ネギまとガンツと俺
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しん・最終話「ネギまとガンツと俺」
最近、自分が弱くなっていると感じることがあった。
弱くなっているといってもそれは肉体やら技術やらといったものではない。そもそも自分の持つ肉体レベルやらなんやらなどは一般的なレベルでしかない。そんな次元の話ではなく、もっと別の根幹的な、そう例えば精神的な面の話だ。
それは日々の暖かな雑踏の中に紛れていつの間にか忘れていたが、今更になって自分のその一面についてもっと向き合っておくべきだったと思う。
エヴァと一緒に戦ったドラゴン星人の時も、京都で戦った寄生星人の時も、実際には戦ってはいないがヘルマンたちに囲まれた時も、そして今回も。
一言で表すならば『迂闊』そのものだった。
油断をしていたつもりはないし、他人から見れば迂闊と評されるレベルではないかもしれない。だが、悪魔と呼ばれどんなミッションも生き抜いてきた大和猛という俺自身にとって、今回招いた惨事は明らかなミスであり、一瞬の気の緩みが招いたものでもあった。
こうして体がボロボロになってから気付いても遅いのかもしれない。
最大の敗因を、既に理解していた。
――敵がコントローラーに表示されていなかった?
コントローラーが絶対ではないことは百も承知。
――動く素振りすらみせなかった?
一瞬前まで動かなかった敵が突如として襲ってくることなど、もはや常識。
敵に気付けなかったのは全て俺のミスだ。
周辺の雑魚を掃討し、コントローラーを見たときにふと思ってしまった瞬間。
――……どうやら、残りの雑魚は桜咲さんの方に向かったようだな。
一瞬でも他人を心配した自分がいた。ミッション中に、他の要素に気をとられている自分がいたのだ。
「は……はっ」
どうにか無事らしい肺が、足りなくなった酸素を求めて無意識に空気を吸い込んだ。痙攣した横隔膜が引きつりそうになり、それによって自分が微かに笑っていたことに気付いた。
ほんと、可笑しな話だ。
今更になって赤の他人を気にかけるようになって、そんな生活が楽しくなって……守りたいと思った。
なのに結局、そのせいで自分は弱くなって、もう守ることすら出来ない。
俺はきっと間違っていたんだろう。
あの『悪魔』と呼ばれ始めた日からミッションの中ですら他人との距離を感じ始め、気付けば他人を利用することが日常と化していた。
時には囮として使い、時には捨て駒として扱い、また時には騙して、見捨てた。ミッションに関係のない一般人が巻き込まれることに関しては言わずもがな、だった。
そんな『悪魔』な自分が一端(いっぱし)にも、なんと日常生活に幸せを覚え始めていたのだ。
中途半端な存在は嫌われるという寓話が残っている。自分もきっとそれなんだろう。人間であることを裏切り、そうやって生き抜いてきた自分が今度は人間になろうとしていた。
まるでコウモリ。
その報いが――
「……がっ」
――これ。
吐息と共に血が零れた。
ぼろぼろになった右足はよく見ればほとんど肉が残っておらず、真っ赤に染まった骨がうっすらと見えている。いくつもの穴が開いた腹部から血が零れ落ち、お気に入りの制服を地味に赤く染めていく。右腕は肘から先が残っておらず、自分の肉体を見ているだけなのに現実感が遠のいてしまう。
奇跡的に頭や首は無事のようだ。だからこそ、こうして意識があるんだろう。
だが、右耳からは音が感じられない。鏡がないからわからないが、多分耳も吹っ飛んでいることだろう。
痛覚も働いていない。相当な重傷。多分、助からない。
まぁ、でもこれで良かったのかもしれない。
ここにはエヴァもいる。彼女なら半分程度の魔力でも問題はないと思う。それに時間が経てば桜咲さんや、それに楓だって復活する。彼女達もガンツスーツを着込んでいる俺よりも十分に強いのだから。
地面に横たわっている自分の体がズンと揺れを感じた。ボロボロの体を捩って見上げればそこには先ほどと同じようにこちらに銃口を突きつける巨大ロボ。
「……」
ただ、目を閉じる。
別に死ぬこと自体は恐くない。これで生き延びても、結局はオコジョになった後に起きるであろうミッションで死んでいたことに変わりはない。
――ネギの代わりにオコジョになってやれなかったことが心残りといえば心残りだが。
と、そこまで考えて自分で可笑しくなってしまう。
「……は……はっ」
きっと今の自分が元気ならば大声で笑っているだろう。
こんな時にまで他人のことを考えている自分が馬鹿みたいだ。
俺が今までに奪ってきた命に対する報いなら、これも受け入れよう。
今、俺が感じているのは暖かな心。
ここに来て、ほんの数ヶ月。
これは昔の自分が味わっていたはずの、とっくに忘れてしまっていた感覚。
本当に懐かしい感覚。
こんな感覚を思い出したせいで、俺は死ぬ。
だが、もしももう一度やり直せるとして。
俺はきっと――
巨大ロボの銃口が俺に、ぴったりと狙いを定めた。一発でも直撃すれば死ぬほどの銃弾を、無数に撃たれながらも、しかも身動きすら取れなかったにもかかわらず一度目を生き延びることが出来たのは、運もあるのだろうが奴がきっちりと狙いを定めなかったからだろう。
「おれ……ば……ぎっと……」
もしかしたら喉も少しやられているのかもしれない。音が潰れて言葉にすらならなかった。
呑気な考えが頭に浮かび、
そして。
「オオォォ……オオ!」
無数の銃口が火を噴いた。
タケルの背中に貼り付けられた符から得られる視界情報。それを見ている一人と一匹。
「た……タケル先輩……?」
細々とした木乃香の声が刹那の耳に届いた。
「どうかしましたか!?」
「……」
目の前を横切る刃を刀で受け流し、返す刀で両断。すぐさま体を伏せて、その瞬間に先ほどまで体があった位置を丁度小型飛行機のようなバケモノが通り過ぎた。
「ほ・へ・と・3刀」
そのまま遠ざかろうとするバケモノを持ち前のアーティファクトで貫き、バケモノはそのまま力なく地に堕ちていく。これで実に35体目。
まだまだ周囲を飛び交う集団に刹那は油断なく身構える。
「……」
木乃香の声が届かない、聞こえない。チラリと目を配るが別に彼女自身が怪我をしているわけではない。
だが、確かに様相がおかしい。顔が真っ青、いや蒼白……いや、それどころではない、もはや病気の域に達するであろう顔色。
「お、お嬢様?」
「……」
刹那の声に、やはり反応はない。それを見ていられなくなったのか、代わりにカモが声を出す。だが、やはり。その声もどこか切迫していた。
「旦那がやばい」
「何が……やばいので――っ!」
質問を言い切る前にバケモノたちが3機の編成を組んで左右と正面の3方向から襲い掛かかる。
刹那はそれを冷静に見切り、まず正面の敵に照準を合わせる。
「神鳴流秘剣――」
「旦那が……死んじまう!」
「斬空閃! え?」
振り払われた刀身から気が飛び、真っ直ぐに向かっていたバカ正直なバケモノを両断。すぐさま聞き間違いと思わしきその言葉を聞き返そうとするも、左右から襲い掛かる翼部の刃を愛刀『夕凪』の通常よりも長い刀身を頼りに一気に受ける。
たたらを踏みそうになるのを抑えて弾き飛ばす。その最中、バランスが崩れた一機を切り刻むことも忘れない。
「どういうことですか!」
刹那自身も戦闘中だのため口調が多少荒々しくなることは仕方のないことだろう。
「旦那がやられたんだ! 体中ぼろぼろで……すぐに木乃香姐さんの治療受けねぇとヤベェ!!」
「そ、そんな!!」
――ありえないっ!?
自分もその視覚を得ようと駆けるが、それをまるで妨害するかのように先ほど逃した一機が襲ってくる。
「……次から次へと!」
まるで、こちらの動きを妨害することが目的であるかのように少量ずつで襲ってくるこのバケモノたちに歯軋りをしつつ、それを両断する。
だが、やはり背後。
今度は2機。
「くっ!」
それらに対峙するため、結局は木乃香たちのところへと向かうことは出来ない。
「こ、こいつは本格的にやべぇぜ!」
いま、彼等の目には一体何が映っているのだろう。
「あ、アカン!」
突如、悲痛な声が上がった。
「はやく、行かんと! ウチが治療しに行かへんと先輩が……先輩が!!」
すぐにでも駆け出そうとする木乃香に、カモが「ち、ちょっとまった」と抑えようとするが所詮はオコジョ。どうにもならない。
「い、いけません。お嬢様!」
「せっちゃん! せっちゃんも……せっちゃんもはやく行こ!? たけ……タケル先輩が!! 先輩が!!」
そもそも彼女一人ではこの飛行船から降りることすら出来ない。しかも、今ここから降りればまず間違いなく飛行機のバケモノたちに仕留められてしまう。
木乃香が完全に錯乱状態に陥っている。だが、それも仕方のないことかもしれない。
これほどまでの危機を誰が予想できたろうか。刹那も内心ではタケルが一人でほとんど片付けるであろうと、少しこの状況を甘く見ていた。
あの彼が敗れるなどありえない、といいたいが京都でも死に掛けていた。それほどの敵と遭遇したのかもしれない。
それに、そもそも。
刹那は思う。
今更だが、彼はここに至るまでに幾多もの激闘を繰り広げていたはずだ。
ここにいない絡操さん、マナ。それに超や私達を含めたネギ先生一行。実質4連戦、それまでの小型ロボとの小競り合いも含めれば5連戦を経てきていることになる。
――これでは確かにタケル先生も。
「くっ」
それに気付かずのうのうと戦っていた自分に腹が立つ……が、しかし。今やどうしようもない。空を自在に飛び交う飛行機のようなバケモノに周囲を包囲され、こちらは木乃香お嬢様たちを守らなければならない。
下手に動けば、ただこちらが殺されてしまうだけだ。
――どうしようもない。
今まで何度もお世話になった。
カメのようなバケモノ時に始まり、京都やネギ先生の弟子入り試験、南の島でアスナさんとネギ先生の仲直り。
平凡のようで非凡。
そんな表現が最も適していそうなタケル先生。
その実力、思考能力、常に落ち着いていて大人びた性格。
尊敬していた、という気持ちが今の自分の彼に対する感情にぴったりだろう。
――……私はなんと非力か。
自分を戒めたくなる気持ちで一杯になる。どうしようもないこの状況に、膝を丸めたくなる。が、それは今許されない。
「ふぅぅ~」
わざとらしく、大きく息を吐く。
これは、タケル先生の真似。
何があっても、心は乱してはいけない。
刃のように心を研ぎ澄ます。
――私はそのタケル先生にここを任されているのだから。
取り乱してはいけない。
今はただ。
お嬢様を守る一振りの刃でいよう。
――だから、落ち着くんだ、私。
頭を振り、自分に言い聞かせて落ち着く刹那に木乃香が泣きべそをかきながら言う。
「せっちゃ……せっちゃん……うっ……ぐす……はやく助けに……ひぐ」
船の端まで辿り着まで辿り着いた彼女だったが、言葉も途切れ途切れに崩れ落ちた。今、彼女達は上空百Mの位置にいる。結局はその高さに、一人では降りることが出来ないと思い知らされたのだろう。
「姐さん」
カモが気まずそうに顔をそらし、刹那もかける言葉が見当たらず、目の前のバケモノに意識を集中させることしか出来ない。
「誰か……誰か先輩を……助けて」
「「……」」
木乃香の言葉に誰も返事を返すことが出来ない。
木乃香が見ているタケルの視界には一体何が映っているのか。
「助けてやぁぁーーー!!」
彼女の悲痛な叫びが、空に木霊する。
「――マズイ」
――なぜ本気にならん!!
心の中で叫ぶが、それは今更意味のないもの。
いつの間にか死に掛けているタケルに毒づき、自分の柄にもなく本気で空を飛び急降下する。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
呪文を紡いでいる暇はない。発動キーのみで、威力は劣るが少しでも気を引かせるためには仕方ない。
「闇の吹雪」
おそらく、魔法の素養がないであろうタケルには理解できないであろう呪文を発動する。
闇をもたらす氷の嵐が私の手で合成され、それをそのままあのデカブツの背中に放つ。
一直線に放たれた魔法がぶつかるかと思われた直前、なぜか魔法は方向が捻じ曲がり、真っ逆さまに地面へと落下し、そのまま大地に直撃した。
デカブツは一瞬だけ動きを止めたが、意に介した様子もなくそのままタケルに銃口を突きつける。
「こ……のっ!」
この私へのゾンザイな態度に腹が立つ。
今度は完全な無詠唱呪文。
「魔法の射手 連弾 闇の59矢」
次々へ飛び交う弾が、デカブツに飛び掛るがそれでもそれら全てがやはり結局は大地に堕ちて効果をなさない。
呪文の詠唱をする間があるならば、あの見えない魔法障壁らしき壁も破壊できる自信はあるのだが、如何せん今は時間がない。
「……タケル!」
別に奴を好きだとか、そんな浮ついた感情をもった覚えはない。そもそもああいう根暗そうな男は私のタイプとはむしろ正反対だ。だからこれから先もそんな感情を抱くことはないだろう。
ならばなぜ、こんなにも必死になっている自分がいるのか。自答しても首を傾げてしまう私がいる。
だが、ただ。
心のどこかではそれで当然だといえる気がしていた。
きっとあいつは同じだから、かもしれない。
最初は人間だと思っていたあいつ。だが、つい最近それも事実か怪しくなった。もしかしたらタケルは私や刹那と同じように迫害され続けてきた種族なのかもしれない。だから私は……いや、少し違う。
例え奴が本当に人間だとして。それでもこうやって死なせまいとする自分は変わらないだろう。
かもし出す風格、血の匂い、殺気の程度。
どれも15年程度生きてきただけでは不可能なはずのレベルにまで、奴は達していた。それまでにどれほどの苦難を経てきたかは想像すら出来ない。だから……いや、これも違う。
例え奴がどんな過去を歩んできたとして、それもあまり関係ないだろう。
――つまり。
そう、私が。
真祖の吸血鬼たるこのEvangeline A K. McDowellが。
――つまるところ、奴の存在を気に入っているからだ。
本当に不思議な奴だと思う。
この私の存在を知り、それでも大して恐れようともせず普通の会話を対等に交わす。本当に珍しい。長い記憶でも、そんな人物はほとんどいない。現代にまで至るとほとんど0人だ。
一番若い人間でタカミチだが、それも15年前に同級生だったことと何よりもタカミチ自身が特殊な境遇に育っていたことのほうが大きい。
最近では神楽坂明日菜もそうかもしれないが、あれは単に私の存在をきちんと理解できていないといったほうが正しいだろう。まぁ、理解できても変わらんかもしれんが……馬鹿なだけに。
ともかく、タケルはきっちりと理解したうえで、まるで友人のように振舞う。それがむず痒く、また、認めたくはないが少し楽しい。
ぼーやや刹那たちもある程度気に入ってはいるが、それも友人としてではない。
もしも今回生き延びられたとしてもタケルが死ぬということは知っている。他の誰からでもない、本人から聞いたことだ。
それなのになぜ、今助けようとしているのか。
それは単純な理由だ。
あいつは勝手に消えると言い出した。この私に何の相談もせずに、ただこうなったという報告だけだ。
それを、許さない。
だから、一言。
「……文句を言ってやる」
そう、それまではタケルを殺させるわけにはいかない。
パッと思いついただけの言葉だったがまるで今の自分の気分にぴったりで、少し可笑しい。と思ったが今はそれどころではない。
無詠唱やキーだけで発動できる呪文では足止めにすらならない。ならばせめてタケルを捕まえて移動させる。
闇の空に身を翻す。
だが。
「……っ」
間に合わない。
距離はまだ20M以上は離れている。コンマ2秒はかかる距離だ。
デカブツがタケルに銃をぶち込むのにコンマ1秒でもあれば十分だろう。
そして。
「くっ!」
私の目の前で。
無情な火が吹いた。
巨大ロボの銃口が火を噴いた。
それと正に同時、だろうか。
「「「へ?」」」
そんな間抜けな声が3つ。
撃たれようとしていた本人。傍観するしか出来ない者。助けようとする者。
場所も立場も違った3者の声。
それが同時。空気が抜けるように漏れていた。
そして次の音も、言葉は違えどタイミングは見事には同時だった。
「か……え゛で?」
「か……え……で?」
「長……瀬……楓?」
銃口が火を噴いた瞬間。
木乃香が叫んだ瞬間。
エヴァがタケルまであと1Mにまで到達した瞬間。
楓がタケルを拾い上げていた。
「タケル殿、大丈夫では……ござらんな」
「ま……だ」
――油断するな。このまま真っ直ぐ下がっては危険だ。蜂の巣にされる。
そんな山ほどに言いたい言葉を、だが満足に呼吸も許されない体では伝えることが出来ない。そんなタケルの心境を読み取ったのか、楓は微笑み「大丈夫、ほら」
タケルに少しでも衝撃を与えないように悠々とロボ星人から離れていく。
――何が大丈夫なんだ?
首を向けてその顔が驚きに染まった。
エヴァンジェリンがロボ星人の気を引いてくれている。いや、確かに彼女がロボに攻撃する様はタケルもしっかりと目に焼き付けていたが、それでもここまで明確に助けてくれるとは彼自身思っていなかった。確かに、エヴァンジェリンが盾になってくれるというのなら、これほど安心できることはないだろう。
――にしても、柔らかい……温かい。
穴が開いた腹、千切れ去った右腕と右足。そこから流れ出た多量の血。それにより青くなる顔、低下する体温、混濁する意識。
あとどれほどで尽きる命だろうか。今、意識をもって生きていることそれ自体が奇跡に近い。
こんな時に、いや、こんな時だからだろうか。
混濁する意識は、ミッションのことをこの一瞬だけタケルの頭から消失させて、ただ楓に抱かれているという事実を突きつける。
それがほんのりと。タケルの胸を温かくさせていた。
――温かい。
俺を運んでくれる想い人。
その顔は美しく、まるで女神。
見とれていた。
その風格は凛と、まるで女王。
見惚れていた。
「とりあえずはこのか殿に治療を」
その声は郷で、まるで母。
聞きほれていた。
「……タケル殿?」
「好ぎ……だ」
潰れかけた喉がもどかしい。
「――っ!?」
真っ赤に染まるその愛らしさ、まるで姫。
感じ入っていた。
「しゃ……しゃべってはいけないでござるよ!」
慌てて落ち着こうとする彼女は、本当に女の子で。赤ん坊のように何でも言うことをききたくなる。
だが。
今、彼女の言う通りに黙るわけにはいかない。
今、話さなければならない。
もう――
――俺には今しかないのだから。
「だれ……よ……り゛」
喉が潰れても構わない。
肝心な言葉を紡がせない喉などいらない。
「……も……ぎみ゛」
肺に折れた骨が刺さっても構わない。
真に必要な時に呼吸させない肺などこっちから願い下げだ。
「……を゛……がえ゛で……を゛」
引きつって自由の利かない横隔膜など千切れても構わない。
こんな時に邪魔する筋肉などむしろ引きちぎってやる。
大きく息を吸い込んだ。体内の全てが悲鳴を上げる。
――うるさい、黙れ。
それでも収まらない悲鳴を無視して、口を開く。
「……ずぎだ」
「た……タケル殿!!」
流石に黙らせるためか、口を押さえようと出てきた楓の手。残った左手でそれを掴み、さらに。
「どんな誰よりもどこのどいつよりも世界中のなによりもキミが思うよりもずっとずっとずっとずっと楓が好きだまだ会って数ヶ月だがそれでも俺は愛している絶対に愛している世界で一番誰よりも愛してる死んでも絶対――」
一度言葉を区切り、深呼吸。
そして。
「――好きだ、楓」
「え……あ……い……う……」
流石に、俺の体。
喉も、肺も、全てが壊れかけている体だったがイザという時は素直に動いてくれた。全てを言い切った。これでもう思い残すことはない。
未だに派手な打ち合いをしているエヴァと星人に目を向ける。
――あれだけ、気を引いてくれるなら。
モジモジと困っている誰よりも可愛い楓に、だから。
俺は言う。
「むき……を゛……」
――変えてくれ。
と言ったつもりだが声が出ない。どうやらさっきのせいで完全に喉が潰れたらしい。だがそれでも理解してくれるのが彼女。
「向きを? いや、しかしこのか殿のところに行かなければ」
――必要ない。
「必要ない? そんなはずが!? ――」
――ここまで助けてもらっておいて何だが、助けはいらない。
「……え?」
――俺は奴らを殺し、だから奴らは俺を殺す。奴らは俺を殺し、だから俺は奴らを殺す。殺す理由も殺される理由もただそれだけ。俺と奴らにはそれだけで十分……だから。
「助けはいらない?」
「……」
無言で頷き、楓の珍しくも見開いた目を見つめる。
目を合わせること数秒。たったそれだけだった。
そんな体で?
――こんな体で。
無茶では?
――無茶だ。
そんな会話を目で交わした気がする。
「くっ……」
悔しげに目を背けて、彼女は立ち止まった。
「先ほどの告白、拙者の返事がまだでござるよ?」
「……」
――だから、しっかり帰ってこいと?
「……」
今度は楓が無言で頷いた。
――そう、だな。俺も返事を聞きたい。
俺の声にならない言葉に、楓は笑って尋ねる。
「で、どこに連れて行けば?」
彼女の目じりに浮かぶ涙に、俺は気付かないフリをしていた。
「……これで!」
刹那の言葉が刀と共に舞った。
その無機質な体を両断されて地に堕ちていくバケモノの様を見届けてすぐさま木乃香の元へと向かう。
「お嬢様!」
「……せっちゃん」
その力ない様子にいやな予感を覚えつつも彼女と同じように符に触れて視界を得る。
「……これは」
――楓……それに今戦っているのはエヴァンジェリンさん?
先ほどまでいた楓が眠っていたはずの場所に目を向けるが、確かにそこには彼女の姿がない。
いつの間にかタケルの援護に向かっていたようだ。
色々と状況がどうなっているのかわからないが刹那だったが、ともかくタケルは今も生きているという事実が彼女の胸をホッと撫でおろさせた。
木乃香に体に力がないのはタケルが助かったことによる安堵の脱力だろう。極限に気を張っていたのだから、ホッとしたおかげでそうなってしまっても仕方ない。
「……」
考えるように一拍の間をおき、すぐさま木乃香の腕を掴む。
「え、せっちゃ――」
「我々すぐにも向かいましょう」
なにせ今も生きているとはいえ、タケルの容態は恐ろしいくらいに悪い。すぐにでも治療が必要だ。
「……うん!」
幾分か力を取り戻した目で、彼女は頷いたのだった。
エヴァンジェリンはその眦を奇妙に吊り上げた。
――む、近衛木乃香のところに向かわないのか?
「……」
――そうか。
一瞬だけ考える素振りを見せたエヴァンジェリンは僅かに停止し、そして彼女らしいなんとも酷な、それでいて本当に楽しそうな笑顔を浮かべてその唇をゆがめた。
そんな大きな隙を、星人は見逃さない。
避けようもないほどの弾丸がロボの両腕から広域にしかも濃密度な量の弾丸が放たれた。さすがに呪文も回避運動も間に合わない。
直撃し、蜂の巣になった彼女の体は闇に溶けておち、消えた。
ロボは首をかしげ、周囲を窺うように動きを止めていたが、それも数秒。何もおきないことに、邪魔者は死んだと判断し、再び歩き出す。
「オオオ……オオオオオオ」
唸りは広がる。
目的はタケル、ただ一人。
「ふん、所詮は中途半端な存在か」
遥か上空、いつの間にか酒を片手にしたエヴァンジェリンが小さな声で呟いた。
「ケケケ、モウ終ワリカ、御主人?」
茶々ゼロも小さな杯を手に酒をいちびりながら、尋ねる。
「ああ、どうやらタケルはまだ戦う気らしいからな。私の出番はコレで終わりだ」
「アノ状態デ……アイツ本気デ狂ッテンジャネェカ?」
さすがの茶々ゼロも呆れたように空を見上げた。
「そうだな、ま……だから奴は見ていて飽きんのだが」
「……同感ダゼ、ゴ主人」
――さて、死ぬかそれとも生き残るか?
笑顔は消えて、表情に残ったのは鋭い視線。
「……」
隣にいた茶々ゼロは、その変化を何も言わずに見つめていた。
巨大ロボの背後11Mの地点。上手い具合に壁がみつかりそこにもたれかかっていた。
楓は既にこの場にいない。きっとどこかで俺を見つめてくれているのだろう。
足元には一振りのソードとZガン。
これも、彼女にもってきてもらった。
本来はガンツに頼めば一発なのだろうが、喉が潰れていて言葉が出ない。念じるだけではさすがにガンツも応じてはくれなかった。
いつの間にか、エヴァンジェリンも戦いを止めて引っ込んでいる。
よって、巨大ロボはウロウロと傍迷惑にも地面を揺らしながら歩いて、標的である自分を探しているわけだ。
さぁ、これで最後だ。
ガンツソードを手に取り、既に使い物にならない右半身を壁に押し付ける。楓に巻いてもらった包帯が血でさらに滲んだ。
壁を右半身に見立て、左腕のソードを右腰に構えた。いわゆる居合いに近い状態。まぁ、刀を振る腕が居合いとは逆だが。
――まだ、気付くなよ?
相変わらず、ロボ星人はウロウロと歩いている。少しずつ遠ざかっているが、まだまだ刀の射程範囲にいる。問題はない。
「ふぅ゛っ゛~~~~!!」
ギリギリと痛みを覚える体が意識を遠のかせる。
――これで最後だ。だから、言うことを聞いてくれ。
たった、16年。されど16年。色んな修羅場を潜り抜けてきたこの体。
――頼む。
より深く。体を捻った。骨盤が異常を訴える。
無視。
より強く。体を壁に押し付けた。傷が痛みを訴える。
無視だ。
より大きく。全力で息を吸い込んだ。肋骨がついに肺にささった。肺の悲鳴が体に木霊する。
当然無視。
より重く。左腕に力をこめた。体全てがまるで敵になったかのように意識に襲い掛かる。
当たり前だがやはり無視。
こんなにも苦しく、こんなにも死にそうになって、それでも俺はまだ戦っている。
本来なら残されていない自分の力を、最後の一滴が出るように絞って、絞って、絞りつくす。
「ぶっ゛」
血を吐き捨てて、笑顔を。
今の俺はしっかりと笑えているだろうか。
「――……殿!?」
楓の声が聞こえた。
――大丈夫だ……だから見ていて欲しい。
君がいてくれれば、俺は戦える。
――そういえば、一つだけ。
理解したことがある。
確かに、俺は弱くなった。その結果が今の様だ。このまま死ぬことになるだろう。
だけど、わかったんだ。
弱くなったけど、俺はきっと以前の俺よりも強い。
近衛さんが信じてくれた。桜咲さんが手伝ってくれた。エヴァが助けてくれた。そして……楓がいてくれた。
だから、俺はこうして戦える。
「……くっ」
かつてないほどに俺は笑っていた。
――さぁ、一緒に地獄のランデブーだ。
「お゛お゛――」
一気に息を吐き出して、それに伴い大量の血液が零れ落ちた。だが、今更だ。構うことではない。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉ!!!!!」
吼えた。
その声に巨大ロボが反応し、遂にこちらに気付いた。
だが、もう遅い。
振るう。
――刃を。
伸ばす。
――刃を。
壁に体を押し付けることによって得られる反動を振るう力に変えて。
壁に切り込みを入れつつも、刃は一直線に。下から袈裟状に切り上げる軌道を描いた刃はロボから外れて天に向かい、そして――。
そのまま外れようとした刃は、ロボの見えない壁、全てを落とす壁の影響を受けてそのまま方向を下に。
丁度首の部分、刀身が上から下へ向かって袈裟状にめり込み、その刃を残していた。
「ぐ」
全力で振るっていた刃にかかっていた力のベクトルがいきなり変わったことにより、その衝撃に耐えられず腕からソードが落下。結果として刃が伸びたままのガンツソードはロボの首に袈裟状に入ったまま残っている。
と、同時。
「オオオオオォオォオォオオオ!」
ロボが叫んでいた。
今度のソレは威嚇のそれではない。痛みのソレだ。
俺の体がズルリと崩れ落ちる。だが、まだ。まだ終わってはいない。
「……」
意識が遠のく。だが、まだ。まだ終わってはいけない。
「――……せんか!」
これは、エヴァの声?
――ははっ、あいつらしくない。
なぜか、体が力を取り戻した気がする。
――最期の仕上げだ。
わざわざ立ち上がる必要は無い。地に腰掛けたまま、左腕でどうにか持ち上げることの出来たZガンを左足の膝に乗せて角度を調節。ロボに向けた。
――ロボが無数の銃口が生えた両腕をこちらに向けた。いや、よく見れば口からも大きな銃身、というか砲身が生えている。
トリガーを引いた。あまりの反動に足の骨が砕け、腕に関しては肩の骨が外れておかしな方向を向いた。
銃口が火を噴いた。そのあまりの光量に、目がやきついた。
エヴァの魔法がどうなったかを俺は何度もこの目に焼きつけていた。だから、Zガンそのものが効かないことは既に分かっていた。
ならば、なぜZガンを放った? そう問われれば、俺は当然こう答える。
止めを刺すため、と。
確かに、エヴァの魔法でさえ通らなかったロボの壁だがあの壁の力は全て下に流れていた。
何をやっても無駄なことはわかる。
多分貫通力のないXガンを何発撃っても地面に落とされることになる。Xライフルでも無駄。Zガンの真下に潰す力とて、上手いこと下に流されておしまいだろう。
Yガンも同じ。
だから、実質に効果的な攻撃手段はガンツソードのみ。
それも、しっかりと振り切る力でなければ致命傷を与えることは出来ないだろう。といってもガンツスーツの効果が切れている今の俺ではそんな力を振り絞ることは不可能。というか寧ろあのボロボロの状態で、刀身が伸びた状態のソードを振れたことが奇跡だ。あれがいわゆる『火事場の馬鹿力』というやつかもしれない。
致命傷を与えられなかったソードはしっかりと奴の首に切り込みをいれ、さらにはその刀身を首に残した。
そこにZガンを撃てば……結果は自明の理だ。
Zガンの圧力がロボに通らなくても首に残ったソードには通る。ソードはアイツの体ではないからだ。
もちろんこの推理は推測の域を出ていない。俺が思うに分の悪い賭けだった。
それでも、推測は正しかったようだ。
つまり――。
ふと、思った。
もしももう一度やり直せるとして。
俺は強くなった。その結果が今。
相手を殺すことに成功しかけている。だけど、確かに、俺は弱くなった。このまま死ぬことになるだろう。
それでも、きっと。
俺はきっと――
また弱くなることを選びたい。また、この道を進みたい。彼女達と共に、ほんの少しだけでいいから。
楽しかったこの道を――
――みんなと、歩きたい。
――ロボの体が袈裟状に真っ二つに両断された。
迫り来る銃弾に、目を閉じ、意識を手放した。
なぜだろう。
「拙者も……好きでござるよ?」
温かくなった気がした。
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