第一幕その六
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第一幕その六
「だからです。貴方の為に」
「そうだったのか。けれどそれは」
「誰も知りません」
また小声でピンカートンに囁くのだった。
「私以外は貴方だけです」
「そうか。やっぱり」
「全ては貴方の為にです」
またそれを告げる。
「宜しいでしょうか」
「うん、嬉しいね」
口ではこう言うが心からはわかってはいない。やはり軽薄な彼であった。
五郎は蝶々さんとピンカートンのそうしたやり取りに気付くことはなく神主を呼んでいた。日本の神道の神主である。ピンカートン達から見れば実に変わった格好である。
「話には聞いていたけれど」
「驚くものではないぞ」
シャープレスが驚くピンカートンに囁く。
「日本では普通なのだからな」
「これもですか」
「そうだ。さて」
そんなことを話している間神主が準備を整えた。そのうえでピンカートンと蝶々さんの間に立って婚姻の誓いを読み上げるのであった。
「戦艦リンカーン砲術士ベンジャミン=フランクリン=ピンカートン中尉」
「はい」
ピンカートンの今の役職まで読み上げられる。
「長崎大村の蝶々さんが新郎の自らの意志に基く権利と新婦並びに親類一同の承諾によって目出度く夫婦の契りを結ぶことをここに認めます」
「それでは」
ここで五郎が出る。
「今まではここで終わりでしたが何分色々変わりまして」
変わった理由は明治維新により様々な書類手続きの必要ができたからである。西洋の形式を取り入れた結果なのだ。
「御署名を。まずは」
「僕だね」
そうしたこともわかっているピンカートンが最初に応えた。
「それじゃあ」
「はい、こちらに」
「うん。じゃあ」
彼が最初にサインをする。差し出された筆は断ってシャープレスの差し出した万年筆を使って英語で自分の名前を書き込むのだった。何処か細く軽い筆跡だ。
「これでいいね」
「有り難うございます。それでは次は」
「私ですね」
「そうです」
今度は蝶々さんの番だった。蝶々さんも静かに署名する。彼女が筆で優しい字で書くのだった。優しいがしっかりとした筆跡であった。
「これで終わりです」
「蝶々夫人ね」
「そうね」
一緒にいた女達は蝶々さんが署名を終えたのを見てくすくすと楽しげに笑いながら言い合う。そこには何の悪気もないが蝶々さんは彼女達に少しむくれて言うのだった。
「蝶々夫人じゃないわ」
「じゃあ何なの?」
「ピンカートン夫人よ」
誇らしげに言う。
「いいわね。蝶々夫人じゃなくて」
「ピンカートン夫人なのね」
「そう呼んでね。いいわね」
「わかったわ。それじゃあ」
女達もそれで納得する。シャープレスは一連のやり取りが終わったのを確かめてからまたピンカートンに対して声をかけるのであった。
「
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