相棒は妹
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志乃「兄貴の乳臭い恋話が死ぬほど聞きたいだなんて、一っっっっっっ言も言ってないけどね」
土曜日
俺こと葉山伊月は死にそうだ。つか、もう死にたい。
問題は、月曜日の朝に知り合った女子、本山由実である。俺が起きた時から感じていた不安は、ここで見事に的中してしまったのだ。
初めて話した後、本山は毎時間の休憩に必ずといっていい程に俺に絡んできた。俺の出身中学、剣道、前の学校の所在地など……まぁ、所在地は教えなかったけどな。
『この先悪い事が起こらなければ良いけど』。そう何となく思った矢先だった。まさか、一時間目の直前に消しゴム拾ってあげた時の短い会話だけで、こんなに話しかけられる事になるなんて思わなかった。
昼飯の時間、俺はいつも一人で食べるか志乃と一緒に食べていたのだが、何故か志乃は不機嫌で、話しかけるなオーラを醸し出していた。仕方ないので一人で食べようとしたら、やっぱり本山がやって来た。
俺に弁当の中身をくれたり、机で自分の胸を押し付けて強調したりと、本山はあらゆる手段を用いて俺に何らかのアピール的な行為をしてきた。しかし、『可愛らしい』とは思えても、心の中に響く事は一切無かった。無視するか、相槌を打って誤魔化す。ずっとそれを反復するしか無かった。
午後の体育では、女子の長距離走をトップでゴールした。どうやら、陸上部に所属しているらしく、体育会系である事が判明した。
また、普段は元気ハツラツとした明るい女の子を演じているため、友達は多く、俺の予想通り男子の中に本山ファンがいた。俺が本山と二人で飯を食っていても誰も突っ掛かってきたり視線を送ったりして来ないのは、それが自然のように教室内に溶け込んでいるからだったのだ。
しかし、帰り際に俺はクラスの男子の何人かに呼び止められた。
「葉山、お前は男子陣のトップバッターだ」「お前が何とかして俺達にバトンを渡してくれ」「俺なんかまだ笑顔もらう事しか――」「俺本山さんのおっぱ――」「俺だって――」「俺こそ――」
ファン共よ、俺は好きであいつと飯食ったり話したりしてるわけじゃないんだよ。つか、ほとんどの奴らあいつの胸狙いじゃねぇか。
男子からのエール(?)は月曜日の下校直後に言われただけで、それ以外は何も無かった。とはいえ、あまり本山に関わりすぎると、エールでは無く、優遇されすぎのクソ野郎と妬まれ兼ねないので、次の日から遠ざけようとした。
だが、効果は全く表れなかった。それどころか本山の絡みは一層増して、男子陣の目には俺に対する期待が膨らむ一方だった。しかし、本山はそれを見透かしているように器用に働きかけ、俺程では無くとも、他の男子にちょっとだけ絡んでいた。俺が周りを心配する意味すら、本山は綺麗に打ち消してしまったのだ。
息苦しいながら完璧すぎる環境を、俺は毎日過ごしてきた。神様、これが過去の俺に対する罰だっていうなら、せめて断食一ヶ月とかにしてくれ。
ここまでで分かった事は、本山由実という女は、自分を使い分けて行動する腹黒い奴だという事実。最初の発言さえ無ければ、もう少し気付くのに遅れた事だろう。その言葉の意図を、俺はまだ聞いていない。まぁ、言われなくても分かってるんだけどな。
帰りは依然として志乃と二人だったり、たまに五十嵐が混じっていたりするが、志乃の機嫌が悪いように感じた。「楽しそうで何より」とか嫌味を言ってきたりするのだ。マジでそれは洒落にならないだろ。
一つ良かった事と言えば、志乃がガチで俺を無視していないという事だった。やっぱり志乃も、俺と本山のやり取りを見て本山の本性を見破っていたのだろう。
ただ、俺がそれを断り切れなかったのも事実で、志乃はそこにイラついているのかもしれない。無論、本山の本性も苛立ちの原因だろうけど。
でも、今日は憂鬱な学校生活の事を忘れたい。そして、志乃の蟠り関係無く喜びたい。なにせ、先週頼んだ機材が届く日なんだから。
お届け指定時刻は午後一四時。現時刻は一三時半。よし、あともう少し。ここで一気に志乃と喋って本山の事についても流れで説明しよう。まだ分かってくれていないかもしれないからな。
そうして部屋の椅子に座ってウキウキしていたのだが、突然志乃が無言で部屋にやって来た。
要件を聞こうと口を開けたのだが、その前に志乃が言葉を吐きだす。
「配達、今日は来れないって。明日のこの時間みたい」
淡々と説明する志乃だったが、その声はどこか寂しそうだった。きっと内心では俺と同じぐらい、もしかしたらそれ以上にワクワクしていたのかもしれない。
それにしても、こんな事になるなんて思っても見なかった。明日か、短いようで長いんだよな、こういう時って。
「文句言っても仕方ないし、待つしかないか。教えてくれてサンキュー」
「じゃあ、本山さんと遊んでくれば」
俺とは目を合わせずに、仏頂面を張り付けながらそう言う志乃。しかしその声には、意地悪よりも不満の色の方が強かったように思えた。
そこで俺は、ちょっと息を吐いてから会話を進める事にした。
「お前は、俺と本山が仲良さそうに見える?」
「うん」
「なら、それは間違いだ。俺は別にあいつの事が気になってるわけじゃない」
「知ってる」
「じゃあ何でそんなに不機嫌なんだよ」
ここではっきりさせようと改めて志乃に聞いてみた。そして、数秒の空白の末に志乃は答えた。
「兄貴が本山さんの本性に気付いていながら誰にもそれを伝えず、自分自身楽しくもないのに、それをはっきり断らないこと」
俺の目を見据え、志乃はやや大きめの声を俺にぶつけてくる。それは紛れもない事実で、それこそ俺に否定の余地は無かった。
一つは俺の予想通りだった。だが、もう一つは全く考えもしなかった。本山の本性を誰かに伝える?そんな事をしても信じられる筈が無いし、本山ファンの奴らに袋叩きにされそうで怖い。
どういう事かと視線で問うと、志乃は意を汲んだとばかりに理由を話し始める。
「誰かに、少しでも本山さんに対する疑念を感じさせればいいの。そうすればきっと、あっちは何もして来なくなる。本山さんは裏で人を操るのが得意だから、少しでも疑いの目を向けてる皆の反応を見れば、明るい子を演じ続けるしかない筈。いつ起こるか分からない男子の闇討ちも無くなって、一石二鳥でしょ」
俺はその時、妹の頭のキレに素直に驚いていた。まさか、そこまで考えていたなんて。もっと早く事情を説明しておけば良かった。やっぱり、こいつは俺よりも膨大で豊富な経験をしている。だからこそ、クラスの誰よりも大人びている事だろう。
「そうか、そういう事か!悪いなホント、いつも志乃に迷惑かけちゃって」
「別に迷惑がっては無いけど。でも、そこまで言うなら何かご褒美頂戴」
志乃がこんなことを言うなんて珍しいと、俺は思った。いつも何かが納得出来たらとっとと俺との会話を終わらせるのに。まぁ、細かい事は良いや。とりあえず適当に案を出してみよう。
「明日、ファミレスにでも行く?」
「私の私服、知ってる?」
あ、確かにそれはマズイ。体操服姿の少女がファミレスに入店するところなんて想像も出来ない。というか周りの視線が気になって料理の味が分からなそう。
「じゃあカラオケは?」
「飽きた」
お前が飽きてどうする。いつもジュース飲んでるだけじゃん。
「んー、なら俺の宝物をお前に託すってのはどうだ?」
これは良い取引だろう。俺の宝物、竹刀を託すって言ってるんだからな。これで護身用にでも出来るだろう。
「兄貴の宝物、臭そう」
「臭いとか言うな!」
でも、実際少し汗臭さが柄のところにこびりついてるんだよな。もしもこれに気付いたら、母さんとかに報告されて防具無しで面やられそうだから取り消そう。
「なら、志乃から何か出してくれ」
「何でも良いの?」
「俺が了承出来る範囲なら良いよ」
「じゃあ、恋バナ」
……は?
こいつ何言ってんだ?俺と恋バナ?兄妹同士で恋バナ?いやいや、どう考えてもおかしいだろ。ゴキブリが人類から忌み嫌われているぐらいに変な話だろ。
「私は言わないから」
しかも、恋バナの主役は俺だけらしい。普通、互いに好きな人を告白してキャーキャーするのが恋バナなんじゃないだろうか。いや、未経験の俺の知識だと間違えている気がする。後でググって見よう。この局面を抜け出した後でね。
「俺に好きな人がいなかったら恋バナは成立しない。つまり、場を盛り上がらせるために、お前が好きな人について語らなきゃならないかもしれないんだぜ?それでもやるの?」
「いい加減に目覚めなさい」
……おい、そのネタ古いぞ。それと俺は十分に普通な発言をしただけであって、どこぞの小学生みたいなアホな質問はしてないからな。
俺が内心でツッコんでいる事を知ってか知らずか、志乃はそこから語りだした。
「兄貴に好きな人がいない?それは人間を辞めたようなもんだね。人間は、一度は恋をするんだから。ちなみに私は人間辞めたから好きな人は出来た事が無いの。私の頼み、聞いてくれるんでしょ兄貴」
この野郎、何としても俺に話させるつもりか。今まで健一郎ともそういう話題した事無いってのに。よし、ここは俺からも素朴な質問をさせてもらうか。やられてばっかりじゃつまらないしな。
「じゃあ、何でお前はそこまで俺の恋物語について知りたがるんだ?」
ちょっと優位に立っているような口ぶりで志乃に聞いてみると、志乃は苦笑いしながら俺に言葉の力を見せ付ける。
「兄貴の乳臭い恋話が死ぬほど聞きたいだなんて、一っっっっっっ言も言ってないけどね」
やられた。そして恥ずかしい。
かくして、俺は明日の朝十時から機材が届くまでの間、志乃と一緒に『俺だけの』恋バナをする事になったのである。……まぁ、志乃の機嫌が戻った事には安心したよ、本当に。
後書き
劇中に挟んでいる小ネタ、ほとんどぶっつけ本番なんですよね。勿論狙ってるのもありますけど。
「いい加減に目覚めなさい」って……古すぎですね。存じている方はいるのでしょうか?
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