けなくも打ちのめされていた俺を助けてくれた雄大の眩しい姿。
 雄大という男に興味を持ち、一緒に行動したいと願うようになったのはあれが切っ掛けだった。
 あの時に助けられたから、というのは少し違う。ただ単純に、一人の男として尊敬できる存在だったからこそ――

「どうした?ちょっとぼうっとしてるみたいだが……」
「あ、ああ。ちょっと考え事をな」

考えに集中しすぎて雄大に顔を覗かれた俺は適当に誤魔化した。

「ふうん。まぁ考え事してるのはいいけどさ……周りちょっと見てみ?」
「え?周りって………」

 言われた俺は周囲を見回す。

 発見その一、怖い顔のお兄さん方が俺達を囲んでいる。
 発見その二、この場所は雄大と初めて出会った、性質の悪い有剣者の溜まり場近くである。
 発見その三、お兄さん方と雄大が既に臨戦態勢である。
 それらの情報から導き出される結論はひとつ。

「ごめん、これ一体どういう状況?俺が若干ぼうっとしてる間に物語はどんだけ進んじゃってるの?」
「ええっと、そこのミスター木刀!友達がアンタの話全然聞いてなかったみたいだからもう一回説明してくれ!」
「ええー!?俺様があれだけ懇切丁寧かつ熱意を込めて説明したのにもう一回!?でも暇だし別にいいよ!!」
(いいのかよ……)

 いつの時代だと聞きたくなる学ランを羽織ったリーダー格らしき男――ミスター木刀は割と素直な男だったようだ。周辺の連中の着崩した服や治世の感じられない無遠慮な視線から、一先ず自分たちが不良に絡まれている事だけは察することが出来た。

「いいか、もう一度よく聞けよぉぉ……俺は同じ話をするのが嫌いなんだ、次はねえぞぉ……お前らを呼び止めて包囲している理由は他でもねぇ。お前ら、俺の縄張りで――」
「アニキの縄張りで暴れ、更にはアニキの子分をノしちまったチョーシ乗ってる馬鹿どもがまたノコノコ現れたんだ!こりゃあ逆襲のチャンスって奴だよなぁ!……ね、アニキ!」
「お、おう。そうだ」 

 呼んでもないのにじゃじゃじゃじゃーんとミスター木刀の隣の子分がしゃしゃり出る。
 が、ミスター木刀は自分の言葉を遮られたのが気に入らないのかちょっと不機嫌そうである。

「あー……コイツが喋っちまったが理由は他にもある。それはだなぁ――」
「俺達不良グループ『ウッドロウ』の誇りにテメーらは泥を塗った!これが余所のグループに伝わっちまうと『ウッドロウ』の評判に関わる!だ・か・ら……始末!イッツジャスティス自明の理よぉ!……ね、アニキ!」
「う、うん。そうだな」

 今度は殺気と別の子分がしゃしゃり出てきて台詞を奪う。
 ミスター木刀の怒りのボルテージは大分溜まっているのか、木刀を握る手に力が籠って血管が浮き出ている。

「………子分たちが喋ったことは全て本当よ。俺達(おれたちゃ)舐められたら負けなんだよ。お前らみたいな――」
「お前らみたいなどこのグループにも属してねぇ一般(パンピー)にちょっかい出されても黙ってられる程アニキは優しくないぜぇー!!」
「…………そう、そうだ。だがソイツは建前の話。本当は――」
「実はアニキは熱い男!10人もの子分をボコボコにしたお前とお前のダチがどれほどの実力なのか……気になったら試さずにはいられないのがアニキの生き様よぉッ!!」

 立て続けに追加で二人の子分がしゃしゃり出る。
 もはや邪魔したいのではないかと疑いたくなる間の悪さにミスター木刀の台詞は見事に空中分解してしまった。

「…………………テメェら、ちょっとそこに直れ」
「へ?」
「へい!」
「なんすか?」
「並びました!」

 ミスター木刀の一声で横一列に並んだ4人の子分。そんな彼らを待っていたのは――尊敬するアニキによるフルスイングな怒りの鉄槌だった。

「人の台詞を根こそぎかっさらってドヤ顔キメてんじゃねえよこのボケナス共ぉぉぉーーーッ!!ブッ、飛べッ、オラァァーーーーーッ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?!?」

 かっきぃぃぃぃぃん!!と木刀らしからぬ音を立てた一撃によって、子分たちは空に浮かぶ4つの星になった。往年のホームラン王であるベーブ・ルースを彷彿とさせる見事なスイング。彼は今すぐ更生して甲子園を目指すべきである。きっとドラフト会議でどこかの球団から指名が来るだろう

「………高度なコントだな」
「え、これがコントなのか!?噂には聞いていたが、まさかこの町にも芸人が住んでいたとは……!」

 なんだか始まる前から疲れてしまった統舞は、雄大のズレた勘違いを訂正もせずにため息をついた。