第1部:学祭前
第4話『波紋』
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忘れていた。
無意識のうちに、胸ポケットから例のナイフを取り出し、その蓋を外した。
去っていく世界の背に突き立てようと、腕を振り上げた時、かすかに、声が聞こえた。
『学祭は……軽音部のライブを見たいから、その後でいいかな……』
『私の演奏、出来たら聴きに来てほしいんだけど……。
貴方にだけは、私のベースを聞かせても恥ずかしくないと思って……』
その声で、視界が、一瞬、純白のスクリーンのように白くなった。
元に戻ると、世界の姿はもうなかった。
言葉は、何やら自分のやろうとしていたことがばからしく感じられ、急いでナイフに蓋をした。
「……?」
泰介と下校する途中、誠は桜ヶ丘の方角を向く。
「世界……言葉…………平沢さん……」
つぶやくと、泰介が、
「どうした、誠?」
振り向いて尋ねる。
「……なんでもない」
誠は首を振り、泰介に追い付く。ごまかし半分に、ちょっと質問する。
「泰介は学祭の日、誰とつるむんだい? ひょっとして黒田とか? 中学時代からの同級生なんだろ?」
「おいおい、あんな奴と一緒に童貞卒業するなんて……。あいつよりも特上の人を見つけてな。甘露寺に言わせると、俺に気があるんだとよ」
「誰とだよ?」
「教えなーい」
男水入らずの話を続けようとすると、
「あ、誠!」
突如、世界が誠に駆け寄り、腕に飛びついた。
「せ、世界!?」
頬を赤らめた誠に対し、彼女は何事もなかったかのような笑顔を浮かべる。
朝とはうってかわって積極的なアプローチである。
「ヒューヒュー! 誠! 熱いぞ!!」
はやし立てる泰介。
「やめてくれよ……」
「じゃ、俺はお邪魔虫になるようなので、ずらかるから」
泰介は、速足で去って行ってしまった。
誠は、自分の腕に抱きつく世界の肩越しに、壁の脇で様子を見つめている言葉を発見した。
飛び出そうとする言葉の前に、七海が出て、遮る。
「行こうよ、誠。 今日はうちに寄ってかない? うち、母さんも夜勤で誰もいないし。」
世界に誘われ、強引に引っ張られ、言葉が彼の視界から外れる。
霧がまた少し、濃くなり始める。
風が急に強くなったので、道端の銀杏が夜空に舞い始めた。
続く
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