つぶやき

海戦型
 
ひまつぶしpart.2
 
「前・代・未・聞・です!!」

 校長先生らしいおばさんがダァン!!とテーブルを叩いた。
 大きな音に、校長の横でオロオロしている老齢の教頭の肩がビクリと跳ねた。
 やはり難癖をつけられたな、と俺は内心で溜息を吐く。
 それも無理らしからぬことではあるが、あの時の俺にはああするしか方法がなかったのだ。
 しかし今それをこの校長に説明した所でまともに聞き入ってはくれないだろう。赤マントを目の前にした牛のように興奮しているのだから体当たりを喰らうのが関の山だ。

「『剣法(グラディレックス)』不適合で剣さえも出せずに素手で試験官を倒すなど、野蛮極まりない!!おかげで貴方の倒した試験官は前歯を2本も骨折したのですよ!反省の色はないのですか!?」
「校長、彼の歯は殆ど差し歯ですし、無剣君を推薦したのは折られた当人なのですが……」
「黙ってなさい教頭!今、私が話をしているのです!人の話は最後まで聞きなさい!!」
「き、恐縮です」

 気が弱そうな眼鏡の教頭が仲裁に入るが、校長は小動物くらいならば殺せそうな迫力の瞳でギロリと睨みつけた。脂汗をハンカチで吹きながらあっさり引き下がる教頭。二人の力関係が如実に表れている。
 今にも人の首を締めて殺しそうなほどにたけり狂う校長の迫力は、とてもではないが50そこそこのおばちゃんには見えない。

「まったく!200年の歴史を誇る誉れ高き剣武洞学園にこのような粗野な男を入れなければならないなどと思うと、私は代々この学園を守ってきた先人たちに申し訳が立ちません!!」
「校長、剣武洞学園は40年前に他校との合併で組織形態を組み直した学園なので、継いでいるのは名前だけですが……」
「黙っていなさいと言いました!!」
「き、恐縮です」
「ああまったく歯がゆい!何故この私がこんな剣と運命を否定する"無刀刃僧(むとうはそう)"かぶれの小童に入学の知らせなどせねばいけないのですか!あんな旧時代的で滑稽で脳みそにカビが生えた時代錯誤の日文化的集団に……!!」
「あの、俺は"無刀刃僧(むとうはそう)"じゃないんですけど」
「……校長は"無刀刃僧"に個人的な恨みがおありなのです。興奮が冷めるまで付き合ってくれませんか?」
「はぁ。大変ですねぇ教頭も」
「………大変なんですよこれが」

何故かは知らないが、俺はこの人ならうまくやっていけそうな気がした。

「だいたいあの時だって私が国語の成績で勝っていたのにあの腐れ坊主はあろうことか"肉体が資本なので体育出の勝負以外は興味ない"だとか!!何故私がそんな汗と埃で汚れるような真似を……ああ思い出しただけでも腹立たしい!腹立たしいついでに更に腹の立つことを思い出しました!」

 過去の記憶を掘り起こして謎の人物の悪口をぐちぐちと小一時間マシンガンのように喋り倒した校長は、ぜいぜいと肩で息をしながらこちらを睨みつけた。ひたすら立ちっぱなしで肩や腰にガタが着始めていた俺は、ようやく話が進むと漏れそうになった溜息を噛み殺した。教頭は既にダウンして椅子に座っている。
 おおよそ教育に携わる人間らしからぬ悪意と差別意識を剥き出しに、校長は入学証書を俺に渡した。

「まったく!貴方が我が校の誇る最難関筆記試験を満点で通過していなければ試験官の推薦状を握り潰している所です!!」
(独裁的すぎる……!自分で入試受けておいて何だけど本当に大丈夫かこの学園!?)
「……おっほん!えー、改めて……無剣くん。貴方の剣武洞学園入学を……非常に不本意ながら認めてあげましょう。溢れ出る御仏の如き慈悲で、特別に、貴方を人間として扱ってあげます」
「ありがとうごさいま……」
「あら、如何したかしら?何か書類に不備でも?」

 俺は受け取った書類を見て絶句した。証書を受け取った手があまりの衝撃にわなわな震える。
 そんな様子を校長は先ほどまでと打って変わって実に愉快そうに見ている。

 この証書、一度ぐしゃぐしゃに握りつぶして破り裂いた形跡があり、それを涙ぐましくもセロテープで固定している。
 というか、もう既に紙よりセロテープ部分の方が多くて紙と呼んでいいのかも微妙だ。
 これが人に渡すものかよ!という内心の叫びを必死で抑え込んで歪になった笑顔で通す。
 きっと破ったのは校長で修復したのは教頭に違いない。涙ながらに再発行の難しい証書を修復する教頭の哀愁溢れる後姿が瞼に浮かんだ。

 なんという陰湿な嫌がらせ。入学時点でここまで教育に携わる人間に嫌われるなんてことがあるだろうか。俺は校長の質問に震える声で「ありません」と答えるので精一杯だった。
 校長はこれ以上口も利きたくないと言わんばかりにシッシッと手で俺を追い払った。
 もうすでに人間所が寄ってきたハエかなにかに応待しているようである。
 何故ここまで嫌われなければいけないんだと、と理不尽な思いを抱えながらも、俺は教頭にそっと背中を押されて校長室を後にした。

 学園生活は入学式を迎える前から早速に前途多難である。

「はぁ。独りで生きるって大変なんだな………ああ、なんかこれからが不安になってきた」


 = =


 熱狂的なまでのヘイトセールを終了した校長は、とぼとぼと出ていく無剣を見送って――鋭い目つきで呟く。

「さて、何者なのかしらね……あの子は」

 確かに校長は個人的な部分では非常に好き嫌いが激しく過激な性格をしているが、同時にそれのせいで仕事上の見落としをするほど耄碌はしていない。
 先ほどまでの態度は半分以上がポーズだ。伏した札を目立たなくするためのポーズに過ぎない。
 これだけやっておけば、彼は暫くの間自分が不当な扱いや他人と違う扱いを受けてもそれほど違和感は覚えないだろう。何せ学校のトップに嫌われていっると思い込んでいるのだから。
 校長が無剣相手にわざわざ回りくどい真似をしてまで演技を通したのには理由がある。

「無剣なんて聞いたこともない名前だわ。何所の田舎から来たのかしらって思うほどに聞き慣れない。でも、彼は入試で満点を取った……つまり飛び抜けて成績が優秀。ならばなおさらに、私が知っていないのはおかしい………」

 この学校には推薦枠も存在する。そして推薦枠で入る者は、その多くが学園独自の情報網で飛びきり優秀な人材を発見してスカウトするような形式で埋められていく。だから、この入試で満点を取れるほどの成績を誇っているならば今までにスカウトマンが見つけている筈なのだ。
 不審に思った校長は彼の身辺捜査を行った。
 結果は、ある意味で白。何故ならば――何の経歴も発見できなかったから。

「戸籍は一体どこの伝手を使って作った物かは知らないけど確かに存在する。でも中身が空っぽ。育った地域、環境、人間関係……何を調べても何も浮かんでこない。常識的に考えるなら偽装戸籍と思うのが普通だけれど……偽装の形跡もない。どういうことなの……」

 気になることは他にもある。彼は試験は勿論実技に関して、口コミやインターネットなどで出回っている情報以上に知っていた風な様子がうかがえたと報告にある。それはつまり、彼の周辺にこの学園の生徒、若しくは従業員、若しくはOBが存在して、彼に教えたと考えるのが普通である。
 だが先ほども言った通り、彼は経歴が謎のままだった。念のために学校関係者から彼らしき存在の情報を探ったが、探れる範囲内では何も見つからなかった。

「しかし入学費はきっちり大金が納められている。学校の学費なんてその辺の子供がぽっと稼げるようなものではないのに、彼にはどうやら財力があるって訳よね……若しくはバックアップかスポンサー。……一体なぜあんな子供に?そして、何故その姿を隠すの?」

 他にも不審な点を挙げればきりがない。
 だが、そのなかでも最も不可解な点は――『剣法(グラディレックス)』に不適合だったことだ。

「あのシステムに登録されて不適合だったなどという事例は今まで一度もなかった。何故なら剣の材料となる運命力は、人が生きている時点で必ず存在している。例えその意志が弱くても立剣製定(レジスレート)すれば果物ナイフ程度の形にはなる。そこに大人も子供も関係はない。ないのに……不適合?あれだけの成績と戦闘能力を持った人間に運命力がない?」

 そんなことはありえない。必ず何か理由がある筈だ。
 もし何の理由もなく不適合であったなら、それは『剣法』というシステムそのものにエラーが存在するということになる。
 それは、少なくともこの特別自治区内では決して認めてはならない事だった。

「剣は運命を切り開く象徴。誰しもが剣という可能性を秘めている。剣そのものが運命であり、運命を切り開く。万人にその可能性があり、その可能性を形にする『剣法』は言うならばこの世界の真理………」

 ゆえに、無剣という少年の存在は、システムから見た矛盾そのものであった。

「貴方が真理を壊す危険因子なのか。それともシステムの限界を指摘する使者?或いは――いえ、考えても詮無きことですね」

 既に彼の事を探るための用意はしてある。デスクの上に置かれた「特級制度創設に伴う新学級増設の計画書」のタイトルを指でなぞりながら、校長は不安とも警戒とも知れないため息をついた。