つぶやき

海戦型
 
ひつまぶしpart.1
 
 人よ、剣を握れ。
 剣とは己にして運命の突破の先駆け。
 それは困難を斬り裂き、その先にある現実へと手を伸ばす術。

 人よ、剣を握れ。
 剣は人の可能性を広げ、剣は人の『創造力』を得る。
 創造とはすなわち存在しなかった世界の形成――転じて、未来の創造。

 人よ、剣を握れ。
 その刃にて限界を越えよ。
 望まぬ未来を打ち砕き、運命をその手に掴め。

「剣とはつまり、そういうものだ。ある種の自分自身とも言い換えられるだろう。だからこそ、我々『有剣者』は剣の力を競い合い、高みを求める。さあ、剣を抜くといい……君は筆記試験では極めて優秀な成績を修めたと聞いている。期待しているよ」
「………………」

 その男――試験官を務める有剣者の男に、青年は無言を以って答えとした。
 青年は藍色を基調にしたシワひとつない服を身に纏い、その手にも腰にも背中にも剣は持っていない。
 否――今の時代、帯刀という文化は「実剣」という金属製の加工品と共に過去のものとなりつつある。

「ふっ……抜かないか。まだ立剣製定(レジスレート)は未だに慣れないかい?確かに初めての時は戸惑うよね。『剣法(グラディレックス)』の登録を初めて行った時は僕も随分戸惑ったものだよ」
「……いや、そういうわけでは」
「強がらなくともいいさ。何も恥ずべきことはないのだし」

 『剣法(グラディレックス)』。
 それは、人間が元来内包している可能性――つまり因果力や運命力などといった目に見えない資質を物質化させる前代未聞のシステム。人間の掌に「神秘数列(ステグマータ)」と呼ばれる運命物質化プログラムを刺青のように直接書き込み、人間の精神力を燃料にまるで鋼鉄のような刃を実体化させる、現代の魔法だ。
 運命力を象徴するものとして物質が剣の形を取るため別名「ソードシステム」とも呼ばれているその力は、人類の技術に限りがない事を世界中に見せつけた。

 剣、それは力と英霊の象徴ともいえる武器だ。
 銃や砲が発達する以前は武将や戦士の力の証であり、彼らが最も頼りにした道具。
 その魅力は文明化が進んだ現在でも人の魂へと受け継がれている。
 そしてその本質は、敵や困難を切り開くこと。

 運命力を物質化した剣は、それを握る人間に運命力を貸し与える。
 物理的エネルギーとなった運命力を用いた人間は、通常では考えられない圧倒的な実力を示してみせた。
 例えば紛争地域に介入し、両勢力を和平に持ち込むために戦場の武器を破壊し尽くした者。
 例えば、人命救助のためにが持つ特殊な能力を用いて自然災害を防いだ者。
 『剣法(グラディレックス)』の加護を受けた人間の中でも突出した力を得た者たちはデモンストレーションのように世界中でその力を見せつけ、いつしか世界は再び剣と武勇で評価される時代へと戻りつつある。

 だがそのような力は誰でも扱える訳ではない。
 それらは余りの高度性と危険性を孕むことから未だに一般化はされず、日本でも特別自治区や特定職種しかそのシステムの加護を受けられない。つまり、その限られた地位にいる人間は例え誰であろうと虚空から剣を取出し、振りかざすことが出来るということだ。
 彼は、その特別の一つ――合格倍率300を誇る国立剣武洞(けんぶどう)高等学園入学試験の狭き門に挑もうとしている。現代の英霊を育てると謳われるこの学園に足を踏み込めるのだ。

 緊張はあるだろう。不安もあるだろう。
 だからこそ、それを乗り越えることに価値があるのだ。

「戸惑うもの無理はないな。この特別自治区『中央集剣都市』に住む人間にとって立剣製定(レジスレート)は当たり前のものではあるが、自治区の外では安全性の問題から一切普及してないシステムだ。僕や君みたいに剣武洞(けんぶどう)学園に入学する過程でシステム適応者になった人間なら誰だって最初は感覚が掴めないものだ」
「……いや、だからそういうわけでは」
「だが覚えていて欲しい。立剣製定に最も重要なのは強い自我と覚悟だ。でなければ君が握る剣はその可能性と力を発揮できない」

 試験官はそう言いながら、自身の握る剣を素振りのように振るった。
 遅れて、剣から強風が吹き荒れて青年を煽った。煽られた青年はその目つきを鋭くする。
 立剣製定された剣は唯の剣ではない。鋼のように、と言ったがその強度や切れ味は実際には有剣者の精神力や心の根底にある感情のよって様々に変化する。時には怒りや悲しみも強い剣を作り出すトリガーとなる。
 今の風によって闘争心を煽られたのか、青年はは腰を落として臨戦態勢になった。
 その様子を見て、試験官は内心で自分の思惑通りに彼の心が動いたと内心で微笑む。

 試験官の仕事は勝つことでも負ける事でもない。見極めることにある。
 突然『剣法(グラディレックス)』というシステムの加護を受けて自身の可能性を形にした時、その力を極度に恐れる人間や、逆に力を得たことで暴虐になる人間がいる。或いは、手に入れた力の使い道が分からず途方に暮れる人間もいる。
 そんな人間に一番最初に力の使い方を教え、道を示し、そして感じた可能性に採点する。
 それこそが試験官の仕事だ。

 学園の入学条件は特別自治区の住民であること。入学試験は筆記が200点と、+αで実技試験。
 筆記試験は国内の高校で最難関を誇り、毎年平均点は50点前後という悲惨な結果に終わるが、その反面で実技試験では可能性を示すことさえできれば合格も可能になる。
 つまり、筆記が駄目でも剣で可能性を示すことが出来れば入学そのものは可能である。

 だが、ここにはちょっとした裏がある。
 筆記が駄目だから実技で頑張ろう、という場合に、意志の強弱で大きな落差を与えるのだ。
 実技で何とかしよう、という中途半端な覚悟の者。実技狙いで最初から勉強を投げ出している者。そんな者は、はっきり言えば意志が――運命力が弱い。何故なら困難な運命に立ち向かい、現実を変えるのが運命力。ここで死に物狂いになれない者は可能性を示せないのだ。
 だから筆記で優秀ならば強い運命力を持っていることが多いし、筆記が駄目でも驚くべき可能性を示した者が合格する可能性をも秘めている。そうして選ばれた生徒達の中から絞りに絞られ、そして認められた者が剣武洞学園に入学することを許される。

 青年はいつでも戦えるように隙のない構えを見せているが、未だ剣は抜かない。
 その構えからは武道を修めたもの特有の研ぎ澄まされた気迫を感じさせる。
 果たして、彼はどれほどの可能性を示してくれるのか?彼の剣にはどれほどの運命力が込められているのか?想像するだけで試験官は期待が膨らんだ。自らの剣を握ったまま両腕を迎え入れるように広げて催促するように言い放つ。

「さあ、受験番号199番、無剣(むけん)雄大(ゆうだい)君。急かす気はないが、覚悟が決まったらいつでも仕掛けてきたまえ。僕はいつだって歓迎だよ?」
「いつでも……いいんですね?」
「ああ、いつでもいいとも。さあ、見せてくれ雄大君。君の可能性、君の運命力を――!!」
「俺は……いえ、分かりました。ではいきますッ!!」

 迷いを振り切ったように、溜めこんでいた彼の闘志が爆発する。
 試験官は確信した。この青年は間違いなく強い。これほど強い意志を見せたのは今までにも数えるほどしかいなかった。
 可能性を秘めた若者の最初の敵として立ちはだかることが出来る幸運を噛み締めながら、試験官は叫んだ。

「さあ、来いッ!!」

 無剣雄大が走り出す。あらん限りの力を足に蓄え、焦げ付くほどに燃え上がる気迫を剥き出しにして――チンピラのような怒声と共に飛翔し、猛烈な威力の膝を試験官の顔面に炸裂させた。

「くたばれやボケぇぇぇッ!!!」
「グボァァァーーーーッ!!?」

 不意を突かれた試験官は、頭が粉砕されるのではないかと錯覚するほどに強烈な一撃をまともに喰らいボウリングのピンのように試験会場の壁まで吹っ飛ばされた。
 この教職について10年近く経ち、生徒に負けたことなど無いに等しい試験官だ。
 不意打ちにだって慣れているし、実力は本物だ。だから負ける要素など無い筈だった。
 だったのに、剣の勝負なのに剣を使わないという予想外過ぎる戦法に、彼の身体は一瞬だけ鈍ってしまった。

 しかしこの場合、不意を突いたとはいえ素手で相手を倒した無剣を称賛するべきなのか、不意打ちに敗北した試験官を叱咤するべきなのか、非常に判断が難しい所である。
 壁に激突してバッタリ倒れ込んだ試験官は、息も絶え絶えながら無剣の方に震える手を伸ばす。
 頭部にモロなダメージを受けて今にも意識が飛びそうな辺り、いかに無剣の一撃が強烈だったのかが伺える。何から何まで小一時間問いただしたいというWhy(なぜ?)の想いだけで意識を繋ぎとめた試験官を、無剣はわりとどうでも良さそうに見下ろした。

「いつでもいいって、い、言ったけどさ………な、何故、そこで……膝?」
「何故って……俺、システム不適合者なので剣は出せませんよ。その辺の連絡は聞いてなかったんですか?」
「……うっそん」

 あっけらかんと答える無剣に、試験官は「そういう事は早く言ってくれ」と心の中で叫びながらその意識を落とした。

 尚、これは言うまでもなく剣武洞(けんぶどう)学園始まって以来の珍事であったことをここに明記しておく。