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夜這い

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第三章


第三章

「徹底的にね。いいわね」
「だからここまでしてくれるんですか」
「彼氏をゲットするのに手段は選ばない」
 この母親も相当なことを言う。しかも他所様の娘に対して。
「断じてね。いいわね」
「断じてですか」
「先着一名様だけだけれどね」
 この縛りはつけておくのだった。それは忘れないのは見事だった。この強引極まる母親はだからこそそれなりのモラルも持っているようである。
「何があってもなのよ」
「だから私にもですか」
「そうよ。来なさい」
 また自分から彼女を促す。
「いいわね。そっとね」
「わかりました。それじゃあ」
 こうして母親にその仙一の部屋を案内される。案内されるその部屋は二階にあり暗い階段を二人並んで静かに登りそのうえで。ある部屋の扉の前に来たのだった。
「ここですか」
「そう、ここよ」
 母親は真魚と向かい合ってそのうえで述べるのだった。
「ここで寝てるから」
「わかりました」
「ぐっすりとね」
 こう付け加えることも忘れてはいなかった。
「寝てるから。絶好の機会よ」
「有り難うございます。それじゃあ」
「いい。ただしよ」
 ここで母親の言葉が真面目なものになる。その表情もだ。
「気をつけることはただ一つ」
「ただ一つですか」
「避妊は忘れないことよ」
 このことを言うことは忘れないのだった。
「いいわね。今はそれは守って」
「避妊って。あの」
「当たり前でしょ」
 あまりにもダイレクトな言葉に唖然とする真魚にまた言うのだった。
「夜這いは何だと思ってるのよ」
「何だっていいますと」
「そうでしょ。夜這いはその為にあるのよ」
 はっきりとは言っていないがそれでも確実にわかる言葉であった。
「わかったら行きなさい。いいわね」
「はい。それじゃあ」
「健闘を祈るわ」
 敬礼こそしないがそれでもその言葉は出撃、しかも特攻に向かう特攻隊員のそれであった。そうしてそのうえで今真魚は扉の部屋を開いたのだった。母親は何時の間にか何処かに消えていた。暗い家の奥に。まるで煙のようにその姿を消してしまったのだ。
 扉の中は真っ暗闇で何も見えない。しかしベッドだけが朧に見える。彼女はそれを確認して静かに息を呑みそうして。そのうえでベッドに近付きあがったのだった。
「ねえ」
 ベッドにあがると声をかけた。
「起きてる?っていっても」
 言ったすぐ側で微笑むのだった。
「今は起きてたらまずいわよね。やっぱり」
 ベッドの上の方に仙一の顔が見える。穏やかな二重の目をしてのどかそうな表情をしているのは寝ていても変わらない。それは同じだった。
「それじゃあ」
 とにかく彼女は意を決するのだった。
「あの、仙一君」
「んっ?」
「起きて」
 意を決してそのうえでの言葉だった。
「起きてくれないかしら」
「起きてって?」
「だから。起きて」
 真魚は彼が起きだしたのを見て内心ドキリとしたのは事実だ。腹を括ったとはいえそれでも今起きようとするのを見ると驚きを隠せない。そういうことだった。
「起きて欲しいのだけれど」
「起きてって言われても」
 呑気な言葉だった。やはり時間の概念がないような。
「まだ夜じゃないの?」
「夜でも起きて」
 真魚はまた彼に告げた。
 
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